彼のコッペリア








初期に登場していた金髪の東さんみたいなのは彼だった?という憶測と
キャラが非常に好みでした










戦隊物の特撮番組が終わったあと、どういうわけか私とミカエルさんしかいない日曜朝。
窓から見える景色は本日も晴天なりといった具合。
陽太郎は雷神丸を連れ、一緒に戦隊物を見ていたミカエルさんを置いてレイジさんと一緒にランニングに行ってしまった。
この天気だから、昼近くなってから汗だくのレイジさんが帰宅するに違いない。
三人のために軽食でも作っておこうと一瞬だけ浮かぶ。
昨日の昼から実家に帰ったゆりさんにメールをしても返事がない。
お淑やかで可愛いゆりさんは清潔感のある落ち着いたお洒落をするから、側にいるだけで華になる人。
優しくて、綺麗で、可愛くて。
陽太郎もレイジさんも私も、ゆりさんが大好き。
でも私はミカエルさんのほうがもっと大好きなのは、誰も知らない。
メッセージアプリの連絡先を眺め、ゆりさんのアイコンに表示されたネイル写真を見る。
栞ちゃんのアイコンは眼鏡写真、桐絵ちゃんのアイコンは浴衣姿で林檎飴を食べている桐絵ちゃんの写真。
どこで買ったか分からない寿司柄のシャツを着た髭面のおっさんがかめはめ波を撃っているポーズのアイコンは、どう見ても浮く。
ミカエルさんに何でこんな写真を撮ったのか、聞いたことはないし聞く気もない。
つけっぱなしのテレビの前へ歩んでいくと、フローリングの床にミカエルさんが突然死したような格好で仰向けに寝転がっていた。
朝起きてすぐに陽太郎に捕まったせいか、おっさんの体力は限界のようだ。
ケチャップでもブチ撒けておけば、完璧だったろう。
肌が白いから、一見すると死体のよう。
ミカエルさんが着ているシャツの真ん中に大きく「マグロ天ぷら丼」と書かれている。
紋所ネックレスを首にかけ、下に履いているのは、どう見ても甚平。
変な服を着ているのは日常茶飯事なので、気にしない。
日曜朝から新聞を片手に戦隊物の後番組として放映されているバトルアニメを見ているミカエルさんの背後に立って、近くのソファに座った。
「ミカエルさん、あのさあ」
突然死のポーズのまま顔だけこちらに動かし、眠そうな眼を向ける。
白い肌と色の薄い髪、彫りの深い目元の中にある眼だけ色が映えていて、顔立ちだけ見ると視線が一瞬だけ奪われる。
「はい。」
日曜朝、床に寝転がるおっさん、テレビは日曜朝のアニメ。
「ランニング行かなくていいの?」
「夜勤明けなんですよ、知ってますでしょう。」
疲れてるんです!と言う前に事実で追い討ちをかけ、残念そうにする顔が見たくてたまらなくなる。
「ミカエルさんが自作したにんじんしりしり、どうやって食べても人参グラッセだった」
「渾身のにんじんしりしり、なまえ嬢が食べたんですか・・・。」
呻き、わざと眠そうにするミカエルさんを構いたくなって、言葉をふっかける。
「もうちょっとカナダ人のふり徹底したら?」
ミカエルさんに突っ込むと、エクソシストのようにぬるりと起き上がり正座のまま私に向き合ってくれた。
今日はポニーテールを休んで、髷風団子にしている。
色の薄い髪が団子になった髪のあちこちで跳ねてて、少しだらしない。
陽太郎から解放されて暇なのか、楽な突っ込みにも乗ってくる。
「なまえ嬢、それはどういう・・・。」
「あんまりカナダカナダしてないのよ、ミカエルさんって」
強いて言うなら外人らしくスーツを着るかシャツとジーパンのスタイルをするとか。
週末はクラブに出かけるとか、そういうの。
大人なんだから、見抜けないことをたくさんしてほしい。
「ガダルカナル?」
「カナダカナダ」
朝日に照らされても色の欠片も見えない白い肌をしたミカエルさんに生える口髭の真下にある唇を見る。
色素は薄くて、何も言われなければカナダ人というのも信じてしまう。
「滞在歴が長い外国人でも、お里の香りは隠せないものなのよね」
「十分カナダ人設定でやってるつもりですが。」
「それはわかる」
「なまえ嬢、申して頂ければ改善に尽くしますよ。」
甚平を履いた太ももに両手を置いて、武士のような体勢を取ったミカエルさんがどこで買ったか分からない紋所ネックレスを指にひっかけた。
これじゃだめ?とアピールするミカエルさんを見つめる。
陽太郎と県外の時代劇村に行くたびに変な服が増えている気がして、軽く唸った。

人と言うのは、どれだけ繕っても発言、行動、思考などから生い立ちや個人を取り巻く環境や生い立ちが透けて見える。
この国の人間は外国に対して閉鎖的な部分が底のほうにあるから、気づく人はすぐ気づいてしまう。
異国出身で文化が好きと言っていれば大体の人は好意的に思い探らない、とカナダ人設定を考えた人は知っている。
「陽太郎と戦隊もの見て応援してるのは、カナダ人ぽいなあと思うよ、でもね、白熊がマスコットキャラ扱いされてることや、コンビニが多い日本になんの疑問も持たないカナダ人は滅多にいないのよ」
「カナダじゃコンビニよりドラッグストアのほうが多いですよね。」
「ああそれ知ってるんだ」
「承知しております故ご心配なさらぬよう、なまえ嬢は小難しいことを言うよりも笑っていたほうが素敵です。」
強気になって鼻で笑えば、ミカエルさんも微笑んだ。
どこか影のある笑い方をしているように見えるのは、人種的差異。
いつの間にか玄界の文化を受け入れる柔軟さも、にこ、と笑ったときの目元も、口元の深そうな感じも好き。
同時に立場も歳も性別も関係なく、おまえは玄界のものだ、と相手を見透かしてきそうな雰囲気だって、もしもあるなら味わってみたい。
どうしたって、私はミカエルさんが好きで、その好きは何の好きなのか不透明。
恐らくは、憧れなんだろう。
変なシャツを着る心意気には決して憧れていないけど、異世界の人物なのに訳のわからない異国に溶け込んで技術を分け与えていける根性は、私にないから。
ミカエルさんがいなきゃ、もともとは近界民の物であるトリガーも玉狛もボーダーの開発技術も成り立たない。
私の目線で見ればミカエルさんは玄界を助けるために存在する救世主のようにしか見えないけど、本当は違うのだろう。
きっと、私が想像するより深い事実が絡んでいるに違いないと思いたい。
世の中も世界も、そう甘くは無いのだと知ったふりをして偉そうにしていれば、目の前のミカエルさんに現を抜かそうとする恋で煮えた馬鹿な私が遠ざかる。
根は紳士なのか、女の子を呼ぶときは嬢と呼ぶ。
当然私のこともなまえ嬢と呼ぶし、悪い気はしない。
ソファにどっかりと座りなおしてから、また突然死のポーズをとらないように突っ込み続ける。
「クローニンっていうとロシア系でしょ、いい?常にケベックを見下しなさい!」
「えっ、不穏な行為はしたくないです。」
「あっちは多種多様に混ざってるから、差別も区別も多いしブラックジョーク熟知してないとすぐ割れるわよ」
「なまえ嬢は何故そんな詳しいんですか。」
「文化に寛容なだけ」
ミカエルさんが紋所ネックレスを弄り、何かを思い出したように呟く。
「文化に寛容なつもりでいても、たまに笑われますよ。」
「そりゃあね」
謎の日本語シャツから謎の色をした浴衣や甚平を着たミカエルさんは、どう見たって面白い。
きっと、そこらへんで売ってる安い英字プリントシャツや民族衣装風の服も同じように映るのだ、と思えば服を着るとき無意識に英字を避けるようになった。
難しい問題を解いているような顔をしたミカエルさんが、呻く。
「最近はサムライ、ヤマト、ニンジャやめて普通にしてるんですけどね・・・自分のことを拙者って呼んでたら寺島殿と諏訪殿に爆笑されました。」
遠い目をしたまま私を見るミカエルさんは、どこから見ても拙者という一人称を使いそうに見えない。
そういうのが面白いという人は、間違いなくいる。
私もその一人だけど、郷に入り郷に従ったミカエルさんなりの結果だ。
面白がっちゃいけないと思いつつも、ついつい構いたくなる。
ミカエルさんは、そういう大人だ。
「でも拙者と作務衣が普段着なの似合ってたよ」
「作務衣は楽なんですけどね、体型的にジャージのほうが楽なんです。」
突然死のポーズをしていたことに飽きたのか、ミカエルさんがのっそりと起き上がり、ソファにあった座布団を床に放り投げたあとキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開け、レイジさんが料理をした痕跡を探している音がする。
ふとテレビを見るとバトルアニメは終わり、また特撮が始まった。
青年がゲーム機を破壊しているシーンの罵声が聞こえる間、冷蔵庫を漁ったものの何もなかったらしく、キッチンからミカエルさんの声がした。
「木崎殿が美華恵屡玖楼忍って刺繍してくれた上着あったじゃないですか、着ているときは道行く人々に写真撮影されました。」
「あの写真まだ持ってるよ」
「エンジニアの間でチェーンメールみたく流行りましたね、日本人は流行が好きだ。」
「似合ってたから当然じゃないの?」
ありがとうございます、と篭った声がしたあと戸棚が開く音がした。
戸棚の中には抹茶セットが置いてある。
放り投げられた座布団を見つめ、朝日に照らされ鮮やかになっているのを見続けた後に目を閉じた。
瞼の裏で光が反射して、赤い中に光の残像が残る。
ふと浮かぶ淡い色は、ミカエルさんの目の色だろうか。
「抹茶はいいです、色も香りも拙者の国に無く見えずとも華やかであり、心地がよい。」
「うん、似合う」
拙者という一人称を聞き目を開けて、ミカエルさんの横顔を見つめて自分達と違う線を追う。
高い鼻根も窪んだ目も、引っ込んだ口元も確かに人の皮なのだ。
「カナダ人らしく…これ以上なにをしろと。」
潜んだ声がしたので目をあけると、後ろから抹茶セットを持ったミカエルさんが戻る。
大きな手の中じゃ簡単に割れてしまいそうに見える器は、幾度となく使われた。
「さっきのは面白かったから突っ込んだだけなのよね、意味ないの」
座布団に座ってから、ミカエルさんが不思議そうに見てくる。
「面白いってなんですか。」
「ミカエルさんと話したかっただけ」
一瞬だけこちらを見てから、キッチンから抹茶セットを持ってきたミカエルさんが座布団の上に座り抹茶を泡立て始める。
茶筅を器用に使う姿を見せながら、抹茶の香りを漂わせた。
「外人といえばなんでしょう。」
ミカエルさんの一言のあと、携帯が鳴る。
ゆりさんから「クリームクッキー買ったら行く!」と返信があり、ほっとした。
「陽気」
人はそうであるのが一番と、願望を答えとする。
「ヘイガールキュゥト、ユーアービュゥティフル、チャオベッラミィア。」
「英語はもうすこし流暢に、あと最後のはイタリア語だよ」
茶筅を置いたミカエルさんが抹茶を一口飲み、本人にしか聞こえない溜息をつく。
好きで何度も飲んでいるとはいえ、あの味がミカエルさんにわかるのだろうか。
今度ヒュースくんにも飲ませてみようと、ゆりさんへの返信を打ちながら思う。
もうひとつの器で抹茶を作り始めたミカエルさんは、泡立て始める前に何か忘れたのか椅子から立ち上がりテーブルから離れた。
「カナダは英語とフランス語が公用語でしたね。」
そうだよと私が答える前に、ミカエルさんが突如跪き私の手を取る。
大きな手のひらも指も乾いていて、手に持った熱を吸い取られるような気がして手を引こうとすれば強く握り締められた。
なにかとミカエルさんを見つめれば、しっかりと私の眼を見ながら続けた。
「Cheri, mon amour.」
窪んだ目の中の、凍てつく海の底の色。
「Tu me plais énormément.」
真剣な眼差しのミカエルさんに唖然とすれば、頭を垂れたミカエルさんの彫りの深い顔が伏せられ、額から生える高い鼻根の横にある瞼が暗く彩られた。
男性特有の長い睫毛が私の肌に触れる遥か手前で、口髭の真下にある薄い唇が私の手の甲に軽く触れた。
温度が伝わるか伝わらないかの感覚がしたあと、ミカエルさんがまた続ける。
「Tu es la plus belle des roses・・・って名前の曲、ありましたよね。」
「えっ?」
「1970年代の曲ですよ。」
「え、あ、なに」
驚いて言葉が続かない私を見て、ミカエルさんが微笑む。
目の中の色が楽しそうに光り、手をそっと離す。
「カナダの公用語にフランス語がありますでしょう、試しに映画で見たフランス語でも喋ろうかと。」
何も言えない私を見て、ミカエルさんがにこっとする。
ゆりさんからのメールが届く音がしたけど、反応してられない。
抹茶飲みましょう、と囁かれるのを待つ私は、いつから彼の手の平の上にいたのだろう。









2016.10.18












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