初恋珍道中



晨さんリクエスト
遅い初恋でかなり挙動不審になってただの不審人物になっている団長






「スミス団長、憲兵団からの」
書類を片手に、団長執務室に踏み込む。
そこはもぬけの殻で、いるはずの団長がいない。
机には書類とペンが放ってあるままで、トイレにでも行ったのかもしれないと察する。
「いらっしゃいませんか?」
一応声をかけ、いないことを確認した。
仕方ないと団長執務室に足を踏み入れ、机の上に書類を置く。
団長執務室を見渡しても、誰も居ない。
こういうことはあまりなく、なんだか不思議な感覚だった。
誰かしらいるのにどうしてだろうと思い、まだ仕事があるので団長執務室を去ることにする。
いつまでもここにいたって、時間は過ぎてしまう。
扉へ向き合い、歩みを進める。
その途端、ぞわっとした感覚は脚から背中にかけて走った。
思わず振り返るも、誰も居ない。
張り詰めた糸の中にいるような気分になって、足元がぐらつく。
動かせるのは眼球だけ。
本棚、書斎への扉、ティーカップ、書類の山、机の節々、窓、カーテン、日差し。
それぞれに目線をやっても、怖気の答えは出てこない。
気味が悪く、ふと、足が止まる。
息を殺し、耳を澄ます。
どこからか、誰かの呼吸が聞こえないかと神経を研ぎ澄ました。
なんの音もしない。
もし不審者が団長執務室に忍び込み暗殺を企てたのなら、大事。
一歩、二歩、その先を歩んでも耳を済ませる。
なんらかの音が聴こえればいいと視界の隅々にまで目をやり、異変がないか確認した。
いつも通りの団長執務室、違うことがあるとすればスミス団長がいないことだけ。
扉近くまで歩き、瞬時に振り返った。
誰もいない。
静かな、いつもの団長執務室。
気のせいだと片付け、去った。


ピクシス司令の二日酔いの処理をして疲れきったアンカちゃんは、いつも食堂のテーブルでぼうっとしている。
目が虚空を泳いでいて、すごく心配になってしまう。
アンカちゃん、と声をかければようやく反応してくれて、目に光がないのが気に掛かる。
忙しいアンカちゃんに、と私なりの思いを差し出す。
「アンカちゃん、これお菓子」
粗末な袋に入った自称お菓子を受け取ったアンカちゃんは、すぐにそれが本物のお菓子ではないと見抜く。
なんていってもピクシス司令の側近なのだ、いいもののひとつやふたつ食べたことがあるだろう。
「お菓子にしては地味ね。」
「あはは、パンに自家製の甘い粉をまぶしたやつなんだけど、あげる」
家にいたとき、母に習ったお菓子にもなる甘い調味料の作り方。
いつか役に立つだろうと思って覚えていてよかったと、こういう時に思う。
「忙しいし、栄養補給して」
そう言うと、虚空を見つめていたアンカちゃんの目にようやく光が宿った。
「ありがとう、なまえ。」
笑顔のアンカちゃんは、とっても可愛い。
嬉しくなってアンカちゃんの隣に座り、お菓子もどきを食べる姿を見守った。
パンに甘い粉をまぶしただけのものでも、他より少しだけ栄養が追加されてるから激務のアンカちゃんには丁度いい。
「あ、美味しい。」
「ほんと?うれしい」
もりもり食べてくれるアンカちゃんが嬉しくて、見守る。
忙しそうな目元が元気そうな光を宿していくのが嬉しくて、ぼーっとしながら見ていた。
そうして気づく。
アンカちゃんの後ろ、ずーっと後ろにある食堂の廊下の隅から、スミス団長が覗いてる。
誰かを観察しているのか、と思う前に、何故私と目が合ったのか。
スミス団長は、こちらを見ている。
第一に、私と目が合ったスミス団長は目を逸らそうとしない。
何かの間違いか、と思い後ろを見ても生憎誰も居なくて、振り返って、それでもスミス団長で目が合ってぞっとする。
念のため、もう一度目を逸らし、それから伏目にして伺う。
スミス団長は、まだこちらを見ている。
恨めしそうな目をしていて、怖い。
「なまえ、どうしたの?」
怖気を感じていることに気づかれそうになり、咄嗟に笑顔を作る。
なんでもないよと言っていると、アンカちゃんの背後に大きな影。
視線を上げれば、爽やかな顔をしたスミス団長がいた。
「ご一緒していいかな?」
私とアンカちゃんが立ち上がり敬礼しようとすると、笑顔でいいよと手で合図をしてくれた。
何事かと思う私とアンカちゃんは目を合わせ、愛想笑いをスミス団長に向ける。
スミス団長は私達がいるテーブルの椅子に腰掛け、私の目の前に座った。
普段なら団長執務室に給仕が料理を運んでいるはず。
兵士各の者しか訪れないはずの食堂に、何故スミス団長がいるのか。
私は、思い切って聞いてみた。
「スミス団長、どうしたんですか?」
「給仕が倒れた。」
え、と心配する声を漏らした途端、スミス団長が表情ひとつ変えず鼻を鳴らすフリをした。
それを見て、なんとなく目を伏せる。
「甘い香りがする。」
「スミス団長、なまえが作るお菓子もどき、とっても美味しいんですよ。」
あとひとくちもあれば食べ終わるアンカちゃんが、甘い香りの正体を説明する。
美味しいといってもらえるのは嬉しいけど、スミス団長がいる手前緊張してしまう。
だって、さっきあんなにじっと見ていた理由が分からないし、なんだかぞわぞわする。
理由がわからないのと、スミス団長に何故かじーっと見られること。
両方、なんだか、ぞわぞわする。
「菓子か、リヴァイの紅茶に合う手合いのものか?」
目を伏せたまま、答える。
「いえ、粗末なもので、自家製の甘い粉をまぶしたものです」
「食べてみたいね。」
「いえ、スミス団長のような方のお口には合いませんわ」
目を伏せて、スミス団長を見ない。
「そんなことはない、女性の作るものは大体美味しいんだよ。」
「そうですか、どうも」
愛想笑いをしてから、伏せていた視線をすこしだけ上げて確認した。
スミス団長は、私を見ている。
アンカちゃんがお菓子もどきについて褒めている今この間も、ずっと、ずーっと、私を見ていた。
「味なら調性できるから安心してね、じゃっ!!!!」
アンカちゃんに平静を装い言い放ち、食堂を後にした。



夕方になり、届いたものを団長執務室へ運ぶ。
昼間見た光景が過ぎるものの、仕方ない、これは仕事。
甘い香りも忘れて紙の匂いを嗅ぎ、埃の匂いを嗅ぎ、静けさで頭の中を支配する。
スミス団長に何か言われても無視すればいいんだ。
書類の入った封筒を手に、息を殺しつつ無意識で心を埋めてから団長執務室に踏み込む。
「スミス団長、昼の便で届いたものです、どうぞ」
椅子に座ったスミス団長が、爽やかな雰囲気を纏ったまま私を見る。
にこ、と笑ったのを見て、何故か安心してしまった。
やっぱり、食堂で見たスミス団長は見間違いなんだ。
だって、こんなに爽やかで清潔感のある男性が気味の悪い行動をするわけがない。
「ありがとう。」
団長執務室で一人で仕事を片付けるスミス団長。
これがいつものスミス団長なんだ。
昼間はきっと、ふざけていただけ。
大人だってふざけたい時があるんだから、と自己解決と無関心へ持っていく。
机に近寄り、書類の入った封筒の下を掴んで差し出す。
殺した息、心を埋め尽くした無意識。
だから記憶に残らないはずなのに、スミス団長はそれを許さない。
書類が入った封筒の下の端を掴んでいるのに、何故か、私の手に触れてから取った。
男性の指が触れて、ぞわ、とする。
持つところなんて他にもあるのに、何故わざわざ私の手に触れたんだろう、偶然だろうか。
私はたしかに封筒の上の大部分で持ち取れるように差し出した。
何故私の手に触れて取ったのだろう?
なんとなくスミス団長の指が触れた部分を服に擦りつけ、首を傾げた。
もういい、後にしよう。
今日は忘れて明日に備えれば不自然なこともどうでもよくなるはず。
その時だったと思う暇もなく、扉へと向き合った私を後ろから誰かが引っ張って、抱きしめる。
当然、誰かは分かっている。
食堂での光景、さっき起きた手に触れたこと。
それらが一瞬で蘇り、声を出す前にスミス団長の大きな手が私の口を塞いだ。
ぎり、と締められる体。
苦しげな声が自然と喉から出ても、誰も助けに来ないんじゃないかと長年の勘が叫ぶ。
スミス団長とはいえ、こんなの嫌。
とてもじゃないが抵抗できないくらい大きな手と腕に、身動きが取れない。
足を動かして蹴り上げようにも、体を密着させられたまま机のほうを向かされた。
机には誰も居ない。
団長執務室には、一人しかいなかった。
抵抗できないくらいの力、耳元で聴こえてきた荒い吐息。
はあはあ、はあはあ、と聴こえる合間にウッとつっかえる声がする。
最悪としか言えなかった。
悲鳴を上げようにも大きな手で遮られ、声が出せない。
全身が警報を鳴らし、暴れる。
身を捩っても無駄かもしれない、でも最後まで抵抗してみせる。
きつく締められた体に、忍ばせるほどの隙間が無さそうなのを感じて頭を激しく振った。
手から逃れようとしても、腕に頭を挟まれ息が止まる。
うぐ、と漏れた声を聞いたスミス団長が私を机に這わせる体勢で押し倒した。
受け入れるつもりのない体温が布越しに触れて、怖気が止まらない。
全身が恐怖で痺れ、指先が痙攣した。
その瞬間、口元から大きな手が取れて絶叫する。
「なまえ、なまえ、はあはあ、なまえ!」
スミス団長の劣情を催した声に最上級の恐怖を感じて、詰まる喉から必死で声をひり出す。
机の端にある何かを手に取ったスミス団長が、私の胸元に硬い何かを突っ込んだ。
大きな手が胸元に這ってくるたびに怖気と寒気が混ざった感覚が全身を覆い、詰まった悲鳴が何度も出る。
いやだ、いやだ。
「こっ、これを、握って…見ないでくれ、部屋に着いてから見てくれ。」
大きな手は私の手を胸に持ってきて、そのままはあはあと荒い息のまま私に覆いかぶさった。
「なまえ、襲う気はない、ただ、これを貰ってくれ、それからでいい、そのあとで話そう、私はなまえが初めてなんだ…許してくれ…。」
何が初めてなのか知りたくもない。
手足が震え始め、いよいよ耐えられなくなってくる。
胃が冷えきってから脳が冷たくなるのを感じて白目を剥きかけた。
逃げたい、こわい、逃げられない。
ベルトはしっかり閉めているとはいえ、その気になればズボンを破られてしまう。
「なまえの白い肌に似合う、絶対に似合う、だから安心してくれ、私はこうするのが初めてなんだ、なまえが何もかも私の初めてを。」
それだけは、と嫌がればスミス団長が私の耳元で囁きながら私の髪と首元を嗅いだ。
すうっと嗅がれ、今のところの人生で最高の寒気と悪寒が脳髄に伝わって、喚く。
わけのわからない声が刃になるのなら、スミス団長は今頃めった刺しだ。
何事かと駆けつけてくる人がいたら、その人の言う事を全部きいたっていい、そんな気分。
「はぁっ、はあ、なまえ、行っていい。」
スミス団長が腕の力を緩めた瞬間、立体起動でも装着したかのような速さで走った。
団長執務室の扉を力任せに蹴破って走り、どこかを目指す。
とにかく、スミス団長が来ないどこかへ行きたい。
怖気も悪寒も恐怖も嫌気も寒気も全部どっかにいってくれ、そう思いながら走る。
胸のあたりに突っ込まれた硬いものが、下着の中で揺れて気持ちが悪い。
引っ張り出して、それが箱であることを知る。
走って走って、女子便所に駆け込んだ。
座り込み、息を整える。
走ったのに、怖気も悪寒も恐怖も嫌気も寒気も消えてない。
吐き気がしてきて、歯を食いしばる。
スミス団長は、あんな人なんだ。
憧れも尊敬も壊れそうになって、うずくまったまま箱を握る閉める。
泣きたい気持ちのまま数分項垂れたあと、箱をまじまじと見た。
箱の作りは綺麗なもので、私じゃ到底手に入れられないものであることは明白だった。
これを誰かに届けろとは言われてないから、私への箱なのだろう。
怖気、悪寒、恐怖、嫌気、寒気、それらを鬻げながら箱を開けると、中には小さなネックレスが入っていた。
白と銀で装飾された綺麗な石がついたネックレスを指に絡めとると輝きが増す。
スミス団長の言葉を思い出す。
私がなまえが初めてなんだ、許してくれ。
なんの初めてか知らないけど、犯されなかっただけ幸運。
下心のわりには、綺麗過ぎるネックレス。
一体なんのつもりなのか分からないけど、これがスミス団長の思いの表現だとするのなら、下手どころの話じゃない。
綺麗な石をブン投げたい、でも、それはネックレスが可哀想。
ネックレスを握り締め、スミス団長の意味不明な言葉を脳内で復唱した。







2016.06.22








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