モノは不要




BBFにて期待を裏切らない唯我っぷりにたしかなまんぞく
モテたい年頃なんだよなあと思っても笑いが止まらない
唯我、お前がナンバーワンだ







一枚目は失敗した。
二枚目でようやく感覚を掴み、形を保つ。
人に食べさせられる最低ラインを超えたのは、五枚目あたりからだ。
焦げたパンケーキを齧りながら、何故こうも簡単に作れないのか自分の心当たりを探す。
豪華なキッチンに立つ私が突然貧相に見えて、分量を間違えていないか確認する。
置いてあるものはどれも良いものなので、こういう時に技量他知られなくていい色んなものが分かってしまう。
「見た目は悪くても味が大丈夫なら大丈夫、味が大丈夫なら大丈夫」
誰に聞かせるわけでもない言葉。
そろそろ帰宅する世間知らずの坊ちゃんに与えてもいい軽食が作れる気がせず、タオルで何度も手を拭く。
フレンチなら何でも食べてたなあ、じゃあ甘いものは好きなはず。
でも好き嫌い激しそう。
冷蔵庫に寄りかかり、偉そうな笑顔をする尊くんを浮かべては消した。
見せた瞬間に投げられそうなものを作らない上で必要なものは何か。
練習でどうにかなる部分とそうじゃない部分があって、そうじゃない部分はどうしようもない。
どうしようもない部分が味覚ではなかったことが不幸中の幸いだ。
平気だ平気だと自分に言い聞かせ、パンケーキをひっくり返す。
どうにか上手く焼けたのを見てから、キッチンの中で十歩歩いて立ち止まり、振り向いて元の場所に戻るのを繰り返す。
巨大な冷蔵庫には細かくコーナーが分けてあって、置いてあるものは全部いいものばかり。
どれを使っていいか、勘でやるしかない。
「育ちって、バレるなあ」
こういう時にはっきりと出てしまうことは、仕方ない。
私の育ちが悪いんじゃない、唯我一家が良すぎるだけだ。
自分にそう言い聞かせパンケーキをひっくり返す。
ソースはブルーベリーがいい、カスタードもあったほうがいい。
尊くんが「なんですかこの生ゴミは」と言う姿が容易に想像できるので、最初から駄目かもしれなかった。
おおよそ「甘すぎます!もっと柔らかい甘味を!」と言いながら食い散らかされるのがいいところ。
無謀にも挑戦している私の好意の押し付けは食べ物になり、上手くいけば尊くんの腹に収まる。
頃合を見てひっくり返し、皿に乗せる。
フレンチっぽい盛り付けを考えて、自分なりにやってみる。
こんなことをするより、自分で薦めた店に連れて行ったほうがいい。
「うーん」
ホイップクリームをたっぷりのせて、メープルをかけたところで思い留まった。
見栄えが悪いとか生地が美味しくないとか、絶対言う。
貶しているわけではなくて、良い意味で他人の作ったものを平気で食べる子に見えない。
そうだ、一緒にいるから、そういう子なのはよく分かっていた。
何が入っているか分からないものを口にしないから高価なものが好きなんだ、そうだ、珍しくこんなことをしている場合ではない。
見つかる前に食べてしまおうと思った矢先、今一番聞きたくない声が聞こえた。
「なにしてるんですか?」
一瞬だけ手が止まり、諦めて、振り向いて笑う。
学校帰りの制服姿の尊くんが、珍しそうに私を見ていた。
「料理」
「ご飯なら執事が作りますよ。」
「いやー、そうじゃなくて」
「え?この時間まで執事が遅刻しているということですか?」
普段は執事かメイドしか入らない空間に私がいることと、甘い匂いに気づいたのか、尊くんがキッチンに踏み入る。
手元を見られてしまい、言い訳ができない。
ホイップクリームの上にメープルがかかって、それっぽくフルーツが盛り付けられたパンケーキ。
「尊くん、学校帰りでお腹空いてるかなあーって」
高カロリーな皿を差し出すと、真顔のまま見つめられた。
尊くんが私と皿を交互に見て、透明な感情を顔に押し付けたような顔のまま、珍しそうにパンケーキを見つめる。
さあ、どう出るか。
皿を持つ手を叩かれるかと構えていると、尊くんが一瞬だけキッチンを離れた。

だめだったかと思う暇もなく、尊くんが鞄を降ろし廊下に放り投げる。
廊下に物がぶつかって中身が広がる感じの不穏な音が響いたあと、尊くんが振り向いて突然格好つけ始めた。
「ボクの帰りを待ってスイーツを作るなんて!言ってくれればもっと早く帰りましたのに!」
「あ、うん、さっき思いついたから」
「思いつく!思いつきでボクを喜ばすことの出来る女性は大好きです!」
いつもの調子を見たのは勿論のこと、吹き飛ばされたパンケーキの掃除をする道が消えたことに安心する。
偉そうな笑顔をして、得意気な目で皿を受け取ってくれた尊くんが演技っぽく喋りだす。
「今日も不躾な同級生達の相手をして疲れたボクのためにキッチンに立つなんて、さすがはボクが選んだ女性ですね。」
キッチン近くのテーブルに皿を置いて、これもまた得意気に取り出したナイフとフォークで綺麗に食べ始めた。
使い終わった食器を洗い始める頃には一口もう一口と、綺麗に食べられていく。
味について特に文句がないことに安心して、エプロンを外す。
尊くんの食べ方が綺麗なのが、育ちの良さを物語る。
「フルーツのセンスも悪くない、なまえさんはボクに相応しい女性です。」
「ありがとう」
「次からはホットチョコレートとクリームクッキーもお願いします。」
「いいから黙って食べなさい」
笑顔でそう言っても、気にも留めない。
エプロンを仕舞うついでに皿を見ると、食べたあとが汚れていなかった。
音も立てずに食べる尊くんが、何故か食べながら喋る。
「食べれないこともありませんね、まあまあでしょう。」
「そう、ありがとう」
「もうすこし甘くても構いませんよ、ソースは蜂蜜でもいいです。」
「うん、わかった」
「それからですね。」
綺麗に切り分けて食べる尊くんを見ると、口の端にソースをつけていた。
指で掬って食べると、戸惑いを隠される。
口の中に甘い味が僅かに広がるし、甘ければ美味しいと感じる味覚は、考えるまでもなく幼稚だ。
「ボクの舌に合うラズベリーソースのブランドをお教えします、次は簡単にクレープでも作りませんか?」
「わかった、教えてね」
偉そうなことを言う顔を、張り倒せない。
キッチンに戻って、調理器具を洗う。
冷たい水に触れながら洗っているうちに、皿を受け取ったときの尊くんの笑顔が何故か脳裏に張り付く。
ただのパンケーキなのに、なんであんな顔をしたのか。
上等なものなんて、いくらでも食べられるのに。
誰かに作ってもらったのが嬉しいのか、すぐには理解できない。
洗っているうちに食べ終わった尊くんが皿をこちらに持ってきた。
「ご馳走さまです。」
満足そうな顔を見て、思わず微笑む。
「はいお粗末さまでした」
「なまえさん、また作りますか?」
「そのつもりだけど」
食べ終わった皿には、ソースのひとつもついていない。
ナイフとフォークの使い方の上手さに感服していると、相変わらず尊くんは得意気だった。
「そうしたら、新居のキッチンはなまえさんに任せます。」
「新居?」
皿を洗う間もなく、尊くんがまた常識がひとつ外れたことを言い出す。
「ボクが大人になってなまえさんと結婚したら、ご飯を毎日作ってくれますよね?」
「えっ?」
「なまえさん、もしかして待てないんですか?強欲ですね!」
洗うのを忘れ唖然としている自分に気づいて笑うと、尊くんはもっと勝ったような顔をした。
タオルで手を拭いてから、尊くんの頭を撫でる。
「子供扱いはやめてください!」
頭を逸らす尊くんを追いかけるように両頬を掴んで額をくっつけあうと、拭いたとはいえ洗い物をしていた手が冷たいようで、ひぎゃーと鳴かれた。
冷たい手から逃げようと藻掻いている尊くんを撫でてみると、やっぱり逃げられる。
外の匂いがする制服の尊くんが手をもだもださせているのを見て、さっきの発言と釣りあわない普通の子だと気づかれれた。
「私から見たら尊くんは可愛い子よ」
そう言って軽くキスをしても、パンケーキの味の欠片もしなかった。
キッチンに戻り皿を洗うべく水を出すと、ひよこのようについてきた尊くんが洗い物をする私に話しかける。
冷たい手から逃れる気はないようで、期待の眼差しをくれた。
「学校で自慢したいので明日のお弁当を作ってください、あとボーダーにも持っていくお弁当を!」
「食べすぎじゃない?」
「えーと、じゃあ小さめのを二つ!」
「二回に分けて食べる気なの?それこそ強欲じゃない」
「違います!ボクには恋人からの手料理が相応しいだけです!欲深くもない当然のことです!」
弁当なんか持って行かなくても、お坊ちゃま校の学食があるのに。
嬉しそうにする尊くんの目がキラキラしてて、可愛い。
皿を洗い終わった私に、尊くんが迫る。
「なまえさん、何か欲しいものはありますか?なんでもあげます、ボクに用意できないものはありません。」
金持ち独特の感覚で物を語られて、尊くんの顔色を伺う。
私の育ちが悪いんじゃない、唯我一家が良すぎるだけだと言い聞かせた自分に戻る。
モノ、と言われても思い浮かばない。
濡れた手をタオルで拭いて、何が欲しいか思い浮かべる。
少し考えて、すぐに結論が出た。
「私は尊くんがいればいいよ」
「え?ボク?」
「欲しい物はない」
「何故ですか?あ、輸入ものでも手に入りますよ。」
皿を見たときのような顔をした尊くんの目の色を伺う私は、やっぱりそんなに良い人ではない。
お金があるのは尊くんじゃなくて尊くんの家なわけで、それら目当てに近寄ったなら今頃キッチンくらい破壊しているような気がする。
どうしてこうも言えてしまうのか、子供に戻ったつもりで考えた。
考えてみよう、私が学校から帰ってきたら恋人がおやつを作ってくれていました、食べました、嬉しい、お礼になんでもすると言う。
そのとき、大人だったら何て言うか、考えなくたってわかる。
「尊くんは私から物を貰いたい?」
「いえ、別に、でもお弁当は欲しいです。」
そう言って服の端を掴んできた尊くんを撫でると、今度は逃げられなかった。
手入れされた髪を触っても、不思議そうな目線ばかり飛ばされてしまう。
どうしてモノを欲しがらないのか分からない、そんな顔をした尊くんに覚えがある。
ただのパンケーキなのに何故あんなに喜んだのか、高価なものあるのに何で私が作ったものを食べてくれたのか、何故お弁当を作ってなんて言い出したのか。
先ほどそう思った自分と同じような顔をしている。
モノが欲しくてやってるなら、こんなことはしない。
「ね、ほら、それくらいでしょ」
理解不能、といった顔をされてしまい、尊くんが服の端を掴んで離してくれない。
「なまえさんの考えてることが分かりません。」
「そのうち分かるよ」
「わからないです、欲しい服とか靴とかないんですか?綺麗なモノは女性のほうが好みますよね?」
「あっても、いらない」
ボクには分からないよ、という顔をした尊くんに額をキスをして、キッチンから颯爽と逃げる。
廊下に出ると、帰宅したばかりの尊くんが投げた鞄の中身が散乱していて大変悲惨なことになっていた。
やらかした、といった具合の顔をした尊くんと遊んであげるべく廊下を走る。
「これを全部片付けて私を見つけたら、欲しいものを教えてあげる!」
そう言って、無駄に広く大きい家の中を走る。
隠れるのが下手な私はすぐ見つかるのだけど、もし本気で何が欲しいのか聞かれたのなら教えてあげよう。






2016.03.24








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