来訪者へ






ある日突然「お弁当を作りました!」なんていうから昼時に楽しみにして開ければ、エスカルゴとか入ったフレンチ弁当だった。
不気味な弁当であることは間違いないけど、いいものを食べてきた舌を持つ尊くんだけあって味は確か。
箱入り息子で、社会経験はボーダーで積んでて、お坊ちゃま高校でボーダーであることと金でどうにかなるけどどうにもならないことを学んでいる最中。
尊くんは素直で、育ちが良くて、自分に嘘をつくことを知らない。
大好きな尊くんの、大事な時期。
大人である私がいて、素直な気持ちを受け止めて暖かい気分になることだってある。
時たま、そんな最中に私がいていいのかという気分になる。
汚い大人でいるわけじゃない。
でも、これでいいのかと、後々の尊くんのことを思えばいないほうが、と考える。
大人になれば性と切り離せなくなると、誰が言ったか。
性的な匂いのするベッドに飛び込んで自慰をしてもいい、でもそれじゃただの淫乱。
年上の私が淫売のように日頃振舞うのは、いけないこと。
夜だけそうなるのは、別にいい。
だって、尊くんと私は恋人同士だから。
もちろん、尊くんを目の前にすれば後ろ向きな気持ちは失せて愛しい気持ちでいっぱいになる。
キスをしただけで真っ赤になる頬。
抱きしめると、ぎゅうってしがみついてくる手。
責められてやだやだなまえさんすきっていう声とか、肌とか、泣いたときのそそられる顔とか。
全部好き。
それには変わりがないというのなら、これは愛だ。
寝起きにはどうしてもそういうことが頭に浮かびやすくて、非常に寝覚めが悪い。
仕事から帰ってきて、朝まで掃除して、風呂に入ったのは朝五時。
私も尊くんも片付けが苦手なので、必然的に片付けなければいけなくなる。
本当はメイドさんに任せればいいのだけど、たまにシーツの隙間から使いすぎて紐の切れたローターとか出てくるので任せたくない。
なくした教科書が何故か私のクローゼットスペースにあったりとか、けっこう頻繁にある。
一度起きて、カーテンを開ける。
昼前であろう日差しを浴びて、ダブルベッドの片方を見た。
いつもならここに尊くんが寝てる。
休みだからって自由な生活をしてしまったと戒めていると、応接室のほうから誰かの声が聞こえる。
窓際から聞こえるので、二階の応接室だろう。
それもかなり荒ぶってるけど、合間に尊くんの声がするから大丈夫だろう。
きっと友達でも来てるんだ。
それにしては妙に叫んでる気がした。
たしか、ボーダーの一番強い部隊にいるんだっけ。
たぶんコネで入ったんだろうけど、隊員と険悪になったとか尊くんの口から聞かされたことはないので大丈夫なんだろう。
何度も大丈夫大丈夫と浮かぶあたり、私は尊くんを心配してる。
綺麗になった部屋のクローゼットに近寄り開けると途端に洗って投げたままにした下着や肌着、ワンピースが降ってきた。
服も整理するか、と落ちてきた下着を手に取る。
寝起きで生暖かい体に下着をつけるべく、落ちてきた黒のガーターベルトをつけてサイハイソックスを履く。
黒とピンクの下着が上下であったのでそれを着けて、髪を手櫛する。
尊くんと同じシャンプーを使ってるから、髪はさらさら、匂いもいい。
毛先の荒れもないし艶だってある髪にしてくれたシャンプーに感謝しながら、尊くんがくれたコンコルドで髪をまとめ、白のマキシワンピを着てクローゼットを開く。
似合うからという理由で、尊くんは色々くれる。
貰うというよりは自然とクローゼットにあったりするので、ただ増えていく。
尊くんが似合うと行って貰った赤のドレスと白のワンピースだけはしっかりハンガーにかかっていて、それ以外はごちゃっとしている。
仕事用のシャツとタイトスカートなんか、もうひどい掛かり方をして目も当てられない。
片付けるか、そう思い物を引き出し、ベッドの上に服をいくつか置く。
手前にあったパールも腕輪もベッドに投げて、片付け開始。

その時だ。
扉の向こうで聞いたことのない声がして、扉が開く。
「おい唯我、こっち何?」
振り向けば髭面の男性がいて、びっくりして声をあげようとする前に髭面の男性が扉を勢いよく閉めて叫んだ。
「おい唯我あああああああ!なんか泥棒いたぞ!!!」
野太い声からして、大人だ。
「は?泥棒?」
「唯我じゃないやつがいるー!!!」
それに対する尊くんの対応からするに、たぶん友人。
あれ、でも、高校生ってあそこまで体大きかったっけ?
最近の子は発育が、と思えば尊くんが扉を開けて私を確認すれば、ぱっと笑顔になり私に駆け寄った。
「なまえさん!起きてたんですね!」
私をすこし見上げてキラキラする尊くんの真後ろにある扉を見れば、知らない男二人がこちらを覗いている。
尊くんと交互に見て、肩を押して来訪者に話しかけた。
「先輩達?」
「あ、はい、そうっす。」
前髪の長い男の子が扉から半分だけ顔を出して、私を伺う。
状況を想像と憶測を込めて推理してみよう。
二人はたぶん、先輩。
高校かもしれないし、ボーダーかも。
それなりに親しい仲かもしれないし、ノリで唯我邸に来ただけかもしれない。
おそらく尊くんは人前でもあの尊大で根拠のない自信に満ち溢れた態度で過ごしている。
まあ、正直好かれてはいないはず。
そんな子の家にお邪魔し扉を開けてみれば派手な謎の女がいたとなれば、誰だって驚く。
この憶測が当たっていますようにと願いつつ、軽く会釈する。
尊くんに手を引かれ、扉から尊くんの部屋のリビングに出た。
「チームメイトの太刀川先輩と出水先輩です。」
紹介してくれたのは、髭面で背の高い男性と、尊くんと同じ歳くらいの切れ長の目をした男の子。
どっちが太刀川で出水なのか、あとで聞こう。
髭面の男性は明らかに成人といった見た目なので、チームメイトと聞いて納得した。
「ああ、ボーダーの」
どうもどうもと頭を下げると、男の子が尋ねる。
「お姉さん?」
「違います!ボクのフィアンセのなまえさんです。」
私が何か言う前に言い放った尊くんを見て、二人を見る。
「はい?」
半笑いを顔に貼り付けたような表情を動かさないまま、聞き返してきた。
「ふぃあんせ、って。」
髭面の男性が聞き返し、私と尊くんを見る。
「フィアンセです。」
「おま、唯我、ええ!?」
男の子のほうが本気で驚いて、尊くんに詰め寄った。
それでも得意気に喋る尊くんはいつも通り。
「何を驚いているんですか?唯我の御曹司のボクにフィアンセがいないとでも思いましたか?出水先輩は抜けてますね、でもそんなところも…。」
男の子のほうが出水くんだと思えば、出水くんは尊くんに軽く襲い掛かった。
ヘッドロックされる尊くんがリビングの端に逃げつつ、悲鳴をあげる。
「やめてくださいっ、やめてください!生身ですよ!」
「別に痛くねーだろ。」
「心が痛みます!」
男の子らしく絡みあったまま遠ざかる尊くんを見つめていれば、髭面の太刀川さんに挨拶された。
「ども、太刀川です。」
「初めまして、なまえです。」
会釈すれば、前髪がすこし頬に触れた。
いい匂い、尊くんと同じ匂い。
太刀川さんは「失礼ですが。」と前置きをして、私に尋ねた。
「あのー、唯我より年上ですよね。」
「はい」
「歳近いと思います、俺ハタチです。」
「あっ、近い近い」
隊長さんは二十歳、そんな若さでボーダーナンバーワンの部隊のリーダー。
すごいなあと思うと太刀川さんが顎を押さえて手を待ったの形にして半笑いのまま固まった。
「ふぃあんせって…。」
「フランス語で婚約者です」
「ああ〜。」
そうですよと頷くと、太刀川さんが真顔になった。
「すいません、意外すぎて俺の脳が真面目に追いつかないんで少し休んでいいですか。」
「どうぞ」
ソファを案内すると、太刀川さんは座り込んで頭を抱えたあと、オイ出水と出水くんを呼び寄せた。
ヘッドロックをかけられたままの尊くんが戻るのを見て、キッチンへ行く。
人数分の紅茶を用意している間も、他愛の無い会話が続いていた。
この人たちと、尊くんは頑張っているんだ。
特に出水くんは元気を通り越しそうな感じで、尊くんに徹底的に社会を教えているのだろう。
四人分の紅茶を出せば、どうもどうもと言いつつ男共が手に取る。
太刀川さんは、仕草がどこか緩い。
直感的にそう思ったのは確かだったようで、太刀川さんから早速こちらへの詮索が始まる。
「お二人はどこで知り合ったんすか?」
尊くんは高校生、私はどう見ても大人。
そりゃそうだなと納得して、太刀川さんの質問に答える。
「尊くんのお父さんが開いた席で」
「セレブの匂いしかしねえ。」
出水くんが熱い紅茶を元の場所に戻してから、ツッコミにかかる。
「どっち惚れですか。」
「私」
そう言って尊くんの肩を抱くと、尊くんが赤い顔をして俯いた。
「あの、すいません。」
太刀川さんがつっこみにかかり、私は笑顔で対応する。
「はい?」
「唯我…いつもチームで荷物やってんすけど。」
「はい」
「唯我、体力ないですよね。」
「ないですね」
「ですよね。」
「はい」
「はい。」
しばらく見つめあった後、私と太刀川さんは笑った。
大人同士の謎の会話にうろたえる尊くんは、私と太刀川さんを交互に見ている。
続いて意味を理解した出水くんが笑い出す。
出水くんが息を吸いながら笑って、言葉が切れ切れになる。
「いや待ってくださいよーこれは、信じ、られない。」
弱そうに笑う出水くんが珍しいのか、尊くんが赤い顔のまま得意気な態度に戻る。
「どうしたんですか出水先輩、貴方ともあろうプレイボーイなお方が何をうろたえているのですか?」
「うっ、ろたえると、いうかさあ。」
息をヒュッと吸った出水くんが向き直ると、顔が赤かった。
「こいつこんな性格ですよ?なまえさん、唯我のどこがいいんですか??」
「そう言われても」
好きだから、としか言えない。
私の気持ちは知らず、尊くんが私の腕に寄る。
「こんなとはなんですか!心が痛むっ!」
わざとらしく、でもわざとじゃなく私の腕に顔を伏せてひどいっと泣きつく尊くんは、可愛い。
どこがいい、と聞かれて悩む。
「どこがいい、って、ここってカテゴライズすると、そうだなあ」
間を置いて紅茶を一口飲んで、それから告げた。
「フレンチとか高級なご飯しか食べようとしないし、たまーに食べ残すし、我侭で生意気なのは確かだけど、素直だしきちんとしてるし、好きとかすぐ言葉にしてくれるし、あと一番は可愛がりのあるところかな」
一番最後の理由に噴出しそうになった太刀川さんが、笑みを浮かべ尊くんを見た。
「唯我おまえ愛されてんなー。」
顔を赤くしながらも、尊くんはプライドを保つ。
「このボクが選んだ女性ですから、当然です。」
「偉そうなこと言ってんじゃねーよ!ね、なまえさん、おれコロッケとエビフライなら残さず食べるよ。」
「エビフライ!?そんな庶民の食べ物の名前をここで出さないでください!」
「うるっせーな!俺は好きなんだよ!」
男の子らしい出水くんを半分からかうつもりで、誘ってみる。
「じゃあうちで食べてく?」
むっとしたのか、尊くんが遮り私をソファから追い出した。
「だーめーです!防衛任務まで時間があるからって理由で来たんでしょう、お茶飲んだら戻りますよ!」
「ああ、夜遅いの?」
「これから防衛任務ふたつある予定なので、戻るのは夜です。なまえさんは先に寝てていいですよ。」
空き時間に唯我邸に来るなんて、随分ノリのいい先輩達だ。
気遣いをしてくれた尊くんの唇にキスをして、扉の向こうへ戻る。
「ありがと」
言い残して扉を閉める間際「おめーほんと愛されてんな。」と聞こえたけど、まずこのクローゼットの汚さをどうにかしないといけない。
扉を閉めて、すぐ整理に取り掛かった。





2016.05.22








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