クロムスズピンク



14巻が光ちゃん好きにはあんまりにも萌え爆弾すぎた
ジャージもシュシュもインナーもペディキュアもピンクって可愛すぎる









口の中に残った愛液の残骸の味が、寝起きの舌を撫でる。
不愉快極まりない味を溶かして流すべく、のっそりと起きて洗面台へ向かう。
机の上は、昨夜及ぶ前にお互いの足の爪に塗ったピンク色のネイルポリッシュが置いてある。
手の平と指の間は乾いていて、もう濡れていない。
同じ爪の色をした私と光ちゃんは別々に起きて、同じ部屋で違うところにいる。
ベッドにも、洗面台にも風呂場にも、光ちゃんはいない。
自分の歯ブラシを手にとり、歯磨き粉をつける。
口に突っ込んで歯を磨いていくうちに、口の中がミント味で満たされていった。
下品だと分かりつつも、歯を磨きながら洗面台から離れる。
昨日の昼間に買ったものが詰まった紙袋は、まだ手をつけていない。
椅子に放置された光ちゃんのピンク色のインナーが、皺になっていた。
中に着るものだから別にどうでもいいかと思ってしまうあたり、私と光ちゃんの考えは似ているのかもしれない。
鞄近くに散乱したヘアゴムとシュシュとペアピンは、見ているだけで匂いがしそうだった。
自分の匂いしかしない部屋が、光ちゃんの匂いが混ざっていく。
歯ブラシを咥えた口をしっかり閉じたまま、コップをふたつ手に取る。
冷蔵庫から豆乳のパックを出し、豆乳をふたつのコップに注ぎ、豆乳のパックを冷蔵庫に戻す。
歯を磨き終えたら、豆乳を飲もう。
昨夜何があったか思い出そうとしても、今はそのときではないと脳が止まる。
後々夜に思い出してしまうのだろうと思い歯を磨いていると、部屋の奥から光ちゃんの声が聞こえた。
声色と喋り方からして、誰かと電話をしているようだ。
支度が終わる頃には、どこの喫茶店でも開いている。
それならこれから出かけて美味しいものでも食べようと携帯を手に取る。
光ちゃんは甘いものなら何でも食べてしまう、可愛い女の子。
歯を磨きながら手にした携帯を、洗濯機の上に置く。
鏡に映る寝起きの自分は、王子様ではない。
好きな女の子のためなら王子様にだってなれるだけの、ただの女。
光ちゃんは、まだ電話をしている。
ミント味の歯磨き粉の成れの果てを吐き出し、コップに水道水を注ぎ、いいところで止めた水で口を濯ぐ。
顔を洗おうかと思ったけれど、先に今日の予定を決めたくなって洗濯機の上の携帯を手に取る。
市内の美味しいカフェはないかと探し、光ちゃんが何を食べたいか考えた。
美味しければ、うめー!と言うし、甘ければ、これ女子力たっけえわー!と言うし、辛ければ、激アツだと言いながら涙目で水を飲む。
大体のことは予想できるとはいえ光ちゃんのことだから、話題のカフェに行きたいと言う気がした。
グルメニュースを眺め、チーズパンケーキカフェなんていう美味しそうな文字を見つける。
他のメニューも充実しているカフェらしく、評判も良さそうだ。
ここにしようと思う頃には、光ちゃんが誰かと電話をする声が止まっていた。
もう話せるだろうと、携帯で地図を表示し部屋へと向かう。

ピンクと白のキャミソールと白いレースが見えるピンク色のパンツ姿の光ちゃんが、ソファに寝転がっていた。
昨夜塗ったピンク色のペディキュアはお揃い。
外に出かけるときは足先が見えるパンプスで出かけたい。
寝る前に事に及んだときとは違うパンツを履いていることに気がついて、寝転がった光ちゃんを抱きしめた。
長い髪に顔を埋めて、笑う。
「光ちゃん、地図読める?」
携帯を差し出し、地図を指した。
「チーズパンケーキカフェ、なんか入り組んだ場所にあるの」
「んあー、このあたり行ったことある。」
「やった、頼もしい」
「なまえもアタシがいなきゃ、なーんにもできねえな。」
光ちゃんの口癖が可愛くて、抱き寄せる。
「シャワー、一緒に入る?」
「うん。」
ソファから起き上がるように招くと、のっそりと起きてくれた。
細い腕がソファの上で曲がって、手がクッションに触れる。
髪の毛先が跳ねてて、早く濡らしてあげたい。
主に下半身を洗う必要がある状態の光ちゃんの顔を覗くと、僅かに目が潤み悲しそうな顔をしていた。
「光ちゃん?」
大好きな光ちゃんの表情を、見逃すわけがない。
「さっきの電話」
「親。」
携帯を握っていた光ちゃんは一体誰と電話をしていたのか。
「成績悪すぎだろって怒られただけだし、なんでもねえし。」
ふてくされる光ちゃんの声色を伺う限りでは、本当は成績のことだけではないのだろう。
それだけじゃ、こんな悲しそうな顔はしない。
酷い点数のテスト用紙を持って廊下を走り抜けていた光ちゃんの眩しい笑顔からは、想像もつかないくらい悲しそうな目。
私が気づいたことをなかったことにしたいのか、光ちゃんがにまっと笑う。
「平気だし!な、そのカフェ行こうぜ。」
無理矢理笑っていることが分かる口元が、痛々しかった。
「光ちゃんはいい子だよ、大丈夫」
この調子じゃ、一時間くらいは無理だろう。
そう踏んで慰めると、光ちゃんの顔がふっと暗くなった。
一体何を言われたのか、考えなくてもわかる。
たぶん、意地でも私の家にいることを言わなかったのだろう。
「だってよおー。」
にまっと笑うと、八重歯が見える。
目が下向きの三日月形になるのが、とても可愛い。
「アタシの弟がさあ、進学校決まって、アタシ抜きで焼肉行ってたってさあ。」
それも、本当の理由ではない。
言わないということは、そういうことだ。
黙って聞いてやることくらいは、王子様じゃなくても出来る。
作戦会議室にこたつを持ち込んでまで自分の空間を作っているのは、だらけたい一心のみではないことは分かっていた。
光ちゃんが私の部屋にいる理由が恋心だけであってほしいと思う私が存在する事実だけが、光ちゃんに伝わればいい。
酷い事実があるわけでもなく、苦しい現実があるわけでもない。
理由なんて、いつも不透明なものだ。
現実の中にあるものはいつだって変化していくもので、酷いことになる前に目を逸らすことだって必要だと本能的に分かっている。
「アタシのが上だし、なまえと一緒に鍋パしてたし。」
買い物して、のんびりして、鍋をして、ネイルをして、キスして、一緒に寝て。
それだけでいいと思っているのは、私だけじゃない。
「親とかだってさあ、アタシがオペレーターで良い成績だしてんのだけは自慢してるし、弟にはアタシみたいなことできないんだぜ?なまえみてーな可愛い彼女は、あいつにできっこないし。」
声だけは元気な光ちゃんを抱いたまま、沈みたい。
光ちゃんの弟にはまだ会ったことがないけれど、たぶん似ているのだろう。
私に何かを気づかれたくないように喋る光ちゃんに、口は出さなかった。
「あいつはさー、性格そんなよくなくてさ!カゲとは話せないだろうな!買い物だって、アタシがいなきゃあいつ男のクセにメンズアクセとかブランドわかんねえし。
男だから頭だけなんだよ、頭だけ!アタシがいなきゃなーんにもできねえんだよ。」
その口癖に、どんな思いが込められているのか。
気にすることでもない。
もし気にしようものなら、なにうじうじしてんだ!ばーか!と笑い飛ばされる。
元気が無くても笑い飛ばそうとする光ちゃんが私の目の前に現れたとして、何か変化はあるだろうか。
どっちにも、何も起こらない。
私が寝ている間に履き替えたパンツを見て、触れてみる。
「光ちゃん、ピンク好きだね」
「なまえもだろ。」
「うん」
触りなれた暖かい肌に指を這わせて、寝る前の出来事を思い出す。
手足の爪は、同じ色。
薄い唇にキスしてみたいけど、今は朝。
ソファの横にある紙袋に手を突っ込み、目当ての下着を引き当てる。
「ね、光ちゃん、どうかな」
黒地にピンクのレースが縫われたモード系の下着を、光ちゃんの体に押し付ける。
細くて薄い胴体にこの下着を飾れば、光ちゃんの健康的な肌が映える。
普段のジャージ姿では見えない肢体は実は長いことを知っている優越感と、飾らせたい欲。
おしゃれをすれば、そこらへんの女の子の中じゃ飛び抜けて可愛いことも知っている。
「なまえこれアタシに着せたいだけだろ?」
「でもピンク好きでしょ?」
私が持つ下着を眺めたあと、受け取った。
昨日塗ったばかりのピンク色の爪が、下着のレースをなぞる。
健康的な足がソファの上でだらけていて、足の甲にうっすら浮いた血管は皮膚の上から舐め尽した。
ピンク系統で統一された光ちゃんの服の下にあるものだって、知っていい。
何があっても底抜けに明るいままの光ちゃんが、とても好き。
元気な光ちゃんがずっと笑ってくれるなら、なんだってできる気がする。
「買い物してるとき、ピンクの鞄とかパンプスとか見つけたら笑うじゃない、こたつで寝てるときのリラックスした時も笑うでしょ、私は光ちゃんの笑顔が好き」
本当は何にもできない。
たとえ私が億万長者で大金持ちで王子様だったとしても、側にいることしかできない。
お金があっても、贈り物を沢山しても、それだけじゃ射止められない。
うんうんと頷くことしか脳がなかったとしても、それでも。
「私は光ちゃんがいなきゃ寂しいよ、一緒にいようね」
でも、それだけは事実だ。
そう言うと光ちゃんは面白そうに頬を膨らませて、照れくさそうに笑った。
わざとらしく見つめると、光ちゃんがぶはっと噴き出す。
「誰かに頼られる光ちゃんも好きだけど、光ちゃんはこんなに可愛い」
「ったりめーだし、なまえはアタシがいなきゃ。」
なんにもできない。
そう言われるより先にキスをして、愛液の残骸の味が口の中に戻ってくる。
どうせシャワーを浴びるのだから別にいい。
皮膚の上から心を読めてしまえば、どれだけマシな気持ちになるのか。
同じ色の爪は、証になる。
マシな気持ちは知らないところへ消えていっては増して帰ってきてしまう。
そう思う時点で、何も考えないほうがいいんだ。
あなたがいなきゃ、私はなーんにもできない。
そう言って笑えるうちは互いの皮膚の上で感情と劣情が踊るだけでいい。
じゃれあっていれば、光ちゃんの少しだけ機嫌が良くなったように見えた。






2016.03.08






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