墓場鳥の皮膚の下






愛だったらそれでいいの続き
単行本未収録ネタ含みます






無機質な部屋、古い映画のDVDが並べられた棚、大きなテレビ、革のソファ、キッチンにはコーヒーを淹れるための道具が一通り揃っている。
クローゼットにはスーツや地味な色のシャツやパンツしかなく、派手を嫌う人なのだと知った。
休日なにをしているのか知るために早起きして朝ごはんを作れば「ありがとう。」と言われる。
とても嬉しく、胸が高鳴って、休日出勤する城戸さんにいってらっしゃいと言えば「いってきます。」と返ってくる。
思い描いていた城戸さんに私の理想を足したような毎日は、断片的なものを思い出すだけで私の身を染めていった。
上辺だけで接されているだけなのでは、と不安になる私に感づくのか、私が脳裏に不安をちらつかせた日には決まって抱きしめてくれたりキスしたりしてくれる。
嫌悪はないが好きではないという性行為には踏み込まず、私に接する城戸さんは私をどうしたいのかわからなくなることはあった。
蒸れた下半身を触り、糸を引く指の間を見て身体の正直さに眩暈がすることは何度もある。
それが不満かと聞かれれば、否。
半同棲をしてから、強く思うようになった。
押し黙り静けさの権化のような城戸さんの横顔を見つめるだけで満足していた私に、いまこの瞬間は幸せすぎるのだ。
大人になれば、性と金と社会は切り離せなくなる。
たまに、それら三つを何も気にしなくていい子供が羨ましくもなるけれど、私は私。
見える現実こそが全てで、幸せを見つける猶予だけが残された人生をいかに駆けるかに人はどれほどの苦労を強いられているんだろう。
城戸さんの冷淡さは、どうして手に入れたのか。
近づけるだけ近づけた今は、それが知りたくて堪らない。
あなたの匂いも汗の味も情熱に燃える瞳の奥も、唾液の味も精液の味も知らなくていい、あなたの心を許してもらいたい。
我ながら高慢だと思う、でも、恋する女は皆思うことだ。
ただ、口にしないだけ。
思いが伝わることはないまま、物置にしている部屋を片付け終わる頃には私は城戸さんの家で暮らしていた。
物置の荷物が何か知らないまま、適当に片付けたのを見た城戸さんは時たま私の部屋と化した物置を見に来てくれる。
綺麗になったな、とか、清潔だな、とか褒められることがあった。
結婚するか、とかは言われない。
彼なりの考えや思いがあるのだから、探ることはしたくなかった。
こうして図々しさを忘れていけば、ある日突然言われるのだろう「なまえ、もういいだろう。」と。
情熱的な城戸さんが現れるその日がくるまで待ってもいい、この状況で満足する私は浅ましすぎる。
今日は、昼ごはんに作るラザニアのために早くから買い物へ行こうと決めていた。
朝食、掃除、洗濯を済ませてすぐにスーパーへ駆け込むことを考えれば早朝起床が妥当だと考えていた私の耳に、笑い声が触れる。
目を開け、空間の明かりを確認。
まだ明るい時間ではない。
時計を見れば、朝五時半。
リビングから笑い声がするから何事かと見れば、愛しい城戸さんが「ポリスアカデミー」を観て笑っていた。
後頭部しか見えず顔は伺えないけど、いつもの気配では考えられない笑い方をしている。
革のソファの目の前にある丸テーブルには、箱が乗っている。
DVDボックスの箱だろうか?それにしてはデザインが大人しい。
驚きもせず、そっと洗面台に向かう。
半同棲を始めたときから、城戸さんは隠さなかった。
隠すも隠さないも、ここは彼の家なのだから私が彼の生活スタイルに何を思おうが関係ない。
誰もいないような時間に映画を見て笑っては陽が朝を告げ世界を照らす前に二度寝もするし、長時間風呂に入っていると思えば湯船につかりながら煙草を吸いまくってることもある。
眠れない深夜は必ずキッチンに行って何かをしてから寝るし、シャワーを浴びながら酒を浴びるように飲んでいたりとか。
今日も、それだ。
決して大きな笑い声ではないものの、聞きなれない笑い声は耳に必ず触れていく。
洗面台のある部屋の扉を静かに閉めれば、笑い声は遠のく。
顔を洗い、化粧水と乳液をつけ、軽く化粧をする。
自分らしく肌を整えてチークを差しリップを整えるくらいしかしないけど、城戸さんがどんな化粧の女性が好きかも知らない。
城戸さんの好みの女性へと変貌する気はないけど、知りたくなる。
相手のことを全て知りたいと思う気持ちの短縮経路が性行為なのだから、寡黙で手の内を明かさない城戸さんが何故性行為が好きじゃないと言ったのか、後から分かった。
いつか聞いてみたいけど、頭の中身が軽いと思われてしまっては元も子もないから止めてる。
楽な服装をしてからキッチンに出れば、城戸さんはもういなかった。
ふと、革のソファに目を凝らす。
箱は無く、あれは本当にDVDボックスだったのかと気づく。
棚の中なら見ているけれど、あんなボックスは棚に無かった。
もしや新作を買ってきていたのでは、それなら観たい!と思い棚へ近づく。
ずらっとDVDが並んだ棚に目を凝らして見慣れたタイトルの中から箱を探しても、棚に箱は無い。
ふと「カリガリ博士」のタイトルが目に入り、棚の中を眺める。
革のソファは先ほどまで人がいたとは思えないほど冷たく、手を冷やす。
ソファの底に向かうような体勢で腰をかけると、ギシンと空洞を押すような音がした。
その音は背中のすぐ側から鳴り、振り向く。
なんの変哲もないソファの下に触れてみると、指先から伝わる厚みが殆どなかった。
指を引っ掛けて引っ張れば、ベッド下の収納スペースのように開いた。
中には、あの箱が入っている。
見た感じDVDボックスではなさそうだ。
なんだ、と肩を落とす自分がいる一方で、この箱はなんだと囁く自分がいる。
人のものを無断で弄くるなんて、いけないこと。
一方でこの箱がなんなのか、気になってしまう。
いけない!と押さえつける気持ちよりも先に開けたいとしか頭に浮かばず、自分の良識を疑いたくなった。
城戸さんは朝食の匂いがするまで起きてこない。
軽い好奇心で箱を開くという外道を行えば、箱の中身はお菓子だった。
映画のお供かと納得する前に、違和感が私を直撃し揺らす。
中に入っているのは子供が食べる値段も安く駄菓子屋で売ってそうなものばかり。
食玩とまではいかない、500円を握った子供が買うようなお菓子が箱に詰められていた。
殆ど封が開いていて、つまんでは箱に仕舞っていたことを察する。
ひとつを手に取り裏面を見て賞味期限だけでも確認してみると、最近買ったもの。
封が開いたお菓子の中身は、そろそろ食べつくされそうだ。
映画のお供ならポップコーンやコンビニにある粗末な酒やチョコレートでもいいのに、なぜだろう。
城戸さんが子供向けのお菓子を食べる姿を想像できず、お菓子をそっと箱の中に戻せば異物に目を奪われた。
小さな紙を折りたたんだものが、いくつも入っている。
ノートの1ページや折り紙、画用紙のようなものが器用に折りたたまれているそれは一目見れば分かった。
小学生くらいのときに友達と何度も交換した、ひみつの手紙なんかに使われる子供特有の手の込んだ折り方の手紙だ。
中には慣れない字が書いてあるのだろう、と温かい気持ちになる。
おりがみとノートのページで折られた紙の手裏剣やハート型のもの見れば、うっすらと文字が見えた。
見るからに古いもので、城戸さんが子供の頃に貰ったものと仮定にするには新しすぎる。
一体これはなんだろうと思いつつも、無断で開けた身。
箱の中身がDVDではなかったことに満足して、箱を仕舞う。
朝食を作るために立ち上がれば、朝日が私を照らした。
眩しさは感じない。
光に当てられ、瞳孔が締まり、瞳の血管がぼうっと浮く感覚が好き。
しかめっツラの城戸さんに言って、わかってもらえるかな、わかってもらえるといいな。
こんなときまで、考えるのは彼のこと。
私から結婚したいと言い出して、あなたの全てを支えたいと言ったら軽率な女だと一蹴されてしまうだろうか。
不安が過ぎっても、考えを捨てきれない。
朝食を作っていれば、寝起きが最悪な顔をひっさげた城戸さんが私に「おはよう。」と言う。
その一言が、とても嬉しい。
天にも昇る勢いで、おはようございます、と返せば城戸さんがテレビをつけたあとコーヒーを作りに来た。
細いけど筋肉はある身体が見えそうなくらい緩いシャツを着た城戸さんが、焼ける匂いのもとであるフライパンを見つめる。
何も言わず、ただじっと見て観察してくる。
冷淡な目、表情筋の無さそうな顔、冷たい雰囲気、時たま私を包む細くがっしりした腕。
全てに欲情する私が作る朝食に、思いが媚薬となり詰まればいい。
いつもそう考えている私は只の淫乱で、欲深い、愛を向けた人を目にすれば雌に変わる動物でしかなかった。
薄い食器に朝食を盛り付けている間、城戸さんはコーヒーを持って革のソファに座る。
長い足が放り出されるように伸びて足の線に魅了された。
足の付け根にある腰が、私の脚の間に迫ることがあればいいのに。
言葉も思いもかみ殺し朝食を持っていけば、「ありがとう、いただきます。」と言う。
静かな声は、耳に響く。
「早く起きたようだが、どこかへ行くのか?」
「買い物に行きます」
ああ、と声を漏らした城戸さんが朝食の一口を召す前に、私に声をかける。
「一緒に行ってもいいか。」


普通の人が見れば、夫婦が買い物に来ているだけだと思うのだろう。
私は、そうはいかない。
化粧をした顔の下は真っ赤で、服で隠れた皮膚の上に汗が浮かぶ。
ああ、もう、どうしたらいいの。
休日だというのに地味な服装をして、ぱっと見ただけではスーツを着ているように見えるコーディネートをした城戸さんがセロリをチェックしているのを見て、溜息が出る。
あの人でも、生活感の溢れることをするんだ。
謎の安心感に包まれる前に、興奮が私を包む。
ラザニアのための食材と野菜を買っている間に、何度が城戸さんはいなくなった。
スーパーの中を歩き回って早めに買うのかと自己で納得すれば、大体の食材を買い込んでレジへ向かう頃に、レジ袋を下げた城戸さんが戻ってきた。
レジへ向かうことを告げれば、そうかと頷かれる。
城戸さんが手にしたレジ袋の中には、酒と子供向けのお菓子と煙草が入っているのが見えてしまった。
なんとなく感じたのは、私と行けば「夫婦が買い物をしている」「子供向けのお菓子を買っても怪しまれない」の二つだった。
ずっしりした感情が胸を覆うのは早くて、目を伏せたまま会計をした。
無言のまま買い物袋を車の後ろに乗せ、助手席に乗る。
さあ帰ってラザニアを作ろうと決意する私に、城戸さんは襲い掛かるようなキスをしてきた。
顔をがっしりと固定され、コーヒーのにおいがする舌が私の歯列をなぞる。
車の中で、息だけが満たされた。
唇を開けば、薄くて熱い舌が入り込んでくる。
後頭部に大きな手が這ってきて、背筋を反らせば腰を抱かれ身動きが取れなくなった。
下着の中にある肉壷から、愛液が溢れ出る。
夢想した行為が現実のものとなる瞬間は、身体が悦ぶ。
こればかりは、どうしようもないのだ。
舌を食い尽くすようなキスはけっこう乱暴だけど、悪意や殺意に似た悪寒はしない。
息を吸えばコーヒーのにおいがして、声が漏れる。
その声を嫌がっている声と判断したのか、城戸さんがキスをやめた。
城戸さんの顔は上気していない。
あくまでも冷静、と見つめれば城戸さんが口を開いた。
「酒がある、昼飯の前に風呂だ。」


シャワーの音が、風呂の中で響く。
湯船に使った城戸さんが狂ったように煙草を吸いまくり、酒を飲む。
合間に齧る子供向けのラムネを口に放り込み、バリバリと噛む音が響く。
自分がこれから捕食されるような気がして、全裸のまま立ち尽くした。
脱衣所に散らばる服を恋しく思いながらも日頃から体毛処理をしていてよかったと安心し、城戸さんを見つめる。
愛しい人は、間近で見れば荒れきっていた。
煙草、酒、濡れた髪に触れる煙。
ただでさえ危ない行為を止めたくても「いいから付き合え。」と言われ、湯船に引き込まれた。
初めて全裸になるというのに、ロマンもクソもない。
湯船にはいれば、換気扇に煙草の煙が吸い込まれるのがはっきりと見えた。
シャワーを止めると、換気扇の音だけが聞こえる。
寡黙な顔が煙に塗れ、口元が酒で汚れていく。
目の動きははっきりしているので、まだ大丈夫そうだ。
気絶しそうになる前に引きずり出そうと決意した私を見透かした瞳が、風呂の湯気で曇った。
「あの菓子はな。」
開いた唇から、延焼の残りのように煙が漏れ出す。
「別に、なまえと私が夫婦に見えるように誤魔化すためのものじゃない。」
顔に残る傷の周りの筋肉が引き攣り、また煙草を咥えた城戸さんの手の甲は荒れ切っていた。
全裸で風呂に入っていることも忘れてきて、愛しい人を見つめる。
換気扇の音を包む体温は、湯船に溶けていく。
このまま溶けて、城戸さんとひとつになって液体になって、狭い排水溝に流れて交わってしまいたい。
願いは虚しく、風呂場で煙草を何本も吸う城戸さんの手の平の上へと躍り出てしまった。
「私が・・・風呂場で吸ったり眠る薬を飲んだりしていることに一言も口を出さないとは思わなかった、必ず何か喚かれて軽蔑され出て行かれると思っていた、だから簡単に住まわせたというのに。」
睡眠の薬のことは初耳だったが、知りえる部分だけで答える。
「口を出すって、何に?」
「気づいているだろう、私がたまにこうしていることを。」
煙草を吸い、排水溝へ落とす。
酒瓶を掴んで飲み、煙草の味を胃へと落とす城戸さんの瞳に変化はない。
傷のまわりが赤くなっているのは、体温の変化によるものだろう。
「なまえ、箱の中身を見ただろう、先ほど私が菓子を買ったときに何も言わないのを見て気づいた。」
「DVDボックスかと思って、見ました」
怒っていないと付け加えたあとに、城戸さんは続ける。
また一本、新しい煙草を吸い始めて換気扇に煙が吸い込まれていく。
脳へニコチンが届いたのか、瞳が私を捉える。
「私の、何のために側にいる。」
「好きだからです」
「好きな男が詰まらないのは耐えられないんじゃないのか?」
「そんなことありません」
「私は悪人で、好かれもしない冷淡で詰まらない人間で、誰も救えなかった愚者で役立たずの脳足りんだ。いくら清き道を歩もうとも、私が愚かさを持ち合わせ弱さを殺せなかったことだけは、一生付きまとっていく、一生だ。
なまえが考えていることは分かる、忠告するぞ、私を支えないでくれ。
過去なんてどうでもいいと言いたいだろうから先に言おう、私と共に生きれば生きるほど愛に嫌気が差し、なまえは愛を嫌うようになる。私以外の人間が私のようになるのは勘弁してほしい。
私は・・・誰かに支えられ、愛され、私という人格を包み込まれるに値しない人間だ。わかるだろう。」
「わからない」
即答すれば、城戸さんの口から煙が漏れた。
「私が何をしたか、知ってるか?」
「ボーダーの最高しれ・・・」
私を遮るように、城戸さんが言葉を続ける。
「旧ボーダー本部の人間を半分以上死なせた。」
理解しようと煙の匂いがする風呂場で頭を動かそうとすれば、滝のように言葉が降り注ぐ。
「何があったか知ってるか?なにも知らないだろう、古くからいる人間でしか、あれを知らない。隊員を死なせない方法を作り、巨大な組織にして、金を集め、人を集め、正義の軍団にしても、トップに立とうとも、私は一向に・・・。」
途中で酒を飲み、私に酒瓶を差し出した。
受け取り、飲むふりをして城戸さんを見つめる。
「帰らない、誰も帰らないんだ。」
悲しそうな声をした城戸さんの鎖骨に、汗が垂れた。
そろそろ湯船から引き上げないと、アルコールも相まってのぼせて失神してしまう。
いつでも動ける体勢になってから顔色を伺えば、城戸さんの顔の傷が引き攣り、痙攣した。
片目を閉じた城戸さんの瞼の下で、眼球がぎょろぎょろと動く。
「あいつらが好きな菓子が近くにあっても、思い出とは違う鉛のようなものがくっ付いて取れないで、甘い匂いがつくだけ、残るものが無いのに。」
それだけ言って、とうとう城戸さんが咽た。
気管から酒が溢れ出しそうな咳を聴いて城戸さんの身体をすぐに支え湯船から引きずり出せば、見えてはいけないところが見えた。
陰毛が薄い、と思ってしまったが今はそれどころじゃない。
風呂の扉を開けて、洗面台から水を出して洗面器に水を溜めてからタオルで城戸さんの身体を拭こうとすれば手からタオルを取られた。
頚動脈を押さえ、仰向けにして呼吸を楽にさせようとしても拒否され、心配が爆発しそうだ。
自分で額を押さえる城戸さんに、寄りかかる。
「どうしたんですか」
「なんで出て行かない?何故私を恐れない?面白みもない詰まらない男だ。」
「嫌いな人だったら出て行きますよ」
大真面目に言い返しても、城戸さんは何も答えない。
いつも吸った後に処理してくれていたおかげで、風呂場の排水溝に何本も落ちた煙草は始めて見た。
小奇麗な風呂場に落ちる煙草は異様で、ぞっとする。
熱気が換気扇に吸い込まれ、溢れた湯気で鏡が曇っていく。
鏡に映る私と城戸さんは、ぼやけていて何もわからない。
まるで今の私と城戸さんの関係のようだ。
城戸さんが立ち上がり、鏡に手をついて横に引く。
曇りを落とし、自分の顔と後ろにいる私を鏡越しに見つめた。
「愛も、決意も、なにもかも無力な目にあったことがあるか?」
「今がそんなかんじですね」
タオルを身体に巻いて、城戸さんの背中を抱きしめる。
「これから先なんて、誰にも分からない。苦しいときは喚いていい、泣いていいんです、私は側にいます」
換気扇に、言葉は吸い込まれてしまっただろうか。
抱きしめた熱い背中の筋肉がごぼ、と動いたあとすぐに城戸さんが喉を詰まらせた。
城戸さんの手が落ちるように湯船の縁に手をつけば、子供用のラムネが湯の中へ落ちる。
ぽちゃんと間抜けな音がして、小粒が湯船の底に触れる音がした。
ラムネも、すぐに溶けるんだろう。
でも、私の城戸さんへの気持ちは溶けない。
あなたを支えられるならなんにもいらないのと言えば、思いは伝わるだろうか。
あの箱も、お菓子も、手紙も、なんなのか知らない。
相手の人生を全て受け入れてもいい、迷いはないのに、どうしてこんなにも気持ちを秘めてしまうのか。
この人は王でも神でもない。
懺悔も、祝詞も、飾りもいらない。
惹かれずにいられない何かは、城戸さんの奥底にある何かなのだろう。
私が城戸さんへの肉欲を秘めるように、城戸さんも私に知られたくない、いや、自分でも知りたくない何かを秘めたまま生きている。
大人の世界ではよくあること。
でも、私達は誰かがいなきゃ本当の意味で生きることを忘れてしまう。
城戸さんは私を振りほどかない。
私も、城戸さんを突き放さない。
熱い背中を抱きしめたまま、恥を忘れ子供のように絡み合う。
このまま手を下ろせば、性器に触れる。
そんなことはしたくない。
今にも泣き叫んで暴れそうな城戸さんを抱きしめ、黙る。
沈黙を破ったのは、城戸さんだった。
「なまえ。」
鏡越しに私を見つめた城戸さんが、そっと呟く。
「ありがとう。」
その声は、朝食のときに聴いた声と変わらなかった。








2016.11.24










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