フィルターの交換に参りました





桃山さんリクエスト
年上のお姉さんに告白してフラれてもなお、あの手この手でアタックしまくる荒船くん






私と荒船くんの関係は、幼馴染。
荒船くんは慕ってくれて、よくお邪魔しては世間話をしたり勉強を教えたりする。
進学校へ行った彼が教えを乞いに来るのは、すこしだけ苦手な国語と家庭科や美術などの副教科。
荒船くんのことだ、かっこつけて誰にも苦手なことを話していないんだろう。
こうして私のところにやってきては必死に家庭科を習う荒船くんを、厄介だと思ったことはない。
今日もそうだ。
コップに注がれたのは、お茶か、優しさの塊か。
小奇麗な袋とコップを持った荒船くんが、私に袋を差し出す。
「なまえさん、お茶菓子ですけど…。」
受け取り、袋の中身を伺い心臓が止まりそうになる。
大好きなお茶菓子ブランドの包装紙が見えて、慌てずゆっくり取り出し、丁寧に包装紙を剥がす。
家に帰ったら包装紙でブックカバーを作るんだ。
包装紙の下からお目見えしたのは、先日発売した新作の水餅あずきといちごのセットだった。
「これっ!新作!」
歓喜の声をあげて、荒船くんを見る。
「いきなり、どうしたの?」
「なまえさん、以前ここのお茶菓子を美味しそうに召し上がっていらしたので。」
笑顔でそう言う荒船くんの有難さに、涎が出る。
水餅、響きだけでも美味しそう。
前に来たときに出したお茶とお菓子を覚えていた荒船くんを、思い切り褒めたい。
「俺もお茶が好きで、ここのお茶菓子たまに食べるんです。」
「ありがとう、荒船くん」
これが、幼馴染の会話。
なんてことはない、長年の付き合いだ。
私のほうが年上だから、気を使わせているんじゃないかと思うこともある。
特に荒船くんが高校生になったあたりから敬語を使うようになって、目上との接し方を覚えたんだなあと思った。
大人の私が軽く思うことほど、本人にとって大事なんだろう。
荒船くんは、アクション映画が好き、お茶が好き、お好み焼きも好き。
他にも好きなものはあるんだろうけど、それくらいしか知らない。
我が家に来てアクション映画のDVDを見れば、奇声罵声を叫びながら観てくれる。
真面目そうだけど、とても元気な子。
幼馴染だから、よーく知ってる。
荒船くんは歳相応に元気で、夢があって、ボーダー隊員になるくらい意思が強くて。
どんな大人になるか、楽しみだった。

家庭科の宿題が終わり、手には絆創膏まみれの荒船くんが鞄を漁る。
何度も針が刺さる指を見て、その指の傷のなさに若さを感じてしまう。
大人になるというのは、こういうことか。
半分気持ちをどっかにやっていると、絆創膏まみれの指がチケットを一枚差し出した。
荒船くんとチケットを、交互に見る。
「これ…。」
映画のチケットで、タイトルは「マチェーテ・キルズ」。
ロバート・ロドリゲスに手を出してしまったものの、怖気づいたのかチケットをやるということなのか。
「前売り券、二枚あるんです。」
予想は外れ。
チケットと荒船くんを再び交互に見て、笑う。
にやっと笑った荒船くんが、おっぱいマシンガンのマスコット携帯クリーナーを差し出した。
「ちなみに特典のマスコット携帯クリーナーも、二つあります。」
思わず笑ってしまうと、荒船くんはアクション映画の俳優のようにへっへっへっと笑い出した。
面白い子だ、と思いつつ、ありがとうという気持ちと同時に沸いてくるものがある。
「ありがとう、でも、なんだか悪いよ、私のほうが年上だから、映画のあとにでもご飯でもご馳走させて?」
申し訳半分でそう言えば、荒船くんは嬉しそうにした。
「是非ご一緒させてください。」
きっと、美味しいものが食べられると思っている。
男子高校生が好きな食べ物って、なんだろう。
おしゃれにコーヒーとサンドイッチなんていっても、男子高校生だ、ラーメンや焼肉やお好み焼きへの憧れが止まらないはず。
映画館近くのお好み焼き屋を探そうと決めて、荒船くんに笑いかけた。

ヘリコプターに内臓を巻き込まれ飛んでいく敵、おっぱいマシンガンに男性器型砲。
実は3Dメガネをかけても見えないセックスシーンに、あとから騙される人は続出するだろう、そこが見所でもある。
浮世離れした殺人マシーンになる主人公と、永遠の敵。
これもアクション映画につきものの関係性。
撃ち合い殺し合いが激しいなら内容なんてどうでもいいというのが本音だけど、中身があると虜になる。
アクション映画というのは、そういうものだ。
飛び散る血肉内臓、殴り合いに若干のエロシーン。
これぞアクション映画、これぞ娯楽といった映画を観て満足な大人の私。
荒船くんはどうかと観れば、満足そうにしていた。
アクション映画フリークは今日も元気。
お好み焼き屋さんに入りご馳走すれば、「なまえさん、今日はありがとうございます。」と言われた。
何度も聞く言葉。
幼馴染なんだから、歳なんか気にしないでタメ語でいいのに。
それは、荒船くんの育ちの良さがそうさせないんだろう。
お好み焼きを食べる荒船くんの箸の使い方、口の拭き方に至るまで、育ちの良さが伺える。
たまに耐え切れず水を飲む仕草だけは、歳相応。
少しずつ大人になっていく荒船くんを落ち着いてみれるから、大人になれてよかったと思う。
にこにこしながら見てる私をよそに、お好み焼きを食べる荒船くん。
ちらりと私を見て、目を伏せて、噛んでいるお好み焼きを飲み込んで、水をぐいっと飲んで、それから喋る。
「俺、なまえさんといると落ち着きます。」
「そう、よかった」
店内有線が、明るいメロディの曲を流す。
まるで私の心境だ。
あんなに小さかった荒船くんも、高校生。
「なまえさん、嫌じゃなかったら、また映画行きませんか。」
うんいいよ、と返事をする前に荒船くんが告げる。
「今度来るときは、カップルとして。」
有線から流れる明るいメロディが、離れて遠ざかるように流れる。
何も言えず、荒船くんの顔を見た。
冗談ですよと笑い出すことはなく、まっすぐと真剣な目で私を見つめている。
ああ、これは、わかる。
返事を待っているんだ。
明るいメロディの曲が刺さるように感じてから、太ももの辺りがひやっとした。
お好み焼きから出る湯気は暖かいのに。
食べかけのお好み焼きに手をつけようかと思ったけど、真剣すぎる荒船くんの目に食欲が止まる。
目を合わせて、目を伏せて、ねえと声を漏らす。
「荒船くん、気持ちは嬉しいけど」
その先を言わせないように、荒船くんが遮る。
「付き合ってる方が、いるんですか?」
「いない」
その一言に安心したような顔をしてから、不思議そうな顔をする。
じゃあなんで、と言いたげだ。
自分じゃだめなのか、どうしてだ、なんで。
そう顔に書いてある。
今の今まで気づきもしない、それは幼馴染として見ているフィルターがあまりにも強固だったことを知る故。
溜息を飲み込んで、最近のことを思い出す。
私の好きなお茶菓子をくれて、映画の前売り券を二人分買ってくれて。
もしこれらの行為が幼馴染じゃないのなら、どういった意味に取れるか。
そうして気づく、大人である私が荒船くんを今この瞬間までどういった目で見ていたか。
もう一度、荒船くんの顔を見る。
俺は貴女が好き。
そう顔に書いてあった。
「荒船くんは、友達だよ」
食べかけのお好み焼きに手をつけて、えび玉を一口。
とても美味しいけど、目の前にいる荒船くんは信じられないものを見たかのように俯きかけている。
こんな荒船くんは見たくなかったけど、仕方ない。
私は年上、荒船くんは年下な上に学生。
ここでハイいいよと言うわけにはいかない。
えび玉をまた一口、美味しいと思う前に荒船くんが呟く。
「俺はなまえさんが好きです。」
ありがとう、と呟くくらいしか出来なくて、今すぐこのお好み焼き屋に男性器砲をブッ放つサド女王様が現れて店を破壊してくれないかと祈る。
映画のように上手くいくわけもなく、大した会話もないままお好み焼きを奢って終わった。
アクション映画の世界なら、告白なんてしたら脳漿をディナーにされて骨で看板を作られてしまう。
そのはずだった。
荒船くんが立ち上がり、私の手を握る。
潤みかけた目は可哀想だけど、応じるわけにはいかない。
手の中からそっと逃れ、お好み焼きを食べる。
今の答えを目にした荒船くんは座り、同じようにお好み焼きを口にした。




帰宅すると、玄関前に荒船くんがいた。
チャイムを鳴らしても、誰も居なかったんだろう。
「荒船くん、こんにちは」
挨拶をすると、荒船くんは笑った。
「こんにちは、なまえさん。」
玄関前にいる高校生を迎えるために、鍵を開ける。
幼馴染だから安心しているけど、これが他人なら殴り叫んで追い返す。
なんだかんだ、幼馴染だから許しているんだ。
それは荒船くんも分かっている。
家に招きいれ、靴をきちんと揃える荒船くん。
リビングに鞄と、鞄から取り出した携帯とハンカチだけ置いて手を洗う。
冷蔵庫から適当なお茶を出してコップに注いでいるうちに、荒船くんがのっそりとリビングにやってきた。
昔から、リビングの椅子の手前に座る。
そうしてテーブルを見つめて、それから天気を確認するように窓を見つめるのが、荒船くん。
テーブルの上に視線を落とした荒船くんを見て、自分の分のお茶を用意する。
「携帯クリーナー、使ってくれてるんですね。」
私の携帯についた、前売り特典のマスコット携帯クリーナー。
貰ったからには使用するに決まっているじゃないかと思えば、荒船くんらしくないことを言い出した。
「…捨てられたと思ってたのに。」
寂しそうに、そう言う。
荒船くんの見た目はいつもどおりだけど、中身はぐしゃぐしゃなんだろう。
若い頃に経験した失敗が脳裏に浮かんで心中を察し、荒船くんの横顔を見つめた。
本人には違いないのに、寂しい顔をした荒船くんは別人に見える。
これが5歳くらいの荒船くんなら、どうしたのと駆けつけて抱きしめるけれど、そんなことする歳じゃない。
お茶のコップをふたつ持って、テーブルに置く。
一切手をつける仕草をしない荒船くんに向き合って、大人の対応をした。
「私ね、荒船くんとは付き合えない、けど荒船くんのことを嫌いになったわけじゃないの、貰ったものを捨てたりなんてしない」
「何故ですか。」
若さ故の、率直な意見。
「俺と付き合えない理由は、嫌いじゃないなら何ですか。」
若いから、わからないんだ。
そう思うと、若さとは恐ろしいものだと気づく。
多くの人が縋りつき追い求める若さ、失ってもなお求めようとする若さ。
大人になり若さの恐ろしさを体験した者だけが出来る愚かさは、若いということの甘い蜜の部分だけを吸う行為。
なまえさんはずるい、大人はずるい。
そう思っているに違いないと言い切っていいだろう。
「荒船くんは、大人になったら素敵な女性に巡り会えるよ」
途端に荒船くんが私を睨みつけて、食いかかるような視線を向けた。
「俺は未熟だと」
「うん」
そういうことだ、分かれ少年。
校長にでもなったかのようなことを思う私は、荒船くんのただの幼馴染。
無言の圧力をコップの中にあるお茶で流すために、飲む。
冷えたお茶は美味しくて、頭がすっきりした。
荒船くんを正しい道へと進ませてあげるのも、大人の役目。
「荒船くんが思っているよりも、世界には細かく狭く、時に広く膨大に色んな世界がある、学校も、ボーダーも、荒船くんが大好きなお好み焼きも、大人になったら鮮明にくすみなく見える。
困ったときは大人を頼っていいし、荒船くんがまっすぐに進めるための周りだと今は思っていいんだよ、だから大人になるまでのことは」
「なまえさんがいるのに、俺の世界がくすんでいるとでも?」
静かに、はっきりと言い放つ。
いつもより低く聴こえた荒船くんの声が、耳に残ってから刺さりそうになる。
思いが伝わるような声をした荒船くんの顔は、また真剣になっていた。
「女なんて星の数ほどいるって言いたいんでしょう。」
「そこまでは言わないけど、新しい出会いはこれからあるよ、たくさんある」
「なまえさんまで、そう言うんですか。」
「誰かに同じことを言われたの?」
そこだけは口を噤み、一文字の唇が開いたと思えば切羽詰った声がした。
「月はひとつしかない。」
荒船くんの静かな声。
星の数ほどいる女の対義語を作ったのだろうか。
そうだとしたら、頭の回る子だ。
幼馴染の荒船くんが、私に迫る。
「真っ暗でも綺麗で輝いてて、どれだけ暗くても照らしてくれて、太陽みたいな…俺が困ったり挫けそうになったときに照らす月は、ひとつしかない。俺はそう思ってます。」
溜息を飲み込むために、お茶を一口。
荒船くんは、たぶん本気だ。
若いなりに本気なのはいいこと、でも、これは少し話が違ってくる事柄。
慎重になりたくて、誘導するつもりで口にした。
「太陽じゃなくて月を例えにしたのは何で?」
「月が綺麗ですね。」
頭がぐらっとして、つい笑ってしまう。
コップの中のお茶は、私だけ半分も減っている。
腕を組んで俯き、潜めて笑ってから荒船くんを見た。
真剣な顔、頬はすこし赤い。
決意まみれの瞳は私を捉えている。
「荒船くんは、本当にしっかりしてるね、年上と付き合うって、どういうことか分かる?」
伺うと、荒船くんはまっすぐ私を見ていた。
「わかります。」
「言ってみて」
「器が試されると言いますが、相手への思いの大切さが試される付き合いではあると思います。」
その思いが、どれほどのものなのか。
大人は思いの方向も内容も重視していかないと、先へと進まない。
突進していくだけでは幸せになれないことも知っているから、大人は一瞬だけ足を止めて一瞬だけ考える。
きっと、荒船くんはそこまでしない。
荒船くんの浅さを、確認することにした。
椅子から立ち上がり、座っている荒船くんの側へ歩み寄る。
何かと私を見上げた荒船くんの清潔感のある目元と、シャツから僅かに見える首元。
腕をそっと荒船くんの肩に絡ませ、女性独特の柔らかい動きをしながら荒船くんの顔を至近距離で覗く。
「分からせてもらいたい?」
囁けば、荒船くんが頬を赤らめ硬直した。
歳を考えれば当然の反応。
ここでどう出るかで、決める。
「いいえ、俺が自ら理解します。」
あっさりそう言った荒船くんに負けて、体を離す。
荒船くんは椅子から立ち上がり、私を見つめた。
観念して笑うと、荒船くんもようやく緊張の糸を緩めたようだ。
「お付き合いしちゃう?」
「はい。」
幼馴染のフィルターを外し、見えてくる荒船くん。
それらだけを今後受け入れることにして、恥ずかしながらも荒船くんに微笑みかけた。






2016.06.24








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