誘惑に勝てない






制服から解放された日になった途端、派手なワンピースに身を包む桐絵ちゃんの思い切った感じはいつ見ても気持ちが良い。
赤いパンプスを履き慣らせていない桐絵ちゃんが、私の腕に寄りかかる。
二の腕に頬を押し付けてきて、看板の文字を見つめた。
桐絵ちゃんの頬が二の腕に押し付けられ、布越しに皮膚が温まる。
看板には「土日限定!90分料金10%オフ!」と書かれていて、桐絵ちゃんが疑問を口にした。
「こういうバイキングの表示って、なんで一時間半じゃなくて90分なの?」
「一瞬だけ混乱させるためじゃない」
へえーと生返事をした桐絵ちゃんが、これから食べるものに気合を入れたかのように背伸びをする。
スイーツ食べ放題のお店を見て目を輝かせる桐絵ちゃんが、私の手を引いた。
「まあいっか、一時間半で甘いものいーっぱい食べましょ!」
「程々にね」
「なーにいってんの、なまえだっていっぱい食べる気なんでしょ?」
「そうだね、バレてる」
店の扉に手をかけ、意気揚々と店内に入った桐絵ちゃんが店内に早速感動している。
昼時を過ぎて人が疎らな店内は、お菓子の飾りつけと甘い匂いでいっぱい。
店の真ん中を堂々と占領するのは各種スイーツ。
入り口のポスターには、期間限定メニューが連なっている。
そのうちのひとつを桐絵ちゃんが指差し、私に聞く。
「なまえの言ってたの、これ?」
期間限定クリームフェア、プリンメニュー追加のポスターのすぐ横には目当てのメニューがあった。
クリームブリュレシリーズの各種スイーツに、カラメル紅茶と抹茶クリームあんみつ。
プリンタルト、プリンパフェ、プリンケーキ。
よく見かける人気キャラクターとのコラボ商品など、色々書かれている。
胸をときめかせながら桐絵ちゃんに返事をする頃には、桐絵ちゃんはバイキングコーナーにあるイチゴのババロアを見つめていた。
「そうそう、それにプリンタルトにプリンパフェ!」
「あたしはイチゴケーキとババロアとイチゴのシュークリームと…まあいいわ気になるもの全部ね。」
正論を申す桐絵ちゃんが、店内をざっと見渡す。
人は疎ら、でも甘いものはたくさん。
限界まで食べるしかないと決意を固める私に、桐絵ちゃんが明るく笑う。
赤色の財布からお金を取り出しながら、うーんと唸る。
桐絵ちゃんが髪を耳にかけて、結論を出す。
「バイキングスペースから近いとこに席取らない?」
「歩く時間すらロスタイムよね」
「その通りよ、なまえを連れてきてよかった。」
桐絵ちゃんは私に割り勘分のお金を握らせ、明るく美味しそうに飾り立てられた店内を眺めている。
食欲を駆り立てられた桐絵ちゃんは、無敵だ。
桐絵ちゃんが振り向いて、席を眺める。
その間にスタッフに利用時間を告げて桐絵ちゃんと割り勘のお金を払っている間、桐絵ちゃんがどこか一点を見て何かに気づいたようで、私の肩をつついた。
「ねえ、あれ文香じゃない?」
「え」
「あそこ、ほら、文香だって。」
文香というと、照屋ちゃんしか思いつかない。
照屋ちゃんを探す前に、桐絵ちゃんの視線を順に追っていく。
店内、手前、後ろの席、奥の席よりは手前の照明の下の席に照屋ちゃんがいた。
薄いピンクのワンピースを着て黄色の髪留めをした照屋ちゃんが、期間限定メニューのプリンカップに入ったカラメル紅茶を飲んでいる。
テーブルの上には、既に食べ終わったであろうケーキの皿とフォークが置かれていた。
出で立ちからして買い物帰りなのだろう、ゆっくりまったりとした照屋ちゃんはカラメル紅茶にうっとりしている。
照屋ちゃんの隣には、プリンをモチーフにしたキャラクターの大きなぬいぐるみが袋から顔を出していた。
そんなことを気にもしない桐絵ちゃんが照屋ちゃんの席へと歩む。
追いつく前に、桐絵ちゃんがテーブルの前に着いて声をかけた。

「文香?」
桐絵ちゃんの声に顔をあげた照屋ちゃんが、みるみるうちに赤くなる。
「やーっぱり文香だ!」
桐絵ちゃんが知り合いに会った嬉しさから、照屋ちゃんに抱きつく。
軽いハグをしてから笑顔になった桐絵ちゃんの側で、照屋ちゃんに挨拶する。
私と桐絵ちゃんを交互に見た照屋ちゃんが慌て始め口をぱくぱくさせ、何故か袋を隠した。
知り合いに会った途端、先ほどまでカラメル紅茶にうっとりしていた照屋ちゃんはどこへやら。
顔を赤くして慌て始めた照屋ちゃんがテーブルの上で手をひらひらさせている。
「こ、小南先輩になまえさんまで…。」
目尻を下げて困る照屋ちゃんを、桐絵ちゃんが離さない。
「偶然だねー、文香とここで会うなんて。」
オフの日の照屋ちゃんを初めて見る私は、興味津々だった。
お嬢様らしい丁寧な言葉遣いからはあまり想像がつかない可愛いぬいぐるみと、黄色い髪留め。
どちらかといえばネイビーのワンピースを着て図書館で本を読んでいそうなイメージだったから、今こうして目の前にいる照屋ちゃんが意外に見える。
袋から顔を出す大きなぬいぐるみを見て、照屋ちゃんに笑いかけた。
「それ、可愛いね」
ぬいぐるみと私を交互に見たあと、袋を背中で隠す照屋ちゃん。
余程遭遇が予想外だったのか、首元まで赤い。
「えっ!?ああ、これ…ああああ、はは、これ、私…大好きなんです。」
ぬいぐるみを見た桐絵ちゃんが、ぱっと笑顔になる。
「へえー可愛いじゃない!文香ってこういうの好きだったんだ。」
「恥ずかしいです…。」
両手で顔を覆う照屋ちゃんに、桐絵ちゃんが気にもせず話しかける。
「私達ここのプリンケーキ目当てに来たの。」
顔を覆い、くぐもった声で照屋ちゃんが答えた。
「奇遇ですね、私もです。」
「照屋ちゃんって、甘いもの好きなの?」
そう聞くと、手を顔から離し私を上目遣いで見る。
乱れた前髪を直しながら、私の質問にワントーン高い声で答えてくれた。
「というか、プリンが大好きで。」
聞き捨てなら無い言葉。
私だって、ここのプリンメニューの追加を求めて来たのだ。
照屋ちゃんとは今後良いカラメルソースが飲めそうだと思えば、桐絵ちゃんが喜ぶ。
「なあーんだ、それならあたしとなまえに言ってよ!あたし達甘いもの目当てに来たのよ!」
「そうなんですか。」
すこしだけ頬の赤みが治まった照屋ちゃんに近づくべく、席の隣を指差して聞いてみる。
「ね、ここ座っていい?」
私がそう聞くと、照屋ちゃんは頷いた。
それを見た桐絵ちゃんが鞄を椅子に置いて、笑顔で手を振る。
「あたしフルーツケーキ取ってくるね!」
俊足でいなくなる桐絵ちゃんを見送る前に、恥ずかしそうにする照屋ちゃんの背中側にあるぬいぐるみを伺うと分かりやすく顔色を変えられてしまった。
可愛いぬいぐるみと共にこれから家に帰り穏やかに過ごすはずだった照屋ちゃんを逃がすわけにもいかず、笑いかける。
「照屋ちゃん、こういうの一人で買うんだ」
「私ほんと、プリンに弱くって。」
「このキャラもプリン系だよね、好きなんだ」
「はい…大好きです…犬も好きなので、このキャラ大好きで。」
「え、これ犬なの?」
「犬です。」
はっきりとそう言う照屋ちゃんの足を見ると、タイツまでプリンをモチーフにしたキャラクターのものだった。
可愛い服装をした照屋ちゃんが私の視線に気づいたのか、顔を赤くしたまま動きを止める。
「堅実そうなイメージあったから、すごく意外」
意外と言われた照屋ちゃんが、伏し目がちにしたまま私とテーブルを交互に見た。
「いつもは執事と一緒なんですけど、その、執事と一緒に行くのが恥ずかしくって。」
出かけるときは執事同伴なんて、とんでもないお嬢様発言。
育ちの良さが垣間見えるのは、仕草だけではない。
例えば、綺麗に飲まれたカラメル紅茶とか、近くにある紙ナプキンの畳み方とか。
どこへ行っても恥ずかしくないお嬢様の照屋ちゃんが好むものを知り、何故か優越感を感じた。
「お年頃?」
「違います!断じて違います!」
照屋ちゃんが両手で顔をぱたぱた扇いだあと、私に向き合う。
「なまえさん、この事みんなに秘密にしてくださいね。」
「なんで?」
「もしも柿崎さんにバレたらと思うと。」
柿崎隊長の名前を聞いて、頭の中が疑問符でいっぱいになる。
年上の男の子に、可愛いものを持っていることを知られるのがいけないのか。
普段の照屋ちゃんは、歳のわりにしっかりしてて「隊長を支えるのが私の役目!」なんていう子。
だから、可愛いものが好きなことがバレたくないのかも。
特に隊長さんには、という意味。
まんまるな目を覗き込むと、見つめ返してくれる。
たまらなく嬉しくて、にっこり笑った。
とても可愛いことを考える照屋ちゃんに近寄り、本人にしか聞こえないくらいの声で話しかけた。
「バレたっていいんじゃない?」
「公私混同はしたくないんです。」
「照屋ちゃんが好きなもの持ってるとこ、すっごく可愛いと思うけどなあ。可愛い子には可愛いものが似合うんだよ、ね?」
照屋ちゃんに触れようとすると、身を引かれ切なそうな目を向けられた。
「こんなの駄目ですっ、なまえさんっ!私にはこの可愛いぬいぐるみがいるんですっ!」
そんな風に言われて止める気は起きない。
いやいやする照屋ちゃんの肩を抱き、背後のぬいぐるみに目をやる。
袋にみっちりと詰まったぬいぐるみの横には、同じ袋があった。
そこにも手帳やハンカチ、バレッタやヘアポニー、ハンドジェルとスタンドミラーとヘアブラシが入っていて、散財したことが分かる。
またもうひとつ小さな袋があるから、買い込んだのだろう。
照屋ちゃん自身お嬢様だから、これくらいのものを買うお金なんてすぐに出るはず。
それでも恥ずかしいなんて言う照屋ちゃんが急に可愛く見えて、ちょっかいを出していればケーキが乗った皿を持った桐絵ちゃんがこちらを見ていた。
「何やってんの?」
「親睦会」
適当に言い逃れると、桐絵ちゃんが私の目の前にプリンタルトが乗った皿を置いた。
どういう風の吹き回しだ、と思うと桐絵ちゃんが狙ったように笑う。
「なまえの言ってたプリンタルト、あとひとつだったからついでに取ってきてあげたわ。」
にやりとする桐絵ちゃんの皿には大きなイチゴケーキが乗っていた。
プリンタルトと、よくないことを考えているときの桐絵ちゃんの顔が久しぶりに見れて、嬉しくなる。
皿を受け取り、桐絵ちゃんに微笑みかけた。
「ありがと」
「あたしが取ってきてあげたプリンタルト食べ終わったら、お礼にあたしの分のアップルパイ取ってきてもいいのよ?」
「そう言うと思った」
案の定なことを言う桐絵ちゃんが、綺麗な唇にイチゴケーキを寄せる。
美味しそうに食べては消えていくケーキを見て、涎を飲み込んだ。
気取った雰囲気でイチゴケーキを食べる桐絵ちゃんと、プリンタルトと、照屋ちゃんを見る。
このまま自分の分を取るためにバイキングコーナーに行ってもいい、でも目の前には恥ずかしがらせた照屋ちゃん。
簡単には終わらせたくない。
プリンタルトをフォークで一切れ、それを照屋ちゃんの口元へと持っていく。
「照屋ちゃん、あーん」
大好きな美味しいものを目の前にした照屋ちゃんが目を輝かせ、それからあーんへの抵抗を示す。
「ええっ、そんな!」
「あーん!」
「なまえさん、こんなところで!」
プリンタルト、あーんへの恥ずかしさ、どちらを取るか。
桐絵ちゃんが涼しい顔でイチゴケーキを食べながら、迷いに迷う照屋ちゃんを見る。
赤い顔をした照屋ちゃんが美味しいものの誘惑に勝てず、フォークの上に乗ったタルト一切れを食べた。
小さな口がフォークを咥え、一瞬でタルトを口の中に招き入れる。
途端に幸せそうな顔をした照屋ちゃんが、頬を両手で押さえうっとりとした。
「とっても美味しいですー!」
大好きなプリン味のタルトを食べた照屋ちゃんが可愛くて、フォークを置き照屋ちゃんの前髪を指で整えてあげた。
綺麗な額を隠す前髪と、まんまるな目。
可愛くて、つい言葉に出す。
「照屋ちゃん、可愛い」
慣れていないのか、顔を赤くして私から目を逸らす照屋ちゃんを見つめる。
黄色の髪飾りは、よく見ると袋から顔を出すぬいぐるみと同じキャラクターのものだった。
「なまえさん、いけません!こんなの!」
「何がいけないの?」
「なんだか、なまえさんが私の弱みを握って、いけないことをしているような顔をしているんです!」
そんなわけないじゃない、と言い切れない。
可愛い照屋ちゃんに、もっとちょっかいを出したくなる。
見慣れない姿の照屋ちゃんが可愛くて仕方がなくなってきて、気持ちが甘いものどころではなくなった。
頬を染める照屋ちゃんに笑いかける私を見る桐絵ちゃんのイチゴケーキがなくなるまで、照屋ちゃんの頬をつついて遊んだ。






2016.05.10









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