爪先立ちの踵が着く頃に




ゾエさん誕生日おめでとう
BBFで判明したゾエ弟くんがちょっと出てます

ゾエさんの一人称はゾエさんと俺のふたつ持っている派








金曜の夜は人通りが少ない。
いつもならサラリーマンにも女子高生にもすれ違うのに、駅からの道では私服の大学生くらいとしかすれ違わなかった。
みんな帰って土曜に備えてしまうのだろう。
もうすぐ日も落ちて、暗くなる。
箱を持った女が軽やかな足取りをしてニヤニヤしているところだけを見られてしまえば、不審だと思われるだろう。
今はもう、他人の目なんて気にしていられない。
鞄の中には、小さくて色とりどりの可愛いパーティろうそくとクラッカーとプレゼント。
手にはケーキの箱。
目的までの足取りの軽さだけなら、負けない自信がある。
大好きな人の家のチャイムを鳴らして、大好きな人が出てくるのを待つ。
部屋にいたのだろう、返事がないまま音だけが近づいてきた。
玄関の中の光が射して、胸が躍る。
尋くんが出てくれて、私は精一杯の笑顔を向けた。
「尋くん、お誕生日おめでとう!」
「わー!ありがとう!」
柔らかい笑顔を向ける尋くんのために作ったケーキが入った箱を差し出し、行儀よくする。
来客が私だと気づいたのか、尋くんのお母さんが顔を出した。
何度か合っているのでいつもどおりの挨拶をしたあとに、尋くんのお父さんとお母さん用のブランデーケーキを渡す。
ありがとうと笑う尋くんのお母さんの後ろから、尋くんの弟の秀高くんが顔を出した。
痩せて髪を黒くして年齢を下げた尋くん、といった見た目の秀高くんが私とケーキを確認してパッと笑顔になる。
微笑むと、気前よく挨拶してくれた。
「なまえさん、こんばんは!」
「お久しぶりです」
「いやーもう、うちの兄貴がお世話になってます!どうぞどうぞ!」
にこにこ笑う秀高くんに、もうひとつ用意しておいたケーキ箱を手渡す。
秀高くんには、マシュマロクリームケーキ。
「秀高くんもどうぞ」
ケーキを見た秀高くんは目をきらきらさせて、うわあああと嬉しそうに呻いた。
「ありがとうございまーす!」
「溶けるかもしれないから早めに食べてね」
「はい!いただきます!」
秀高くんは私にお辞儀をして、リビングでケーキを開けるお父さんとお母さんの元へ戻ったふりをして、壁から顔だけこっちへ向けた。
口をぱくぱくさせて「親父たちは俺が引きとめとくから!」と小声で言われる。
どうもと微笑んでいると、尋くんに手を握られた。
大きくて安心感のある手。
秀高くんは、と思うと既にリビングにひっこんでいた。
尋くんのお母さんが明るい声で喋っているのを聞きながら、尋くんの部屋へ行く。
階段をあがれば、すぐ。
何度か見た部屋の扉は、もう大きく感じない。
ケーキ箱をひとつだけ持ち、尋くんの部屋に踏み入れる。
見慣れた机の上にケーキ箱をおいて、鞄からクラッカーを取り出し、慣らす。
バァンと鳴り、尋くんがリボンまみれになった。
「おめでとう!えへへ」
驚いたのか、尋くんが固まった笑顔を浮かべたまま動かない。
鼻についたリボンを取る尋くんが可愛くて、つい微笑む。
「ね、尋くん、あとから影浦くんも光ちゃんも絵馬くんもくるんだよね?」
「八時過ぎだけどねー、他からはすでにプレゼント貰っているから、カゲたち以外はもう来ないと思う。」
「楽しみだなあ」
「去年は帰り道でカゲが公園のベンチ壊したけどね、今年はどうなるかなあ。」
クラッカーを鞄に仕舞って、かわりにパーティろうそくを取り出した。
「え?ベンチって影浦くんの誕生日じゃなかった?」
「ゾエさんの誕生日だよ、ゲーセンの台にカゲがにローキックしたのはユズルの時だけど、あれは大変だったなあ…。」
遠い目をする尋くんが、薄く笑う。
毎年何かしら祝われて思い出になる日を過ごす尋くんのためにろうそくを持ったままケーキ箱を開け、尋くんにイチゴレアチーズクリームケーキをお披露目した。
イチゴを見た尋くんは目を輝かせてくれて、達成感に溢れながらケーキにろうそくを刺す。
「溶けるかもしれないから、これは早めに食べよう」
「オッケーだよ、あ、ライターは?」
鞄から取り出したライターをちらつかせると、尋くんはにこっと笑う。
優しそうな笑顔が、大好き。
ハート型になるように歳の数だけ指していく。
持参したライターを手にろうそくを刺している私を、尋くんはじっと見ていた。
下の階から「うおおおおお兄貴!!!!なまえさんのケーキこれすっげえええうめえ!」という元気な声が聞こえる。
扉を開けて尋くんが返事をしているのを見て、嬉しくなった。
ぱっちりした目、見る限りでは柔らかそうな唇と全体的に丸い体型。
がっしりむっちりとした体に似合わず、顔つきは優しい。
何より大らかな性格が好きで、尋くんのことになれば私はなんでも本気になってしまう。
ろうそくへ火をつけはじめるのを見るなり、尋くんは部屋の電気を消した。
暗くなる部屋の灯りはろうそくだけ。
ぼんやりと見える暗がりの中の尋くんはケーキのろうそくにノリノリだ。
ろうそくに火をつけおわり、部屋の雰囲気が一気に変わる。
誕生日独特の、わくわくするこの感じ。
「尋くん、ふーってして」
「うん!」
「歌う?歌う?」
返答を聞く前に、勝手にハッピーバースデーを歌う。
テンション高めに歌いだした私を見守る暗がりの中の尋くんの笑顔がとても眩しい。
ろうそくをつけ終わると尋くんがテーブルの目の前に座った。
わずかな灯りの中に見える尋くんの目がきらきらしてて、誕生日だなあと思う。
尋くんが一息でろうそくを消して、私はここぞとばかりに拍手する。
「わーーーーーい!おめでとう!!」
真っ暗な部屋に響く、私の声と拍手と尋くんの笑い声。
さてケーキを食べようと立ち上がり、部屋の電気のスイッチを探すべく壁に手をやった。
「尋くん、部屋の電気どこ?」
「ああ、うん。」
壁伝いに電気のスイッチを探していると、何かに躓いた。
いま足をぶつけたのはスクールバッグだろうか、暗いからわからない、跨いで壁伝いに移動していると、背後に気配を感じる。
すぐ後ろに来たと尋くんに躓いてごめんね、と言おうとする前に尋くんが喋りだす。
「なまえ。」
なに?と見上げても、暗いからよくわからない。
ここだよと指差すわけでもなく、私の後ろにいる。
「ごめんね、いま何かに躓いちゃった、倒れてない?」
「大丈夫。」
「ね、電気スイッチどこだっけ」
私の質問に、尋くんは「ああうん、ここだよ〜。」と答えてくれるはず。

何故か、尋くんは何も言わない。
「尋くん?」
何も言わないまま、私の後ろにいる。
「ケーキ溶けちゃうよ」
「まだ暑くないから、すぐには溶けない。」
もしかして、さっき躓いたものは実は少しでも押したらいけないような模型等だったのでは。
そうならすぐに謝らなきゃ、と思った矢先。
「なまえ。」
何か変だ、と思う間もなく尋くんに抱きしめられた。
暗闇の中、体温に包まれ抱かれる。
尋くんの体にダイブする勢いで抱きしめられ、爪先立ちになった。
強い力ではないので、やろうと思えば腕から抜け出せる。
行動に何かの意味があるような気がして、抵抗しなかった。
抱きしめられた、とわかった途端に顔が真っ赤になって足がひやっとする。
どくどくどくと鳴り出す鼓動は、私の音。
尋くんの胸に耳を当てると、心臓の音がした。
「どうしたの、尋くん」
抱きしめられただけで、何も言われない。
暗闇な上に尋くんの顔も見えないこの状況。
黙って動かずにいると、真上から尋くんの声が降ってきた。
「ごめん、なまえ・・・びっくりした?」
「うん、かなり」
付き合ってはいるけど、こんな風になるのは初めてではなかろうか。
一緒に帰っても、手を繋ぐくらい。
ご飯を食べて、一緒に帰って、すこし遅い時間まで遊ぼうものなら家まで送ってくれる。
尋くんがまさかこんな、と戸惑いながら、平静を引き戻す。
「お誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう。」
尋くんが私を離す気配は、ない。
都合よく秀高くんがケーキのつまみを片手に階段を駆け上がってこないか、いや、見られたらとても恥ずかしい。
どうか誰も来ないでほしい、そう思っても離れる気にはならず、黙る。
大きな腕と大きな胸板。
がっしりした腕に掴まれて、私の吐息の熱がだんだん篭りだす。
どうしようと思っていると尋くんが私の頭の上で静かに喋りだした。
「嫌?」
「嫌じゃない」
「もう少しこのままでいいかな。」
「うん、これでいいよ、ほんとびっくりしたけど」
「そうだよね、なまえ。」
抱きしめられて聞く尋くんの声は、優しい低さで耳に響く。
「好きな子が近くにいて。」
「うん」
「自分だけを見てとか、子供っぽいことを思うんだけどね。」
「うん」
「男って、好きな女の子が絡むことには如何しようもなく嫉妬しちゃうんだ。」
尋くんらしくない言葉が聴こえて、聞き返す。
「嫉妬?」
無言の尋くんを強請って聞き出す気にもならなくて、考えてみる。
嫉妬させるようなことを何かしたか。
玄関でおめでとうと言って、尋くんのお父さんとお母さんの分のケーキを渡した。
挨拶はいつもどおり。
ケーキを渡して、秀高くんにも渡して、そのまま手を繋がれて部屋に招かれて。
どこに嫉妬の要素があるのか、ぱっと浮かばない。
やきもち、私が尋くんならどこでやきもちを焼くだろうか。
玄関へ来た尋くんが私だけを祝いにきたと思えば、お父さんにもお母さんにも、何故か妹にも。
立場を変えて、ようやく察する。
「秀高くんのこと?」
「うん。」
「いけないこと、だった?」
「全然悪くないよ、ヒデの分まで作るなまえは凄く良い子だと思うし、嬉しいけど、ゾエさん今すごい面倒くさいことになってる。」
礼儀だと思って作って渡したケーキに、思いは込めてない。
安心してほしいけど、言ったってだめ。
秀高くんの名前を出しても否定しない尋くんが、また静かな声を出す。
「ゾエさんの誕生日に、ゾエさん以外にケーキをあげないで。」
腕の力は強まりも弱まりもせず、ただ私を抱きしめる。
すこしだけ顔を動かして伺っても、暗くてよく見えない。
「なまえ、ごめん。」
そう言って腕の力を緩められて、胸板にしがみつく。
「私も」
ごめんねと言えば、今度は腕が私の体から離れた。
私がしがみつく形になって、次は私だけが恥ずかしい。
電気のスイッチを探してたんじゃなかったっけ、でも、今は置いておこう。
尋くんの顔が見れないまま、呟く。
「尋くんが好きだから、尋くんは私の一番だから尋くんが喜んでくれるかもってこと、なんでもしちゃうし、尋くんが笑ってくれたら嬉しいの」
「俺もなまえが笑った顔を俺だけのものにしたいっていつも思うよ、電気つけよっか。」
久しぶりに尋くんの一人称がゾエさんから俺になって、はっとする。
尋くんの腕がにゅっと私の斜め後ろに伸びて、何かを押してから電気がつく。
すぐ後ろにあったじゃないかと気づくよりも先に明るくなった室内、尋くんの頬は赤い。
私なんか真っ赤のはずだ。
何もいえない私に、尋くんは微笑みかける。
「なまえ、ありがとう、大好き。」
そっと手を引かれ、ケーキのあるテーブルへと戻る。
ろうそくが消えてもクリームが溶けていることもなく、難なく食べられそうだ。
箱に入れておいたケーキ用ナイフとフォークと紙皿を取り出してから、持ち手の軽いケーキ用ナイフで尋くんの分を切る。
大きめに切って、紙皿に乗せた。
フォークと共に渡すと、尋くんが目を輝かせる。
ひょい、ぱく、という擬音が似合いそうな勢いでケーキを食べた尋くんが、幸せそうな顔をしてくれた。
「なまえ〜〜〜このケーキ最高に美味しいよ〜。」
「よかった」
「ありがとう、嬉しいよ。」
そう言った尋くんが、私の唇に軽いキスをした。
ちゅ、と甘い匂いをさせたキスが私に降りかかり、フリーズする。
告白した時より背筋が締まって、手を繋いだときより突然。
ああ、うん、そうだ、付き合って長いけどキスしたのは今が始めてた。
作るときに何度も嗅いだ甘い匂いが、私の唇の外側からする。
だって尋くんはいつも優しそうで、そんなことでがつがつしなさそうで、みんなより少しだけ大人で。
尋くんは、こういうことをするようには。
「なまえ?」
唖然とする私に声をかける尋くんは、もういつもの尋くんだ。
「び、びっくりした」
素直に感想を告げると、いつものにっこりした顔でイチゴレアチーズクリームケーキを頬張った。
「ゾエさん男だよ。」
背が高くて、がっしりむっちりして太っているけどそれがいいと言えてしまうくらい性格も良くて、優しくて、イチゴが大好きな尋くん。
彼は、やっぱり男の子だった。
当たり前の事実を愛情表現の域で突きつけられて、唖然とする私を差し置いて尋くんは幸せそうな顔で美味しそうにイチゴレアチーズクリームケーキを食べている。
幸せそうな笑顔に、私まで笑顔になった。
八時過ぎには影浦くんたちが来る、それまで二人きりで過ごそう。







2016.04.15





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