好きの感覚







学校から本部に行くまでの道はビルがあったりして、ビル風がけっこうすごい。
高校に行けばまた違う道が見つかるから、数年以内にこのビル風地帯ともおさらば。
それと同時に、このビルの隙間から見える風景ともおさらばになる。
高校になれば違う景色が見えてきて、覚えている風景がまた増えるだけ。
通行人が風に吹かれて目を細めて足早に歩くのを見て、時刻を感じ取った。
風の感覚や陽の光を感じて、そろそろ夕暮れになりそうだと思う。
隣を歩くユズルくんの髪が風で形が崩れて、前髪で顔の上半分が覆われてはバサバサになっている。
冷たい風に目を細めるユズルくんが口を閉じて風に耐えた。
私の髪も毛先が舞って、耳に触れる。
ぼさぼさになった髪を元通りにするような風が吹いて、また冷えた。
さっきまでの話題を吹き飛ばすような強風に一時中断される。
早く本部に入らないと。
夕暮れになる前の風は、冷たい。
制服のまま歩く私とユズルくんは、どう見えているのだろうか。
そう考えればすぐに影浦さんのことが浮かぶから、私はもう重症だ。
影浦さんほどではないにしても、ユズルくんの髪もけっこうもさもさしている。
もし隣にいるのが影浦さんなら風に怒鳴ってクソだのボケだの叫んでいそう。
こうやってすぐ影浦さんのことを考えてしまう。
隣に居るのは、ユズルくんなのに。
風に吹かれ終わったユズルくんが思い出したように、乾いた唇を動かした。
「なまえ、この前カゲさんに何言ったの?」
「この前って」
「メール。」
「突っ込んだこと聞いちゃって…怒られたわけじゃないよ」
そっか、と呟いたユズルくんが唇を舐めて、前髪を手で直す。
舐めたら乾いて唇の皮が切れたりするからリップクリームを貸してあげたい。
ユズルくんは男の子だし、家にもお父さんだけだから、リップクリームを持っているかどうかすら怪しい。
香り違いで買ったまま使ってないリップクリームを貸してあげたくなる唇をしたユズルくんが視線を地面に落とす。
「カゲさんが女子に怒るとこ想像つかないし、なんとなくそれは分かってた。」
「うん、影浦さんと喧嘩してはいないよ」
上手くいけばもっと仲良くなれるかも、とは言わない。
幼馴染だからこそ、そんな話はしたことがなかった。
子供同士の延長線上の仲は、なんでもわかる親友同士じゃない。
長く一緒にいても、ユズルくんの考えている全てはわからないし、ユズルくんも私に対して同じ気持ちだろう。
気になるのなら聞けばいい、それで済む仲。
でも、私と影浦さんはそうじゃない。
だから仲良くなるのは本当に難しいんだと言葉を飲み込むと、ユズルくんが告げた。
「カゲさんがボーダーに来てない。」
え、と声を漏らすとユズルくんが私を見た。
動揺したのを見逃さなかったユズルくんが、私を見据える。
「なまえ、カゲさんと最後に会ったのいつ?」
「先週」
「そっか。」
それだけ言うと、何も言わずに歩き続けた。
都合よく強風に見舞われることもなく黙ったまま歩き続け、前から来ていた通行人が通り過ぎてからユズルくんが沈黙を消す。
「ああいうサイドエフェクトがあるし、ひきこもり始めることはあるんだよね。」
「そう、だよね」
「でもランク戦の作戦会議そろそろしたいから、来てほしいんだ。」
隊長さんがいない時、隊員はどうしていればいいんだろう。
何かしら命令があるまで、待機するしかない。
大事な時にいなくなる影浦さんではないにしても、本当に大事な時にいなかったら?
ユズルくんは自宅から隊長を引きずり出すような真似をする人じゃない。
このままだということはないにしても、気になったので聞いてみる。
「そういう時、ユズルくんはどうしてるの?」
「どうするも何もないよ、放っておくしかない。」
そうだよね、と同意すれば、分かりきっているユズルくんが私に答えに限りなく近いことを教えてくれた。
「癖があるだけで役に立たない人じゃない、来たらいつも通りに接すればいいんだ。」






影浦隊作戦会議室に入ると、甘い香りがした。
お菓子の匂いじゃない、もっと爽やかな甘い香り。
突き当たりのソファに人影はなく、もしかしてと仁礼さんがいつもいるスペースを覗いた。
いつものこたつの上には、鏡、ポーチ、漫画雑誌、携帯、コップとジュース。
見慣れない大きな皿の上には、真っ赤なイチゴが山盛りになっていた。
美味しそうにイチゴを食べる仁礼さんが私に気づいてくれて、手招きをする。
「おうなまえ!いちご食う?」
頷くと、こたつの隣をぽんぽんと叩かれる。
そこに向かうと、仁礼さんに歓迎された。
「これゾエが置いてったんだけどよー、うめえのなんのって!イチゴマイスターゾエはさすがだよな!」
イチゴを頬張る仁礼さんにつられて、ひとつだけ手に取る。
瑞々しいイチゴばかりで、どれも美味しそう。
準備をするユズルくんに仁礼さんが声をかけると、ユズルくんは「当真さんに呼ばれてるから。」と呟いてさっさと出て行ってしまった。
ユズルくんの足音を聞きながら、イチゴをひとつ食べる。
噛むたびに甘酸っぱい味と薄めた砂糖のような味が混ざって、とても美味しかった。
「甘い」
ついそう言うと、仁礼さんが同意してくれた。
「うん、めっちゃ甘い。」
次々食べる仁礼さんが、イチゴを食べながら世間話を始めた。
「そうだ、なまえ、最近カゲと会った?」
いきなりそんな話をするということは、仁礼さんは最近影浦さんを見ていないのだろう。
イチゴを食べ終わってから、答える。
「はい」
「マジで!?どこで!?」
「ラウンジです、あ、人がいないほうの」
「ボーダー来てたのかよ…タイミング悪かったなー。」
運悪そうにする仁礼さんが、一気にイチゴをふたつ口に放りこむ。
頬が膨らみかけているくらい食べている仁礼さんが、残念そうにした。
「アタシここ一週間カゲと会ってなくてさー、自宅突撃しようにも返したい漫画持ったままカゲんちまで行くの面倒だし、来てくんねえかなー。」
伸びた仁礼さんがこたつの上にある鏡を手に取り、立てる。
見るたびに新しいものに変わっている鏡が、いつもピンク色。
髪の毛をチェックして気になるところがある模様の仁礼さんを横目に、影浦さんにメールで「ボーダー来ないんですか?」と聞く。
鏡で髪を気にする仁礼さんを見つめていると、影浦さんから「兄貴が風邪で倒れて俺が仕込みやってる。」と返ってきた。
おうちが忙しいだけだと知って、安心する。
「時間空いたら来て下さいね」と送ったあと、仁礼さんが転がっていって離れた場所にあったコテを取った。
電源を入れて、手をかざして温度を確かめている。
丁度いい温度になるまで少しかかるのか、手に持ったままにして鏡を近くに寄せた。
髪を整える仁礼さんと自分の携帯の画面を見ているうちに返信が返ってきて「仕込み終わったら行く。」と書かれていた。
「あ、来るみたいです。」
「ああ?」
呻いた仁礼さんが、私を見る。
電源を入れたばかりのコテのスイッチを切り、床に置いた。
「へー、ほおー。」
「おうちの関係で忙しかっただけみたいです」
「それカゲの言い訳十八番。」
にやっと笑った仁礼さんが、思ったことをそのまま口にする。
「カゲのやつ、さてはなまえに惚れたな?青春だなカゲ。」
耳まで真っ赤な顔、上手く繋げなかった手、マスクを外したときの真っ赤な顔。
先週見た影浦さんを思い出して、どきどきする。
骨っぽくて大きな手。
私じゃ両手を使わなきゃ覆えない大きさの手の持ち主でも、あんなに赤い顔をする。
私の好きと、影浦さんの好きは、本当に同じなのだろうか。
もし同じなら、同じなら私は影浦さんと。
そんなに上手いこといかないのは分かってる。
だから、何も言えない。
何も言わず顔を伏せる私の顔色が変わっていたのか、仁礼さんが気づく。
「おい、なまえ、なんだよ、え、まじ?」
驚いた顔をした仁礼さんから距離を取ろうとすると、肩を捕まれた。
動けず、ひたすら首を振る。
「いやいやいやあの、まだ影浦さんには何も言ってないんです」
「あー甘酸っぱい。」
「あのあのあの、まだ何も」
「あーあー、甘酸っぱい甘酸っぱい、イチゴ並みに甘酸っぱいわー。」
しれっとした顔でイチゴを頬張る仁礼さんに慌てていると、仁礼さんは口をもごもごさせながら痛いところを突いてきた。
「ってことは付き合ってないってことか?」
恥ずかしさで思考が止まる。
付き合う、とか、付き合わない、とか。
気持ちは伝えたけど、まだそのあたりのことは話し合ってもいない。
先週見た、耳まで真っ赤な影浦さん。
仲良くしたいだけでも、もっと手を繋ぎたいとか一緒に居る時間が欲しいとか、恥ずかしくて言えない。
何も言わない私を見て察した仁礼さんが、にこにこしている。
「だろうなー、たとえなまえのことが好きでもカゲの口から好きですなんて出てくるとは思えない。」
笑顔の仁礼さんが、私にイチゴを渡す。
ひとつ口に放りこむと、甘い。
美味しいイチゴを味わう私の隣で仁礼さんが持論を展開した。
「どーせカゲのことだから、目元までマスクあげて怖い顔してガオーとか言いながら、ゾエとかユズルにしろって言ってその辺は逃げ回るだろ。
あーいう能力あるからアタシ達じゃ考えもつかないとこでなまえのことが引っかかってんだろうなー、ま、なまえは悪くねえよ、カゲも何も悪くねえしカゲに関しては善悪以前のことがあるし。
でもカゲは良い奴だぜ?口は悪いし凶暴だけど、それ以外は嫌なところねえし!」
殆ど言い当てる仁礼さんの観察眼と憶測に感動しながら、またひとつイチゴに手を伸ばした。
瑞々しいイチゴは喉を潤して、胃を満たす。
「つか、カゲはどうなんだよ。」
「どうって」
「あれか、基本がなまえの片思いだけど、カゲのことだからギリギリまで黙ってて…。」
うーん、と考えてから仁礼さんが推理した結果を出す。
「実は相思相愛でした的なやつか?」
真顔の私を見て、仁礼さんが黄色い声をあげる。
口の中にあるイチゴを噴出しそうになりながら耐えて、飲み込む。
残った味が甘酸っぱくて、唾液は甘くて、もし恋が木に実れば果実はこんな味なんだろう。
「なまえの片思いじゃなかったんならアタシはマジ感動。」
「いやいやいや」
「むっかし昔に読んだ少女マンガの受け売りだけどな、なまえ。」
恋の味を食べる私に、仁礼さんがかっこつけたようなポーズをして可愛く笑う。
「告白はするものなんて受身の認識は古い、告白はさせるもの!」
決め台詞を言って、なーんてな!と明るく笑う仁礼さんが、イチゴをまた食べて携帯を手に取る。
ピンクのケースに入った携帯の画面をタップして、にこーっと笑う。
「よーし、カゲを煽るか。」
携帯の画面を高速で触る仁礼さんが、不敵に笑い出す。
よからぬ笑顔だと確信して、失礼ながらも携帯の画面が見えるか見えないかの位置に移動した。
「煽るって」
「カゲって家にいるときは大体パソコンつけてっからよー、たぶん今ログインしてるはず。」
いるいる、と言った仁礼さんの横に座ると、シャンプーの匂いがした。
メッセンジャーでチャットを送りまくる画面が見えて、仁礼さんが画面をタップして電話をかける。
コール画面が表示されて数秒後、画面がアイコンに切り替わった途端に仁礼さんが叫びだす。
「なあー!カゲ!いい加減来いよ!音量最大!はい!ほら!ひーきーこーもーり!!ひーきーこもり!!ひっきーこーもーり!!!」
画面の向こうにいる影浦さんに話しかけながら携帯をスピーカーモードにして、喋りかけながら手を叩く。
リズムに乗った仁礼さんの声が響く向こうから、何か音がする。
スピーカーモードになった携帯から、大好きな声が聞こえてきた。
「いきなりかけてくんなクソ!!!」
「別にいいだろー!?友達だろー!?」
「音量最大にしたら俺の耳ブッ壊れるだろうが!」
「あ、てか借りたやつ全部読んだから返したいし続き借りたい。」
「ああ、おう、続き持っていく。」
聞くだけでどきどきする声。
ボサボサの髪とギザギザの歯、怖い顔つきをすぐ思い出してどきどきする私の横で、仁礼さんが影浦さんに呼びかける。
「なあカゲ〜早く来いよお、隊長がいないと寂しいだろ〜?」
「クソ兄貴が隣の部屋で寝込んでっからよお、ヒカリの声で風邪ぶりかえしたら困る、切るぞ。」
画面の向こうにいるなら、と携帯に向かって話しかける。
「影浦さん、来てくれたら私も仁礼さんも嬉しいです」
「な!?ほら〜来いよ〜。」
一瞬の間があってから、影浦さんの声がする。
「なんでそこになまえがいるんだよ。」
「なまえもアタシの隣でカゲを待ってんだよ、引きこもってないで来い!みんなで飯いこーぜ!」
明るい仁礼さんに助けられたように、携帯の画面の向こうにいる影浦さんに話しかける。
「調子がよくなったら来てくださいね」
ああ、うん、と影浦さんの相槌が聞こえて、大好きな気持ちが爆発しそうになる。
イチゴに手を伸ばし、何個か掴む。
口に放りこみ、影浦さんへの気持ちごと噛んで飲み込む勢いでイチゴを食べた。
相槌のあと、影浦さんがいつもの調子に戻る。
「いや、今日の夜の分の仕込み終わって兄貴に飯投げつけたら行く。」
仕込みと聞いて、仁礼さんが不思議そうな顔をした。
「おあ?カゲ、今日はマジで家の手伝いしてんの?」
「ヒカリ、それじゃ俺が日頃から家の手伝い何もしてないように聞こえんじゃねえか。」
掠れた声の影浦さんに笑いながら、仁礼さんが否定した。
「いやいやいや、そこまで意味込めてない。」
言い訳十八番だというこれは、どういう意味なのだろうか。
影浦さんのおうちはお好み焼き屋さんだから、仕込みが忙しいことはあるのだろう。
何かあれば、そういうだけなのかもしれない。
「終わったら来てください」
また話したい。
また赤い顔をされるのかもしれない。
それでもいい、私は影浦さんが好き。
「なまえ、こたつにいんのか。」
「います」
「そこに居ろよ、動くんじゃねえぞ。」
影浦さんの言葉に、仁礼さんがにやにやしながら私の肩をつつく。
声を聞くだけでどきどきする。
顔を思い浮かべれば、影浦さんのことを思い出してもっとどきどきする。
影浦さんに初めて会ってからずっとそうだったけど、最近は特に顕著だ。
好きっていうのは、こういうこと。
仁礼さんが影浦さんを煽るようなマシンガントークを始めている横で、影浦さんの声だけを聞く。
携帯から聴こえる声は、落ち着いた低さだった。









2016.05.04










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