どうってことないはずがない







BBFで発覚した普通高組のクラスが事案
ちょっとだけ1Cネタあり






軽い引越しをしたといっても、住所と家の構造以外は何も変わらない。
新しい部屋に、新しい家具。
学校も変わらないしインテリアいじりの趣味に目覚めてしまいそうな私に、ひとつだけ朗報があった。
引っ越したことにより、幼馴染のユズルくんと通学路が被ったのだ。
待ち合わせれば、小学校の時のように行き帰りをユズルくんと共にできる。
それがとても嬉しくて、引越し早々苦労もせず楽しみを見つけた。
学校にいるうちに「今から帰るよ」とユズルくんにメールをして、いまだ返事がない。
課外授業が長引いているのだと思い、後ろ髪を引かれる思いで帰路につく。
小学生時代は、毎日ユズルくんと一緒にいた。
ランドセルにこっそり入れたお金でお菓子を買って、夕方まで遊んで、また明日っていって帰る。
今でも同じようなことをやろうと思えば出来ても、する気にはならない。
同じようなことをするなら影浦さんと、と考えて脳裏の光景を消す。
返事が無いなら今日は一人で帰ろうと思った矢先、携帯が鳴る。
ユズルくんからのメールだ。
メールには「今から一高行くから来る?」と書かれていた。
一高というと、三門市立第一高等学校のことだ。
そう遠くない距離にあるし、行こうと思えば行ける距離。
だけど、なんで高校にいるんだろう。
「今から行く」と返事をして、遠くない距離にある高校へと向かった。

見慣れない校門の前に来たところで、ユズルくんにメールをした。
いまきた、と打ち、送信しようとした時。
「おあ?なまえ?」
明らかにユズルくんではない人に名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声の方向を向くと、仁礼さんがいた。
スカートの下にジャージを履いているけれど、制服姿でスクールバックをリュックサックのように背負っている。
私だと確認したあと、にぱっと笑って駆け寄ってくれた。
「なんでここにいんだよ!アタシのお迎えかー?」
「実はそうです」
「まじ嬉しいわー!なまえは一人で帰れねーんだな!」
仁礼さんに頭をわしわしと撫でられ、一応ここを訪れた用件を話す。
「あの、ユズルくん見ませんでした?ここに来たって言ってて」
「ユズル?見てねーけど、ユズルなら・・・ユズルなら3Cんとこじゃね?二階。」
「二階?」
「おう、この学校さー二年は三階で三年は二階なんだよ、んでゾエも・・・。」
ゾエと聞いて思い浮かぶのは、一人だけ。
影浦隊の大柄な人、あの人もこの学校だということを仁礼さんから知る。
「北添さんもこの学校なんですか?」
人が行き来する校門に先生はおらず、多少自由な校風なことが伺えた。
高校って、よくわからない。
それは仁礼さんの今の格好からも分かる
「おう、つかユズルなら二階じゃねーの?探すか。」
仁礼さんが背負っていたスクールバックからジャージの上着を取り出し、私に被せる。
荷物のようになって上半身がまるっと隠れた私を抱えるように抱きしめてから、何事もなかったかのように歩き出した。
こうしてしまえば、制服が見えない。
僅かに見える足元にだけ気をつけて歩けば、地面の色が変わった。
コンクリートからタイルになり、そこで仁礼さんが靴を脱ぐ。
私の真下にスリッパが投げ出され、靴を脱いでスリッパを履いた。
入り口の隅に靴を放置し、ジャージの塊になりながら歩く。
生徒の声でうるさい廊下を歩き、階段を通り、一段一段上がって二階に着いた瞬間、ジャージが剥ぎ取られた。
ぱっと明るくなる視界、そして見たことの無い風景。
真新しい校内に立ち尽くされるのは避けたいようで、仁礼さんが私に上着を着せる。
「まあこれ着ておけよ、バレねーから。」
私の背が低いおかげで仁礼さんのジャージの上着は太ももの真ん中まで隠してくれた。
スクールバックでバレるかもしれないと思い、教科書の詰まったスクールバックを抱える。
のそのそとジャージを着た私を見たあとに、仁礼さんが渇を入れるようにヨシ!!と大きな声を出した。
「三年はこの廊下のでっけー角の左を真っ直ぐいけよ、右だと家庭科室とか視聴覚室だからな!」
「わかりました!」
了解すると、仁礼さんが廊下を走り出した。
「うぉらー!!!ゾエェー!どこだー!!!」
仁礼さんの咆哮が響く廊下で暫く立ち尽くしたあと、廊下を歩いて曲がり角を左に行った。
長い廊下の途中には部室のような扉がいくつかあって、それから教室がある。
ユズルくんがいる可能性が高いという3Cを探す。
教室の並びに突き当たってまず出会ったのは「3−B」と書かれた教室だった。
右か左にいけば、3Cがあるはず。
さてどっちだと右を見ると「3−C」と書かれた札が斜めにかかった扉が見えた。
ここに違いない。
二階自体は静かで、一階から人の声が聞こえる。
人のいない二階、三年生の教室。
誰かいてもおかしくないけれど、時間的には放課後。
部活か帰宅か補習で、教室には人が少ない。
その時間帯を狙ってユズルくんが来ているのだとしたら、さすが狙撃手だと思う。
狙撃はまったく関係ないものの、二階の廊下で息を殺した。
3Cの教室に誰かがいる気配がして、もしやと思い顔を出す。
「ユズルくーん?」
静かな教室に、人がひとり。
どういうわけか、丼いっぱいの白米を箸を使いもりもりと食べる学ラン姿の村上先輩がいた。
村上先輩は私を見た途端食べる手を止め、お互い見つめあう。
教室、一人、そして白米。
高校って、やっぱりよくわからない。
出会うはずのない人と出会ってしまった感じが否めない状況が申し訳なく思えて、いつもどおり軽く会釈した。
「なまえ、いつ転入したっけ。」
「いえいえ!あの、ユズルくんが今ここにいるって仁礼さんから聞いて」
「仁礼の差し金か・・・。」
村上先輩が、白米いっぱいの丼を抱きしめる。
どっちかっていうとユズルくんの差し金ですとは言わずにいると、目の前の椅子を指差された。
「座って。」
スクールバックを抱きしめたまま教室にお邪魔し、村上先輩の前にある椅子に座った。
仁礼さんのジャージのおかげで、お尻は冷たくない。
村上先輩が第一高校だと聞いていたことはあったけれど、クラスまでは聞いていなかった。
そして、どうしても気になることを聞く。
「そのご飯どうしたんですか?」
「家庭科室で炊いてた。」
ますます、よくわからない。
先生に怒られないのかどうかを聞く前に、白米を食べる村上先輩が私に疑問をぶつけた。
「なまえって、このあたりだっけ?通学時間が長いって言ってたから、別の区域だと思ってた。」
「軽い引越しをして、ユズルくんと通学路が一緒になったんです、昔みたいで楽しくって」
「ああ、そうなのか。」
白米をもりもりと食べる村上先輩が、箸を止めた。
私の後ろを目で追い、音も立てず咀嚼している。
村上先輩の箸がまた動いたものの、目だけは私ではなく私の後ろに向いていた。
まさか、先生が来たのか。
ぱっと後ろを向けば、影浦さんがいた。
「あ?なまえ?」
いつもどおりの髪型とマスクと、学ラン姿の影浦さん。
仁礼さんが「ユズルなら3C」、そのあとに「んでゾエも・・・」と言いかけたその後を、そういえば私は遮っていた。
あれはたぶん「んでゾエもカゲもいるから!」だったんだ。
私を見た途端影浦さんが目をガッと開いて、本気で驚いた顔をした。
「なんでなまえがいるんだよ!?」
「あの、あの!ユズルくんが!」
「やっぱオメーら俺になんか恨みあるんだろ!!言えよ!!!!」
「カゲ、大声禁止。」
相変わらずもりもりと白米を食べる村上先輩の感じを見るに、学校でも影浦さんはこんな感じらしい。
いや、というか、影浦さんのサイドエフェクトを知っている身としては、学校に通えていたことに驚いてしまう。
村上先輩と影浦さんを、交互に見る。
もりもり食べる村上先輩は、何も心配してなさそうだ。
何も言えずぽかんとしていると、影浦さんが焦って更に暴言を吐く。
「いいか、なまえ。なまえが俺を追い掛け回すのはチビだからまあわかる、こたつの中にいたのも百歩くらい見なかったことにしてやる、俺に菓子食わせてくるのもまあ許す。」
影浦さんが私にぐっと近づいて、ギリギリと歯軋りするような顔をした。
怖い顔だけど、そこが好き。
学校でもマスクをしている影浦さんのこれは、もしかしておしゃれのつもりなのかも。
いつものことだけど、影浦さんにときめいていると、一層怒鳴られた。
「確実にいねえはずの場所にまで現れるのはやめろ!俺の生活圏にまで顔出すな!アホ!帰れ!」
「学ラン姿、初めて見たなあって」
「見るなあああああ!!」
影浦さんが私から飛び跳ねるように逃げて教卓を蹴り飛ばし、黒板に両手をつく。
「カゲ、次備品破壊したら停学だぞ。」
丼の中の白米を減らす村上先輩の一言で正気に戻った影浦さんが、黒板消しを掴んでは叩きを繰り返す。
白い粉が舞ったあと、影浦さんがもう一度私を目を合わせた。
学ラン姿にマスク、ぼさぼさの髪、ぎざぎざの歯。
教卓の次は机を蹴飛ばしそうになった影浦さんが、手足をうろうろさせる。
あたふたした人の動きをしたあと、影浦さんが近くにあった掃除用バケツを掴んで顔を突っ込んで叫んだ。
「どうすりゃいいんだよ!!!!」
バケツの中でハウリングした声は教室の端にすら届かないような、篭った声。
白米を頬張っていた村上先輩が、見かねて喋る。
「まあまあ、なまえはカゲが好きなんだから邪険にしてやるな、悪いことじゃないだろ、はっはっは。」

村上先輩の一言に、私と影浦さんが凍りつく。
バケツに顔を突っ込んだまま動かない影浦さんと、村上先輩の一言により影浦さんを見たまま動けない私。
あと二口もあれば、丼が空になる。
なんで家庭科室で米を炊いたのか聞けば、話題をなんとか逸らせるだろう。
よし、逸らそう。
そう思った私を押しのけるような声が、教室の入り口から聞こえた。
「親子丼作った、北添が。」
入り口から顔を出すのは、穂刈先輩。
放課後に親子丼って何なんだろうと思いつつ、まだ食べる気の村上先輩が笑顔になる。
「お、いいな。」
丼を持った村上先輩が立ち上がり、私に向かって手招きした。
「絵馬なら恐らく家庭科室だ、行こう。」
スクールバックを抱きしめてから恐る恐る立ち上がり、村上先輩についていく。
入り口で穂刈先輩と目が合い、不思議そうな顔をされる。
「食べに来たのか、なまえも。」
「はい、まあそうです」
そうかと言われ、何事もなかったかのように穂刈先輩と村上先輩は家庭科室へ向かった。
何故ここにいるか突っ込まれないのは、仁礼さんのジャージを着ているからかもしれない。
あの足取りからして、家庭科室での放課後調理はよくあることなのだろう。
そういえば仁礼さんはどうしたのだろう。
まさかとは思うけれど、家庭科室で作ったという親子丼を食べていたりはしないだろうか。
予感が当たる気がしながら村上先輩の背中を追おうとすると、後ろからドスの効いた声がする。
「なまえ、おい。」
後ろを振り向けば、いるのは当然のごとく影浦さん。
唸ってもいないし怒鳴ってもいない。
でも、今まで見た中で一番怖い顔をしていた。
「なんだよ、聞いてねえぞ、いま鋼が言ってたこと。」
目を逸らさず、ただ素直になる。
「影浦さんとは、仲良くなりたいです」
「俺のクソ能力を知ってんだろ、無駄な見栄張った嘘つくのはやめろ、そういう刺さり方はキメえんだよ、クソチビ。」
村上先輩の背中を追うのをやめて足を止めた私を見下ろす影浦さんの顔が、これ以上なく怖い。
本気で怒られる。
二度と近寄るなと言われて殴られそう。
「なまえは構ってほしいガキみてえな奴じゃねえのかよ。」
吐き捨てられて、突き飛ばされそうな目を向けられて、胸がギリギリと痛んだ。
あれ、これ、私いま不味い状況なんじゃないか。
本能的に察知したものの、ずどんと重く圧し掛かるのような影浦さんの目が、私に突き刺さる。
感情受信体質は、これよりももっとすごいんだ。
だから、今の私なんてどうってことない。
怯えそうな気持ちを押さえ込んでいると、影浦さんが私に向かってぽつりと呟いた。
「胸糞わりい、俺じゃなくて鋼に言ってんのがクソほど胸糞わりい。」
学ランのポケットからナイフを出して突き刺しました、そう終わってもいいような顔の影浦さんが、私を見る。
「なまえ。」
私の名前を、影浦さんが呼ぶ。
ここで絶縁を叩きつけられるか、いや、そもそも縁なんて呼ぶには程遠い私の片思いだった。

仕方ないと思えば、廊下からまた聞き覚えのある声がした。
「カゲ!出来てるよ!」
今度は北添さんだ。
北添さんは手に丼を持ったまま、こちらを見てにこっと笑ってから、すぐ引き返した。
「うるせえ!んなもん食ってってからデブになるんだろうが!クソゾエ!」
いつもの調子で叫ぶ影浦さんを見て、安心する。
影浦さんがこちらを向いて、不満そうに言う。
「来いよ。」
仁礼さんのジャージを着たまま立ち尽くす私の罪悪感が、影浦さんに刺さってしまう。
それが嫌で俯くと、少しだけ怒られた。
「来いっつってんだろ、なまえ。」
「影浦さん、あの、私」
「いいから来い。」
腕を掴まれ、キャリーバックのように引きずられる。
途中でスリッパが脱げて、廊下に置き去りにされていった。
それでも、お構いなし。
ずるずると引きずられたまま、影浦さんを見る。
後ろ姿のぼさぼさ頭しか見えないけれど、怒っていないとは思いたい。
廊下を引きずられ辿りついた先の家庭科室では、北添さんと穂刈先輩と村上先輩、そして親子丼を食べる仁礼さんとユズルくんがいた。
ユズルくんが私を見た途端、箸を止める。
「え、なまえ、もう来てたの?メール来たら迎えに行こうと思ってたんだけど。」
「アタシが校門で見かけて連れてきた〜。」
軽い感じの仁礼さんの親子丼は、大盛りだ。
親子丼を美味しそうに頬張る仁礼さんの隣に北添さんが来て、肝心なことに気づく。
「なまえちゃん、それ誰のジャージ?」
「アタシー。」
私が答えるより先に仁礼さんが自白する。
家庭科室の椅子にのんびりと座る自適な仁礼さんに、北添さんが笑う。
「ヒカリちゃん、バレたら先生に怒られるよー?」
「いやそれ先公の監視緩いからって理由でユズル呼んだゾエも同罪じゃね?まあなまえも食っていけって!」
元気に笑う仁礼さんと北添さんを見て、落ち着いた。
いい匂いがするし、少しだけ食べよう。
スクールバックを床に置いてから親子丼を装っていると、後ろにいる北添さんが影浦さんの様子に気づく。
「カゲ、どしたの?」
当然影浦さんは先ほどのことを言うわけもなく、いつもの調子。
「なんでもねえよ!寄越せ!」
「いただきます言ってよねー。」
のんびりした北添さんの横で野菜を切り刻む穂刈先輩と村上先輩が、何か話している。
あんな風に、影浦さんと話せたら。
美味しいものが近くにあるのに、つい俯いてしまう。
俯きそうになったとき、仁礼さんの視線が下のほうにあることに気づいた。
仁礼さんが咀嚼しながら私の足元を見ている。
来るときに履いていたスリッパは影浦さんに引きずられた時に脱げてしまった。
咀嚼しながら私の足をじーっと見る仁礼さんを見て、言い訳を考える。
私の悪知恵と仁礼さんの咀嚼、どちらが早いか。
なんて言おう、駆けてきたときにサイズが大きすぎて脱げたと言うにしても、どこに置いてきたんだという話になる。
「なまえ、スリッパどうした?」
仁礼さんがそう言った瞬間、下の階から軽い爆発音が聞こえて全員が驚く。
穂刈先輩が窓を開け、下の階を覗いた。
警報機はまだ鳴っていないものの、下の階が一瞬にして騒がしくなる。
開けた窓から、化学薬品と何かが焦げたような臭いがして、窓は閉められた。
「理科室、一階の。」
穂刈先輩がそう言うと、仁礼さんと村上先輩が目を合わせた。
「なあ、理科室って今どこのクラスが補習してんの?」
「1C。」
「ああ〜・・・。」
村上先輩が口にしたクラス名に、仁礼さんが納得する。
私とユズルくん以外の人は何かを悟ったような顔をしたあと、相変わらず親子丼を食べる仁礼さんが賭けに出た。
「明日の休校にゾエの昼飯賭けるわ。」
「やめてヒカリちゃん!ゾエさん死んじゃう!」
親子丼を食べ始めた影浦さんが、仁礼さんのフォローに入る。
「蓄えた脂肪でなんとかなるだろ。」
いつもの調子で安心して、気持ちを落ち着かせてから影浦さんを見る。
何かが刺さったのか、私と目を合わせてから食べ始めた。
私が目を伏せれば、影浦さんの箸の音が少しだけ聞こえる。
だめ、やっぱり好き。
真っ赤な顔を見られないように窓を見つめながら親子丼を食べていると、何故か視線を感じる。
誰の視線かなんて、見なくても分かる。
感情受信体質は、もっともっとすごいんだ。
今の私よりも、影浦さんはもっとすごい思いをしていたことを知って、急にとても恥ずかしく、自分自身にすらかける言葉が見つからなくなった。







2016.03.11





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