青天の霹靂は不実の中






何回かプロフィール欄読み返してもどこにも現実世界の〜とは書かれてないからって思いついてたネタ
とってもギャグです
ギャグなので注意

データブックが出る前にどうしても書いておきたかった











パソコンに接続されたマイクに、一通りの台詞と声を出し終わる。
簡単な挨拶と、なんてことはない発音を録音する画面は無機質すぎて、ドラマで見た病院の心電図の画面を思い出した。
私が喋るたびに動くグラフのような線が、声を取り込んでいく。
ひとつひとつが終わるごとに、時間が飛んでいった。
お礼だと言って貰ったお菓子が何なのか想像し終えるのに十分すぎる時間をかけ、発声する。
全て終わったあとに、東さんがエンターキーを押した。
マイクが音を拾うのをやめたことが、パソコンの画面のグラフの動きが停止したことにより分かる。
頼みごとは終わりのようで、東さんはにっこりと笑った。
「なまえ、ありがとう。」
「これでいいんですか?」
「十分。」
爽やかな笑顔、優しい雰囲気。
東さんのお願いならなんでも聞ける、と思っていたけど、予想もしない手伝いに戸惑っていた。
この声を一体どうするのか。
机に積まれたお礼の高価なお菓子を見て、手伝いを了承したとはいえ気になることを東さんにぶつける。
「疑うわけではないんですけど、一応何に使うか聞かせてくれませんか」
舞台俳優の発声練習のように、あらゆる発音と軽い台詞をデータにしてパソコンに取り込む。
頼んできたのが東さんじゃないのなら、不審で仕方がないそれの理由を聞くために食い下がる覚悟をした。
怪しさの欠片もない東さんにしては奇妙なお願い。
「サンプリング。」
「それは聞きました、どういうので何のサンプルなのかっていう」
「声のサンプルだよ。」
「もっと具体的に」
「うーん、まあいいか。」
東さんがデータに保存をかけながら、ざっと説明する。
「冬島が新しいボイスチェンジャーを作るっていうから、なまえの声を元に作れって言ったら了承してくれた。
可愛い声を作るなら、実際にピッチのバランスの参考があったほうがいいだろうってことになってな、次作る時は女性から声のサンプルを取ろうって話になってた。
なまえの声は女性らしくて適任だろうって、俺が言い出したら冬島も同意した。」
聞きなれない単語を、思わず聞き返す。
「ボイスチェンジャー?」
ぱっと思いついたのは、ヘリウムガス。
冬島さんの技術があればデータが気体化してガスにでも変わるのかと思っていると、東さんにヘッドフォンを差し出される。
おそるおそる装着すると、東さんがマイクを手に取り喋った。
「こういうやつ。」
ヘッドフォンから聴こえてきたのは、上澄みが僅かにざらついた女の人のソプラノ声質。
ただ、目の前で喋っているのは東さんだ。
男の人の低い声が、パソコンを通すだけで女の人の声に変わる。
「ああ、なるほど」
納得してヘッドフォンを外すには惜しく、そのまま聞いてみた。
「この声は?」
「ピッチを弄る式のやつ。」
目の前にいるマイクを持った東さんとは正反対の声が、ヘッドフォンから聞こえてくる。
「聞いてると分かるだろうけど、凄く精巧なわけではないから性能を上げたくてな。」
東さんの声が女の人になっている。
どこかで見たアニメのような、堅苦しい女ボスの声が可愛くなったような喋り方にしか聞こえず、面白い。
「すごい、東さんの声じゃない」
「正確には誰の声でもないんだよな、ははは。」
笑顔の東さん、そして女の人の声。
いい感じに脳がパニックを起こしそうな光景に耐えつつ、面白さが増す。
お礼のお菓子はあとで食べまくるとして、聞けるうちに聞いておかなければならない。
「ボイスチェンジャーに使うんですよね」
「うん。」
「それって、機密なときに使うんですか?私の声を?」
「なまえの声をそのまま使うことはないよ、なまえの声を元にするだけだから、完成したら声そのままってわけではない、安心して。」
「気になります」
ヘッドフォンを外して、東さんを見つめる。
マイクを置いた東さんがパソコンを弄って、なにか決めたような顔をした。
「なまえは手伝ってもらったし、いいか。」
顔は真剣そのもので、キーボードの上で素早く動く指を見つめた。
大きな手、整った横顔、誰もが尊敬する東さんが何かとんでもないことを言うような気がして、ひやりとする。
見たことのない画面を出し、私に見せた。

何かのメッセンジャーのようで、横のほうにずらっと誰かの名前がある。
見知った名前はなく、全員知らない人。
ボーダー内での連絡のために使うものではなさそう、それ以外で特に変わったことはなく、おかしくもなんともない普通の連絡ツールだ。
思い返せば同じメッセンジャーアプリを摩子ちゃんが使っていたことを思い出し、東さんもこれを使うのかと思っただけ。
ただひとつ、目に付いたものがある。
ログインしている側、つまり東さんが弄っている側のユーザー名。
何故か「ヽ(*бωб)ノあつぴヽ(*бωб)ノ」と表示されていて、東さんの下の名前にかすってもいないことを気にかける。
東さんの下の名前は、春秋。
あ行はともかく、ぱ行の名前をした人なんて、そう思いつかない。
もしかして東さんの昔からのあだ名なのかと思い、確認した。
「あつぴって」
「ああ、頼んだときに動くのは文字だと穂刈だから、そのため。」
穂刈くんが繰り出す恐ろしいメールの文章が、ふっと脳裏に過ぎる。
練習時間を伝えれば「了解☆ありがとなまえ(。-ω-)ノ明日もヨロo ( ` ・ ω ・´ )o」と返信がきて涙目になったことを思い出す。
先ほどから表情に変化のない東さんが、「ヽ(*бωб)ノあつぴヽ(*бωб)ノ」の文字を見て動けない私に説明した。
「冬島または太刀川が面白そうなものを見つけたら行動開始。まず俺が誘き出せる時間帯を把握してから、冬島は俺が獲物を決めてスタートだ。
決めたら穂刈がチャットで獲物を見定める、穂刈からOKが出れば、俺が冬島作のボイスチェンジャーを使って、釣る。
釣れた場合は可能な限り現実世界での遭遇を引き出してから相手の現地を把握し、内容によって通報か、暇してる諏訪か太刀川を武器と携帯を持たせて現地に向かわせるか見極める。」
とても真剣な顔で物凄いことを言う東さんを、黙って見つめるしかなかった。
「これ、一応不審者の事前排除に有効って意味もあるから甲斐はある。」
「失敗したらどうするんですか」
ああ、でも、現地に行くのは諏訪さんと太刀川さんなのか、じゃあ大丈夫だ。
一瞬でもそう思った自分を叱りながら、東さんの真剣な顔を見る。
「見極めは穂刈と俺のやることだ。」
そうじゃない、と言いたくなっても相手は東さん。
ヘッドフォンは外したのにパニックになりそうな脳を、なんとか自分の中の冷静さに押さえ込む。
「なんでこれやってるんですか」
「趣味かな。」
私を見てにっこりと笑う東さんに、凍りつく。
目の前にいるのは間違いなく東さん。
私が知る東さんといえば、皆のお兄さんで、リーダーで慕われてて実力者で優しくて頭も良くて。
皆でキャンプに行ったときだって、川で釣った魚を皆のために焼いてくれたりした。
今年の夏も皆でどこかに遊びにいく気でいた私に、青天の霹靂。
あの時の東さんの眩しい笑顔が留まって仕方なくて、つい聞き返してしまった。
「東さんの趣味って、釣り、ってかアウトドアですよね」
間違えた答えでも聞いたかのような顔をした東さんが、私を見る。
ようやく笑顔意外の表情をした東さんが、珍しそうにした。
「現実での釣りって言ったことあったっけ?」
何事もないような顔。
東さんのこんな顔は、初めて見るかもしれない。
指摘されても平然としている雰囲気は、何故か太刀川さんを思い起こさせた。
きっと、これが大人なんだ。
いやいや、そんなわけはない、何やってんだろう、東さん。
ないですと否定する気にもなれず、また「ヽ(*бωб)ノあつぴヽ(*бωб)ノ」の文字を見る。
「なんで穂刈くんが関わってるんですか?」
「狙撃手だから。」
「それなら荒船くんも来るはずですよね」
「穂刈は祭りが好きなんだよ。あと、穂刈の才能はこれ。」
カチ、とマウスが鳴る音のあとに画面を見ると、メッセンジャーのチャット画面が現れた。
界隈では恐怖の爆弾名物と化している穂刈くんのメール文章のような言葉が表示されている。
チャットの相手が何を言っているかより先に、発言者あつぴの「今日?学校だよ☆友達の部活あそびにいくゼ(*`・ω・)ゞバスケット得意なんだ凸(´口`メ) 」が目に入り、頭痛がした。
あとでお礼のお菓子を思い切り食べてやる。
東さんがこの手伝いを私に言うあたり、信頼はされている気がした。
そう思わないと、頭痛から逃れられない。
頭痛を消す薬にならないどころか悪化する気がしながら、ヘッドフォンを装着した。
マイクを持ち、喋ってみる。
「このボイスチェンジャー、よく出来てますね」
不思議や不思議、自分の声が別人の声になっていた。
マイクを握る手が汗ばんでいることに気づき、自分の焦りに気づく。
「冬島だからな。」
「機械が得意だと色んなものが作れるんですね」
「遊び心が強いだけじゃないか。」
「そうなんですか?」
「俺がなまえくらいの歳のときに、冬島がロボットに変なプログラム入れて遊んでるのを見たことがあった。」
髭面で半袖の冬島さんが、時間の合間にこれを作っている事実を知って世間の裏を見る。
トラッパーだからって大層なものを作る冬島さんの顔を今は想像したくない。
マイクに適当に声を出しながら、ふと思う。
「釣れたら、私が待ち合わせ場所に行ってもいいですか?」
興味本位でそう言うと、東さんが真顔になった。
それから顔を顰め、肩を掴まれる。
「なまえ、何を言ってる、男の遊びになまえは入れられない、興味本位で踏み込んで危ない目に遭ったらどうするんだ。」
この状況じゃなかったら、きゅんときてしまうような真剣な目をした東さん。
肩を掴まれているのに、どきっともしない。
マイクに僅かに東さんの声が拾われ、ヘッドフォンから女性の声がした。
大人しくヘッドフォンを外すと、東さんが肩から手を離す。
机にあるお菓子を抱きしめてから、やけくそ半分で強請った。
「完成したボイスチェンジャー、欲しいです」
「ああ、それはいいぞ。」
中身のない提携を結び、東さんはデータを冬島さんに渡すべくUBSを手にする。
「これを販売したほうがいいと思います」
「購入した奴らが何に使うか分からないから、賛同できない。」
お礼のお菓子は格別の味だと確信しながら、データを移されるのを見守った。








2016.03.02






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