恋心は向けられた







「ユズルくん、それ何」
小さな紙切れを手に持ったユズルくんを伺う。
紙をひらひらさせて、それが食券だと教えてくれた。
塩ラーメンと書かれた食券を見つめるユズルくんの顔色はいつも通りで、面白くなる。
「同じもの二個頼んだとかで当真さんが食券くれたけど、俺ラーメンあんま好きじゃないんだよなあ…。」
ユズルくんは、カレーとクリームシチューが好き。
幼馴染だから、それくらいはわかる。
ユズルくんのおうちにお泊りしたときに食べたお父さんお手製クリームシチューは、とても美味しかった。
泊まりにいくのは年齢的にもうできないかなと思えば、今度はユズルくんが私の手提げ袋を伺う。
「なまえ、それ何?」
「マフィン作ったの、あとでユズルくんも食べてね」
「なまえ、お菓子得意だよね。」
ユズルくんが郷愁に浸るような顔をして、昔を思い出す。
「小学校のときの義理チョコでフルーツ入りのチョコくれたじゃん、俺あれ好き。」
「義理っていうか友チョコね」
仲良しの人にしか、チョコレートを作らないバレンタイン。
今は好きな人がいるから、次のバレンタインは恋心を詰めたチョコを作ることになる。
「なまえは訓練するよね。」
私を現実に留める声がして、返事をする。
「うん」
「これ会議室に置いてきていいかな、置いておいたら誰かしらが食べてくれるだろうし。」
「会議室行くの?」
「うん。」
「影浦さん、いるかなあ」
ほら、すぐ影浦さんのことばかり。
「いるんじゃない?あの人いつも作戦室でダラけてるし。」
だらけた影浦さんを想像したのか、無機質な壁と同じような表情のない声。
影浦さんは、大体作戦会議室にいる。
食券をひらひらさせるユズルくんが、影浦さんの話を始めた。
「あのあと、カゲさんボーダー来たんだけど、お兄さんの看病してたせいか調子悪そう。」
「風邪ひいてるの?」
「ひいてるってわけでもなさそうだけど、だるそうにしてた。」
本当かどうか確かめるべく、ユズルくんの後をついていく。
ユズルくんが作戦会議室に入り、失礼しますと言う前に尖った声が聞こえた。
「ユズルか?」
だいすきな声。
ソファから背を仰け反らせ視界が上下反転した状態で私とユズルくんを見る影浦さんに手を振ると、影浦さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「なまえも一緒かよ、チビが二人で何だ、オイ。」
「俺これ置きに来ただけだから。」
ユズルくんがテーブルに食券を置いて、オペレーターデスクの上にあった書き置きとトリガーを持つ。
「なんだそれ。」
「当真さんからの食券。」
当真さんに悪態を吐く影浦さんを見て、そういう影浦さんはラウンジにも訓練にも練習にもいかないのかと気になり始める。
退屈なら、皆で訓練でも練習でも個人戦でもしよう。
マフィンが入った袋をオペレーターデスクの近くの小さい台に置かせてもらって、手ぶらになってから影浦さんに声をかけた。
「影浦さんは行かないんですか?」
声をかけると、影浦さんが尖った声を飛ばしてくる。
「なまえも早く行けよ。」
「行きましょうよ!」
「うるせーなあ、俺はここでいいんだよ!なまえもユズルもさっさと行け!」
私が影浦さんから離れる気がないと察知したユズルくんが、準備したまま作戦会議室を出て行く。
「なまえ、また後で。」
ユズルくんはさっさと出て行って、二人きり。
それが嬉しいと感じるくらいに、私は影浦さんに恋していた。

作戦会議室には影浦さんと私とテーブルの上に残された食券だけになり、影浦さんがユズルくんに悪態をついてからソファに伸びる。
二人きりになったのをいいことに、影浦さんに近寄った。
今だけここは影浦さんのスペースと化している。
ソファで伸びきっている影浦さんが、だらしなく寝転がったままこちらを見た。
ボサボサの前髪が重力に逆らえず、額を見せる。
日焼けしていない影浦さんの額は白くて、余計に目元が目立つ。
「影浦さん、ほんとに行かないんですか?」
「行かねえ、頭ん中ぼやけてんだよ、もしかしたら鋼か荒船から連絡くるかもしれねえけど今は行く気しねえ。」
頭だけ後ろに倒して上下反転した視界で私を見る影浦さんの唇が動いて、呻くような声がした。
「兄貴の風邪うつったかもしんねえ、なまえ、近寄るな。」
しっしっと手を払われたけど、離れる気はしない。
ソファの後ろから顔を覗き込んで、丸見えになった額に手を当てて影浦さんの体温を確認する。
手から熱は伝わらず、体温に異常もなさそう。
熱はなさそうな影浦さんに微笑んで、無事を伝えた。
「風邪じゃありませんよ」
大丈夫そうな影浦さんの隣に座るべく移動すると、遮るかのように影浦さんがソファに寄りかかった。
額を隠した影浦さんが体勢を戻して呻くのを見て足を止めるわけにもいかず、クッションの近くに座る。
影浦さんの手が髪を元のボサボサ頭に戻すような動きをして、低いけど落ち着きの無い声で呻く。
「気安く触るな。」
「ほんとに風邪だったら薬くらい飲んでほしかったんです」
でも平気そうですね、そう視線で伝えると影浦さんが顔を伏せた。
「影浦さん」
呼びかけると、どういうわけか残念そうな声を出される。
「いい加減にしてくれ、なまえの目ん玉取り出すぞ。」
「私の目は着脱可能じゃないのでそれは駄目です」
続けて悪態を吐く影浦さんは、いつものこと。
今日は近くに顔を突っ込む掃除用バケツもないし、浸入したわけじゃないし、こたつの中に潜り込んでいるわけでもない。
「影浦さん、じゃあラウンジにご飯食べにいきません?」
「んー…おう。」
だるそうな目も、ご飯の誘惑には勝てないようで影浦さんの瞳が僅かに輝く。
にっこり笑って催促。
「おやつは私が作ったマフィンがあります」
「なまえは俺のどこがいいんだ。」
「この前と同じです、感情を隠さないところが好きです。」
いつも通りに接すればいい、影浦さんには嘘も何も通用しない。
ユズルくんが私に教えてくれた、答えに限りなく近いこと。
いつも通りにしていると、影浦さんが普段とは違う声色で呻きだした。
「ゴミだ。」
「何がですか」
「俺がだよ。」
息を吐き出した影浦さんが、辛そうに呻く。
「クソ能力が役に立つなんて俺は知りたくなかった。」
ソファを一回だけドン、と叩く影浦さんの拳は青白くて、それから骨っぽい。
身長に比例するように大きな手。
あの手で思い切り撫でられてると楽しいことを知っている私は、黙って影浦さんを見た。
「どこでなまえが怖がって諦めていくのか気になって、今まで全部何もかも分かっててなまえのこと泳がせてた、悪かったな。」
突然謝り始めた影浦さんに、目を丸くする。
先日仁礼さんが言ったことを思い出す。
感情受信体質は、私じゃ考えもつかないような事柄を渦巻かせる。
不満そうな顔をした影浦さんが私を静かに睨みつけた。
「俺のクソ能力、初めて聞いたときどう思った。」
追い返すような口調。
今はそれを、怖いとは思わない。
「不思議だなとは思いました」
善悪や行動以前の、人なら誰もが平等に持つ感情というものが刺さる体質。
はっきり言って、世にも奇妙な体質だ。
村上先輩は寝れば全部覚えるんだっけ、でも奇妙さは影浦さんの比ではない。
「なまえ、考え直せ。」
「なんでですか?」
「どう考えたって最後はなまえが泣き喚いて俺を詰って怒鳴ってオシマイだろが、アホ。」
変なことを言う影浦さんに、呆然とする。
影浦さんは、過去に恋愛をしたときに相手に泣き喚かれたのだろうか。
もしそうなら、納得する。
そうじゃないなら、どうしてそんなことを先に考えてしまうのか分からない。
感情受信体質の影浦さんが考えることの全ては分からないから、もっと一緒にいたいのに。
「ある日突然俺のサイドエフェクトが治ったら、なまえはどうする。」
「いきなり治ったとしたら、ですか?」
「おう、そうだ。」
「影浦さんの体に不調がないか気にかけちゃう気がします、貧血にならないかとかお腹は痛くないかとか」
ありえないことを口にする影浦さんが、前髪で顔を暗くしてから呟く。
「その目だよ、気持ち良すぎて怖いんだ。」
ぽつりと呟いて、ソファに仰け反ってから項垂れる。
滅多に見えない影浦さんの項が一瞬だけ見えてから、骨っぽい手が黒髪の中を漁るように動いた。
指は黒髪の中に埋もれて、先が見えない。
影浦さんが目の前で教室から空を見るような虚無の目をした。
「なんにもしたくねえ、なまえといると何もしたくない、なまえがいるだけで良くなっちまう、なんもいらねえ気持ちになっちまう、俺じゃなくなるみたいで怖い。」
焦点の合わない目の影浦さんを見て、これ以上ないくらい顔が熱くなる。
今なんて言いました、と聞き返すわけにもいかず、黙った。
影浦さんは影浦さんで、他の誰でもない。
初めて知る私の視線の刺さり方の真意に良い意味でぞっとしながら、影浦さんを見守った。
何も言わず、黙って話を聞く。
「俺に対して悪くねえ刺さり方するやつらとだけ、ずっとつるんでいたいんだ、んなもんがワガママなガキの戯言だってこたぁ自分で分かってる。」
影浦さんは、あと数年すれば成人のはず。
私から見ればガキに見えない影浦さんも何か思うことがあるんだと、今頃知る。
突如周りの視線で壊れそうなことを言い出した影浦さんが、手の平で頭から首にかけて触ってから手を落とす。
腑抜けた顔の私を一瞥した影浦さんが、焦点が合ってきた目をしている。
「鋼と荒船と個人戦やって、ゾエと馬鹿やって、チームと家族とダチが居れば俺はそれでいい、いつまでもこうしていたいのに、俺は大人になっていく。
二宮とかファントムばばあみたいになっても、俺には延々クソ能力がつきまとう、俺はずっとこのままだ。なあ、なまえ、考え直すなら今のうちにしてくれ、キメえのが俺に刺さるのだけは勘弁してくれ。」

目を伏せて寂しそうにした影浦さんが、不穏なことを言う。
影浦さんらしくないことを言うので、本当に風邪を引いてしまったのかもしれない。
というか、ファントムばばあって誰だろう。
そんなあだ名の人いたっけと考えても思い当たる人物がいないので、後で聞くことにしよう。
自棄を起こしたように見える影浦さんを見ても、心は動かない。
きっと、先週お兄さんが寝込んでて色々疲れたんだろう。
珍しく目を伏せた影浦さんを、労った。
「影浦さん、やっぱり風邪ですよ」
「だろうな。」
スン、と鼻を鳴らした影浦さんが作戦会議室の天井を見る。
「甘いモンの匂いがする。」
「マフィン持ってきてるから、その匂いです」
鼻が効くなら、風邪の線は薄い。
あとで作ってきたマフィンをあげよう。
髪の中に指を入れた影浦さんが、横目で私を見る。
「なまえは甘いモンしか作らねえのか。」
「普通のご飯も作れます、でもお菓子なら作って持っていけるので」
あ、でもと付け加える。
「パンケーキとかオムレツとかお好み焼きは上手く焼けないです」
「コツがあんだよ、コツが。また俺んち来いよ、嫌ってくらい焼かせてやっから。」
「是非お願いします」
薄暗い笑顔を見せた影浦さんが呆れたように吐き捨てる。
「どーせ俺も暇してっからよお。」
鋭いけど知らない感情を目に浮かべた影浦さんが天井から私へ視線を移した。
「卒業したら家手伝いながら俺の隊をA級に返り咲かせる、弱い奴らがAに上がろうとすんのを見てるだけでムカつく。」
「あれ、でも、影浦さん、大学とかは?」
「さあな、提携大学に行ってもいいが大学なんて人が多いだろ、俺が普通に生きてくのは無理だ。胡散くせえ広報の野郎は殴っちまって今こうして降格食らってるし、提携も無理だろうな。」
「広報…?あ、根付さん?」
おう、と頷く影浦さんの横顔を見る。
普通に生きていくのは無理、その言葉にどんな意味が込められているか。
降格と提携大学への進学は関係ないのではないか、と私が口を出すことではない。
ふと想像してみた。
このまま影浦隊は無事A級キープして、大人になった影浦さんは昼はお好み焼き屋をしながら夜はボーダーへ。
市内で危機が訪れれば近所のお好み焼き屋のお兄さんが武器を持ち出して戦いだす、映画みたいな展開。
とんでもない二面性、それだっていい。
影浦さんは、影浦さん。
「影浦さんが思う普通って、そんなに大事ですか?」
「普通だの平均だの、んなもん俺じゃなくて周りが気にすることだろ、分かりきってんだよ、無駄ってこと。」
「私はどんな影浦さんでも好きですよ」
一目惚れでしたから。
視線に思いを込めれば、何もかもが伝わる。
私を見た影浦さんが篭ったような笑い声を出してから、片手で額を押さえて笑い出す。
いつもとは違う、静かな笑い方。
ギザギザの歯が見えるか見えないかの開き方をした口から漏れる声はカエルみたいで、咽ださないか心配になった。
呆れたように笑ったあと、だよなあと掠れた声を出した影浦さんが続ける。
「なまえならそう言うと思った、じゃなきゃ俺みてえなのに構おうとしねえもんな。」
影浦さんが、ゆっくりと私に向き合った。
私をしっかりと見てくれた嬉しさから、影浦さんに近寄る。
鋭い目をした影浦さんをもっと知りたい、できれば力になりたいと思う私の気持ちも、一瞬でバレてしまう。
言葉はいらない、気持ちがあればいい。
殺気に似た何かを醸し出す影浦さんが私を見据える。
少し前に忍び込んだ高校の廊下で、こんな感じの雰囲気の影浦さんを見た。
その時程の怖さはない、でも真剣さだけは同じ。
口を一文字に結んだところを見るに、何か言おうとしているのだけは分かる。
何か言おうとしているからこそ、何も言わずに影浦さんからの言葉を待つ。
微笑むと、影浦さんが一度だけ目を逸らしてから告げた。

「なまえが思うような、デートだのなんだの、あとなんだ…旅行?そういうのとか付き合ってる奴らみてえなこと、とかは、全然知らねえけど頑張る。
ゲーセンよく行くし、映画館あんま行かねえけどポップコーン好きだし、超うめえ寿司屋と焼き鳥屋と個室の海鮮屋なら知ってる。」
骨っぽい大きな手が私に伸びてきて、私の手元近くで止まる。
なんとなく、何がしたいのか分かった。
影浦さんの片手を両手で掴んでみると、骨っぽい手の平が僅かに汗ばんでいるのが分かる。
緊張しているのか、私にこれから何を言うのか。
一週間くらい前に仁礼さんから聞いた「告白はするものなんて受身の認識は古い、告白はさせるもの!」という言葉を思い出す。
なんとなく、あの言葉の真意が分かった。
自分だけ何もしないまま告白させるんじゃない、相手の気持ちを引き出すんだ。
一方的に押し付けたって駄目、お互い同じ気持ちじゃないといけない。
あの言葉はそういう意味。
これまで散々影浦さんに付きまとっては追いかけた私が黙るこの状況で、何が起こるのか。
静けさすら耳に触れる空気の中に、私と影浦さんだけがいる。
繕ったって、なにもかも影浦さんにはバレてしまう。
期待する目は伏せたまま、影浦さんの手を掴んでいると、手はするりと抜けて私の頭の上に移動して髪をめちゃくちゃにするように撫でる。
毛先が暴れて、視界にちらちらと髪が見えた。
影浦さんの手が離れて、犬のように頭を一回だけ振って前髪を視界から退かし、影浦さんを見る。
私を見て顔を赤くする影浦さんが、ギザギザの歯を隠すような仕草をした。
「俺なりになまえが好きだ、なまえからしたら色々足りねえかもしんねえが…。」
お湯が沸騰する、そんな表現が合うくらい顔を赤くしていく影浦さんを見て、嬉しくなる。
私と影浦さんの気持ちが、空気を伝う。
「お付き合い…してください。」
真っ赤な顔の影浦さんに微笑んで、受け入れた。
「こちらこそ」
ついに耳まで赤くなった影浦さんが顔を伏せ、両手で顔を覆った。
よく見ると手首のあたりも赤くて、今の影浦さんの全身は強く脈打っているんだろう。
私が体験してきたどきどきと同じような気持ち。
影浦さんも、同じなんだ。
「こういう時は俺の場合なんて言ったらいいんだ?」
「いつも通りでいいんですよ」
ふーっと息を吐いた影浦さんが、私を見る。
顔はまだ赤いけど、表情だけは平静。
「なまえ、俺と一緒にいてくれ。」
「はい」
「雅人って呼べ。」
「え」
呼べ、と威圧する影浦さん、いや、雅人さんの名前を心の中で復唱し、口に出す。
「雅人さん」
「あー、なんかちげえな。」
「雅人くん」
「…それで。」
影浦さん、違う、雅人くんの手が伸びてきて、指が私の唇に触れた。
一瞬で体が固まり、全身の血が沸騰する。
骨っぽい指が私の唇を撫でて、離れた。
離れるには惜しい手が私の膝の近くに落ちて、影浦さ、違う、雅人くんが私を見つめる。
「刺さり方も柔らけえのに本物も柔らかいのかよ、なんなんだコラ。」
「雅人くん、私といると落ち着くの?」
頷いた雅人くんが据わった目で私を見る。
威嚇の雰囲気が一切消えた雅人くんは、穏やかというには程遠くても普段より気の抜けた顔をしてくれた。
本当の意味で気を許してくれたのが分かって、嬉しくてつい微笑む。
「落ち着く。」
「私も雅人くんといると落ち着くよ」
「なまえの側で寝たい。」
気の抜けた顔の雅人くんが、私に這い寄る。
影浦さんだったときの顔はどこへやら、雅人くんは私の近くすぎる場所に座り、じーっと私を見た。
「なまえが側にいてくれるなら、もうなんもいらねえ。」
雅人くんがそう言ってからソファに頭を乗っける。
「俺が嫌になって喚いてたりモノ壊したり地面にゲロぶち撒けたことが再度あるんじゃねえかと思ってたけど、これからはなまえがいるって思えばいきなり色々湧き出てきた。」
骨っぽい手がまた伸びてきて、私の頭を撫でる。
今度は優しく、なでなでと労わるような撫で方だ。
「なまえは誰にも渡さねえ。」
言ってることはいつも通りなのに、気の抜けた顔をして私を見る雅人くん。
私のほうから手を繋いでみると、指が絡む繋ぎ方をされた。
指の間に雅人くんの指が食い込むのは手が少し苦しいけど、どうってことない。
「ユズルんとこ、行かなくていいのか。」
「もうすこししたら行きます」
「終わったら戻って来いよ。」
「わかりました」
「マフィン全部食っておくから。」
「えっ?」
「俺のために作ったんじゃねえのかよ、なら俺が全部食ったっていいだろ。」
とっくにバレていたことを知って、嬉しくなり手を伸ばし黒髪のボサボサを撫でる。
意外にも手触りのいい髪の毛は、軽い癖がついているだけなのが分かった。
絡まりやすいくらい細い髪の毛がみっしりと生えていて、こうなったのか。
雅人くんの頭を撫で終わって、だいすきです、と見つめる。
言葉はいらない、お菓子を持ってくることもない、気持ちだけでいい。
にへーっと笑うと、雅人くんも唇の片方を釣りあげて笑う。
眼差しだけで伝わる思いは、とても温かい。
すこしだけ大人になれた私と、雅人くん。
「なまえ、好き。」
「私もだよ」
好きっていうのは、恋っていうのは、こういうことなんだ。







end





2016.05.06








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