上澄みへの無関心




一日早いけど影浦誕生日おめでとう
0604.加筆修正しました






女の子はみんな口を揃えて「影浦くんは怖い」と言う。
それは見た目の話なのかと思えば、性格が怖いらしい。
黒髪をぼさぼさにしていることでもなく、マスクをしていることでもなく、性格が怖い。
そう言う女の子達の気持ちが、理解できなかった。
クラスにいる誰にでも優しい女の子は影浦くんに話しかけただけで舌打ちされ、生徒会長をしている男の子は影浦くんに怒鳴られてた。
女の子を影でいじめていると噂される男の子は、影浦くんに話しかけただけで殴られていた。
北添くんと共に頭髪違反をしていたりとか、そのへんは面白いだけだから別にいい。
怖いなと思うような行動は確かにしている。
行動を見て言う「怖い」は、心の底にある罪悪感が泣き出しているからではないだろうか、特にそうやって影で一人を突くようなことを言う罪悪感が。
とは言えない。
なんの理由もなく暴力を振るうにしては、影浦くんから歪んだ感じが見えないから。
見ただけで伝わる気持ち悪さも、影浦くんには無い。
表向きの見た目や言動、行動だけでは本当のことは見えないのを、みんな分かってない。
みんなが怖がったり遠巻きにするたび、無理解の姿勢でいる周囲には疑問しか浮かばなかった。
怖いとか、凶暴とか、口が悪いとか、外面を通り越さないまでの意見。
人は、話さないと内面は見えてこない。
そう思うから影浦くんに話しかけたり顔を合わせば話している。
影浦くんに話しかければ会話してくれるし、落し物は拾ってくれた。
移動教室準備では重いものを代わりに持ってくれたりして、係の仕事もちゃんとやってくれる。
最初はさん付けで呼ばれてたけど、そのうち影浦くんのほうから「なまえ。」ってくらいにはなった。
クラスで女の子に好かれてる村上くんと影浦くんは仲良しだし、村上くんは普通の人。
その村上くんが影浦くんのことをカゲ呼びしているのは何度も聞いていたし、影浦くんが悪い人でも怖い人でもないことは分かってた。
恋ではない気持ちをなんと呼ぶのか、分からなかった。
仲良くもない、話せるだけ。
私は、本当はもっと影浦くんと仲良くなりたい。
今のところ影浦くんに怒られたことはなく、なまえはどうやって影浦くんと話すの?と聞かれることが多かった。
あなたたちみたく上辺を見ないようにしてるから、と言わずに当たり障りのないことを言って頷く。
質問の価値を見出せない程度に上辺には興味がない。
影浦くんが怖い人には見えなくて、影浦くんを怖いと口を揃える女の子達のそういうところとは距離を置いた。
すると無関心の孤独がやってくる。
寂しくない場所から見る群れはどうにも苦手で、視界にもいれたくない。
そういう経験を、みんなしたことがあるだろう。
怖い人は好きじゃない、でも寄って集って群れる人はもっと好きじゃない。
みんな一人を怖がるけど、一人でいることを怖がる人のほうが怖い。
意味の無い群れに従うか、無関心の孤独に苛まれるか。
前者はどうしても選びたくなかった。
馬鹿らしいことはどうでもいい、やるべきことをやらないと。
昼休みになって人が疎らになってきた頃に鞄に手を突っ込んでプリントを取ってから廊下に出て、黒髪のボサボサ頭を探す。
廊下を長め、影浦くん、影浦くん、いない、どこだ。
北添くんか村上くんと一緒にいることが多いので、見つからないときはその二人を探すようにしている。
見つからず階段のほうまで見える角を曲がれば、家庭科室の前で話し込んでいる影浦くんと村上くんを見つけた。
プリントを確認して、駆け寄る。
村上くんと話している影浦くんに話しかけようとする前に、影浦くんが私を一瞥した。
なんでか知らないけど、影浦くんは話しかけられる前に話しかけられることに気づいて振り返る癖がある。
何でそんな小難しい癖が身に付いたのか、いつか聞いてみたい。
すぐに村上くんのほうを向いてしまったので、ちゃんと名前を呼ぶ。
「影浦くん」
「あ?」
無愛想な返事を怖いとは思わない。
手に持ったプリントを差し出すと、大きくて細い手がプリントを受け取る。
「休んでたときのプリント」
「おう。」
「期末試験の範囲はまだ配られてないから」
「わかった。」
細い手がプリントを折り、意外と丁寧に折られるプリントを見る。
手の辺りに怪我もないし注射跡もないし、皆が言うほど影浦くんは怖い人じゃない。
噂とは不一致な影浦くんに、いなかった日に決まったことを説明する。
「いなかったときに修学旅行の班が決まったんだけど、私と影浦くん同じだから分からないことあったら聞いてね」
片方だけ細められた目が、私を見た。
面と向きあえば向き合うほど、怖くもなんともない人だと分かる。
みんなが言ってた「影浦くんは怖い」の真意は、今だよくわからない。
すこしだけ違う仕草をするだけにしか見えないけど、ひとつひとつの動作を怖がるのか。
たとえば、そう、喋るときに見えるギザギザの歯とか。
「なんで俺が修学旅行行く前提の話してんだ。」
喋ったと思えば決して品が良いとは言えない言葉遣いをするところとか。
でもそれを怖いとは思わない。
「行かないの?」
行かないならそれでいいけど、班が同じだから出来れば行ってほしい。
ボーダーが忙しいから行けないのかも、と思えばプリントを折り終わった影浦くんが曖昧な決断をしてくれた。
「ああー…行くかも。」
「行こうよ、楽しいよ」
「なまえ、行かなきゃわかんねえようなもんに楽しいとか言うのやめろ。」
「それじゃあ班行動で美味しいものでも食べようよ」
行くのなら、一緒に行動したい。
コースは自由だから、影浦くんの意見も取り入れて班で周るんだ。
「行こうよ、ね?」
目を逸らした影浦くんが、軽く頷く。
「わかった。」
たくさん話しかけてるわけでもないけど、いつか仲良く話してみたい。
誰かと話すのが嫌いなのかもしれない影浦くんを宥めるように、村上くんが声をかける。
「カゲ、礼くらい言え。」
村上くんを横目で見た影浦くんが「ありがと。」と呟いたのを見て、珍しいものを見た気分になる。
額を掻いた影浦くんが顔を顰めて、村上くんを睨みつけた。
「ったく、鋼はいちいちうるせえんだよ。」
切り上げるように村上くんに言い捨てた影浦くんが、早足でどこかへ消え去る。
校内のどこへ行くのか、わからない。
穂刈くんは体育倉庫の掃除だし、当真くんは抜け出して近所のラーメン屋へ行っている。
北添くんのところへ行ったのかもしれないけど、北添くんのクラスは会議で全員缶詰にされているはず。
昼休みはどう過ごしているのかも知らない影浦くんが気になって仕方ないけど、まだ恋でもない。
ただ、友達になりたいだけ。
「村上くんと影浦くんって、ボーダーなんだよね」
「そうだよ、同じ隊ではないけど。」
「村上くんは、影浦くんとどうやって仲良くなったの?」
同じことを穂刈くんや当真くんに聞いたことは、まだない。
一緒にいることが一番多いのは北添くんと村上くん、影浦くんと同じクラスなのは村上くん。
何かヒントはないかと聞けば、あっさりした返答を貰った。
「単純で裏表のないやつだから、話しやすいと思う。」
「そうなんだ、私、影浦くんのこと何も知らないけど、みんなが言うよりずっと普通の人だって思ってるから」
「なまえはそう思うだろうな、カゲは悪いやつじゃないから。」
村上くんと話している間、通り過ぎていく女の子が村上くんを見た。
あの子は村上くんのことが気になるんだろう。
誰が誰を好きとか、そんなのはどうでもいい。
「影浦くん、好きなご飯なんだろ、班で行くところ決める時間までに知りたい」
「聞けば答えてくれる。」
「影浦くんを昼休みに見かけないから、つい話しかけるタイミング見失っちゃうんだよね」
修学旅行の班が同じといったって、殆ど接点のない影浦くんと班行動で仲良くなれるだろうか。
話せば実は良い人で、打ち解けていけば日常会話くらいはできると思いたい。
私の思いが伝わったのか、村上くんが察したように目に笑みを浮かべた。
「じゃあ俺からひとつ。」
「なに?」
村上くんのことが好きな子曰く、あれを見て惚れない女の子はいないという村上くんの笑顔を見る。
きゅんともどきっとも来ないけど、影浦くんと仲良くなるヒントをくれるというならどきどきしてもいい。
なにかと期待していると、村上くんが凄いことを言い出した。
「カゲ、4日が誕生日だぞ。」



これから起きることは、出来れば影浦くんにだけ知ってほしい。
タイミングを見計らい、見計らい、見計らう。
そうしているうちに放課後になってしまった。
黒いボサボサ頭がひとつだけ、そんな状況に今日中に遭遇できたのは運が良かったと言うしかない。
校門はいつも誰かしら屯しているから、影浦くん一人しかいないのは異様な光景だった。
一人で誰かを待つ影浦くんに駆け寄る。
「影浦くん」
「あ?」
マスクを顎下に下げた影浦くんが、校門に寄りかかったまま私を見る。
学ランのズボンのポケットに手を突っ込んで寄りかかる体は細くて、首元に浮き上がる筋肉だけ妙に男の子っぽい。
「帰らないの?」
「ゾエ待ち。」
聞けばすぐ答えてくれる、村上くんはそう言っていた。
北添くんを待つ影浦くんの隣に、何も言わず近寄ってから同じように校門に寄りかかる。
背中が冷たくて、こんなとこに平気で寄りかかれるのだから男の子はよくわからない。
何エラそーに隣にいるんだアホ帰れとは言われず、影浦くんは何も言わず校門に寄りかかっている。
帰っていく同じ学年の子達の背中を見てるうちに、その中の一人と目が合った。
目が合った子は、隣にいた子に何か言って、その隣にいた子がまたこちらを見る。
たぶん、私と影浦くんが二人きりで居るのが珍しいんだろう。
明日にはクラスの誰かに何か言われるなと思っていると、影浦くんが右手で頬を押さえ、手を頬から離したあと私を睨んだ。
「…帰らねえのか、オイ。」
「まだ帰らないかな」
「なまえは誰か待ってんのか?」
「ううん」
「なら早く帰れよ。」
私を睨み終えた影浦くんが、視線を地面に落とした。
待ってましたとばかりに鞄の中に一日中仕舞っておいた袋を取り出す。
ラッピングした小奇麗な袋を影浦くんの横顔の近くに差し出して、視線を意地でもこちらへ向けた。
驚いて目が丸くなった影浦くんに、微笑みかける。
「昨日ね、村上くんから影浦くんの誕生日が4日って聞いて、これプレゼント!」
「は?」
ラッピングのリボンと私を交互に見る影浦くんの目が伏せられ、それからまた私を見る。
なんだこいつと思われていそうだけど、そんなの気にならない。
これをきっかけに、影浦くんともっと話せたら。
数秒過ぎて、影浦くんに怪訝な顔をされた。
その表情を見ても諦めずに差し出していると、影浦くんの細い手が袋を受け取る。
私の手から袋が消えた瞬間、筆舌尽くしがたい満足感と達成感が襲い掛かり嬉しくなった。
袋を見た影浦くんが、呟く。
「…ありがと。」
私を見ようとはしてくれないけど、袋を投げ飛ばそうともしない。
ちゃんと受け取ってもらえたことが嬉しくてニコニコしてると、影浦くんが小さな声で何か言い出した。
「ったく、んだよ鋼の野郎、余計なことベラベラと…。」
満足感と達成感で何でも出来そうな無敵の私が、影浦くんと仲良くなりたい気持ちを抑えられない。
「あの、私が聞いたの」
「なんでそんなくだらねえことを聞いたんだよ、もっと他に知るべきことあんじゃねえの?」
「ないよ」
「なまえが世話焼いたって俺は良い奴になんねえぞ、つまんなくなる前にやめとけよ。」
「つまらないって、何が?」
はっきりした私を横目で見てから、影浦くんが吐き捨てる。
「お節介は好きじゃねえ。」
本当はお節介でもなんでもないことを伝えるべきか。
影浦くんはさっきから頬を掻いたり撫でたりしてて、手の動きがどうしても気になってしまう。
大体いつも頭か顔を掻いたり押さえるような動作をしているけど、皮膚が弱いんだろうか。
クリームを使っているところを見たことがないから、肌は平気はなず。
気づかれないようにクリームを使ってるなら、良いクリームをおすすめしたい。
袋を持ったままの影浦くんが私を見る。
試すような目つきとは違うけど、何かを疑われているのような目をされた。
なんでだ、と思うと影浦くんが唇を片方引き攣らせる。
「オメーあれか、鋼のこと好きで俺に良いことして、鋼からの好感得ようとしてんのか?」
え、と声を漏らした私を影浦くんが睨む。
影浦くんが何を言っているか分からず、質問に質問で返してしまった。
「なんで村上くんの名前が出るの?」
あまりにも不思議なことを言う影浦くんを見て唖然としていると、影浦くんまで唖然とした。
「ああ?」
予想外といった顔をした影浦くんが俯いて、袋を見つめる。
何故村上くんの名前が出たのか分からないし、聞いた本人が唖然とし始めたのも何故なのか分からない。
「そうか。」
俯いた影浦くんが袋を弄りながら私を見る。
「これ開けていい?」
影浦くんの細くて骨ばった指に、リボンが触れた。
「うん」
細い指がリボンを解いて、ラッピングを握り締めてから袋に指を入れた。
黒いうさぎと白いうさぎが付いたマスコットキーホルダーをつまんだ影浦くんが、じーっと見る。
ふたつのマスコットがひとつの大きなキーホルダーについたもの。
マスコット部分を取り外しできるようになっているので、キーホルダー部分に好きなものを付け加えることもできる。
なんだこれふざけてんのかと投げ捨てるわけでもない影浦くんが、黒いうさぎを突っついた。
「これが俺で、これがなまえみたい。」
俺、と指差したのは黒いほうで、白いほうが私だと指差す。
「なんでこれチョイスしたんだよ。」
「影浦くん、黒いの似合うし好きかなーって」
「俺、寿司が好き。」
初めて聞く影浦くんの好きなものを、しっかり覚える。
それなら玉子寿司キーホルダーのほうがよかった気がしてから、影浦くんの好きなご飯が知れて嬉しくなる。
黒いほうを突っつき終わった影浦くんが、何も言わず自分の鞄にマスコットキーホルダーをつける。
ものすごく嬉しい光景を眺めていると、影浦くんに睨まれた。
睨むにしては目つきが優しかったのを見て、距離を縮めたい欲が沸く。
影浦くんの鞄についたふたつのうさぎが揺れて、私を見たように思えた。
「あの、このあとは…。」
「チームメイトが誕生日会やってくれっからよ、ゾエとボーダー行く。」
「そっか、おめでとう」
このまま帰り道で買い食いでも、なんて考えは生温い。
影浦くんには影浦くんの交友関係がある。
私が入る隙は、ほんの僅か、もしかしたらゼロに等しい。
こうして話せただけでもいいと思っていると、影浦くんが校門に寄りかかるのをやめた。
「なまえの帰り、どっち?」
「え、こっち」
校門の左手にある交差点を指差すと、影浦くんが笑った。
「俺と同じじゃねえか、明日から一緒に帰ろうぜ。」
初めて見る笑顔と、初めて親しい言葉をかけられた嬉しさが喉でつっかえる。
うん、って小さく言えば影浦くんが笑うのをやめてから鞄についた白いうさぎを外し、私に差し出した。
「なまえみてーなのはなまえの鞄行きにすっか、こいつらどうせ行き帰りで会えるんだからよ。」
影浦くんから白いうさぎを受け取って、私みたいだという白いうさぎを眺めた。
特に私に似てるとは思わないけど、親しげな言葉をかけてもらえたのが嬉しい。
自分の鞄につけるべく肩から鞄を下ろそうとすると、影浦くんが私の鞄を掴んでから手をちょいちょいと動かした。
うさぎを寄越せ、ということなのだろう。
受け取った白いうさぎを手渡すと、影浦くんは私の鞄の適当なところにマスコットキーホルダーを付け始めた。
体の近くに影浦くんの顔がある。
目元は前髪で隠れていてよく見えないけど、鼻が高くて節々が細くて、神経質そうではないのが見てて落ち着く。
鞄についた白いうさぎを見て、つい笑ってしまった。
「お揃いだね」
うれしい、と口に出さずにいると影浦くんがピクッと眉を動かした。
「おう。」
それだけ言って、影浦くんがまた校門に寄りかかる。
同じように寄りかかれば、別々の鞄についた黒いうさぎと白いうさぎがくっついた。
仲良し同士で寄り添ってるように見えて、うさぎが羨ましくなる。
私と影浦くんも、いつかこのうさぎみたく仲良しになればいいな。







2016.06.03







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