疚しさを履き慣らせ



目線と背が合わない。
殆ど一目惚れで、初めて会った時から思ったことは、解決しそうにない。
座って初めて目が合って、優しそうな目元が笑ってるのを見て安心する。
尋くんほどに背が伸びてほしいわけではなくても、自然と少し見上げてしまう。
距離があるような気がして、気に入らなかった。
デートの時くらい近い位置で顔が見たい。
くだらない思いで手に入れたヒールの高いパンプスは、こういう時にだけ履かれる。
靴の気持ちを考える余裕がどこかにあれば、出所の分からない意地も消えるだろうか。
意地を薄めた靴を履いて歩けば、足が軽やかに慣れる日もあれば、痛みが走る日もある。
今日は痛くなりませんように、そう願う。
甘い匂いのしそうなスイーツ食べ放題の店に行けば、どうせ座れる。
だから足の痛みなんてどうでもいい。
隣にいる尋くんの顔が、すこしでも近くで見れるなら。
しかし、そう上手くいかない。
いつもより少し高いヒールのパンプスを履いた私の隣にいる尋くんは、黒髪の男の子に吼えられている。
交差点前で信号待ちをしていると、見たことがないくらいガラの悪い男の子が来たと思えば、男の子が私と尋くんを交互に見た。
尋くんが「見た目が目立つから変なのに絡まれることがある」と言っていたのを思い出す。
喧嘩を売るのかと思えば、聞き慣れた尋くんのあだ名を口にした。
「ゾエ!てめえ!行けない用事って、デートかよ!!」
通行人が二度見するような声が響き渡る。
マスクをした鋭い目の男の子の細い腕が構えるように動く。
何も知らない私にはひやりとする光景が広がり、どうするべきか考えるより先に尋くんを見た。
もし尋くんが真顔なら、警察を呼ぶ。
事態がどう転ぶか分からない私には、何も言わず伺うことしかできない。
この上なく乱暴な口調の男の子に動じることもなく笑顔でいる尋くんを見て、安心した。
「うーん、実はそうでしたー、あはは。」
「ボケ!クソゾエ!!」
「やめてよー、ゾエさん傷ついちゃう。」
「オメーなんかユズルに嫌われろ!ボッチで飯食え!会議室に二度と入れねえ!」
「嘘お?それはすっごい嫌。」
いつもの調子で、にこにこしている。
男の子が尋くんを追いかけるふりをして、軽く殴りかかった。
力を込めていない拳が尋くんの大きな手の平に当たる音は、耳にかすりもしない。
何事もないように笑って受け流す尋くんと、笑顔を張り倒そうとしない男の子を見てから、ふざけあいを眺めた。
生ぬるい気持ちになるべきかと思い、なんとなく微笑む。
そんな私に気づいたのか、男の子がこちらを見た。
鋭い目で、マスクをしていて、黒い服装にボサボサの黒い髪。
印象は重たい男の子が、喧嘩でも売るかのような態度で私に歩み寄った。
「おい、誰か知らねえがゾエをキレさせんなよ、こいつの右はマジでキツい。」
「右?」
「おう、蹴りもやべえからな。」
「蹴られたんですか?」
「わりとボコボコにされたぜ、クソつえーし歯ァ折れかけたし傷跡残ったからな。」
近くで見ると、目だけでなく歯も鋭い。
なんなんだこの人はと思っていると、優しい声が男の子のあだ名を呼ぶ。
「カゲってば、ゾエさんは女の子を殴ったりしないよ。」
尋くんの一言で、鋭い目の男の子が誰なのかハッキリした。
「八回負けの影浦さん?」
「タイマン張っただけだボケ!」
私に向かって瞬時に叫んだ影浦さんは、尋くんを睨む。
「おいゾエ、なんでこいつがそれ知ってんだよ、オイ、オイ。」
「んー、拳に生傷あると聞かれるじゃない?それで。」
今にも吼えそうな影浦さんが、尋くんに向かって突進した。
「なぁぁに余計なことバラしてんだテメーはよお!!!!」
必死の形相で迫る影浦さんから、鬼ごっこ中の子供のような笑顔をした尋くんが逃げる。
たぶん、こういうことだ。
今日という日を既に私との予定を入れていた尋くんは、今現在鬼の形相をしている影浦さんに遊びに誘われた。
男同士の友情は熱い。
しかし、予定は前持って入れていた。
用事があると言って断り、私と出かける。
そうして見事に街中で遭遇した、というところだろう。
尋くんの拳に生傷があって、どうしたと聞いたときにそんなことを聞いたのを記憶に留めていた自分に驚いた。
今になって、喧嘩相手を眺める。
子供の追いかけっこのようなことを繰り広げる二人を、暫し見守った。
見た目も怖いし口も相当悪い影浦さんを、尋くんは笑って相手をしている。
飛び掛るように抱きついた影浦さんを降ろしては逃げる尋くんを微笑ましく見ているうちに、足首が鈍く痛んだ。
またか、と痛みを無視する。
こういうことはよくあると言い聞かせても、足は痛む。
無視できる痛みであることに感謝しつつ、ふざけおわった尋くんが戻るのを待った。


交差点の青色を何度か見送ったあと、甘いものを求めて歩き出した。
さっきの男の子は影浦雅人くん、尋くんのチームメイトで乱暴なのは口だけとのこと。
痩せていて背の高い影浦くんの顔をぼんやりと思い出しながら、何もかも乱暴な性格じゃないかと想像する。
「なまえはカゲのこと嫌い?」
「怖そうな人だった」
第一印象を伝え、思ったことを付け加えた。
「でも尋くんの友達に悪い人はいないと思ってるから、そこまで怖くはない」
あの勢いは怖かったけど、笑って交わす姿を見る限り悪い人ではないことは分かる。
一対一で話せと言われたら戸惑うような態度の影浦くんと今後話す機会があるのなら、丁重にいきたい。
「そっか、まあそうだよね。」
「うん」
「カゲが隊長なんだよ。」
「そうなの?それっぽくない」
「口は悪いけど、それ以外は普通の人。」
特定の人と八回喧嘩したと随分前に聞いたものの、いまいちピンとこない。
絡まれても千切っては投げることができる尋くんに心配は無用、でも、わからなかった。
私の知る尋くんは暴力を振るう人ではなく、性格的にも見た目も絵に描いたような優しい人だ。
いざ殴り合いになれば、相手に怪我をさせるくらいのことはできるだろう。
「なまえは何が食べたい?」
すぐそうやって笑顔で喋りかけてくれるところが、とても好き。
「桃のタルトとグレープフルーツのケーキ」
「ゾエさんいちご系。」
「期間限定のケーキがあったら、それも食べたい」
「いいね、全種類いきたい。」
好物には目がないところも、好き。
もうすぐ座れば、美味しそうに食べて食べて食べまくる尋くんに店員が申し訳なさそうな顔で注意しにくる時間が待っている。
話しているうちに、楽しいことに目先が向く。
美味しいもののことを考えているはずの尋くんが、私の足元を見た。
「なまえ、そういう靴って足痛くならないの?」
「今は平気」
踵が少し痛いけど、とは言えない。
平気と答えた私に相槌を打って、少しだけ歩幅を縮めた。
「なんでそれ履いたの?」
「気分的に」
「なまえ、そんな気分屋だったっけ。」
「そういう日もあるの」
「ゾエさん、いつものペタッとした靴のほうが好きだな。」
意外や意外、尋くんの靴の好みを知る。
男の人がヒールを履く機会は滅多にないから、そう言われても仕方ない。
「女の子って踵の高い靴好きだよね、なんで?」
「足がすらっとして見えるから」
「そうなんだ、ゾエさん柔らかそうなほうがいいと思うけど。」
ちがう、好みの話ではない。
「チームメイトの女の子も、そういう靴だった。」
「デザインがいいから、皆履くんだよ」
私が履いた理由はそうじゃないけど。
そう言わずに歩きながら、尋くんの顔を見る。
「そうなの?なまえはペタっとした靴でも似合ってるし可愛いと思うよ。」
靴のおかげで、同じような目線に尋くんの顔があって幸せだった。
まんまるな目が、私を見る。
「こういうヒール履くとね、背が盛れるの、そうすると」
既に疚しい気持ちもなんでも見透かされているような気がして、つい言ってしまった。
「そうすると。」
もう後に引けない。
素直に言うべく、服の端を掴む。
「これくらいの目線になるでしょ」
「なるね。」
「これが目当てなの」
「へえ、なんで?」
「これくらいになると、尋くんの顔が大体目の前にあるの!」
最高にくだらない、同時にとても大事な理由を告げる。
相変わらず足は痛い。
脚にかける力を間違えるたびに、靴と足の触れてる部分に僅かな痛みが走る。
笑い飛ばされるか馬鹿だなあと言われるか二度と履くなと言われるか、どちらでもいい反応を待つと、尋くんはにっこり笑った。
「そっか、ありがとう。」
言葉が続くことはなく、信号で立ち止まる。
じわりと足に広がる血の気が、足首で溜まっていく。
座ればどうにかなる、そう思っている私を呼んだ。
「なまえ。」
尋くんが私の脇腹を両手で掴んで、持ち上げた。
いきなり浮いた体と、抜け落ちそうにない靴。
「きゃっ」
お腹を締め上げられて出た声じゃないと分かると、尋くんがまた笑う。
「次からはこうしようか。」
「なんで」
「両足首を少し引きずってるから、その靴はもうやめよう。」
柔らかそうなほっぺが笑うとまるくなり、すごく可愛い。
大きな両手に脇腹をこのまま揉まれる気がして、反射的に反った。
「だめだめ、おろして」
にこにこしながら、尋くんは私を抱き上げる。
そんなに可愛い顔をされて抱き上げられたら、嬉しくなっちゃう。
信号が変わるうちに降ろしてもらわないといけない。
尋くんはそんなことどうでもいいようで、もう少しだけ抱き上げられた。
「たかいたかーい。」
少ししか浮いていないたかいたかいをされて、顔に熱が集まった。
地面についていない脚が、ひんやりする。
心なしか太ももあたりの血の気まで引いている気がして、降ろすよう求めた。
「尋くーん!やーだー!」
「だーめ。」
「やだやだやだ、降ろして」
大きな腕が、私を降ろす。
脇腹が自由になり地面に降ろされた途端、足が痛む。
体がもっと軽ければ、この痛みも軽くなるのか、いや、そんなことはない。
慣れない靴を履いたことへの罰のような痛みに耐えるつもりでいると、尋くんの優しい声がした。
「足痛いの分かってるよ、ほら。」
分かりきっていたように手を差し伸べられる。
信号が青になって、人が行き交う。
周りに人がいたのに抱き上げられていた事実に、顔が熱くなる。
握り返して、鈍い痛みの走る足でまた歩き始めた。
「恥ずかしい」
もうすぐお目当ての店にたどり着く。
それまでの辛抱。
情けない私に歩幅を合わせる尋くんの顔を見れないまま、歩いた。
俯く私を、優しくて低い声が覆う。
「ゾエさんね、なまえの笑った顔が大好きだよ。足が痛くなる靴は履かなくていいから、ゾエさんが好きななまえがいるだけで、とっても嬉しいから、ね?」
「私も、笑った顔が好き」
「じゃあ一緒だね。」
自業自得の足で歩く私に話しかける尋くんはどんな顔だろう。
言い聞かせる言葉は優しくても、顔が怒っていたら、呆れていたら、冷たい目をしていたらどうしよう。
顔をあげれば、いつもの柔らかい笑顔があった。
「背伸びしちゃった」
「うん、いいよ。」
もうすぐ甘いものが食べられる。
気分を紛らわせば、すこしは気も痛みも足の不安定極まりない血の気も落ち着くだろう。
「尋くん、ね」
「ん?好きだよ。」
「それ今私が言おうとした」
どうやったって、物理的な距離は埋まらない。
何故寂しくないかは、自分の心が一番よくわかっていた。






2016.02.29




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