大人の証を分かち合おう







絶対にマスクを外さない影浦24時の原因って と妄想









ヒカリちゃんのいない作戦会議室は、異様に静か。
テレビは消してあるから音がしない上に、コタツから漂う生活感のある熱気もない。
私とカゲくんはいるのに、ヒカリちゃんがいないだけで誰もいないような部屋へと変わる。
音楽プレーヤーを弄って曲を購入するカゲくんを見る。
目元は前髪でよく見えないけど、鼻は高くて唇と歯はお世辞にも綺麗とは言えない。
鼻と顎を一直線で結ぶと綺麗なラインが出来るのは素直に羨ましいし、デリカシーの無さだけでもどうにかすればカゲくんはとてもモテるはず。
どうにかすればの話で、サイドエフェクトのこともあるから未来永劫それはないだろう。
顎にひっかかるマスクが新しいものに変わっていることに気づいて、ふと口に出す。
「カゲくんって何でマスク外さないの?」
ふと口に出す思いは、感情受信体質でも予測できないらしい。
珍しそうな顔をしたカゲくんが私を一瞥して、何の意味も無く言ったことだと確認すると普段のカゲくんが姿を現す。
ガラの悪い口元の間から、ギザギザの歯が見える。
「んなくだんねーこと気にすんな、ハゲんぞ。」
「うちの家系ハゲいないから平気」
鼻を鳴らしたカゲくんが、また音楽プレーヤーに向き合う。
良さそうな曲を見つけたのか、視聴ボタンを押し大音量で音で爆発を表現したような曲を聴き始めた。
合間に聞こえてくる言葉は英語でもドイツ語でもフランス語でもない。
耳に痛いような音楽を平気で聴くカゲくんを、煽った。
「カゲくん、飯ってるときも昼寝してるときもマスク取らないよね、なんで?」
音楽プレーヤーを片手にするカゲくんが、こっちを見た。
皮肉まみれの目をして、私を追い払うような顔つきをする。
「なまえのだらしねーカーディガンとか髪留めに突っ込みいれりゃお相子か?あ?」
「髪留めじゃなくてシュシュね」
だらしないと言われたカーディガンの袖を振り、手首からシュシュを移動させ手のひらの上で遊ぶ。
ボサボサの髪をしたカゲくんに「だらしない」と言われるのは屈辱。
なにいってんの?と甘い挑発を投げれば、刺さったようでカゲくんが苦そうな顔をして私を見る。
にやつく可愛げのない私を見たカゲくんが言い返す前に、視聴音楽が終わった。
「なんだっていいだろ、なまえのシュシュだってなんのためにあるわけでもねえだろ?」
「ごはん食べるときに髪結ぶため」
「けっ、丸刈りにしちまえよ、楽だぞ。」
静かになった部屋で、愛想のない攻防をしようとカゲくんに近寄る。
「気になる」
何かを察知したカゲくんが、私を睨む。
「うっせえ!」
猫みたく這っていけば、カゲくんが私に向かって音楽プレーヤーを投げた。
運よく私のカーディガンの胸元に音楽プレーヤーがダイブして、胸に異物感が現れる。
引っ張って取れば、音楽プレーヤーには「Dharma」と表示されていたけど、無視。
「気になる」
音楽プレーヤーをもう一度胸の間に挟んで、構えた。
「うっせえんだよブス!」
禁止ワードが飛んできたので、実力行使に移る。
カゲくんに襲い掛かり、無理矢理マスクを剥ごうとすれば力強い腕が防御してきた。
殴る気配はないので水を得た魚になったつもりで手を動かしてマスクを取ろうとしてみれば、カゲくんが絶叫する。
「やめろやめろやめろブスが移るっつってんだろ、おい!!」
「ゆるさん」
「アホ!アホ!なまえ、おいっざけんな!」
叫んだ一瞬の間に顎周りの筋肉が緩んだのを見逃さず、手をにゅるりと伸ばしマスクの端に指をひっかけた。

そのまま引っ張れば、あっけなくマスクが取れる。
「ふっざけんななまえ!おい!」
手にしたマスクから仄かにラーメンの匂いがして、昼飯を知る。
マスクを取ったカゲくんの顔を見れば、真っ赤になったままマスクを手にした私を見ていた。
ただし、両手の平が顎にある。
じーっと見つめて、どうして?と頭に思いを浮かべまくれば、カゲくんが渋々手を退ける。
息を止めたまま動いているようで、妙に静かな動きだ。
真っ赤な顔、額と目元に汗を浮かべ、手の平の下から現れた顎には髭が生えていた。
正確には生えかけ。
朝に剃ったけど昼に再び生えてきたような髭をしたカゲくんが、震える瞳孔で私を見つめる。
「・・・なまえ、それ返せ。」
低く、唸るような声でマスクを返せと言うカゲくんに思わず突っ込んだ。
「なんでそれ隠してるの?かっこいいじゃん」
かっこいいという単語に即座に目を剥き、真っ赤な顔をしたカゲくんが叫ぶ。
「なわけねーだろ!」
近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばし、理性なく狼狽える。
蹴っ飛ばされたゴミ箱は運悪くカゲくんの鞄の上に着地し、悲惨なことになった。
「なまえ、ツラに陰毛生えたとこ想像してみろ!?それで平気ならオメー人間じゃねえよ!?」
「生えたとしても剃ればいいじゃん」
「なまえが簡単に言えるのは俺じゃねえからだろうが!!クソ!」
黒い髪を振り乱しボサボサを加速させるカゲくんが私を殴り飛ばしマスクを奪えばいいものを暴力を振るってこないのは、私が心の底から不思議そうにしているのがバレているからだろう。
悲壮な叫びを湛えるカゲくんの気持ちが分からなかった。
髭のある男性が格好良くキメた姿は素敵だと思うし、大人になれば男らしさが増す。
いいことなのではないかと思う女の私の考えは、カゲくんの世界に無いようだ。
「こんなもん生えるなんてジジイみてえじゃねえか・・・!冬島のおっさんみてえな外見引きこもりのキモい野郎に俺はならねえ!」
青ざめるカゲくんに、兼ねてより伏せていた疑問が沸いた。
加古さんにはファントムばばあ。
東さんのことは東のおっさん。
呼んでいるところを聴いたわけではないけど、二宮のジジイとか冬島の要介護とか城戸のゾンビとか言っていそうだ。
「カゲくんの爺さん婆さんの基準おかしくない?」
「おかしかねーーーーよ!!!」
本人なりの拘りがあるのかもしれないと察しはついていた。
でも、目の前にいる髭面のカゲくんは中々かっこいい。
出来ることなら髭のあるカゲくんを暫く眺めていたいと思うくらいには、魅力的に見えている。
それらの思いが刺さっているようで、カゲくんは益々顔を赤くしていく。
カゲくんの顔つきは髭があったほうが凄みが増すし、輪郭が細いけど顎のラインに髭があればバランスが変わって一気に大人っぽくなる。
髪型を少しだけ変えれば、不敵で影のある男性になるだろう。
こんな良いものを何故隠しているか、分からない。
「第二次性徴を終えれば男性はがっしりと、女性はふっくらとする。それくらい学校で習わなかった?」
私の真っ当な返しに呆れたのか、カゲくんがソファに飛び込んで唸る。
「成人してもガキみてえなのいるだろ、風間のドちびとか。」
ふてくされる姿は、まるで子供。
感情受信体質なりに思うことがあっても、私がそれを理解していいものか悩ましく思う。
カゲくんは外見という感情が詰まるための器に何を求めているのか。
外見がどれほど最重要視するに値しないものか、本人が一番分かっているはず。
だからこそ、思うことがあるのだろう。
「子供のままでいたいの?」
「ちげえよ、ガキもジジイもキモいのも嫌だってんだ、クソ。」
「そこまで言うなら出家する?」
「それで髭が生えてこねえなら考えてもいいけどな!!!煩悩と戦うのは御免だ!」
奇声交じりで叫んだカゲくんに音楽プレーヤーを返すと、細くて骨っぽい手が力なく受け取った。
呻くカゲくんに近寄っても、反応が無い。
音楽プレーヤーには「Dharma」と表示されていたのを思い出し、面白くなる。
足元に立っても叫ばれないのを確認してから、カゲくんに馬乗りになった。
自分の体の上に私がいると気づいた瞬間、カゲくんがびっくりするくらい目を剥いて固まる。
顎に指を這わせて、じょりじょりした感触に触れた。
太ももの間にあるカゲくんの体は細いけど硬くてがっしりしてて、そりゃあ髭も生えるといった感じだ。
「かっこいいじゃん」
髭から手を離してみれば、カゲくんが悔しそうな顔をした。
「・・・うるせえ。」
私の下で、目元をくしゃくしゃにして赤面する。
「ブスって言ったの謝るんでマスク返してください。」
「私の前では外すって約束する?」
「おう、破ったらもんじゃ食ってやる。」
体の下にいる大人になりかけたカゲくんにマスクを返そうと手を伸ばせば、腕を捕まれた。
そのまま引っ張られ、前に倒れこむ。
胸の間に挟んでいた音楽プレイヤーを取られる際に、カゲくんの手が私の胸の先に触れてしまい、喘ぎを水で薄めたような声が漏れる。
服の上からなのに、胸の先にずるりと他人の手が這っただけで背筋の裏の心地よい冷たさが子宮へと落ちた。
はっと気づいたときには遅く、カゲくんは目を見開き唇を一文字に閉じて私を見ていた。
カゲくんは、体の下。
胴体の上から下まで熱が篭る。
お互い大人になりかけた体のまま、なにをするわけでもなにを言うわけでもなく暫く見詰め合っていた。








2016.11.05









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