頭脳は勝る



BBF成績一覧表ネタ
唯我が太刀川隊に居る理由の一つはこれじゃねえかと予想






太刀川くんが死屍累々を通り越したような状態でカーペットの上に寝転がる側で、辞書を片手に分厚い本とにらめっこ。
いまの私たちにどんなロックバンドを聴かせたって、気分が上がることはない。
自棄になるのも、面倒くさくて現実か逃避の二択しかない私に不意な考えが過ぎる。
「教授が運悪く事故に遭った場合、単位は出るのよね」
辞書の一節を探し、ページをめくる前に太刀川くんから呻き声のような返事が来た。
「出る。」
カーペットに突っ伏して講義一覧表を握り締める太刀川くんが、まったく動かない。
なんでもいいから翻訳しろという課題に、映画化もした有名な海外文学を選んだ私と太刀川くん。
太刀川くんが着ていたベストを放り投げたあたりから、私は課題に集中している。
映画で観たことがある海外文学を選んで翻訳する作業を放棄した太刀川くんの横で必死に辞書をめくる自分。
その状況だけで、正気を保つ。
「運悪く足折って講義出来なくなったとかでも出るよね」
「出る。」
「運悪く身内や本人が冥福を祈る感じになったら」
「講義は中止され、単位は出る。」
翻訳作業に取り掛かり、一節だけわかった。
こんなシーン映画になかったぞと絶叫したいけど、正気を保つことを優先したい。
「教授の家にゲート発生したことにしない?」
でも、正気は半分どこかに消えている。
「ああ〜、いいな。」
同意してくれた太刀川くんが、寝たまま右手の親指を立てる。
「大学の上にゲート発生して大学自体破壊されて、向う先三年分くらいの単位出たりしねえかな。」
「いいね」
「なんかこうさあ、偶然紛れ込んだ正体不明の近界民っぽいのが大学で大暴れして教授だけ全員怪我したとかよくね?」
それ最高だねと叫びたいけど、翻訳を続ける。
単位が欲しけりゃ努力しろ。
心の端の自分がそう叫ぶ。
扉が開いて誰かが入ってくる音がして、出水くんが「うおっ、死んでる!なにしてんすかー!コロッケ食べに行きましょうよ!」と元気な声を振り掛けてくれると思った。
しかし、上手くいかない。
「お二人、何やってるんですか。」
入ってきたのは唯我くんだった。
振り向いて、唯我くんへ一応挨拶。
「どうも、なまえ先輩。」
ちゃんと挨拶を返してくれる唯我くんに微笑むと、唯我くんは死に掛けている太刀川くんを見て顔を歪ませた。
唯我くんにも反応しない太刀川くんは心配にならない。
同級生との課題に励む私を珍しそうに見ている唯我くんに辞書をちらつかせ、状況を把握させた。
いつもなら唯我くんに悪態をつく太刀川くんは、動かない。
本当に息絶えているのではないかと思いつつ、唯我くんに事情を説明した。
「異文化の課題とレポート。」
事情を説明する気力はあるようで、太刀川くんの掠れた声をあげる。
唯我くんが私の後ろに立ち、机の上を見た。
「好きな原書選んで一章和訳しろって課題なんだけど、太刀川くんはイギリス文学、私はフランス文学」
分厚い原書を見せて、ペンを持ちつかれた手を緩める。
背伸びをしてから、唯我くんを見た。
サラサラの髪、育ちの良さそうな姿勢、すらっとした手足。
そこらへんの男の子にしては少し偉そうな雰囲気がする。
何度か出水くんに蹴られているのを見ているけど、黙っていれば普通の男の子じゃないかと思う。
唯我くんから目を逸らせば、ページを開きっぱなしの異国語原書が見える。
しばらくこの言語は見たくない。
呻き、動かない太刀川くんを見て、課題をなんとかするべく現実に向き合おうとした時。
「ヴィクトル・ユーゴーですか?」
開きっぱなしの分厚い本を見ただけの唯我くんが、原書の作者を当てる。
育ちが良さそうで偉そうな男の子を二度見して、原書を見せた。
記憶が確かなら、唯我くんはボーダーのスポンサーの息子でボンボンで金持ちで兎に角金持ちで、コネで太刀川隊にいる。
金持ち独特のプライド上、こういうものも分かるのだろうか。
私が選んだヴィクトル・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」の原書。
「あーあー、レミゼラブルなら映画で内容分かってるからイケると思ったけど」
この課題が終わったら、思い切り寝るんだ。
それくらいしか思えない私の口から出る言葉は、どうしようもない。
「教授が倒れないかな」
僅かな希望、目の前の現実。
「教授が陣痛にならないかな。」
「男性は陣痛にならないよ」
疲れきっている太刀川くんが、辻褄の合わないことを言い出す。
「教授が喉を餅に詰まらせないかな。」
「喉に餅、でしょ」
「なまえが教授を本気で殺ろうってんなら手を貸す。」
「どっちかというとコゼットを虐める宿屋の夫妻をぶちのめしたいの、だから無理」
記号のような文字を翻訳して、頭がぐらつく。
辞書がくたくたになりそうなくらい何度も翻訳して、書き、また翻訳する。
前期の単位の足しとして取った異文化講義、そう、前期で三単位も出るのだから簡単なわけがない。
内容が分かる部分を翻訳しているはずなのに、こんなシーンは映画になかったし順番も映画では変わっていることを知る。
「あー、課題は疲れる」
太刀川くんが私の小言にも反応しなくなり、翻訳に集中した。
唯我くんはソファでくつろいでいる頃だろうと思っていれば、得意気に喋りだした。

「大学生だというのに、原書も読めないんですか?最近の若者はなんとやらと言いますが、太刀川先輩となまえ先輩のような方がいるからボクたち若者が馬鹿にされるんですよ。」
カチンとくる気もしない私をよそに、太刀川くんがのっそりと起き上がった。
私が必死で翻訳しているレ・ミゼラブルを取り上げ、唯我くんに投げる。
投げられた本を目で追い、投げた太刀川くんを咎め、強制的に課題中断。
乱暴に飛んできた本をキャッチした唯我くんに、太刀川くんが呻く。
「なんだよ、じゃあ唯我は読めんのか。」
「読めますよ、これくらい。」
疑いもない顔をする唯我くんに近寄り、今翻訳しているページを開く。
一節を指して、お願いした。
「じゃあここ読んで」
私から本に視線を移した途端、唯我くんが英語でもなければドイツ語でもない発音の難解極まりない言語を喋りだした。
何を言っているか、わからない。
外国語専攻でもしていれば唯我くんが何を言っているのか分かるけど、分からなくても唯我くんが今話しているのはフランス語なのはわかる。
音が篭らない発音をしている唯我くんのフランス語は、かなり流暢。
本国の人が聞けば完璧とは言えなくても、今の私からすれば唯我くんが神に見える。
太刀川隊室内がフランス映画のワンシーンのよう。
リスニングCDでもかけたかと耳を疑ったのか、太刀川くんがこれ以上ないくらいの真顔をしている。
私が指した一節を読み終えた唯我くんが、私に本を返した。
「今の説の翻訳には二節あると思うんですね、駆け引きのシーンは皮肉を重視に訳するか演技的に訳するかで夫妻の態度が変わります。なまえ先輩が見た映画は演技的な訳のほうです。」
「うん、だから読み進めるうちに、こんなシーンないかもって」
「取り方によって変わりますよ、ここでの夫妻は二枚舌の悪と捉えたほうが読みやすいです。」
真面目な顔で頭の良さそうなことを言う唯我くんに驚いていると、太刀川くんが呟く。
「唯我、おまえ…なんで・・・読めんの・・・?」
唖然とする太刀川くんの顔が余程痛快だったのか、唯我くんが偉そうに笑う。
「休暇中はフランスに行くというのにフランス語が話せないなんて間抜けなことはしません、海外旅行に行ったら本屋に必ず寄るので、教養に必要な本は現地調達してます。
何せボクは唯我の跡取り、異文化理解など嗜みですよ!教養のない御曹司に成るつもりなどボクにはありませんから!」
腹立たしいことを言われてもいい、今は単位が最優先。
「おまえ成績いいのかよ。」
「運動以外は!完璧です!」
ふははと笑う唯我くんは癪に障るところだけど、課題が絡むとなれば話は別。
太刀川くんが真剣な顔をして即座に近寄り、唯我くんの肩を掴む。
にやけた口元以外は、どこかの俳優のような顔をした太刀川くんが唯我くんに迫った。
「唯我、太刀川隊には、いや、俺には唯我が必要だ。」
まんざらでもなさそうな唯我くんが、嬉しそうに笑う。
「ははは!太刀川先輩はボクの才能に気づくのに時間が掛かったようですね、まあ許しましょう。」
キラキラした目で唯我くんを見つめる太刀川くんから強引に唯我くんを取り上げ、唯我くんの細い肩を抱く。
「唯我くん、単位取得を前提に私とお付き合いして下さい」
冗談半分で言うと、唯我くんが顔を赤くした。
初々しい反応を見て、安心する。
「なっ、なんですって!?」
「唯我くん年上嫌い?」
「は!?ボクに相応しい女性の自覚がなまえ先輩にあるようには見っ、見え、見えません!」
羨ましいくらいにサラサラの髪の毛先を触り、耳を見る。
耳垢ひとつ見えない穴とピアス穴すらない綺麗な耳、ほんのり香るのは良いところのシャンプーの匂いだろう。
唯我くんの肩を抱き迫ってみると、おろおろされた。
「やめてください!服が汚れます!」
「毎日お風呂入ってるよ」
「そういうことじゃないです!!」
赤い顔をする唯我くんを離さずにいると、太刀川くんが笑う。
「うお、なまえがガチだ。」
「ガチよ」
単位のためならと言いかけて、唯我くんの耳まで赤いことに気づく。
恋愛ではなく単位に飢える大学生に迫られ、不幸な男の子だと思うも初心な唯我くんが可愛らしい。
「俺わりとなまえのことレズだと思ってたから意外。」
「落ち着きがあるって言ってよ」
「同性愛者!?なまえ先輩が!?」
違うよと囁き、唯我くんの髪を撫でる。
肩をびくりとさせ身を引こうとする唯我くんを抱き寄せて、荒れひとつない肌を見つめた。
いい生活のおかげか、健康体に見える。
「そのへんは普通だけど、髭あり男子はタイプじゃないかな」
清潔感のある男性がタイプなの、と付け加えると、唯我くんが私と太刀川くんを交互に見つめた。
にやにやする太刀川くんが元の死屍累々の位置に戻り、手を振る。
「なまえの男の趣味初めて知ったんだけど、俺スルーしていい?」
「太刀川先輩!スルーしないでぇ!」
「唯我、いちゃつき終わったら俺のもよろしく。」
そう言って寝転がる太刀川くん。
完全に課題を唯我くん頼みにして寝る太刀川くんをよそに、唯我くんの顔を見つめた。
私を見る唯我くんは、真っ赤だ。
襲われるんじゃないかと焦る気持ちが伝わり、本を開き一節を指差す。
「もっと読んで」
何度かうろたえたあと、唯我くんがまたフランス語を喋りだした。
言っている意味がわからないのをいいことに、喋る唯我くんにちょっかいを出す。
女の子が羨む髪質、きつめの顔はしているけど横顔は鼻が高く見栄えがいい。
体の線の外側を撫でるように触るたび、唯我くんの声がつっかえる。
這わせた手の指だけ動かせば、ひっ、とか、くっ、とか喉から漏らす。
日常的に太刀川くんと一緒にいて、よくここまで初心なままでいれるものだ。
肩から腕、腕から手首、細く白い手首を触り、手を落とすように太ももへと手のひらを這わせたところで唯我くんが叫んだ。
「不純異性交遊だ!生活安全局を呼んでくれ!」
「やだー、真っ赤になってる!」
ちょっかいをかけられても、本で殴りかからない唯我くん。
そういえば、出水くんに蹴られていたところは何度か見ていても蹴り返しているところは一度も見たことがない。
やり返すことが苦手な子なのか、または育ちが良すぎて暴力への対処が分からないのか。
お金持ちとは聞いていたけど、どれくらいすごいのか。
コネ入りするくらいだから相当凄いのか、上層部に繋がりがあるのだろう。
どちらでもいいけど唯我くんの初々しい反応が可愛くて太ももの内側に手を這わせると、唯我くんが肩を震わせ前のめりになった。
涙を浮かべた目で私を見て、分厚い本を私に押し付ける。
真っ赤な顔、困った目つき、涙目の年下の男の子。
いけない何かに目覚めそうな私に追撃するように、唯我くんが鳴き声をあげる。
「なまえ先輩やめて、太刀川先輩が見てる。」
言葉通り太刀川くんのほうを見ると、寝転がったまま机の隙間に目線を這わせ唯我くんと私を見るだらしない太刀川くんが見えた。
「唯我、おまえエロ漫画みたいなこと言うね。」
「性的侮辱だ!淫行条例違反だ!」
吼える唯我くんを無視して、唯我くんを抱きしめた。
「太刀川くんに唯我くんは渡さなーい、異文化単位取りまくっちゃおー」
ついでに唯我くんとも仲良くなっちゃおう。
そう言う前に唯我くんが椅子にしがみついて泣き出したので、仕方なく引っ張って課題が転がる机に連れて行った。






2016.03.17





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