声だけの会話





外から何か音が聞こえてもいいはず。
夜だからといって、みんな寝てるわけじゃない。
目を開けても、暗くて見えないし遠くの街灯が僅かに窓を照らしている。
眠れない。
真っ暗な部屋で目を慣らして、壁に掛けてある時計を見た。
10時半、もう寝ないと明日困る。
焦点を定めないまま暗い部屋を見てれば、眠くなるかな。
部屋の隅の壁を見つめても視界がぼやけるだけで、瞼が重くなる。
ぼへーっとしてても、眠くならない。
寝る前にお茶を飲んだせいかと思ったけど、思い当たることがあって眠れないだけ。
前までは特に何事もなく寝れていたのに、あれ以来どうも引っかかる。
なんにも考えてないのに、ふっと影浦さんの怖い顔が過ぎった。
軽蔑するような顔をされて、俯いたままの私を引きずっていった影浦さん。
昨日のことのように思える出来事から、軽く一週間は過ぎた。
何も言えず、出来ないまま、時間だけが経つ。
このまま何も無かったことにすることが出来るけど、そんなんじゃだめ。
ユズルくんの近くにいれば、嫌でも影浦さんに会う。
そのときに平気な顔をできるほど、私は大人じゃない。
目を閉じて、頭の下にあった枕を抱きしめる。
耳を澄ましても、何も聞こえない。
何ウジウジしてんだオイ!と影浦さんが私に言うことも、このまま眠りこければ在り得ないような気がした。
せめて思い浮かぶ限りのことをしないと、影浦さんに申し訳ない。
毛布を掴んで飛び起きて、時計を見た。
10時半、たぶん影浦さんは起きている。
ベッドから起きて生暖かい足のまま床に降りて、机の上にあった携帯を手に取った。
画面の光が若干目に痛いけど、これを済ませてすっきりして寝ればいい。
連絡先から瞬時に影浦雅人の名前を見つけて「この前はごめんなさい、嘘はついてないです」と書いて送信した。
すぐに返信がくるわけもなく、送信されたのを見て携帯を机の上に置く。
もしこれで何もなければ、すごく会い辛い。
携帯を置いて、しばらくして画面の光が消えれば元の真っ暗な部屋に戻って、目を暗闇に慣らす。
つらいのは影浦さんのほうなのに、なんで私が落ち込んでいるんだろう。
今の私より凄い思いを、影浦さんはずっとずっとしているんだ。
最初から、ずっとこう。
俯いても目と耳を塞いでも、影浦さんには刺さる。
影浦さんが日常的に辛い思いをしていることが明白なのは、暗い気分になってから分かった。
こんなことで暗くなってたら、ユズルくんにも嫌がられてしまう。
真っ暗な部屋に、光がひとつ。
まさかと思い携帯を手に取る。
携帯の画面が光って、受信一件。
影浦さんから「俺のクソ能力知ってるだろ!俺がブチキレそうなのは何でなまえが、そんなことを鋼に言ってたのかってことだ!」とのことだ。
メールを見て血の気がどっかに行って、足元がぐらぐらする感じになる。
突っ立っているのも嫌になって壁によりかかり、携帯を握りしめた。
最初、村上先輩に一番最初に相談したんだ。
筆談のヒントが貰えたおかげで、私は影浦さんと話せた。
あの時村上先輩に話さなかったら、私はずっとユズルくんの後ろで影浦さんを見つめているだけの日々。
もう、正直に言おう。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
私は好きな人に直接アタックできない女ですと白状するべく、メールを打つ。
「影浦さんのことがわかなくて、村上先輩に聞いたら筆談を勧められました。その時からバレてたんだと思います。」と返信した。
返信してすぐ、受信一件。
随分早い返信だと思えば、ユズルくんから「カゲさんがなまえとメール始めてから凄い機嫌悪いみたいで叫んでるんだけど何してるの。」とユズルくんからメールがきていた。
手のひらからさーっと血の気が引いて、眠気が飛ぶ。
後戻りをするかしないか、私の度胸にかかっている。
というか、なんでこの時間に影浦さんとユズルくんが同じ場所にいるんだろう。
ユズルくんのお父さんの帰りが遅いから、今日は影浦さんとボーダー泊まりなのかな。
画面の向こうで叫ぶ影浦さんを想像して、泣きたくなる。
最初から、思い切って話しかければ良かった。
怒鳴られてもチビと言われても、追いかけてサイドエフェクトのことを知らないまま話せばよかった。
びっくりしないで、話せばよかったんだ。
じわじわ湧き上がる後悔を押し消すように、受信一件。
「オメエら二人は最初からグルか!なまえが一人でフザけてんじゃなかったのかよ、気に入らない。何考えてたんだ!」と影浦さん。
もう既に泣きたい。
部屋が暗くなかったら、とっくに泣いてた。
静かな部屋で、私の呼吸が僅かに止まる。
ユズルくんには「いまメールで影浦さんと話してるの。」と返信した。
画面を見つめて、連絡先を眺める。
頻繁に連絡を取る友達との写真、好きなものの写真が詰まった携帯は、いつの間にか恋心を文字にする役割を担っていた。
ユズルくん、影浦さん、学校の友達が名前を連ねる。
眼差しの無い会話。
それがこんなにも胸が詰まるものだなんて、知らなかった。
影浦さんが、何を考えてるか。
感情受信体質と名がついた影浦さんのサイドエフェクトは、影浦さんの性格や人生にどんな影響を与えたか。
暗い部屋で思い詰まり、影浦さんの姿が浮かぶ。
細身で髪はボサボサ、歯はギザギザだし目つきは怖い。
でも、だいすき。
最初から、だいすきな影浦さん。
メールには「刺さり方、嫌でしたか、不安にさせてごめんなさい」と打って、返信。
言葉が刺さるくらいしか体験したことがない私は、影浦さんの気持ちは分からない。
役に立たない、ただの片思い。
影浦さんのことを考えても、すぐ行き詰まる。
視線が刺さるなんて、あったか、なかったか、記憶に残るような視線はない。

携帯が途端に鳴り出し、バイブ音が響く。
お腹がすーっと冷えて顔がガッと熱くなって、事の重大さが増してきたことを実感する。
影浦さんからの着信を知らせる画面を見て、すぐに電話に出た。
「影浦さん、ごめんなさい」
何か言われる前に謝るくらいには、緊張する。
「誰が謝れって言った。」
携帯から聞こえてきた低い声は、やっぱりちょっと怖かった。
影浦さんを思い浮かべ、暗い部屋にいることを悟られないように話す。
「刺さり方、嫌でしたか、気持ち悪かったですか」
「全然。」
あっさりそう答える影浦さんに目を剥き、固まる。
暫し何も言えないでいると、影浦さんがさらさらと喋り始めた。
「余計なことばっか自分以外に喋ってると後々面倒になるだろ、ほっといても周りなんか勝手に変わってくだろ?流れによっちゃあ俺となまえが一緒にいてなまえだけが嫌な思いするかもしんねえってのにキレてんだよ。
んなことになってみろ、なまえでも絶対キメえ刺し方してくんだろ。なまえの刺さり方は嫌じゃねえしなまえが何しようが勝手だけどな、ウジウジしてないなまえのがマシだ、俺をイラつかせんな。」
いつもより、かなり楽に喋っているのが聴いて取れた。
視線がないから、楽に話せる。
たぶん今の影浦さんが、素の影浦さんだ。
「先輩だから、ちゃんと話したくて村上先輩に話したんです」
「言い訳になってねえ、鋼はダチだからなまえとの詳しい関係はどうでもいいんだよ、鋼に俺のクソ能力のことを聞くに至った理由は聞く権利引っ張りだすからな。」
またしてもあっさり喋られ、影浦さんが電話越しの私に突っかかった。
「あんま知られたくねえんだ、クソ能力を知られて近づかれるのは怖気がする。」
「ごめ、んなさ」
「謝れって言ってねえだろ、なまえの言い分は理解してっけどなあ。」
影浦さんが一息ついて、真偽を問いただしてきた。
「何考えてんだ、オイ。」
電話越しに、影浦さんはどんな顔をしてるんだろう。
怒ってるか、不機嫌なままか、今にも物を投げそうな体勢か。
携帯が耳元で振動して、誰かからメールが来たのがわかった。
たぶんユズルくんだ。
ユズルくんは何が起きてるか知らない。
後で簡易な説明をするとしても、どう言ったらいいのか。
分からない、なんにも分からない。
「最初から」
真っ暗な部屋に目が慣れて、暗闇の部屋が見える。
「影浦さんのことが好きです」
漏れた言葉は、真実。
「今も大好きです」
漏れて、溢れたら、止まらない。
涙が出そうになって、真っ暗な部屋を見ていた視界が潤み歪む。
「不安にさせてごめんなさい」
涙声には、なってないはず。
「大好きだから、どうしても話したかったんです、あの時」
これがもし影浦さんが目の前にいたのなら、とうに泣きだしてる。
「なんにも知らないままだけど、好きなんです」
緊張と不安と恥ずかしさで、死んでしまう。
「本当にごめんなさい」
視線も眼差しもなくてよかったと、影浦さんも思っていると信じたい。
弱気になっている私を感じ取ったのか、影浦さんが大きな声を出した。
「謝れって言ってねえだろ!!」
咄嗟に電話を切ると、焦燥感が胃で激流を起こした。
いつもどおりの待ちうけ画面を見てから、泣きたい気持ちが増す。
ぐわっと焼ける内臓が冷えては燃え、体を震わせようとする。
駄目だ、こんなんじゃだめ。
メール画面を開き、影浦さんに「明日の昼に会えますか。」と書いて送信。
確実に返信したあと、別のメールを見た。
案の定ユズルくんから「なまえなにしたの?」とメールが来ていた。
「色々あったけど、ちゃんとする。」と返信して、思わず携帯の電源を切る。
暗くなる画面を見つめて、明日の一体何を言われるのか想像した。
殴られるか、怒鳴られるか、今後一切関わらないでくれと言われるか、冷静に突き放されるか、どれだろう。
望みが見えてこない感覚がして、床を見つめた。
焦燥感は暗闇に流し込まれたらいい、私の中にあるのは影浦さんへの思いだけでいい。
情けない私に、影浦さんはきっと怒るし怒鳴るし、下手したら殴られる。
なんにもないほうがいいけど、何があってもおかしくない。
正直どれもありえることに気づいて大人しくベッドに入り、泣きたい気持ちのまま眠った。



眠ってしまえば時間の流れは早いもので、目を開ければ部屋は暗くなかった。
朝日がカーテン越しに見えて、起きる。
ユズルくんにおはようメールを送り、登校時間を合わせるのが日課だ。
ああ、でも今日は朝からボーダーに行かないと。
メールの必要はないことに、ぼーっとした頭で気づく。
起きてカーテンを開けて、暖かい朝日を浴びて目を覚ます。
携帯を開いて、夜に衝動的に切った携帯の電源を入れる。
あとでユズルくんに昨日なんで影浦さんと一緒にいたか、聞いてみよう。
繋がった携帯画面、受信一件。
影浦さんから「わかった、昼にどこに行けばいい。」という返信が、深夜3時に来ていた。








2016.04.06





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