希望的観測の背後






唯我誕生日おめでとう







「太刀川先輩は?」
「みかど餅ランドに行った」
「出水先輩は?」
「よねやんと三輪くんと焼肉らしいよ」
唯我くんの身近にその二人がいないと分かれば、わざとらしいくらい目に涙を浮かべた。
情けなくて今すぐにでも殴ってやりたい顔は、品よく歪む。
「国近先輩は?」
「FPS大会の地方代表で昨日からスタンバイしててボーダー来てない」
本当は朝一番の電車で行ったけど、そこは伏せて伝えた。
声を詰まらせた唯我くんを無視して、パッケージに貼られた賞味期限のシールから察するに三日くらい前に封を切られ冷蔵庫に放置されていたコンビニ限定ガトーショコラを食べる。
誕生日おめでとうの一言も言わない私を見つめた唯我くんが、耐え切れ無さそうにソファの方向へ歩く。
その歩き方の綺麗さに育ちが見える。
相変わらず生活感が溢れる太刀川隊のソファに、唯我くんが突っ伏した。
「ひどぉい!!こんな誕生日あんまりです!!!」
ガトーショコラを噛む歯にまで響きそうな声で叫んだ唯我くんを睨みつけても、足をバタバタさせて泣き声をあげるばかりで私を伺おうともしない。
唯我くんの脳内予定では、誰かしらに誕生日おめでとうくらい言って貰えたんだろう。
運がよければ隊室でパーティーを、なんて思っていたに違いない。
現実を受け入れつつ悶える唯我くんの無駄に綺麗な足が、子供のようにバタバタしている。
ボーダーの一番大きいスポンサーの息子だから、と気を使わない太刀川隊の皆には流石としか言いようがない。
唯我くんが解消しようのない不満を叫ぶ。
「何故ですか!戦力外通告はともかくとして、誕生日に伝言のひとつもないとなると人格否定を通り越して存在の無価値を唱えられている!」
「どんだけ誕生日が大きいイベントなわけよ」
「なまえさんだって分かるでしょう、若いひと時の特別な日ですよ!それを祝わないなんて誰の隣人になれるというんですか!」
「あーもう、難しいこと言わないで」
気にしていないんじゃない、気にされる事柄じゃなかっただけだと言えば、たぶんもっと泣き出す。
現実は甘くないし、冷蔵庫に放置されてたガトーショコラも甘くない。
出水くんあたりが買ってきたものを皆で一口ずつ摘んで「思ったより甘くない。」という理由で冷蔵庫行きになったであろうガトーショコラの残りを食べる私を差し置いて、唯我くんは自分のことばかり。
世間知らずは予想している事態を受け入れないと、すぐこうだ。
ペットボトルの温い水を飲んでガトーショコラに持っていかれた水分を補給してから、唯我くんに構う。
「ううう、こんなのあんまりだあああ。」
「祝ってほしいだけなら「ボクは誕生日です」って襷かけてラウンジまで疾走してきなさい」
「そんな罰ゲームをしてまで祝ってもらおうという考えが出るほどボクは卑しくないんですよ!!!」
「いい加減黙りなさい」
誰が置いたか不明の熊クッションの上に座りなおして足を揉めば、ソファから悲鳴が聞こえる。
「青少年健全育成条例違反だ!ソーシャルワーカーを呼んでくれ!」
「現時点でその条例に違反する状況じゃないよ」
「現状把握に対する語彙力と知識力が一時的に著しく低下するほどの心的外傷を負った!心療内科医を呼んでくれ!!」
黙れと一喝すると、ソファに突っ伏した唯我くんが唸り始めた。
「ボクの何がいけないっていうんですかあ…。」
「日頃の行いってやつじゃない?」
「ボクが日頃から行儀が悪く品の無い人間だということですか?」
「そこまで言ってない」
ガトーショコラの最後の切れ端を口に突っ込んで、仕方なく食べる。
もさぱさした生地、ほろ苦い味、コンビニ限定でしか味わえないものを水で流しこんで、あとでちゃんとしたものを食べようと思う。
ペットボトルの蓋を閉めて、太刀川くんの使いかけと思わしき箸の横に置く。
「素直に一人は寂しいですーって言えばいいのに」
寂しいという単語が矢のように刺さったのか、ソファに突っ伏していた唯我くんが飛び起きて私を睨みつける。
視線を追えば、涙目のまま私を見ていた。
「そんなわけないでしょう!夕方からパパがホテルを貸しきってボクの誕生パーティーを開いてくれます!寂しくなんかないです、この不当な状況に心が痛むだけです!」
肺の奥に溜まっていた息まで吐き出す勢いで溜息をつきながら、熊クッションの上に倒れこむ。
上下反転した世界のまま唯我くんを見れば、唯我くんの目はまだ潤んでいた。
「不当?」
そうですと続ける唯我くんの動きそのものは、普通の人間がやればうざったくてわざとらしい。
綺麗な髪を方耳にかけた唯我くんが、嘆いた。
「出水先輩も国近先輩なまえさんも、みんな祝ってもらえてたのに…ありえない!このボクを無視するなんてありえない!」
「まあわかる」
「そうでしょう!?この理不尽!耐え難いっ!」
「私はともかくとして、二人のときは祝ったの?」
「え、いいえ…祝うとこに立ち会ってないので。」
不当だという気持ちはわかるぞ、と呟いてから本題に入る。
「ほんとゴミの劣等感の集大成加減は国宝級だよね」
そう言ってから熊クッションの上を離れて手をついたまま髪を整えれば、涙声が飛んできた。
「誰がゴミですか!なまえさんはボクの気持ちを理解する前にカウンセラーの資格でも取ってください!」
「いいねー、唯我くんみたいな子を宥めるの嫌いじゃない」
遠まわしな言葉を、そのまま受け取る。
「そうなさってください、なまえさんは純粋なボクに酷い言葉を投げかける余裕があるんですから人心掌握術くらいできるでしょう?」
「物言いをどうにかしないと部下の一人もできないよ」
「突然何を言い出すんですか、ボクは部下なんていりません、将来的に尊敬されればいいんです。」
捻くれて卑屈になった人間とは思えないような顔と、妙な姿勢の良さ。
泣いても喚いても、数分後にはケロッとしてる。
どうせ今日もそうだろうと食ってかかると、思ったとおりの反応が返ってきた。
「なまえさんは心が痛まないんですか?」
「何に対して?」
「今のこのボクに対してですよ!!」
「特に痛まないっていうか、泣き喚いてる唯我くんが面白いだけ」
「鬼畜だ!なまえさんは外道だ!」
言葉をまっすぐにしか受け取らなくて、それでもへこたれない育ちの良さ。

「聞き流してくれて構わないけどさあ」
そう前置きしたのに、唯我くんは耳を傾ける。
よくわからない奴が言うことなんて無視していいのに無視しない。
人に尊敬されたくて堪らないから、人を無視できない。
周りなんてどうでもいいけど尊敬だけは欲しいと割り切るには、まだ若すぎる。
涙目のまま私を見る唯我くん、今ここには私と唯我くんしかいないから、殴りまわして廊下に捨てたっていい。
不思議と、実行する気にならなかった。
自分が何か知りたいのに答えがない年頃の子供で、家に金はあって、金は結局のところ何も解決しない。
だからコネで太刀川隊に入った無謀さを省みない程度には、子供。
「唯我くんが、誰かに心の底から憎まれてるなら出水くんも蹴らなくなるよ」
何のためにボーダーに来たのか、聞いたことはない。
ロクな理由じゃないことは察せるし、コネを使ってまで太刀川隊に入った理由を聞けば答えてくれるであろう唯我くんの性格を見ていると、他人どころか自分にも逆らえなさそう。
大体ボーダーに一番金を出せる企業の一人息子なら、もっといい道を選んだっていい。
有名大学へ飛び級とか有名企業へのコネ内定とか。
一番大きいスポンサーの息子がA級1位へ、と話題性だけの社会的体面を考えてのコネ入隊をしたんなら、頭の回転が一周してアホ極まりない。
「いじめられても本当に嫌われたりしないことのほうが多いんじゃない?」
「ボクはいじめられてなんかいません。」
「ならいいけど、尊敬されるときに周りの評価はすっごい重要になるから、そのへんスルーしたくないのはわかる」
「だから!ボクはいじめられていません!出水先輩がボクに厳しいだけです。」
「知ってる」
熊クッションを抱きしめ、呻いてから続ける。
「もしくは嫌われてることに気づかないほど人を疑うことなく育った環境の良さが行動の節々から見えて、顰蹙買ったりしてるんだと思うよ」
私を見る目の、曇りのなさ。
人から好かれることは殆どないであろう性格であっても、それらが伴うに十分な身なり。
それが気に入らないという人は大勢いる。
私はそうじゃなくても、大勢がそうだ。
気に入らない態度と尊大なアホさに嫌気が差しても、見捨てる気にならない。
抱きしめている熊クッションの代わりにするには惜しく、幼い。
「あと金は選択肢のひとつに過ぎないし解決もしない、まずは他人を認めてみなさいな」
「認めてますよ!」
強気な一言に火がついて、熊クッションを放り投げて唯我くんに歩み寄った。
唯我くんがトリオン体でいるのをいいことに、拳を振り上げてみる。
「唯我くんの言う認めるは!存在を認知したとか!その人がそこにいるとか!そういうレベル!」
反射的に肩を竦める動きをして目だけこちらを見る唯我くんを追い詰めるような物言いをすると、そんなあとか言いながら後ずさった。
出水くんなら殴りかかるし蹴りかかるし、これからも唯我くんの心が痛い目を見ることは何度もあるだろう。
それなのに辞めない、そこが理解できない。
振り上げた拳を下ろして腕を組み、見るもの全てが珍しい動物に見えていそうな目を見つめた。
「たしかにねえ!生活と教養と環境生い立ち育ち全部のレベルが違いすぎて庶民や貧乏人とは話が合わないだろうけど!それを態度に出さないの!そうすりゃ魅力は分かってもらえるよ!」
「魅力?」
うっかり口に出した言葉を逃がさないあたり、頭はいいんだろう。
涙が晴れてキラキラした目を向けてきたので悪態をつくつもりで突き放す。
「あれよあれ、寡黙で語らないほうがモテるっていうあれよ、烏丸くんみたいなあれ」
「卑しい貧乏人の魅力なんて要りません。」
余計なことをと拳を振り上げてみれば、俊足で逃げられる。
それでもすぐ近くに戻ってきたぶーたれている姿は、どういう人間か思い知らされた。
「先輩達をパーティーに招待してもよかったのに。」
「太刀川くんを招待しても唯我くんそっちのけで食い散らかされるだけだと思うよ」
「それでもいいです、ボクが迷惑を被ることじゃありませんから。」
そうやって拗ねる顔の歪み方に育った環境が見え隠れする。
出水くんの隣に黙ってる座る姿、太刀川くんと国近ちゃんがゲームしている姿を黙って見つめている姿。
何度も見た姿が、思い起こされる。
「お金持ち独特の態度っていうのは偉そうに見えるんだと思うよ、今回は諦めなさいな」
私から出る精一杯の慰めに、黙り込む唯我くん。
こういう時に、育ちというものは出てしまう。

涙がひっこんできた唯我くんの目の前に、百貨店のリボンには遠く及ばない粗末な飾りのついたピンク色の袋を差し出した。
「はい、そういうわけでコレは貧乏な庶民からのプレゼント」
私の手にある袋を見た唯我くんが唖然としたのを見て、手をひっこめる。
「いらないよね、知ってた」
力なく緩んだ手首を支えるように、唯我くんが袋へと手を伸ばした。
何も言わず、真顔で黙り込み袋を手にして、両手で袋を掴み私の手から取り去る。
丁寧に袋を受け取った唯我くんが、そっと胸に抱えたまま自分の鞄があるスペースへ行ってくれた。
中身を確認しない唯我くんが一瞬だけ不気味に見えてしまう。
抜け道を抜けるような足取りで鞄の元へ行き、鞄を開け、袋を中に仕舞って、鞄を閉じる。
受け取ってもらえて安堵したので、今日はもうおしまい。
唯我くんの背後で一瞬だけ顔を赤くして、そっと現実へ戻る。
そんな簡単に終わるほど、現実は甘くないことは期待していた。
鞄を閉めた途端に唯我くんは立ち上がり髪を靡かせ得意気な顔をして、さっきまでの空気がどこかへ吹き飛ぶ。
「はっはっは!!なまえさんは実に物分りのいい女性ですね!今の今までボクを焦らして孤独感を与えてから喜ばせようというサド公爵を甘くした魂胆、素敵です!」
「ぶっ飛ばすよ」
冗談を言えば、唯我くんが私の手を取る。
爪まで綺麗に手入れされた細くて色の白い手の平が私の手を包み、先ほどまで涙目だった目を輝かせた。
「今夜の招待を決めました、なまえさんにします。」
生意気な顔をした唯我くんが礼儀正しく誘う。
まっすぐな目をする唯我くんに、自分の持つプライドをかけて駆けあう。
「パーティーって、ドレスとか着るの?」
「もちろん。」
「持ってないよ、行けない」
「じゃあお貸しします、執事に手配させますね。」
「ドレスの丈、ミニは軽く見えそうだから絶対に嫌だよ、マキシがいい、それから安いパニエの入ったのは嫌」
「ボクの隣に立つ女性にそんな安い格好させるとお思いですか?来客用の服に妥協はしません。」
「シュミーズドレスのデザインに似たものがいい」
「わかりました、何色がいいですか?」
「臙脂色」
「いいセンスをしてますね、あとで控えの者にドレスのサイズを伝えてください。」
「髪もアップにしたいんだけど」
「スタイリストも呼びますね、着替えの際にお待ちください。」
あっさりと了承され、普通のところでひっかかる。
「ていうかそれどこで着替えるの?」
こいつは何を気にしているんだ?という顔をされ、今日の夕飯の教える口調で疑問を解決させてくれた。
「キャデラックの後部座席ですよ、メイドも同席させますから安心してください。」
「へえ、ジャガーとか乗るイメージだった」
「ジャガーは日本の気候に合わないのでフランスの別荘に置いてます、乗りたいんですか?」
「いつか、ね」
唯我くんが携帯を弄り、どこかへ連絡する。
執事とやらに伝えているのなら、数時間後に私はお嬢様扱いだ。
もうすぐ別世界が見えるというのに、シンデレラのふりはできそうにない。
金に目が眩んだシンデレラなんて、ガラスの靴が両方砕けて足が血まみれになっても怪我に気づかないだろう。
そうはなりたくない、金なんてどうでもいい。
唯我くんの歪みの無さが、有り余る程の金と環境の増築により生まれたものだとしても、過程はいらない。
得意気な笑みを浮かべた唯我くんが私の服装に指図する姿は、世間知らずの坊ちゃまの普段の顔。
「臙脂色のドレスなら靴は黒にしましょう、そのほうが映えます。」
「白がいい」
「黒のほうが足が美しく見えますよ。」
これが当たり前だというのなら、金持ちになりたくない。
興味があるのは金ではなく、唯我くんそのものであると言っても私は唯我くんの家の金で成せるものに包まれるだろう。
唯我くんの側にいるために必要なことだというなら、仕方ない。
臙脂色のドレスを着るのが初めてな私に満足そうな目を向けた唯我くんが、正直なところ好き。
見栄を張っても嘘がつけない正直さと素直さは、健全な少年。
偉そうな顔をする唯我くんが、私の前で偉そうにした。
「このボクの隣に並べるんですよ、家族には見る目のある偽りなき素晴らしい女性だと紹介致しましょう!少々派手でも何も恥じることはありません。」
「やっぱりぶっ飛ばしていい?」
拳を振り上げた状態のまま迫ると、面白いくらいに飛び跳ねてくれた。
「やめてください!やめてえ!」
叫ぶ唯我くんを笑って追いかければ、私を伺いながら逃げてくれる。
ソファで喚くよりずっといい日になっただろうか、そう思いながら唯我くんを冗談半分で追いかけた。







2016.06.30






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