もう、しません






BBFのおかげで風間さんの好感度が上がりまくってます





クラブに行ってまで飲みなおす気はない望ちゃんを駅まで送り、終電を目指す。
出来上がった人もいれば、スーツ姿の人もいる。
帰宅か飲みなおすか選ぶ時間帯は、どうしても人が多く五月蝿い。
お洒落をした格好でふらふら歩く女性を支える男性とすれ違って、飲み屋が並ぶ通りを歩く。
人通りの少ない道を通っても誰かしらがいる夜の繁華街は、嫌いではなかった。
飲みながら望ちゃんとした話はどこへやら、酒とともに消える。
爆音に塗れながら酒を飲み踊る気分ではない望ちゃんと最後にクラブへ行ったのは、いつだったか。
私も望ちゃんもナンパを全て断り、踊るだけ。
ストレス解消の要因として巻き込む音も酒も、望ちゃんはそんなに好きではないのだろう。
飲めば忘れるなんていうけれど、本当のところアルコールは摂取するたびに記憶を定着させるだけで飲んで忘れることなんて出来ない。
むしろ、飲めば飲むほど記憶に残って、酔いが染み付く。
潜在意識が定着して、高揚して、人によっては潜在意識の爆発によって奇行をする。
そうしてやめられないまま飲んで、皆を巻き込んで飲んで楽しくなって、仲間で楽しく話す。
酒なんてそんなものだと思いながら、居酒屋から漂う焼き鳥の匂いに胃が鳴った。
どういうわけか、酒と共に食べる肉は美味しい。
目立つ電光はキャバクラかラブホテルばかりの道から見える光を横目にしつつ、路地を抜ける。
路地を曲がって少し歩いたところで電柱を蹴りまくる人を遠くに見つけて、思わず笑いそうになった。
酔っ払いの怒号と、友人であろう人たちの笑い声が路地に響き、その人が男性であることを知る。
ただ、ひっかかることがひとつ。
酔い叫ぶその声に聞き覚えがあることに気づく。
その酔っ払いの周りには数人がいて、止めようとはせず見守りつつも笑っているようだった。
来た道を引き返してもいいけれど、なんだか聞き覚えのある声だ。
もしかしたら知り合いかも、察知し引き返すこともなく歩き続けると、怒号がはっきりと聞こえてきた。
騒がしさに騒がしさを足すような声は、やはり聞き覚えがある。
「固形物だって言い切れねえだろうが!!ゴミ!どこに保障が転がってるんだ!しばき倒すぞクソガキが!!!」
電柱にクソガキと絶叫する男性は、よく見ると小さい子供のような姿勢をしている。
この時間に子供がいることは滅多にないので、大人なのは間違いない。
しかし、この声に、聞き覚えがある。
歩みを進め、確かめるべく近寄った。
「俺のIQいくつか教授から聞いてんのかテメエ!オイ!」
相変わらず電柱を蹴り怒りまくる黒髪の背が低い男性。
間違いない、風間さんだ。
居酒屋の看板にもたれかかるレイジさんが目に入り、次に腹を抱えて笑う諏訪さんと目が合う。
私と目が合った途端、諏訪さんは更に笑い出し、集まりが顔見知りであることに気がついた。
雷蔵さん、諏訪さん、レイジさん、そして暴れる風間さん。
私と目が合った途端苦笑いをする雷蔵さんに挨拶した。
「あの、どうも」
「なまえ、遅くまでお疲れ。」
「お疲れっていうか今から帰りなんで」
横目で風間さんを見る私に、雷蔵さんが噴き出す。
どう考えても面白い光景に動揺しないわけにもいかず、つい見てしまう。
電柱を蹴りおえた風間さんがコートのポケットに両手を突っ込み、数歩離れた位置にある風俗店の看板を睨み付けた。
「何が5000円だよ、諏訪の年収か。」
「俺はもっと稼いでる!」
笑いながら言い返す諏訪さんの笑顔に、説得力がない。
看板には5000円ではなく「60分本指名料金期間限定割引」と書かれているけれど、一体風間さんに何が見えているのだろうか。
「顔面だけにバグ起きてるだけが人生だと思ってんだろう!犯罪者か!」
看板を殴り、風間さんが叫ぶ。
「他人のせいにして生きない人間なんかいるわけない!俺は菊地原がそう言ってるのを知っている!」
叫ぶ風間さんから目を逸らさずにいると、諏訪さんがしゃがみこんで笑い出した。
もたれかかっていたレイジさんがようやく何か唸り、こちらを見る。
私と目が合い、軽く会釈してくれた。
「なまえ、今から飲むのか?」
「帰ろうとしてたんだけど…」
なまえと聞いた途端、風間さんがこちらを見たのが分かった。
酔っ払い独特の温い視線が、私に突き刺さっている。
この中で唯一素面に近い雷蔵さんが、私と風間さんを交互に見る目つきをした。
何が起きるか分かりつつも、そっと振り向く。

赤い顔をして焦点の合わない目をした風間さんが、私に絡んできた。
「なんだ、おい、おまえ、随分となまえに似てるな。」
そりゃあ本人ですから。
そう言わずに微笑んでいると、風間さんの口数が増えた。
「どこだここ、ボーダーか?」
「外です」
「いや、ボーダーだろう、なまえにこんなに似たやつが他にいるわけがない。」
「そうですね」
酔いに酔った風間さんを、これから誰が家に連れ帰るのか。
レイジさんがいるなら力技でどうにかなりそうなものの、レイジさんも多少酔いが回っていそうだ。
タクシーに突っ込んでも、後部座席を破壊するのがオチだろう。
水でも飲ませて寝かせるしかない状態の風間さんが、コートのポケットから両手を出して私の後頭部に手を回し、コートの襟首を掴む。
開いた瞳孔が渦巻くような目で私を見つめた風間さんが、私を軽く押した。
顔がぐっと近くなり、酒くさい。
「なまえ、今作戦会議室に誰もいないから、来い。」
「は?」
「なんだ、何が不満なんだ。」
「いや不満っていうか」
「不満なのか?俺なら満足させられる、なまえ、来るんだ。」
「行きません」
酔ってますよ、と言う前に諏訪さんが静止にかかる。
諏訪さんの手が伸びてきて、風間さんの肩を掴んだ。
「オメーが欲求不満なだけだろ!おい、なまえから離れろ!」
「諏訪だってトイレットペーパー食べてただろう。」
「食ってねえよ!食ったこともねえよ!」
風間さんが私の襟首から手を離す気配はなく、じっと私を見ている。
静止の手により手が離れたと思えば、風間さんの手がすぐに私の腕を掴む。
酔って熱い体温が私に触れて、諏訪さんが焦りだす。
「風間ぁ、雷蔵が初心者にも優しいとこ紹介するからマジで黙れよー。」
「俺そんなの知らない。」
雷蔵さんが否定したところで、レイジさんが看板から手を離した。
目が回るようで、額を押さえている。
私から手を離そうとしない風間さんを説得しようと、少し引いた。
「風間さん、酔ってるよね?」
体を引いても、風間さんは動じない。
「誰に?」
「お酒!お酒で酔ってるよね?」
「酔ってない。」
もうだめだ。
全員そう思ったのか、諏訪さんが無理矢理引き剥がしてくれた。
抱えられる風間さんは私をまだ見ていて、事が終わりきらない予感がする。
「風間、ほら!明日個人戦あるだろ、寝ろ!」
諏訪さんの押さえ込む体勢を見て、風間さんが私に近寄ろうとしているのが分かった。
なんとなく雷蔵さんに近寄り、状況を眺める。
酔った風間さんの口から悲惨なものが噴き出さないことだけを祈りつつ、諏訪さんを応援した。
「今からなまえと個人戦をする。」
赤い顔のまま呆けたことを言う風間さんは、二度とお目にかかりたくない。
かかってもいいけれど、ここまでお酒に弱いのに何故こうなったのか。
必死に引き止める諏訪さんは、何か自責に駆られているように見えて大体のことが予想できた。
「模擬戦以外の戦闘は隊務規定違反。」
私の後ろで冷静に喋るレイジさんに安心した。
このまま諏訪さんがタクシーに飛び込めば、一件落着。
だけど、相手は風間さん。
そう上手いことはいかなかった。
諏訪さんの腕をすり抜け、風間さんが私に掴みかかる。
強い力ではなく、重さを逆手にとって押すような感じだ。
突き飛ばされるというよりは、倒れる先の保証がない危険な押し倒しという体勢をとられ、思わず受身を取る。
壁に鞄をぶつけ、体と壁に僅かな隙間を確保して衝突を避けた。
コートのおかげで腕は冷たくない。
迫る風間さんに殴られるんじゃないかと身構えていると、お構いなしの風間さんが迫った。
「個人戦がいい。」
「今は無理無理無理、風間さん!」
「駄目だ、こいつらとチームでやったらなまえの穴という穴が死んでしまう。」
「穴って何、ゲームは嫌だよ!」
「ああ、なまえはゴムは嫌か、安心しろ、俺もゴムは好きじゃない。」
すぐに風間さんの首元に太い腕が伸びてきて、確実に捉えた。
私から引き剥がされる風間さんを見送り、起き上がる。
目を離していた間に諏訪さんがタクシーを捕まえたようで、雷蔵さんが風間さんを引きずりタクシーに放り込んだ。
同時に雷蔵さんもタクシーに乗り込み、諏訪さんがタクシーに向かって叫ぶ。
「雷蔵!ナイス!」
遠ざかるタクシーと、私を確認しにくる諏訪さんを見て、何が起きたか把握する。
レイジさんが手を差し出してくれたので頼ったものの、そのレイジさんの目も焦点が合っていない。
一体どれだけ飲んだのだろう。
「なまえ、すまないな。」
「いや、びっくりしました」
酔ってもなお正気なレイジさんと、唯一普通な諏訪さん。
ばつが悪そうな諏訪さんが、私に怪我がないと分かるといつもの調子に戻った。
「いやー、まあ、他言無用とは言わねえけどよお、今回は俺が悪い、クソほど飲ませちまったし。」
「風間さん、お酒弱いんですか?」
「弱いしセーブポイントもまだわかんないんじゃね?クソ真面目だしマジで二十歳超えてから飲みはじめたタイプ。」
あの赤い顔を見れば、そうなのはわかる。
真顔の諏訪さんが、ふと気づいたように呟いた。
「だけどさあ、なあ?風間にとってはヤバいんじゃね?」





ここまでが昨夜の出来事で、現在に至る。
隊室の床に正座する風間さんが、私に謝った。
「大変申し訳ない。」
今にも土下座をしそうな風間さんを抑えるべく、私も目の前で正座をする。
謝ろうと頭を下げようとするたび、上半身を起こす。
そのやり取りを、何度しただろうか。
「酔うとめちゃくちゃになるのが分かったなら、セーブかけてください」
「非常に申し訳ない。」
「酔ってたなら許すから」
「許さなくていい。」
小さい風間さんが更に小さく見えるような体勢のまま、動かない。
かれこれ30分近く謝られている。
昨夜、一体どれだけ暴れて叫んだ後に私に何をやって何を言ったのかまで雷蔵さんに聞かされたらしく、風間さんの顔色は良くない。
雷蔵さんによって自宅に送り届けられた風間さんは無事正気に戻り、頭を抱えたという。
いくら笑い飛ばそうとしても真面目に正座をする風間さんを追い返すわけにもいかず、謝罪を受け入れるしかなかった。
「めちゃくちゃというか、だな。」
切ないくらい真剣な顔した風間さんには、早く元気になってほしい。
「なまえは。」
誰にだって失敗はある。
前向きなことを言っても、適度に落ち込んだ人には意味がない。
「なんですか」
「そのだな、昨夜のことがあった。」
「はい」
「なまえは。」
「はい」
「・・・その、だな。」
「誰にでも酒の失敗はありますよ」
強いし、クールで無口で無愛想で、隊員としての実力もある。
そんな風間隊長が酒で傍若無人の酔っ払い状態になったことは、バレたくないのだろう。
誰かに言いふらすつもりはないし、風間さんが普段は普通の人だと知っている。
安心してほしい、でも、意図は読み取れない。
怒り散らし暴れる風間さんは面白いといえば面白い、でも私にも酒の失敗があるのだから、と安心させるつもりでいると、伺われる。
「なまえは昨日何してたんだ?」
「望ちゃんと飲んで、帰宅途中に風間さんに遭遇しました」
「そうか。」
納得した風間さんが、また黙る。
この沈黙が辛い。
失敗は若いうちにしておけというものの、二十歳を超えてからの失敗はクるものがある。
風間さんを慰める勢いで、声をかけた。
「あの、誰にも言わないし、安心してください」
「そうではなくて。」
風間さんの顔色が、ようやく普通になる。
これから何を言い出すのか、当てようとした。
一、お酒を飲ませた諏訪を一緒に殴ろう。
二、二度と飲みに行かないので、全部忘れてくれ。
三、諏訪さんの年収は決して5000円ではない。
四、風間さんのIQは本当に高い。
五、諏訪さんがトイレットペーパーを食べていたことはない。
どれなのかと待っていると、顔色が普通になった風間さんが正座を解き、立ち上がった。
それにつられて立ち上がった私の手を、風間さんが握る。
昨夜は思い切り掴まれたのに、今度はとても優しい。
「自分の中で予定していた段階を飛ばして昨夜酷いことを言ったが、その、配慮がなかった。」
「酔ってましたし」
「ああ、だが、嘘は言ってない。」
「嘘?」
「個人戦がどうとか・・・そのあたりの・・・やましいことだ。」
「下ネタですか」
「申し訳ない、申し訳なかった、本当に申し訳ない。」
「もう何も気にしてないので」
「悪い、品のないことを言ったのは申し訳ないが、その、内容は気にしてくれ。」
一から五まで、全て外れたようだ。
昨夜言われたことは酔いの勢いなだけだった、そういうことだろう。
言われた具体的な言葉を思い出して、愛想笑いをした。
なまえ、と小さく呼んでくれて、しっかりした瞳孔で私を見る。
「今後、なまえに対して全てが偽りなく健全であったとしても、酒が事のきっかけというのは、女として嫌か。」
手を握る、優しい体温。
酒で酔って熱かった手と同じのはずなのに、妙に優しい。
「嫌じゃないです」
風間さんが手を離し、私と向き合う。
蕩けた目の赤い顔の酔っ払いは、もうどこにもいない。
「俺と付き合え。」
「お酒は無しでお願いします」
笑顔でそう言うと、風間さんが再び謝った。
「もう、しません。」
「はい、よろしくお願いします」
できれば、酔っ払う姿は見たくない。
にこやかな顔で風間さんを迎え入れれば、恥ずかしそうに笑い返してくれた。







2016.03.08






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