気持ちの言うとおり




気持ちが悪いくらい寝覚めがいいのに、体がぼーっとする。
いつまでも夢の中にいるような感覚のまま朝ごはんを食べて、朝からボーダーへ。
ユズルくんには会えないまま、手鏡に映った自分の顔色を確認しては再び確認する。
髪型はおかしくないか、顔色は悪くないか。
何度も確認しては、影浦さん相手に見た目なんか無意味だと悟る。
私がどんな美人でも可愛い子でもかっこいい子でも、影浦さんのサイドエフェクトには無意味。
どんな思いを向けているか分かる能力は、影浦さんの人生にどんな影響を与えたのか。
考えるまでもない。
来る途中で爆音を流しながら車が走って通り過ぎるのを見て、現実に引き戻された。
信号が変わったり、歩く音、うるさい音にうるさい音を混ぜた景色。
影浦さんは、うるさい景色の中から運まかせに視線が刺さると思えば急に世界が辛く思えてきた。
電話口ではああいっていたけど、もし影浦さんの辛い世界に加担していたのなら、どうしよう。
悪いほうへと考えが動いては、口をついて電話口で言ってしまったことを思い出す。
目を見て言わないといけないことを言ってしまった後悔と、恥ずかしさ。
視線がないと普通に話す影浦さんと、咄嗟に謝ったときの怒鳴り声。
それらを受けてもなお、影浦さんがだいすき。
深夜三時に来ていたメールに「お昼過ぎに人がいないほうのラウンジで話しませんか」と返せば「わかった」とだけ返ってきた。
電話口で怒鳴られた経緯から推測するに、到着すれば武器を持った影浦さんがいてもおかしくない。
ボーダー初の死体になる覚悟もある中、どうしても影浦さんと意思疎通を図りたい気持ちもある。
何かを言う隙も与えられずに正式に絶縁を叩きつけられるか、何か言う隙をくれるか。
会うことを許してくれたから、言い訳の端くれくらいは言えるかもしれない。
人気のないラウンジは、影浦さんと最初に会話できた場所。
ノートとペンで会話した頃から進展していたはずなのに、なんでこうなってしまったのか。
たとえキューピットがいても、邪魔する人がいても、こうなっていたような気がした。
私の視線が、影浦さんには刺さっている。
それなら嘘をついたって無駄なんだ。
ユズルくんは、影浦隊の人は、村上先輩は、どうやって影浦さんと仲良くなったんだろう。
人気のないラウンジに行く途中で偶然誰かに会えばいいのに、会わない。
上手くいかないこともある。
でも、影浦さんだけは人ごみからでも上手く見つけられる自信がある。
明るいけど人気のないラウンジについて、黒くてボサボサした髪の毛を見つけようとすれば、探す前に見つかった。
ソファにどっかりと腰をかけて首を上に向ける影浦さんの後ろ頭が見える。
私の視線に気づいたのか、頭を触ってから横目で私を見た。
こっちを見た瞬間モノを投げてくるわけでもなく、ただ黙って私を見る。
圧をかけられているように思えて、情けなくなった。
小さい歩幅でソファに向かい、影浦さんの前に座る。
床に視線を落とすのをやめて影浦さんを見れば、今にも殴りかかってきそうな顔をしていた。
何も言わない私を見て、影浦さんが先に忠告する。
「泣き出したら投げ飛ばす。」
声色だけは普段と同じ、でも目つきが違う。
怒りを最小限に留めたような影浦さんを見て、耳の中に水が詰まったような感覚がする。
「ユズルくんは」
「あいつが関係あんのかよ。」
「ないです、だけど」
だからなんだと怒鳴られることもなく、続けて喋る。
「ユズルくんからも何も聴いてなかったんです、サイドエフェクトのことも実は隊長さんだったってことも、どんな人かっていうのも聴いていなくて…
影浦さんを見たときに怖いなとは思ったけど、それは見た目の話で」
電話口での話を思い出す。
口をついて謝れば、影浦さんは怒る。
そこだけに気をつけて喋っているのを見抜かれたのか、そっと言葉を落とされた。
「言い訳はいい。」
喋るのをやめて、影浦さんを見る。
どっかり座った影浦さんが睨みつけるような目のまま、マスクを下げた。
ギザギザの歯が見えて、薄い唇が動く。
「なまえが俺にわざわざ話しかけてきたのもココだったよな、鋼の入れ知恵にしちゃあ上手くやってると思ったぜ、なかなかだ。」
「今でも、ここが落ち着きます」
「んなこと聞いてねえだろ、まあ俺も騒がしいラウンジより、ここのほうが気に入ってるけどな。」
お菓子とノートとペンを持って現れた私を追い返さなかった影浦さんと、何も知らない私。
今から考えれば、あの時の何も知らない時のほうが影浦さんは楽だった。
言ってもどうしようもない状態のまま、殴られてもいい、怒鳴られてもいい、言いくるめられてもいいと思う。
影浦さんの薄い唇は、動けば動くほど片方が釣りあがる。
「感情の刺さり方は嫌ってほど分かるけどよお、なまえが何考えてるかはこれっぽっちもわかんねえ。」
「私は、仲良くなりたくて」
「クソ能力のこと知ってんだろ、それだけじゃねえのがバレてるって何度言えばいいんだ?デコに書いとくか?」
ボザボザの前髪が目にかかっても、目つきが鋭いのはわかる。
影浦さんの吐き捨てるような口調を嫌に感じたことはなく、黙って聞いた。
「俺のクソ能力を無限の心理探知機か何かだと思ってんじゃねえぞ、俺はなまえが何考えてるかマジでわかってねえ。
納得が欲しいんだ、キメえ奴のキメえ刺し方くらいはクソだって片付ければいいけど、なまえみたいな刺し方してくる奴が何考えてるか分かれば俺は困ることもねえ。」
目も片方を細める癖があって、話し終えるとすぐ戻る。
影浦さんの癖がわかるくらいには、影浦さんを見ていた。
「ってもなまえと同じ刺し方してくる奴いねえけどな、後学だ後学。」
助け舟のような言葉を拾って、自分を立て直す。
ボサボサの髪とギザギザの歯と良いとは言えない態度。
「私は」
最初から気持ちは変わってない。
「影浦さんが好きです」
面と向かって言えた途端、すっと肩の力が抜けて冷たい氷のような感覚が這ってくる。
体の内側から水風船が破裂したような冷たさに襲われていることまでは知らない影浦さんが、追い討ちをかけた。

納得が欲しいという影浦さんが、口を開く。
「俺もなまえが好きっていえば好きだけどよお、もしなまえが俺のクソ能力持ってたら俺のも同じ刺さり方してんのか?」
思わず目を剥いて影浦さんを見れば、私の顔が面白かったのかニヤァと笑っていた。
ギザギザの歯が見えて、意味もまったく無さげにしている。
「俺となまえじゃ刺さり方が違う気がするんだよ、同じだったら馬鹿みてえに面白えけどな。」
ぶははと笑う影浦さんを見て、唖然とした。
影浦さんの言葉は聴き間違えるはずがない。
それが余計に面白いのか、影浦さんは口元を釣り上げて笑ったまま見ている。
「なまえ、なんだその顔。」
口元を隠したいのか、頬まで丸ごと隠すようにマスクを付け直した影浦さんが私の表情を指摘する。
目を剥くのをやめて一度床を見つめ、目を閉じた。
もういい、もういいや。
諦めて恥を捨てよ。
「わ、わた、わたわたわた私の刺さり方ってどうなってるんですか!」
恥を捨て、探究心だけを残せ。
噛みまくった私を鼻で笑った影浦さんが、丁寧に説明した。
「髪を撫でるような感じがしてから、胃のあたりに糸が刺さる、糸みたいな感じがなんなのかわかんなくてキメえっていえばキメえけど、嫌じゃない。
その糸が体ん中絡みついたあとに、目ん玉から飛び出した糸は口に入って、喉に絡みついて一瞬だけ喉が詰まるんだけどな、胸まで入って締め付ける。」
マスクの下の口がもごもご動いているのが分かる。
顔の半分以上がマスクで見えていない影浦さんが小さく「なまえの刺さり方だけが気持ちいいんだ。」と呟いたのを掻き消すように、携帯の着信音が鳴った。
影浦さんがズボンのポケットに手を突っ込んで、電話に出る。
「なんだ!」
電話から誰かの声が聞こえてきている間、ぼーっとして影浦さんの顔を見た。
マスクをずらして「ああ、おう、見てねえぞ。」と電話をする影浦さんの横顔。
前髪で隠れてる目元が難しそうに動いてから、電話口で叫び始めた。
「テメーよお!都合とかワザと考えてねえだろ!」
一体誰と電話をしているのか、わからない。
吼える調子は普段どおりなので、ボーダー内の誰かだろう。
「誰がトーナメントなんかやるか、クソ鋼!蕎麦でも食ってろ!」
クソ鋼と呼び捨てた村上先輩からの電話を切り、盛大な溜息をついた影浦さんを伺う。
「どうしたんです?」
「あみだでチーム組んでバスケしてドンケツの奴が全員分のポップコーン買う、っていう荒船恒例のクソ行事のあみだを個人戦トーナメントでやるってよ、アホか。」
荒船さんそんなことしてたのか、と思うと影浦さんが立ち上がり、私を見下ろす。
「やる気なくした、なまえ、帰るけどついてくるか。」
頷くと、影浦さんが歩き出した。
影浦さんの歩幅は大きくて、私じゃすぐに追いつけない。
待って、と心の中で言う前に影浦さんが歩幅を縮めてくれた。
真下でボサボサ頭を見て、相変わらずだなと思う。
「俺んちで食っていけ。」
「いいんですか?」
「荒船に見つかったら青海苔のビン投げつけられそうだからよお、早退。」
「でも荒船さんって影浦さんち知ってましたよね」
「まあ、その時はその時だ。」
やる気をなくしたはずの影浦さんが、またマスクを付け直す。
顔が隠れた影浦さんが、歩きながら私に話しかける。
「なまえは俺のどこが好きなんだ。」
「感情を隠さないところです」
私に今こうして歩幅を合わせてくれてるとことか。
本当は全部好きだけど、強いて言うなら感情に素直なところが好き。
「私はすぐユズルくんの後ろに隠れちゃうから、気持ちを隠さない影浦さんがすっごくきらきらして見えて」
「俺はなまえが思うより良い奴じゃねえよ、ゾエとかユズルにしとけ。」
「なんですかそれ」
「鋼のほうが俺より気ィ使える良い奴だぜ?そっちにしとけ。」
「嫌です」
「どうせ俺じゃ足りねえだろ、色々と。」
そうやって感情を隠さず、全面的な態度にしてしまうところ。
そこがとても好きで、と思っていると影浦さんが立ち止まって私に吼えた。
「その視線だよ、それだよそれだよそれ!!!」
吼える影浦さんの顔は下半分がマスクで覆われていて、ギザギザの歯が見えない。
「俺以外にその目を向けるな!!」
ボザボザの髪から見える耳と、睨みつけるような目の近くまで真っ赤な影浦さん。
影浦さんと目を合わせて、私まで赤くなる。
唸り声のような声を出した影浦さんの肌が全部赤くなった、と思えばさっさと歩き出してしまった。
追いかけるように走っても、ついてくるなとは言われない。
感情受信体質なんてものを持っているのに、誰に対しても感情を隠さないところが好き。
ユズルくんの後ろから見た影浦さんは、私に無いものを持っていた。
だから余計にかっこよく見えたのかもしれないと気持ちの整理をしていると、影浦さんの手が私に伸びてきて腕を捕まれる。
影浦さんのペースで引きずられていくと思えば何故か手を繋がれた。
手の大きさが合わず、半端に指が絡まる繋ぎ方になってしまう。
骨っぽい中指に私の薬指がひっかかって、あとから私の指の間に影浦さんの指が入る。
変な形で手を繋いで、これでいいのかと影浦さんを見る。
マスクで隠れていても赤い顔をしているのがわかる影浦さんが無言のまま立ち止まり、繋ぎなおす。
私のほうから影浦さんの手のひらを握ってみると、強めの力で握り返された。
このまま前みたくキャリーバックのように引きずられることはなく、ただ見つめられる。
思い切り背伸びして手を伸ばせばいけるか、と思い背伸びをして影浦さんのマスクへと手を伸ばす。
紐に指をかければ、熱い頬に触れる。
なんとか届いてマスクをずらせば、一文字に結ばれた唇と真っ赤な顔が見えた。
「誰が外していいって言った、オイ。」
「駄目ですか?」
唇が緩む気配はなく、赤い顔の影浦さんは今にも殺しにかかりそうな目で私を見る。
「なんで赤いんですか?」
今度は影浦さんが目を剥き、私がニヤっと笑う。
叫びたいのを押さえてるのか、影浦さんが下唇を噛んでいる。
目元に影が出来るくらい俯いた顔も、私からははっきりと見えた。
「そういうとこが好きです」
照れくさくて笑うと、頭をわしゃわしゃと撫でられた。
嬉しくて、つい笑ってしまう。
骨っぽい手が離れて、影浦さんと同じようなボサボサの髪で視界が遮られたまま笑うと「俺も。」とだけ返された。







2016.04.28










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