お慕い申す




少し早いけどバレンタイン





「あいつら!隊長を馬鹿にしやがってー!」
諏訪さんを取り囲むココアシガレットの箱、箱、箱。
見ただけではチョコレートの存在は確認できず、ココアシガレットの他、角砂糖、四角いグミ、透明な四角い箱に詰まる四角い飴、缶詰のナタデココ、お菓子ですらない豆腐や四角い箱に入ったハンドクリームがあった。
中には食べものですらないサイコロの大きなクッションまである。
諏訪さんが突っ伏すソファにあるそれらがなんなのか、今日という日が証明していた。
「これは面白すぎ」
携帯を取り出し諏訪さんを撮影していると、ソファの上にあるサイコロクッションを抱きしめ転がった。
わかっていた悪戯や罰ゲームを受けた顔をした諏訪さんが、不満そうに足を組む。
積まれたココアシガレットを蹴り飛ばさないのを見て、安心して撮影したあと笑った。
仕組まれたような光景に笑うと、むくれた諏訪さんが吼える。
「んだよ!なまえまで俺を馬鹿にすんのか!」
馬鹿にしてないよ、と言おうとしたけど、笑いたい感情が勝ってしまい何も言えなかった。
丁寧に箱買いされたココアシガレットと上等な豆腐を見て、もっとおかしくなる。
雰囲気だけは不満でぶーたれて理不尽に耐えるものの、本気で怒って捨てたりはしない。
みんな、諏訪さんがそういう人だとわかっているからこそ、こうしてくれたのだろう。
転がる諏訪さんに近寄り、ソファに座る。
金髪はサイコロクッションの上で形が崩れて、すごくだらしなかった。
「みんな、諏訪さんが好きなんだよ」
バレンタインは、イベントに便乗して恋心以外の好意も伝えられる。
気さくなリーダーとしての素質があり、見た目だけは不真面目極まりない諏訪さんは、みんなから好かれていた。
悪態をついていても、それが心の底からのものじゃないと理解させる頭の良さも、年下から慕われる理由だ。
面白いからなんて理由だけじゃ、ここまで集まらない。
ココアシガレットの大きな箱を手に取り、眺めた。
どういうルートでこんなものを買うのかだけは気になる。
サイコロクッションを枕にして手をばたつかせる諏訪さんが、項垂れながら欲望を垂れた。
「俺が好きならチョコとかいらねえから、白ムチ系ギャルのグラビアか黒ギャルAVくれよ、どっきつーいやつ。」
「風間さんの持ってたエロ本で顔赤くしてた人がそれ言う?」
「なまえはなんでそういう無駄なこと覚えてんだ!」
頭を掻き毟り、サイコロクッションを抱きしめたままソファに座りなおした諏訪さんが、ふーんと言いたそうな顔で缶詰のナタデココを見た。
ヨーグルトにでも入れて飲めば、美味しいものだ。
ココアシガレットの箱にはアスリート選手の柄のメッセージカードが貼られ「ダイスキ諏訪さんアイシテル 穂刈アツシ」と不慣れな丸文字が目立っていた。
箱に落書きのように書かれたサインの横には、諏訪さんの似顔絵らしきものもある。
ダンボール箱の中に詰まる一番大きなココアシガレットの箱には、箱の蓋にマジックペンで「木崎より」と丁寧な字でサインされていた。
「言ったところでソフマップじゃないの」
諏訪さんの揚げ足を取ろうとかかると、ココアシガレットの蓋を勢いよく開けた諏訪さんが叫んだ。
「なまえは俺の敵対思考の具現化か!近寄んな!」
「諏訪さーん」
ゾンビのように近寄るふりをすると、諏訪さんが悩ましく叫ぶ。
「うるせえー、チョコとは言わねえしタバコとビールでいいから実用的なものをくれー。」
「なに?アダルトなそういうやつ?」
「なまえが俺を玩具のように虐めるー!クソ思考がー!!」
思わぬ罵倒に爆笑してから、他のものにも目をやる。
豆腐の袋にはクリップでメモが挟んであり「諏訪さんへ!太一より!」と書かれていた。
角砂糖の袋には、ハート型のサインの中に「るい&りん」と書かれている。
四角い箱のハンドクリームに添えてあるカードには「二宮より」と書かれていて、センスを読み取ることができなかった。
透明な四角い箱の四角い飴だけは普通だと思い見ると、飴の袋一個一個に文字が書かれている。
しばらく見て、それが「かざまそうやより」と書かれていることに気づいた。
ざーっと見渡せば、まだまだあるだろう。
ぶつぶつ言いながらココアシガレットを齧る諏訪さんに、一応慰みの言葉をかけた。
「まあまあ、エロ本は高校生には用意できないよ」
バリボリと音を立てながらココアシガレットを齧り終えた諏訪さんが、悲壮な目をして再び叫ぶ。
「レイジがニヤニヤしながらココアシガレット置いてったんだよ!わざわざここまで来て、やりやがったのがそれだ!クソ筋ゴリラ野郎!いいか、あの量見ろ、あの量!」
段ボール箱を指差し、胃のあたりを押さえ、私に事情を説明しようとする諏訪さんの顔は面白かった。
おぞましいことでも話すかのように、私が訪れる前のことを話す。
「レイジが置いていったせいでココアシガレットがあんだけあるのに目をつけた加古のヤローがココアシガレット豆腐チャーハン作りやがって!地獄だったし堤は医務室から全然帰ってこねえし!
同時に食った太刀川も姿見えねえし!逃げ回ってたのに、顔色悪い二宮に捕まってさっきココアシガレットチャーハン食わされて胃が痛いし!」
必死な諏訪さんの身に何が起きたのか、聞くだけで笑ってしまう。
腹を抱え、顔を押さえ笑う私にお構いなしに説明する諏訪さんの胃を思うと、笑いすぎて涙が溢れ出た。
ひどいものを食べても胃が痛いだけで済む諏訪さんに感心しつつも、笑いすぎてそれどころじゃない。
なんとなく涙目の諏訪さんが面白くて、笑いに笑うとサイコロクッションを抱いた諏訪さんはまたしてもソファに倒れた。

呻く諏訪さんをそのままにして、ココアシガレットのひとつを手に取った。
懐かしいパッケージと匂い、真っ白なココアシガレットを一本取り、食べる。
ぽりぽりと齧れば齧るほど覚えのある味が口に広がった。
「あ、でも美味しい」
まずいものではないと認識すると、手が次の一本を進めた。
「俺のだぞ、食ってんじゃ…。」
ねえよ、と言いかけ作戦室に広がる量を見て、考え直したようだ。
「食い切れないから食っていいぞ。」
「ねえねえ諏訪さん、胃が痛いならサッパリとナタデココ食べなよ」
「うるせえええ!」
「ほんと、諏訪さんはみんなに慕われてるんだね、いいことだよ」
意外と食べる手が止まらないココアシガレットの中毒性に感謝しながら、また一本食べた。
口の中が、いい感じにひんやりする。
「隊長なのに偉そうじゃないし、人に分け隔てなく接するし、みんな信頼してるんだよ、髪とか刈り上げプリンだし」
私の言葉に、諏訪さんが手を髪の中に突っ込む。
気にしてはいる諏訪さんに笑いかけ、いたずらっぽく笑った。
「いや、まだ大丈夫」
「焦るからやめろ。」
真顔の諏訪さんが胃を押えたのを見て、ココアシガレット豆腐チャーハンの味を想像した。
温かい米の間に混ざる豆腐とひんやりしたココア味。
相当に酷いものでも食べる諏訪さんも、諏訪さんだ。
もうしばらくは見たくもないであろうココアシガレットの箱をひとつだけ持ち、笑いかける。
「ま、いい一日じゃない?これ食べきるの付き合ったげるから帰ろ?」
「ったくよお、どこの推理小説じゃねえんだから無理矢理ここまで貰うなんて別にいいんだよ、どんなシナリオだ。」
「シナリオでもなんでもなく、打ち合わせもしてないよ」
諏訪さんの、やる気のなさそうな顔。
「みーんな、諏訪さんを慕ってる、それだけなんだって」
呻き、サイコロクッションを抱きしめ、なんでもなさそうに呻く。
「そう言ってくれんの、なまえだけだよ。」
「そうなの?」
「あーあー、なまえみてーなのがチャーハン作ってくれりゃあなあ。」
呆れたようにソファから立ち上がり、小さな冷蔵庫を開けて水のペットボトルを取り出す。
水を飲んでしかめっ面をしてから頭を押さえ呻く諏訪さんを見つめた。
正直、かっこわるい。
見た目はちゃらいし口は悪いし、たまに情けないし、服装は迷彩とかだし、でも頼れる。
かっこわるいはずなのに、そのはずなのに。
私がここに来た理由を打ち明けるためソファから立ち上がり、コートのポケットに手を入れる。
水をもう一口飲んだ諏訪さんに、ラッピングされた赤い箱を差し出した。
「あ?」
「あげる」
赤いリボンで飾られた赤い包装紙の箱がなんであるか、諏訪さんも分かっている。
ただ、それを渡すのが私だったのは予想外のようで、水のペットボトルを持ったまま立ち尽くして私を見つめた。
目つきの悪い諏訪さんに、じーっと見つめられると変な気分になる。
「バレンタインでしょ、あげる」
そう言っても真顔の諏訪さんが怖くなって、手首をすこし下げた。
「もういっぱい貰ったから、いらないか」
ぽつりとそう言うと、水のペットボトルを冷蔵庫の上に置いた諏訪さんが偉そうにポケットに両手を突っ込んだ。
「なんだよ、寄越せよ。」
突っかかりそうな態度の諏訪さんは、両手を見せない。
私の顔をじーっと見て、何かを確認している。
なんにもついてない私の顔を見るものだから、箱をコートのポケットに戻そうとすると、赤い顔をした諏訪さんが消えそうな声で呟く。
「…ください。」
風間さんのエロ本を見たときとは比べ物にならないくらいの赤面をした諏訪さんに、箱を渡した。
箱を受け取った諏訪さんが、リボンを眺める。
それを持ったままソファに戻り、サイコロクッションを肘掛けにして箱をまた眺めた。
思うことがあるのか、何も言わない。
「諏訪さん、あの」
「おう。」
「ホワイトデーが嫌だったらいいんで、あげます」
「嫌じゃない。」
何も言わず頷いた諏訪さんを見た私が妙に恥ずかしくなって、俯いてしまった。
小奇麗な床に、自分の視線が落ちる。
べりべりと包装紙を破る音がするたびに、鼓動がうるさくなった。
こんなの、わかってるのに。
受け取ってもらえたのなら、包装紙を破く音くらい聞こえるのに。
どういうわけか渡したときよりも緊張した私の体は過敏になって、足先が冷えた。
暖かいはずの作戦室は、声のしない密室。
沈黙を破るのは諏訪さんか、私か。
私がここで諏訪さんに思いを伝えるべく、チョコレートを口に押し込み大好きと言えば、諏訪さんはまた笑うだろう。
そんなことをしたら、まっすぐな好意は伝わらない。
だから私は俯くだけ。
沈黙はいつ破られる。
包装紙がソファに置かれ、チョコレートが諏訪さんの目の前に現れた。
そこそこのブランドのチョコレートに、「いつもありがとう 諏訪さん大好き」とメッセージカードを添えておいた。
見たであろう諏訪さんが、また消えそうな声を出す。
「嬉しい。」
待ち焦がれていた声で沈黙は破られ、箱が開く音がする。
ようやく顔をあげて、チョコレートを弄る諏訪さんを見た。
恥ずかしそうな顔をした諏訪さんが箱をあけて、メッセージカードを胸元に仕舞い込み、チョコレートを眺めている。
「今日初めてまともなもん食べる予感がする。」
ココアシガレット豆腐チャーハンなんて恐ろしいものを食べた諏訪さんには、そこそこのブランドのチョコレートも最高級品に感じるのだろう。
ひとつ食べて、またひとつ。
どんどん食べられていくチョコレートを見ているうちに、私の心は緩やかに溶けた。
軽い足取りでソファに戻り、諏訪さんの隣に座る。
赤面し、無言でチョコレートを食べる諏訪さんにかける言葉が見つからず黙り込んでしまう。
ねえねえ、だいすきなの、諏訪さん、ねえ、私と付き合って。
そう言えばいいのに。
チョコレートに詰まった思いが惚れ薬にでもなればいいのに。
都合のいいことばかり考える私に、ばーか!って言ってほしい。
「うまい。」
「うん」
「来年も、くれよ。」
「わかった」
「あと今度まともな味のチャーハンが食いたい。」
「うん」
私の知っている諏訪さんにも、こんな一面がある。
ガラが悪そうだけど、かっこ悪くは見えない。
そう知って、嬉しかった。








2016.02.07






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