14.5







:)男子高校生と如何わしい関係になったら死にかけた編
ここの分岐。終わり方が違うやつです。







翌日、ライナーは来なかった。
正確には来れなかった、が正しい。
無心のまま私との関係を言いふらしていたのが原因で学年主任から厳重注意をくらったと、ベルトルトくんから聞いた。
教師は事実確認と共に「何もなかった」ということを確認したい、だから公にはならず私の生活に影響はない。
私の家に教師が来ることもなく、話題をなかったことにして過ごすつもりなのだろう。
周りも、クラスメイトも、関わった人間も。
このままライナーが訪れなくても、仕方ない。
誰も厄介事に巻き込まれたくないのだ、私も、ライナーも、ベルトルトくんも。
そう思えば学校というのは見てみぬふりをするのが得意なところだ。
見てみぬふりをしないと豪語するなら、何故ライナーはああなのか、学校が誰かが助けるのか。
そうじゃないことがわかるから、大人は何も言わない。
私もそうでありたいけど、そうなったらおしまいだ。
黙って過ごす日々を過ごし、これでいいと思わせる出来事もなく時間の中に揺蕩う。
本の匂いのする空間が私のいる理由。
黙って仕事も辞めて引っ越せば、住み慣れた部屋の中で起きた惨劇の前触れのことも忘れられる。
気が向いたらそうしているし、日にちがまとまれば荷物もまとめたっていい。
でも、もしもだ。
私の家の玄関の扉を叩き、私がいないことを知ったライナーの気持ちを考えると、行動する気にはなれなかった。
ライナーのことだから私のことなんかあっさり忘れているかもしれないのに、そう思ってしまう自分がいる。
ややこしい頭の私は、今日も本の匂いに包まれていく。
返却カウンターに人影を感じて足を運べば、ベルトルトくんが立っていた。
手に本を持っているわけでもないので、周囲を確認してから近寄る。
「あの時すぐ返事できなくてすみません、大丈夫でしたか?」
真っ先にそう言うベルトルトくんの育ちを伺って、温かい気持ちになった。
「平気、ライナーはどう?」
答えは無い。
当たり前だし、ここで答えてしまうような子がライナーの友達なわけがない。
「ライナーがどうしてああなのか、聞こうかと思ったけどやめる」
余計なことは知らなくていい、大人はそう判断する。
その判断に反抗するように、ベルトルトくんが気持ちを付け加えた。
「ああなる前は、なまえさんが知るライナーでした。それがだんだん不安定になって、ああなって、学校の人に気付かれてないのは幸いなんですが……。言葉はちゃんと通じます、だから……。」
「ベルトルトくんは、いい友達ね」
ライナーにとって不幸中の幸いが、ベルトルトくんの存在。
決して私ではない、だからこそベルトルトくんに感謝しないといけない。
この件でベルトルトくんに一番感謝しているのは私かもしれないし、申し訳なくて笑いかければベルトルトくんが軽く頭を下げた。
「何もできなくてすみません。」
「ライナーは側にいてくれるベルトルトくんに感謝してると思うよ」
苦そうな顔をしたベルトルトくんを見て、以前の私なら頼りがない子だと思っただろう。
今はそう見えない。
「たまにライナーの様子を聞いてもいいかな」
もちろん、と答えたベルトルトくんが愛想笑いのまま告げる。
「いま学校がテスト期間で皆遊べずに項垂れてますけど、ライナーはなまえさんに会いたいって言ってました。」
悪いこともせずに、きちんとテストに取り組む周囲。
それらに溶け込めているのなら、何も心配することはない。
「テスト終わったら会えるかな」
それでもそう思ってしまう。
勉強するライナーの背中が浮かんで愛しくなる気持ちを掻き消すように、ベルトルトくんが申し訳なさそうに笑った。



帰ってきて鍵を閉めて部屋を見渡しても、誰もいない。
上着を置いて、冷蔵庫を開ける。
買い込んでおいた二人分のヨーグルトは一人で減るわけもなく、今日も一個だけ消費することにした。
蓋を開けて、捨てて、中身を使い捨てのスプーンで食べる。
静かな部屋で、これから何をするか考えた。
風呂に入ってさっさと寝てしまうか、明日の準備だけ終わらせて朝ギリギリまで寝るか。
どうしようかと悩んでいれば、チャイムが一回鳴ったあとに、二回ノックされる。
誰が来たのか分かって、ヨーグルトをテーブルに置いて確認もせずに開けた。
仕事帰りのくたびれた格好の私を見たライナーが、ぱっと明るい表情を見せてくれる。
「なまえ。」
堀の深い顔、大きな体、低い声。
間違いなくライナーなのだけれど、目元が異様なまでに暗い。
疲れ切った目元をしたライナーの頬を両手で包み労った。
「どうしたの、目元クマまみれ」
「一夜漬けした。」
日頃勉強していたこともボケすぎてついに忘れたのか、と不安になったけど、まず褒める。
頭を撫でると目を細められて、嬉しそうな顔をされた。
靴を脱いで家に上がらせ、ライナーが鞄を置いている間に減らないヨーグルトと使い捨てのスプーンをひとつ差し出した。
大きくて太い指の間にあるヨーグルトは小さく見えて、細くて小さなスプーンの上に乗せられたヨーグルトを一口一口食べていく。
お茶でも注ごうとグラスを手にとってから冷蔵庫へ歩む私の姿を見ながら、あの日のことをライナーが思い出し始める。
「肉…焼いたあとどうしたっけ。」
「あのあと食べた」
項垂れたまま動かないライナーをそっとしておき、破れた服を捨てて、全裸のまま食べた。
美味しかったけど、食べきる頃になって気持ちが悪くなりトイレでこっそり吐いた。
ライナーが順を構わず思い出す中、黙ってライナーの側にいる。
「そっか…投げちまった携帯、買い換えよう。」
「ああ、あれ動いたから気にしないで」
「そうか。」
ヨーグルトをまた一口食べたライナーの目の前にお茶を注いだグラスを出して、ライナーを見つめる。
一夜漬けだという目を覗き込んで、疲れているのに私の元へ来てくれて嬉しいと思う。
猫っ毛の髪を撫でれば、自然と笑みが零れた。
「祝日の日に行った店の香水の匂いが思い出せなくて、なんかの匂いに似てるって俺が言った気がするんだけど、なんだったかな。」
「シャンプーだって言ってた」
「なまえの使ってるシャンプーと似た匂いだったな。」
「そう言ってたよ、またあのお店に行く?」
気分がようやく晴れてきたようで、いつものキラキラした目を向けてくれた。
「おう。」
男らしい返事のライナーがヨーグルトを食べ終わり、グラスの中にあるお茶を一気飲みする。
太い腕を撫でてみると、ライナーが真顔のまま飛んだことを言い出す。
「なまえ、俺のこと気味が悪いって思う?」
「別に」
「なまえ、ここにいてもいい?」
「うん」
「なまえはなんで俺のことを知らないのに、全部許してくれたんだ。」
受け入れる私を、疑う。
言葉だけで疑い本心では猜疑の欠片もないんだろう。
そんなことは、もうわかっていた。
「善悪なんて見方で変わるんだから、自分を悪く思わないで、それ言い出したら私は未成年の魅力に食いついた変な女よ」
「ははっ、まさか。」
「ライナーのことを知ってるよ、皆より少し大人だから頑張りすぎることもあるけど真面目で兄貴分って慕われてる」
大丈夫だよ、と伝える。
暗い目元のライナーを早く寝かせてあげたいけど、寝る気はないようだ。
私を見つめたまま、寂しそうな声を出す。
「ベルトルトから聞いたんだろ。」
恐怖から逃れられずにいる気持ちを隠すように、探りを入れる。
ライナーの心が不安定なのか脆いのか、強さ故正義感に溢れ恐怖から逃れられなかったのか。
目を逸らさずにはいられない現実は、誰にでもある。
そのために世界は多様な可能性を孕んでいるけど、それすらも信じられなくなることが誰にでも起こり得る。
ライナーの心が、どう歪むのか。
辛すぎる現実や陥る状態や怖すぎる事情も、大人で耐えられないことだってある。
それを助けようと手を差し伸べるのが、私にできること。
「話してはいるけど、実際のとこ何も聞いてないよ、私が聞かなかった」
寂しそうな声が体に滲んでいくような雰囲気のライナーが、視線を床に落とす。
何かしてあげたいと思うだけにしても限度を考えて、と自らを戒めれば、ライナーが悲しそうな顔をした。
「ざまあないよな……ベルトルトがいなきゃ、だめなんて。」
思い切りキスしても、ライナーは助からない。
ただ、側にいればいいと分かっている。
「私もライナーがいなきゃ、ちょっと寂しい」
目の前から完全にライナーが消えてしまったら、暫くはライナーの側にある空っぽのグラスみたくなってしまう。
「ライナーと円満に別れても、たまーに思い出すだろうなあ、だって良い男だもん」
半分本気、半分冗談。
それに気づいたのか、ライナーが笑いながら私の首元をそっと触る。
捕らえるような目線がとても好き。
その目で見られるたびに、心が解放されていくような気分だ。
「冗談言うななまえ、思い出す?そんな存在になりたくてなまえの側にいるわけじゃねえんだ。」
「ライナーなら、そう言うと思った」
「当たり前だろう、俺がなまえから逃げられるような根性のないヤツだと思うのかよ。」
大人びた言葉も、態度も、この年頃で身についているということは処世術に他ならない。
どんな環境だったのか、私に知る権利はあっても行使したくなかった。
「なまえの前が一番落ち着くって、気がついた。」
私に気を許すライナーが、とても可愛らしい。
頼られている立場を行使するくらいでいい、ライナーの側にいたいと思う。
ライナーの髪を撫でて、背伸びして頬に軽くキスをする。
堀の深い目元を覗き込んで、誓いの言葉を告げるような気持ちで囁く。
「前に言ってたじゃない、気づかないうちに入れ替わるって、私が思う範囲では入れ替わっていたとしてもライナーはライナーだと思うのね。
接しててライナーの中身が完全に違う人になってるとか思いもしなかったし、ベルトルトくんの言葉に耳を傾けてしまう前に自分の知りえる範囲で決めればよかったのに、不安な思いさせたね」
ごめんねと囁いてから、ライナーを撫でる。
ベルトルトくんと聞いてから、あ、と声を漏らした。
「ああー…ベルトルト、迎えにくるかも。」
「迎えにくるまで、ここにいていいよ」
ということはここに来ていることが察されているのか。
それでもここにいていい。
何かの逃げ場になっていたとしても、私だけは受け入れる。
そういう気持ちでいるだけでいいならと達観した気でいれば、ライナーはすぐ「元へ」戻った。
「……俺が迎えに来るから、なまえはすこしだけ待っていてくれ。」
何の話をされているか、ピンとこない。
それでもいいと微笑んでいれば、何かを言う前にライナーに左手を握られる。
指の間にライナーの大きな指が入ってきて、手が苦しい。
「誰にも見つからないように、誰かが俺らのことを見つけにくる前に、俺らのことを知らないやつらしかいないところに二人で行こうぜ。」
「いいね」
「なまえとなら、どこまでも行ける。」
外から車が通り過ぎる音がしては遠ざかっていく。
こんな音もしない世界へ、どこかの国の小さな村だっていいし山奥でも谷底でもいい、このまま二人でどこかへ行ってしまおうか。
ライナーが出したヒントに同意するようにキスをすれば、縋られるように抱きつかれた。
この気持ちのためだけに荷物をまとめる日が近いうちに来るだろう、そう思った。






end






2016.07.14











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