愛だったらそれでいい






BBFのQ118「色恋沙汰で過去に面倒事があったかもしれない」ネタ
禁止されてはいないけど過去になんかあった?過去?古参で何かあった?と深読みしました
ぜんぶ妄想です
関係性はなにもかも妄想です

映画の話が多いけど多目に見てください






休憩時間に必ず出すのはブラックコーヒー。
どんなブランドでも豆でも、ブラックなら気にせず飲んでくれる。
最初の数日だけは砂糖とミルクをつけたけれど、一切手のつけられない砂糖とミルクが哀れに思えて出さなくなった。
ブラックコーヒーが好きなことは、言われずに知ることとなる。
プライベートで何をしているか誰も知らないような人で、組織のトップ。
事態を重く考えずちょこまか動ける私は、休憩時間に率先してコーヒーを淹れては城戸さんに渡していた。
何気ない会話が嬉しくて、ただの部下のふりをして近づく。
冷淡な城戸さんのことだから、私が恋心を煮詰めてコーヒーを淹れていると知れば、どこかに飛ばされる気がした。
そう思うくらいには、城戸さんのことが分からない。
同僚の響子ちゃんに相談でもできればよかったのに、それをしない私がいる。
響子ちゃんは忍田さん一筋で、響子ちゃんの密かな思いを酒の席で聞くくらいで、私の話をしたことはなかった。
そのうち、仕事帰りの映画館で偶然遭遇したりして趣味が共通していることが分かったり、借りる映画の趣味も同じだったりして、話が弾んだこともある。
それだけで有頂天の私は、このまま恋心を仕事に昇華させられたら、と思っていた。
だから城戸さんに「家に来ないか。」と言われた時は、全身が火照った。
念のためピルを飲み、念のため鞄にコンドーム。
用意周到すぎて面白くなる程の自分を嘲笑う気にもなれず、徹底的に体を磨く。
その日が人生の岐路になるような気がして仕方なく、期待した。
清潔感のある格好をして、勝負下着を選び、一番高価だったストッキングを履く。
大好きな、憧れの男性。
お酒でも飲んで映画を観て、話して、出来れば思いを伝えて、それから、それから。

そうして、朝。
白で統一されたベッドの上で目が覚めて、シーツを眺める。
昨夜の出来事を思い出そうとしても、思い出すような出来事が無い。
服が皺にならないよう脱いだのか、枕元に服がある。
肌着とストッキング姿の自分に気づいて、頭の裏がひんやりとした。
ストッキングは、汚れていない。
念のためストッキングの下にある勝負下着に手を突っ込んで性器を確認し、寝ている間に事がなかったことを確認した。
城戸さんは寝ている女を襲いそうには見えないものの、女としての何かの部分が揺らいだ。
いや、しかし、これでいい。
寝室に城戸さんはおらず、起きてみる。
冷たい床を歩き、朝日の中で家の細部まで見てみた。
誰もいないと言った家は、一人暮らしにしては広い。
廊下を出れば、扉がいくつも見える。
一番広いところがリビングだ。
行けば、五分もしないうちに城戸さんに会えるはず。
リビングに行くまでの廊下の奥から、水が流れる音がする。
音の篭りからして、洗面台で顔を洗っているようだ。
リビングに踏み込んですぐに見つけた鏡で、自分の顔を見る。
よく寝た日の顔色をしていて、自分に呆れた。
これでいいと言い聞かせ、リビングに入る。
革のソファと、大きなテレビ、棚がふたつ。
質素な部屋にある縦長の大きな棚に近寄ってみれば何かがびっしりと入っていて、それが丸ごと映画のDVDであることに気づくのに数秒もかからなかった。
座り込み、タイトルをざっと眺める。
最近のものはなく、どれもこれも古いものだ。
「観るか?」
棚の前で座り込む私に、城戸さんが声をかける。
振り向けば、シャツのボタンを一番上だけ開けた眠そうな目の城戸さんがいた。
これまで何度想像したか分からない、男性の隙を見せた城戸さん。
「観たいなら観ろ。」
それだけ言って、キッチンへ向かう。
コーヒーカップをふたつ取り出してくれたのを見て、棚に向き合った。
タイトルを目と指で追う。
「大脱走」、「第三の男」、「イワン雷帝」、「三つ数えろ」、「落ちた偶像」、「邪魔者は殺せ」。
どれも古い映画で、最近公開された映画は無い。
「西部の男」、「ロスチャイルド家」、「嘆きの天使」、「黙示録の四騎士」、「カラマゾフの兄弟」が並ぶ棚を見て、タイトルの規則性が見受けられないことを確認する。
お気に入りの順なのかと思えば、次からは「サンセット大通」、「ベン・ハー」、「ドン・ファン」、「善良なる悪人」は「奇傑ゾロ」と並べられていた。
ケースが汚れたものは一切置いておらず、知らない人が見れば映画コレクションのように見える。
次の段にあったのは「死刑執行人もまた死す」、「肉體と幻想」、「アンナ・カレニナ」、「嵐の孤児」。
「嵐の孤児」があるのなら、「ダントン」もあるかと思ったけれど、ぱっと見ては見当たらない。
「アンナ・カレニナ」は分かると思い見てみると、これも古いほうの「アンナ・カレニナ」だ。
観たのはキーラ・ナイトレイのほうで、手に取りまじまじと見る。
今よりもずっと古い映画でも、妖艶な女優がアンナを演じることは決まっているように思えた。
新しめの映画は「ショーシャンクの空に」、「グッドフェローズ」あたりだろうか。
「荒野の用心棒」と「ウエスタン」と「シンシナティ・キッド」が最新作に思えるほど古い映画が並ぶ棚は、埃の目立たない小奇麗な材質をしている。
「裏切りの街角」の見て、あると思い探せばすぐに「許されざる者」が目に入る。
今時の筋肉派男優のアクション映画は無く、なんだかジョン・スタージェス監督作品が多いような気がして「大脱走」と「荒野の七人」を横目で見た。
でも、これだけ古い映画を並べられると、あるのではないかと思う映画があった。
「誰が為に鐘は鳴る」と「オリエント急行殺人事件」のイングリッド・バーグマンを見てもいい。
古いカラー映画は無いかと探し、「サンセット大通」があったならあるかもしれないと探せば、やはり「お熱いのがお好き」がある。
棚の真ん中にある「ナイアガラ」と「紳士は金髪がお好き」を目につけた。
「紳士は金髪がお好き」を手に取り、城戸さんに見せる。
目で合図され、DVDレコーダーを起動させた。
汚れひとつないものの、型は古い。
時間を見つけては映画を見ている城戸さんを想像する邪念を祓うべく、映画を再生した。
レコーダーを弄り、本編を再生する。
開始早々登場する女優ふたり。
ジェーン・ラッセルより背が低いマリリン・モンローのほうが目立たないはずなのに、どうしても視線がそちらに釘付けになる。
真っ赤な衣装を着た美女二人が歌って踊る場面を見ながら、革のソファに座った。
革のソファは腰に優しくて、背筋が落ち着く。
どういうわけか、マリリン・モンローにしか視線がいかない。
コーラスが「diamonds are a girl's best friend」と歌ったあと、城戸さんが私に話しかけた。
「宝石は好きか?」
画面がちょうど文字だけになっていたのを見て、キッチンを見る。
コーヒーを淹れる城戸さんが、私を見ていた。
「興味がないです、でも宝石は綺麗だと思います。」
輝く石より、城戸さんのことで頭がいっぱいでそれどころではない日々を送ってきた。
その結果、こうして城戸さんの家にいる。
なにも起こってないけど。
ジェーン・ラッセルが、ダイヤモンドの指輪を見て「おっきい氷みたいね」と言った側から、城戸さんが私の目の前に氷の入ったグラスを置いた。
ふと見れば、愛想笑いとしか言いようのない笑顔をしている。
ハイボールではなく、アイスコーヒーをくれるつもりなのだろう。
キッチンに戻る城戸さんの背中を見て、画面に視線を戻す。
点呼をする船員を見て、こういう光景はボーダーでもたまに見ると思えば急に現実が私を襲った。
好きな人の家に来て、何故か映画を見て、嬉しいことにコーヒーを淹れてもらっている。
満足、確かに満足。
でも何故か喉のあたりに気持ちがひっかかるのは、私が邪で淫らな思いを城戸さんに向けているからに違いない。
普通ならこの気持ちは男性側が抱えるものではないのだろうか。
そう思ってしまう私は、女なのか、なんなのか。
答えの出ない私を知る由も無く、城戸さんがコーヒーポットを持ってきた。
氷のグラスの中に、コーヒーを注ぐ。
パキ、ピキ、と氷にヒビが入る音と注がれる音が温度に消えていく音を耳にして、城戸さんを見る。
傷の無いほうから見た横顔は、歳相応の男性だ。
アイスコーヒーを作ってくれたあと、もう一度キッチンに戻った城戸さんはコーヒーポットを置いて、自分のコーヒーを持ってきた。
マグカップに注がれているのは、匂いから察するにブラックコーヒー。
私の隣に座り、コーヒーを飲む。
正確には城戸さんの隣に私が突然お邪魔しているわけだが、アイスコーヒーを飲んでも気持ちが胃に流れてくれない。
誰か私の後頭部を殴ってくれないかと思いつつ、映画に視線を向ける。
「彼女以上にセクシーな女性は、未だ現れませんね」
真っ赤な唇、可愛らしい顔。
性を全面に出した女性は、永遠に映像の中で生きる。
「過去でも、未だに生きているような気がする人っていますよね」
「ああ、そういう人間は稀にいる。」
「周りにいます?もういないのに、今でもいるような人」
紫色の服を着たマリリン・モンローが色っぽく喋る最中、城戸さんが画面を見つつ答える。
「同輩だな、私の顔に消えない傷をつけたのに、当の本人はもういない。」

画面が切り替わり、レストランの風景。
ふと気になり、アイスコーヒーを一口飲んでから聞いた。
「傷?」
城戸さんの顔にある、大きな傷。
気にはなっていたけれど、一体なにがどうして傷を残したのか、聞いたことはなかった。
侵攻時に近界民に負わされたのだろうと勝手に思っていた傷の理由を、ちらつかせられる。
映画の中で水着姿の男性十数人が現れていたけど、見る気になれない。
城戸さん私が映画とアイスコーヒーどころではないのを確認する。
端折っていく部分を知られぬよう確認しているのか、ゆっくりと説明した。
「なまえと似たような年齢のときに、その同輩と私が同じ女性を好きになった。それがきっかけで亀裂が生まれそうになったが、亀裂を埋めようとしている最中に些細なことから大喧嘩になった。
トリオン体ではないのにトリオン体のつもりで喧嘩をして、私も相当暴れたが同輩は私の顔を狙ってきた。あれはただの喧嘩ではなかったのかもしれないと未だに思う。
特に後悔はしていない、結局のところ私自身が敗れたようなものだ。
同輩は、その女性を連れて旅に出た、長い長い旅に、帰ってきたのは同輩の息子だけだった。」
聞き終えて、何も言えなかった。
アイスコーヒーの氷が溶ける頃、話し終えた城戸さんは映画を観ながらブラックコーヒーを飲んだ。
聞いてなお何も言えない私から出た言葉は、女しか考えなさそうなことだった。
「好きな女性を失って以来、恋は?」
「色々試したが、何も。」
何も無かったかのように振舞う城戸さんを見て、アイスコーヒーを飲む。
「そう」

再び画面に視線を戻せば、話が進んでいた。
小窓にお尻をつっかえてセクシーに喋るマリリン・モンローが、子供と話している。
ソファに腰をふかく掛け、アイスコーヒーを持っていない手を革のソファの上に放り投げた。
冷たい、革のソファ。
ここで映画を観ている城戸さんの隣に、突如現れた私。
きっと革のソファも驚いているだろうと思った私を見破ったのか、城戸さんが私の手の上にそっと手を置いた。
掴まない、ただ添えるだけ。
城戸さんを見れば、大変優しい目つきで私を睨み付けていた。
この目は、なんだろう。
軽蔑か、脅しか。
なんとなくそうではないことを感じ取り、手を動かす。
「手は温かいですね」
夜だったら、月が綺麗ですねと言えた。
アイスコーヒーで燃えそうな内臓と顔を冷やすために、また飲む。
見終わるまでに空になりそうなグラスを持って、城戸さんに話しかける。
「紳士は本当に金髪が好きなの?」
画面の中の金髪はとても映えて、古い映画の色彩だからこその美しさがあった。
永遠に美しいものは、存在すると思いたい。
ブラックコーヒーを飲む城戸さんの、声だけは重苦しかった。
「それは性欲の話だな、外見の好き嫌いは行き過ぎたところで性欲に留まる好みでしかない。」
映画を観るはずが、何時の間にか私を見る城戸さん。
この時を、どれほど待っただろう。
「女の一番の友達はダイヤモンドか?」
いま見ている映画が映画だからこそ出る言葉。
首を振り否定すると、コーヒーを片手に優しく睨まれた。
「今のうちに忠告する。」
今にも怖いことを言い出しそうな口調は、いつもと変わらない。
「飯は朝と昼だけ食べる、コーヒーには砂糖もミルクもいらない、寝るのはベッドの中でソファで居眠りはしない、嫌悪は無いが性行為は好きじゃない。」
優しい睨みをつける城戸さんは、コーヒーを持ったまま私に向き合った。
「スーツはクローゼットの中にある、風呂は夜に入る、物置に使っている部屋を片付ければ部屋がひとつ空く。」
手はそのままで、体温もそのまま。
「なまえ。」
映画の中の人物が、声を荒げた。
「なまえが想像するより私は寂しい人間ではない、浅ましく寂しい人間だと思うのだけは止めてくれ。」
静かな声の城戸さんの目を見つめて、頷く。
「はい」
「忠告は以上だ。」
切り上げるように呟いた城戸さんから手をずらそうとすれば、握り締められた。
そっと、手を繋ぐように。
一気に心臓が締め付けられて、呼吸が止まりそうになる。
手を引きずられて押し倒される気配がなく、眩暈だけはしなかった。
自分を落ち着かせようと、余計なことを考える。
ブラックコーヒーが好きなのは知っている、傷の話をされたけれど、あれは本当なのか。
この映画を観ているときに氷のグラスを出すような人だった城戸さんが考えた最高のジョークなのではないか。
同輩って、一体誰のことだろう。
今はいない同輩は、今どこにいるのか。
言葉の通りもういないのなら、かける言葉も見つからない。
氷も溶けるころだ、冷たいうちに飲んでしまおう。
ああ、じゃあ、飲み終わって氷も溶けて映画も終わったら?なにをするの?
「これの次は、何を観ます?」
今の自分が出せる精一杯の答え。
すこし考えた城戸さんが、映画を選ぶ。
「カサブランカ。」
口元にだけ笑みを浮かべた城戸さんの顔の傷に、皺が寄り頬の筋肉が僅かに引きつる。
精一杯の答えを出したのはお互い様だったようで、画面に視線を戻せばモノクロのスキャンダラスな写真を手にした初老男性が怒っていた。
手は、まだ離されない。







2016.03.11






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