涙は滲まない








ライナー誕生日おめでとう
ってことで単行本読み返して思いついた考察とネタをごちゃ混ぜにした話








涙を浮かべて夜空を眺めるユミルになんていったらいいか分からず、呆然とする。
私はユミルやライナーやベルトルトのように傷を癒す力なんてなくて、ここまで生き残れたのも偶然でしかない。
だからこそ、今ここで私に向け言われる言葉は偽善のない真実ばかり。
「なまえ。」
歪んだ目で私を見るユミルの視線が、刃のよう。
私の体のあちこちから滲んでは乾く血を見たユミルは、可哀想な生き物でも見るような目で私を突き放した。
「なまえは帰れ、女神様は私だけでいいんだよ。」
「帰りたいけど帰っても行くところがない」
「バカ言えよ、なまえには調査兵団があるだろ、寝言にもなんねえこと言うな。」
「ユミルは、行くのね」
あたりめえだろ、と吐き捨てたユミルの目は、今にも泣き出しそうだ。
ここに至るまでの状況が状況。
クリスタ愛してる、クリスタごめんな、と言って泣き叫びだしたっておかしくない。
ユミルが奇声を発して壁の上から飛び降りることだけはあってはならないようで、ベルトルトがこちらを見ている。
何も出来ない私のことは、気にかけてもいない。
もう少しだけユミルに気力があったなら、首でも吊り始めそうだ。
そんなユミルを試み出さず見つめる私のような不用意かつ不本意で始末がつきにくく睨んでしまうものは、誰からも切り捨てられてしまう。
本心だけが戻れば私もライナー恋しさで叫び出す。
そんな醜い姿を誰かに見られるくらいなら、今すぐ朽ちたい。
ユミルが私を突き放した唇で、説得する。
「今日一日で嫌ってほど分かっただろうけどよ、なまえはここでさよならだ、帰れ。」
「今の状況、よくわかってないの」
「おいふざけんなよなまえ、ベルトルさんに食われたついでに脳みそまでどっかいったのかよ?なあ?」
責め立てるようなユミルの口調に、傷が疼いたような気がした。
怒鳴り散らしそうな顔を一瞬だけ見せたユミルが、私を優しく突き放す。
「なまえの立場から分かりやすくいってやるよ、私とあいつらがなまえの総合的な立場から考えて最も危険な場所に帰るんだ。」
「行ったら死んでしまうの?」
「死ぬっていうか…なまえなら死んだほうがマシだと泣き叫ぶようなとこだろうよ、まあそのへんはなまえにしかわかんねえ。」
「それどういう意味?」
「あれだよ、痛いの怖いの知らないの大好きってんなら話は別ってだけだ。」
「下品」
「なんとでも言えよ、お上品なクリスタがいいならもう帰れ。」
「ユミルはもういいの?」
「もういい。」
言い切るユミルを眺めても、時々体に痛みが走る。
痛みは苦しみも悩みも何も薄めず、傷が癒えるのを待つしかない。
傷が癒えること前提で考えてしまうことが、今の状況でいてはらないことの証。
ボロボロの私を横目で見るベルトルトの視線に気づいて、ユミルから目を離した。
ベルトルトの近くで項垂れるライナーは、右手で目元を覆い寝ているのかというくらい動かない。
さっきまで息を切らしていたけど、今は落ち着いたみたいで荒い息遣いは聞こえなかった。
ユミルの言葉にも反応せず、耳が聞こえない人みたく黙り続けてる。
先ほど呼びかけた時は反応してくれたけど、もう呼ぶ気力も尽きそうだ。
私の知っているライナーは、かっこよくて頼れる人。
兄貴分で優しくて強くて。
大きな体と怖い顔つきでも、私にとっては王子様。
大好きな人であることには変わりないけど、この状況で悲劇のヒロインのように泣き喚いて、疲れきり項垂れ時々息を切らし呻くライナーに嘘つきだなんて言えない。
何もいえずにいると、疲れきった目元のベルトルトが私を詰る。
「なまえがライナーが走ってる時に気の毒なことにならなかったのか、不思議だよ。」
「私もそう思う」
壁の上で寝転がり、怪我をした両足と脇腹から染みる痛みを感じる。
冷たい壁の上で風に晒されて匂う埃の匂いと、自分の血の匂いと、誰のか分からない汗の匂い。
乾いた髪の毛の中から匂う不愉快で不潔な匂いは、好きになれない。
不快だと思う暇もなく、焦燥感が胃を支配していく。
痛みは波のように傷口から頭の裏側の神経を這って、時々目の裏側で爆発する。
それらに耐えたくて、ベルトルトの言うことをしっかりと聞いた。
「立体機動装置を奪うために君を食った。近くにいた適当な兵士から頂戴すればいいと思ったから、まさか君だとは思わなかった。」
「あの時ユミルを連れて逃げようとしてたし、食われても仕方ないかなと一瞬思ったよ」
けどさあ、と続けてもベルトルトの目は変わらない。
「入団したのは個人的なことだし、超大型に恨みはない生まれだけどさ、色々と最悪な気分」
エレンと違って、と思えばベルトルトが最善の提案をしてくれた。
「君はここで今日の出来事から降りてもいい、というか、そのほうが有難い。」
「だよね」
「門に一番近いところまでは連れていける、そのあとはなまえの足でどうにかしてくれ。」
私の傷だらけで腐りそうな脚を見てもなおそう言うベルトルトをしっかりと見ても、狂気は感じられない。
遠まわしに死ねというベルトルトの気の使い方を尊敬しつつ、黙った。
足は疼いて、痛い。
衛生班がどれだけ手を尽くしても一生痕が残る醜い体程度で済めば幸運。
その状態の私を見つめていたベルトルトが、そっと目を伏せる。
「だけど…なまえ、君は…。」
何が言いたいのか、嫌でも分かる。
立体機動装置のために確認せず食ったのが私だった、それだけのこと。
早くに始末すればよかったものをわざわざ助け、ここまで連れてきたことに思い当たる理由。
「ライナーのことでしょ」
名前を呼んでも、ライナーは動かない。
本当に寝たんじゃないかと疑うより先にベルトルトが顔を伏せ、顔の前で手を動かす。
見ないでくれとでも言いたげな動きに内心失笑しつつ、気の毒に思う。
疲れ果てたユミルは寝たまま何も言わないし、ライナーも何も言わない。
聞こえていても話す気にならないんだろう。
ライナーに限って言えば、そういうことは何度もあった。
話しかけても会話が噛み合わない、それも愛嬌と思っている。
その程度で済んでいた私は相当おめでたい。
深く考えることはなく、疲れることもあると流していられない程の違和感に襲われたのは最近のこと。
「すまない、その、兵士のライナーから度々聞いてた。」
やっぱり。
私がそう言う前にベルトルトが付け加えて事実だけを私に付け加える。
戦士と兵士で分裂し、その間を行き来していたこと。
その時のことを考えて不本意に食った私を生かしてみたが、結局都合が悪くなった。
ライナーの不安定な精神状態の中にあるものは、故郷への思い。
そこに紛い物がないとしても、今の私は切り捨てられる可能性のほうが大きい。
それなのに私をここまで連れてきたことは、運命と言うか不運と言うか。
溜息をついて、夜空を見上げると背骨に痛みが走った。
一瞬息が詰まり目尻に涙が浮かぶ。
目と閉じて必死で耐えれば、痛みはひっこんだ。
数分後にはまた襲いくる痛みは、どうにもならない。
傷口が疼いて使い物にならなくなりそうな足の間に、何度ライナーを迎えたか。
何度本気で愛しあったか、そう思っても、それどころじゃないのは嫌というほど分かった。
恋心と愛情が意識に戻ってきた痛みと共に爆発し始める前に壁の上から飛び降りたほうがいい、たぶんそれは私を含む全員が思っている。

背中を押すように、ベルトルトが続けた。
「簡単にしか説明できないけれど、なまえが恋していたライナーは兵士のライナー。僕たちは戦士だ、戦士のライナーはなまえに恋をしていない。」
知っている、分かりきっているからこそ聞きたくなかった。
このまま戻ったとして、何が待っているだろう。
あの戦いで超大型巨人に食われたものの生還した奇跡の兵士、でも体が駄目になって退役したと裏で言われるのか。
生きて帰ったって、兵士として使えないなら兵士じゃなくなる。
そうなったら、私はどうやって生きるのか。
兵団に来る時点で生まれも育ちも限られるし、察されてしまう。
運だけ強く、頭脳も芸も特になくても、生きてる限り時間は限られる。
そんな逸話があっても、弄くられて話題にしつくされて、終わったら何もなかったように通り過ぎてしまう。
逸話の形だけが移り変わり、その姿はいつも不確か。
情けない体と共に歩んでいく人生にこれから何があるのか、私にはわからない。
見通しのある「わからない」と見通しのない「わからない」。
ならば、惹かれるほうは当然の如く。
ベルトルトが、選択を迫る。
「なまえ、選んでくれ。壁から下りて砕け散ったなまえの故郷を走り逃げるか、僕たちの故郷に来るか。なまえが僕たちについてくれば、命の保証はない。」
「あのさあ」
声を枯らしてベルトルトを遮れば、屑を見るような口ぶりをされる。
「何?」
優男のベルトルトが実は、そんなのはもういい。
秘密も事実も目の当たりにしたんなら、残るのは自分だけ。
「どっち選んでも私は死ぬよね?」
だってただの兵士だもん。
そう呟いたら笑えてきてしまって、焦燥感で笑いを塗りつぶす。
ベルトルトには不気味に見えたようで、ようやく目の色を変えてキツい言葉をぶつけてきた。
「もっと分かりやすく言おうか、悪魔の末裔は命があったところで僕らの故郷じゃ悪魔でしかない、君のような悪魔の女は戦士長でも触れたくない汚い実験の被験体になれたらいいほうだ。
もしその瞬間がきたとき、偶然居合わせたライナーが兵士だったのなら、奴隷くらいで済むかもしれない。なまえ、君は今の状況をわかってない、なまえにとってこの上なく酷い状況だ。」
ベルトルトの目が必死さに渦巻いて、瞳孔から冷や汗を流しそうな表情を浮かべる。
憎しみと脅迫、それしかないベルトルトを見つめたあと、ライナーに視線をやった。
戦士長って誰だよ、と思ったけど今はもういい。
「私、そこまで馬鹿じゃないの」
そう呟いても、何も言わない。
体を起こし、痛みのある節々を押さえつけるようにしてライナーに近寄る。
血の匂いがきついものが這い寄ってくるのがわかったのか、ライナーが私を見てくれた。
ライナーと目が合ったことが嬉しくて、痛みを忘れて微笑む。
「ライナー」
大好きな人の名前を呼ぶときだけ、私の体の痛みはどこかへ消える。
「なまえ。」
そうやって私の名前を呼ぶ声は、いつもと同じ。
大きく開いた瞳孔を縁取るような目の色が歪む前に、ライナーに寄り添った。
血まみれの鉄臭い手でライナーの肩を触れば、ベルトルトが俯いて溜息をつく。
一息に絞め殺してくれてもいいけど、もう少しだけ時間がほしい。
「貴方は戦士?兵士?」
ライナーにそう聞けば、答えはすぐに返ってきた。
「戦士だ。」
声の感じからして、何も言わなかっただけで先ほどの会話は全て聞いていたようだ。
それでもいい、そう思う私を、今すぐに。
「私は、ライナーが好きよ。」
掠れる声の合間に、血が滲む。
声帯の横が痛んで耳を抜けるように痛みが走り、瞼が痙攣する。
ひきつけを起こしたような顔を見せたくなくて思わず俯いて、痙攣が終わってからライナーを見つめた。
「戦う姿も、兵士のみんなで食堂にいるときも、ライナーはみんなのお兄さんだった、私が好きなのは兵士じゃなくてライナーなの」
「なまえ、いきなりなんだ?」
色素の薄い目元が、不思議そうに揺らぐ。
ライナーは笑うとき、いつも目元を細める。
「いつも言ってるでしょ、私はライナーが好きだって」
好き、と伝えるたびにライナーの口元が緩むのも、いつもと同じ。
「俺もだ…。なまえのそういう底抜けなところが好きだ。」
「何があっても折れなさそうなところが好きなの」
折れなさ過ぎて歪み分かれたとしても、好き。
今のライナーが兵士か、戦士か、見抜けるのはベルトルトだけ。
見抜いてほしいとは思わない、ライナーが私を殴り殺さないのならそれでいい。
「ライナー」
「なんだ、俺はここにいるぞ。」
「なんとなく呼びたいの」
ライナーが好きだという、私の底抜けな部分。
それは明るさなのか身の程知らずなところなのか、阿呆加減なのか。
聞いてみたいとは思えど、疲れきったライナーにかける言葉しか口を通らない。
「私は、ライナーの全てを知らない、けれど、ライナーの側にいたいって思うのね、私はライナーのものになっていいって信じてるから、私の体が傷だらけじゃなかったら今頃ライナーの傷の手当てをしているだろうし。
これきりでもいいし私を無かったことにしてもいいけど、私はライナーのもの、私は貴方の世界が、故郷が、見たいの」
伝え終えて口を閉じれば、声帯に妙な痛みが走った。
砂を喉に擦り付けて石を喉に貼り付けたような不快感と共に、ちくちくした痛みが肺から顎のあたりにかけて襲う。
悶絶の叫びを押さえ込めるのは、目の前にライナーがいるから。
ライナーがいなかったら歯を食いしばりながら叫んでいる。
頭の煮えきった私を見て、ライナーが唖然とした。
「なまえは兵士だったな。」
「うん」
迷いのない私を見て、ベルトルトが顔を伏せたのが横目で見えた。
ライナーに嘘つきにでも出会ったような顔をされて、吐き捨てられる。
「俺は戦士だ、昔も今もこれからもずっと、なまえは意味が分かってるのか?」
「わからないほどアホじゃないよ、コニーでもそれくらい分かる」
「ははは…あいつは馬鹿で呑気なヤツだった、いつも俺の髭とベルトルトの寝相を笑って、ジャンとふざけていて…。」
何かを思い出したようで、ライナーは表情だけ張り付いたように笑う。
コニーが物を投げればジャンに当たる。
そんな日常がずっと続けばいいと思っていたのは、私だけじゃないと思いたい。
「そういう時でも、ライナーは笑ってた」
「俺は口出しなんかしちゃいない、ただ馬鹿やってる奴らが教官に見つかって大目玉食らわないように見張ってただけだ。」
「どうして見張ったりするの?」
「見張るっていうか…ふざけるのも大概にしねえといけない時期があるだろ?俺は…。」
「ライナー、貴方は戦士でしょう」
一言そう言えば、ライナーは目の光を取り戻した。
「そうだな。」
ねえ、と声をかけた。
ライナーが私に向けた目を、よく見る。
いつもと変わらないライナーの表情を見て、ベルトルトからの忠告が吹き飛ぶ。
「私を連れて行って。」
血の匂いがする、薄汚れた女。
ライナーの故郷で私がどんなことになろうとも、その瞬間まで頭にはライナーの顔が浮かぶ。
後ろでユミルが乾いた笑いを飛ばし、なまえと呼ぶ。
振り向けば、軽蔑と畏怖を混ぜたような顔をしたユミルが私を睨んでいた。
「生まれ変わっても、なまえにだけはなりたくねえよ。」
最高の褒め言葉と皮肉を受け取り笑うと、頬から乾いた血の欠片が落ちる。
「ユミル、ありがと」
掠れた声帯を軋ませたまま言えば、ライナーが私の肩を抱いた。
大きな手が、血の匂いがする私を抱えるように寄せる。
「無視しとけ、なまえ、故郷につくまでは俺の言う事だけ聞いてればいい。」
頷けば、ライナーが私を強く抱き寄せてくれた。
もう戻れないことが、嬉しい。
慣れ親しんだはずの大きな胸板に寄りかかりながら、体の痛みを心の隅にある何も無いところへ滲ませた。







2016.08.01








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