アイロニー





ろっくんの下りは妄想です






艶だけはいい髪を触って、毛先を見る。
葉子ちゃんから匂う香りは変わらなくて、強いて言うなら服から外の匂いがするくらい。
華さんがいれば真面目にやれと一喝されるけど、いないのをいいことに私も葉子ちゃんも寛いでいる。
携帯を弄る葉子ちゃんの後ろで寛ぎ疲れて、手頃な髪を弄った。
雨に打たれたわけでもない髪の光が途中で途切れて、ぱさついている。
整えているはずの髪の毛先だけが荒れていて、携帯を弄る葉子ちゃんの右肩をそっと抱く。
「髪の毛荒れてるよ」
薄い肉の下にある骨が手の平に触れる。
しつこく触れば、葉子ちゃんが座ったままずれた。
冗談半分で葉子ちゃんの耳を覗くように髪を弄って、耳たぶを見る。
穴は開いておらず、綺麗な耳をしていた。
髪の毛先ごと肩に触れると、携帯を弄ったままの葉子ちゃんが無愛想に呟く。
「なまえ、その触り方やめてって言ったじゃん。」
「許して、あはは」
葉子ちゃんの毛先を指に巻きつけ、くるくる。
毛先の細い先からつんつんと弾けてバラけていくのを見ていると、葉子ちゃんが携帯から私へと視線を移した。
ふいに見えた画面は、何かのニュースサイト。
おしゃれな画像が見えるから、セレブのゴシップか何かだろう。
澄ました目をした葉子ちゃんが鼻を鳴らして笑ってから、携帯の画面を閉じた。
「なまえの顔見てたら、怒る気もなくなる。」
携帯の待ち受け画面は相変わらず葉子ちゃんの好きな海外女優の写真で、アプリアイコンも増えていない。
メッセンジャーアプリに連絡がきているのが見えたけど、何も言わず葉子ちゃんに微笑みかける。
「サロンくらい行こうよ」
整えられた眉毛と、わからない程度に乗ったマスカラ。
唇が不満そうに動いて、携帯を寛いでいるソファの上に放り投げた葉子ちゃんが毛先を指にとり確認する。
肩が隠れる髪こそ、手入れが必要。
本当に荒れていることに気づいた葉子ちゃんが、また不満そうにした。
「防衛任務が被ると行けないのよ、アタシはなまえみたく暇じゃないの。」
「行きつけのとこにしなよ」
「慣れてる人じゃないとアタシの髪は任せらんない。」
ここに若村くんが居たのなら、んなもん誰が弄ったって同じだろうが、と言うはず。
目標そのものを簡単に変えることが殆どだけど、決めている間は妙なプライドを曲げないところが好き。
普段からお妃になるのが決まったお姫様みたいな態度で、そういうところに若村くんがイラついていることは、知ってる。
私は葉子ちゃんのそういうところが好きなので、若村くんと話が合うことはないだろう。
葉子ちゃん本人に、貴女のそういうところが好きだよと言っても、あっそと言って終わってしまうところも好き。
自分しか信じないところが、とても好き。
三浦くんも、葉子ちゃんの一見簡単じゃなさそうなところが好きなんだろう。
だけど、この話を誰かと共有することはない。
澄ました目、気高い雰囲気、それに追いつこうとする態度。
葉子ちゃんが、私の髪を見る。
「なまえ、いつ色入れた?」
「前期で単位詰め入れてたから、後期の試験期間の空き多くて」
つい最近、と付け加えると、わざとらしく溜息をつかれた。
呆れたように足を伸ばしてから組んで、視線をどこかへやる。
「後期単位に懸かってるアタシに対する当てつけ?」
「いやいや」
「切らしたシャンプー買わなきゃいけないし、髪もやんなきゃいけないし、マスカラも欲しいし。」
「買い物なら付き合うよ」
にこにこ笑ってみると、ゴミでも見るような目をされてから、いつもの葉子ちゃんになる。
「ほんと不公平、うっざ。」
出た、口癖。
今この瞬間に若村くんがいなくてよかったと安心しながら、葉子ちゃんを見て微笑む。
不満そうな唇が動いて、それから細目で私を見る。
「アタシもなまえと同じとこで色入れるから。」
そう吐き捨てて携帯を弄り始めた葉子ちゃんを見て、声を出して笑った。
途端に、葉子ちゃんの刺すような視線が私に降りかかり、もっとおかしくなる。
寛ぎ疲れて頭がおかしくなったと思われたのか、葉子ちゃんが睨む。
「何笑ってんの、きもい。」
相変わらず澄ました目のまま、私にきつく当たる。
へらへら笑っていると、葉子ちゃんが素早く手を動かし私の額を指で突いた。
「痛っ」
「うっさい、黙って。」
改めて黙りなおし、葉子ちゃんの肩を抱く。
本気で嫌がられる代わりに、また言葉を吐き捨てられる。
「…なに抱きついてんの、なに。」
「ぶっちゃけ理由はないんだよねえ」
下心なんか見せても葉子ちゃん気づかないじゃんと言う前に額を指で突かれ、目を閉じた。
それでも退かない私に呆れを通り越して興味を持ったのか、葉子ちゃんが携帯をまた手元付近に放り投げる。
「なまえはアタシに色々言われても、なんで笑ってられんの。」
「知りたい?」
「別に。」
真っ直ぐすぎる葉子ちゃんが、好き。
「なまえの顔見てるとイライラすんの越して放心するんだけど。」
「そういうとこが面白いんだよね」
「は?」
「いっつも不満そうにしてるじゃない?ろっくんとかソコにキレるけど、そういうとこが話してて凄く面白いの」

葉子ちゃんの目元が歪んで、澄ました目が曇る。
今度こそ疑われたことに気づいて、咄嗟に自分の顔から笑みを消す。
馬鹿にされることを嫌い、他人の意は自分にとってどうでもいい。
そんなとこが好き。
「まあー、葉子ちゃんは勘違いされやすいよ、でも葉子ちゃんはさ、ほんとの意味で目上の人には逆らえないもんね、それ知ってるから私は嫌にならない」
目の曇りが増し、若村くんに向ける時のような顔をされた。
構えるような雰囲気を出され、暫し見詰め合う。
決して殴りかかられることはないけれど、緊張だけは何も言わずに私を殺しにかかる。
この雰囲気を日頃から感じている若村くんと三浦くんは、なかなかのものだ。
無言が続いたあとに葉子ちゃんが言い捨てた。
「・・・は?なにそれ。」
冷たい顔をした葉子ちゃんから飛び跳ねて逃げることもせず、怒りもせず、宥めもしない。
私はどう見られているのか、気にもならなかった。
「ろっくんが犬飼先輩に教えてもらえたのだってさ、華ちゃんが犬飼先輩と学校同じで連れてきてくれたからじゃん?葉子ちゃんが華ちゃんに対して嫌な態度とったことないのは知ってるよ」
そう言って、またにこにこ笑う。
葉子ちゃんが私から目を逸らし、放り投げた携帯を再び手に取る。
メッセンジャーアプリの連絡に気づいたようで、ようやく画面を開いた。
「別に・・・うざくない人は嫌いじゃないだけ。」
内容までは見なかったけれど、華さんからの連絡のようだ。
葉子ちゃんの指が素早く動いて、返信する。
「そういうこと言うのがうちの隊員じゃなくて、なまえなのが不公平よ。」
華さんに返信しながら、ぽつりとそう言った。
荒れた毛先の葉子ちゃんの背後に戻り、また寛ぐ。
天井を見て背中を伸ばして、篭った声をあげてみた。
「考え方で変わるよ」
哲学的なこと言えば、葉子ちゃんの尖った声がする。
「アタシの考えが間違ってるっていうわけ?」
伸びるのをやめて、葉子ちゃんを見つめなおす。
不満そうな目は、もう曇っていない。
「ああ、そう思うんだ?」
「ぶっ飛ばしていい?」
空いているほうの手をグーにした葉子ちゃんが私を見下ろす勢いで睨みつけてきたので、思い切り抱きついた。
短い悲鳴をあげて私共々ソファに倒れこんで、じゃれあう。
耳元で、葉子ちゃんの笑い声がした。
顔が真っ赤になるのを感じて、ふざけて抱きつく。
私の背中あたりにある葉子ちゃんの手が下着の線に触れてから上半身が勢いに持っていかれ、ずるずると引きずられた。
太もものまで引きずられたところで、葉子ちゃんの携帯が鳴る。
ふいに目に入った携帯の画面は、華さんからのメッセージを告げていた。
「三浦くんなら殴られても喜ぶんじゃない?」
ソファからずり落ちた私の一言に、葉子ちゃんがまた不満そうにする。
「なにそれ、うちの隊員馬鹿にしてんの?当てつけは嫌いなの、そういうことするやつも嫌い。」
本日二回目の当てつけ発言。
完全にずり落ちた私を助けるわけもなく、葉子ちゃんは携帯で華さんに連絡する。
携帯を持つ細い手を見れば、影になってようやくわかる程度の色が爪についていた。
発色からしてベースだろう。
爪が荒れることだけは気にしていた葉子ちゃんを、すこしだけその気にさせる。
「加古さんに誘われなかったこと、まだ引きずってるの?」
加古さんの名前を出せば、顔を顰められた。
華さんへの連絡が終わったのか、携帯を片手に頬を膨らませる。
ふう、と息を吐いてから私を見つめた目を、見つめ返す。
「なまえ、ちょっとうざい。」
「私はスカウトされなかった理由、わかってるよ」
葉子ちゃんが、ずり落ちた私を横目で見る。
途端に怖い顔をした葉子ちゃんのために体勢を立て直し、起き上がる。
頭に上りかけていた血が体の中に落ちて、視界の真ん中に葉子ちゃんを迎え入れた。
「かとりじゃなくて、においとりって読まれてるんじゃないかなって」
くだらないことを言えば、葉子ちゃんはすぐに溜息をつく。
怖い顔からすぐに影が消えて、いつも通り。
「そんな名前あるわけないじゃん。」
携帯を弄る葉子ちゃんがソファから立ち上がり、テーブルの上のお菓子をひとつ手に取り私に放り投げる。
上手いことキャッチして、飛んできたお菓子を見た。
桃味の飴を受け取り、ポケットに仕舞う。
テーブルの上の僅かなお菓子のひとつを食べる葉子ちゃんの立ち姿を眺めて、可愛いなあと思う。
「私としては葉子ちゃんを加古さんに取られるとか絶対やだもん、どーする?KはKでも恋人のKにならない?とか言われたら葉子ちゃんどーする?」
絶対にあってほしくないことをヒントにしても、葉子ちゃんは気づかない。
そう思うからこそ、安心する。
飴を口に入れたまま、もごもごさせながら葉子ちゃんが言い返してくれた。
「なまえの馬鹿は聞いてて呆れるわ。」
さっきまで葉子ちゃんが座っていたソファに腰かけ、お尻のあたりに温もりの残骸を感じながら天井を見つめた。
今ここに、若村くんがいたら話はどうなっていただろうか。
三浦くんがいたら?華さんがいたら?
どこかで話の流れが変わっていただろうと思い、ありえないことをいくつも考える。
このまま葉子ちゃんが今あることを見放してどこかに行って、別の隊、たとえば加古隊に入ったとしよう。
すぐに問題を起こすか、これ以上ないくらい順応した葉子ちゃんが見れるはず。
人に受け入れてもらうことが少ない態度を取る葉子ちゃんを通して、若村くんも三浦くんも華さんも、何かを知りえているから隊を崩さない。
私だけが、葉子ちゃんを逃さない。
その自信だけはあるけど、いつか分かってもらえるのだろうか。
ああ、そうだ、さっき貰った飴を食べよう。
ポケットに手を入れれば、天井を見つめる私の耳が悪いと思っているのか葉子ちゃんが「そこが好きだけど。」と呟いた。
これは、私に対する当てつけだろうか。
飴を手に取り、袋を破れると桃の匂いがした。







2016.04.04









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