チョコレートは口実に




13巻のプロフィールの好きなもの一覧ネタと少し早いけどバレンタイン





こたつの上と、その近くに散らかしてある漫画や雑誌諸々を見る。
買い物が好きな仁礼さんが買ってきた本が、そこらじゅうにあるオペレータースペースは、実は居心地がいい。
コテもあるし、みかんもあるし、座布団もあるし手頃な鏡もあるしメイクの小道具なんかも揃っている。
ここに来てもいいと許されたら、時間を見つけて来るしかないくらいには、リラックス空間として完成されていた。
読まれた雑誌は積まれていて、読みたがっている他の隊員やオペレーターに譲られるのだろう。
冬メイク、あったかコーデ、保湿しながらダイエットと売り文句が書き連ねられた真新しい雑誌を取って、開く。
開いてすぐにバレンタインもてコーデの特集を見つけて、なんとなく眺めた。
可愛い服もおしゃれな鞄も、ふんわりした頬のメイクの仕方まで載っていたのを見たあと、カレンダーを見た。
二月といえば、あのイベント。
こたつに寝転がる仁礼さんが奇跡的にカレンダーをめくっていて、二月の日付が見れた。
好きな人にチョコレートを渡せる日でもあり、お店には甘いものがびっしりと並ぶイベント、それがバレンタイン。
企業が色々なチョコレートを出してくれるおかげで、お菓子が好きなら好きな人がいなくたって楽しい。
友達で交換するのも、義理であげるのも、全部お遊び感覚で楽しかった。
でも、今は違う。
ふっと浮かぶ影浦さんの顔のおかげで熱くなりそうな頬を押さえ、雑誌をめくる。
もてメイク、もてコーデ、もてなんやらかんやら服装や身だしなみのことが書いてある雑誌を読んでも、浮かぶのは影浦さんのことばかり。
どうすれば気が紛れるのか。
考えても意味はない、考えたところで影浦さんの顔が浮かぶ。
こたつで転がる仁礼さんの横にある漫画コンテンツ向け情報誌の裏表紙が目に入り、筋肉バキバキの男性たちがアウトローな感じでいる絵を見た。
横目で見て、なんの漫画なのかすぐに分かった。
絵自体は、影浦さんが読んでいるから知っている。
裏表紙のそれは季節に合わせたのか、刺青の入った怖そうな男性がハート型のチョコレートを食べている絵がメインだった。
なんだこれはと思いかけ、バレンタインの時期だからだと気づく。
漫画が好きらしく、影浦さんが寝転んで陣取っているソファの近くにある漫画のタイトルくらいは把握していた。
「仁礼さん、裏表紙のそれ」
「お?ああ、爆裂ゴスペルオールナイトだな。」
漫画コンテンツ向け情報誌を手に取り、仁礼さんがぺらぺらとめくる。
どこもかしこも漫画なその雑誌を楽しそうに読む仁礼さんの横で、お目当てを引き出すべく聞く。
「影浦さんって、爆裂ゴスペルオールナイトって漫画好きなんですか?」
「あーあいつよくそれ読んでるし、好きなんじゃね?」
こたつから出ようとしもしない仁礼さんが、憶測でおーおー言う。
読んだことはないけれど、どんな漫画なんだろう。
怖い男性がお菓子を食べる漫画には見えないし、あの影浦さんだ。
血と血しぶきと血と血肉が飛び散るハードなものに違いない。
偏見にまみれた私の脳内を遮るように、仁礼さんが呟く。
「カゲなー、馬鹿一代ファッカー野郎とか極道ホーリーシットも読んでたけど、たしかにゴスナイは読む。」
爆裂ゴスペルオールナイトの略がゴスナイということを知り、無駄な知識を得たような気がした。
今からこのこたつを抜け出して影浦さんの領域と化したソファまで漫画を確認してもいいけれど、こたつが暖かいので動きたくない。
思い出して納得したような顔をしてから、仁礼さんが漫画コンテンツ向け情報誌を閉じてひっくり返してから裏表紙を見た。
面白そうな顔をしてから、なあなあと私に雑誌を差し出す。
ようやく起き上がった仁礼さんの傍に寄り、裏表紙を近くで見る。
間近で見ると、ずらりと並んだ強面で傷だらけの男性が、ピストルの代わりに各自チョコレートを持っている絵だった。
話題の漫画が製菓会社とコラボしたようで、ネタに特化したような感じの絵がどーんと掲載されている。
通常版、特別版、特別限定版の三種類の値段と詳しい内容が下のほうに書かれていて、まじまじと見た。
チョコレートの種類も豊富で、ミルクチョコレートからクリーム入りチョコレートまで選べる仕組み。
ただし、テーマは血だの金だの物騒なものだった。
以外にも手が出せそうな値段で、目玉である特別限定版の欄を見る。
そして、読んで、ハッとした。
裏表紙に目を剥く私に気づかない仁礼さんが、明るくぬははと笑う。
「コラボ商品の絵って、毎回ギャグきいてんだよなー。」
面白そうにした仁礼さんが漫画コンテンツ向け情報誌をこたつの上に置いたまま寝転がり、次の雑誌に手を出した。
本屋でよく見かけるファッション誌を開いて、真剣に読み始める仁礼さんの横でコラボ商品の宣伝を見る。
もうすぐバレンタイン。
渡す相手は、影浦さん。
ただのチョコレートじゃ、気に入ってすらもらえない。
初めて本気で挑むバレンタインに向けて、裏表紙を必死で見た。




当日にもなると、女の子は友達同士できゃいきゃい騒いでチョコレートを交換している。
友達同士でのチョコレートやクッキーの交換で、楽しい一日。
甘いものが大好きな人にはたまらない一日を喜ぶ空気で、女の子の周りはいっぱいだった。
男の子はというと、何故か皆しんみりとした空気でラウンジから動かない。
ユズルくんを探すと、千佳ちゃんと出穂ちゃんからチョコレートを貰い、恥ずかしがりながらも受け取っていた。
楽しい一日を送るために、女の子は動く。
動向をどんな気持ちで男の子は見守るのか、まったくわからない。
幼馴染であるユズルくんにも後でチョコレートをあげるから、そのときに聞いてみよう。
影浦隊のもとへ行くまでに、廊下で何かの箱を抱えながら叫んでいる諏訪さんと泣いている三輪くんを怒鳴る二宮さんとすれ違った。
何があったか知らないし、今は気にしていられない。
今日の私がこのあと叫ぶのか、泣くのか、怒鳴るのか。
そんなの、私しか決められない。
影浦隊の前に到着し、今までにないくらい緊張して作戦室に踏み入れる。
案の定、影浦さんがソファ前に置かれたパソコンで何かを見ていた。
海外のドラマか、と思えばボクシングの中継らしく、歓声とナレーターの声が小さな音となって耳に触る。
私のわくわくした気持ちに気づいたのか、頭をバリバリ掻きながら振り向いてくれた。
「ああ?」
ぱっと見、悪そうな顔。
でも本当に悪い人じゃないと知っているからこそ、私は影浦さんが大好き。
男の子は嫌でも今日が何の日か知っているから、いつもの怒号と威嚇に近い声は聞こえない。
にこにこしながら近寄ると、影浦さんが私を凝視した。
どきどきする心臓が爆発して、体中の穴という穴から出そう。
押さえ込んだような気持ちを手に託して、チョコレートの箱が入った袋を渡す。
「どうぞ!」
今日はバレンタイン。
予想のつく中身を察した影浦さんがなんて言うか、大体の予想はつく。
その予想より先が、勝負だった。
袋を見た影浦さんが唾でも吐きかけそうな顔をしながら、ケッと溜息をついて目を逸らす。
「いらねーよ、そんなもん。チョコレートだろ?好きじゃねえ。」
ここまでは、十分予想している。
これを言わないのは、影浦さんではない。
計画通りに進む今のところを受け入れて、踏み出した。
「貰ってください」
真剣な気持ちが刺さっているのか、嫌そうな顔はしていない。
でも、受け取りがたいのだろう。
鼻を鳴らして、笑いもせず袋と私を交互に見る。
大好きな目つきの悪い鋭い目が伏せがちになってから、呆れたように言い捨てられた。
「毒が入ってねえのは分かるけど、いらねえ。イベントとか好きじゃねえし、大体なまえはいつも甘いもん持ってくるじゃねえか、いらねえよ。」
まっすぐな気持ちは刺さって伝わったのか、悪いチョコレートではないことは分かってもらえた。
感情受信体質と、私の気持ちの揺すりあい。
今日だけは確実に影浦さんに気持ちを受け取ってもらうため、爆発しそうな心臓を抑える。
耳の裏からどくどくと血の気の音がした。
これを貰ってほしい、そして、喜んでほしい。
影浦さんは吼えず、袋と私をチラチラと見る。
まっすぐな気持ちだけじゃない何かも同時に刺さっているようで、本気で突き放そうとはしない。
これは、チャンスだ。
あまりにも緊張しすぎて冷えてきた全身を鳴らすために、影浦さんが反応しそうなことを少ない語彙で選ぶ。
「影浦さんのために、お、おっ、面白いチョコレートを買いました!」
違ったらどうするんだ。
そんな色を浮かべて、うさんくさそうな目をした影浦さんがギザギザの歯を見せる。
「どんだけ面白えんだ。」
つまんなかったらブチ殺すぞとでも言いそうな顔の影浦さんが、このチョコレートでどんな顔をするのか。
それを考えると、やっぱりどきどきした。
「影浦さんが喜ぶ面白さです!」
笑って差し出すと、折れた影浦さんが手をちょいちょいと動かして寄越すように合図する。
ボサボサの前髪が目にかかって、目元が暗い。
「ったく、オラ、寄越せ。」
目にかかった前髪なんて気にならないくらい鋭い視線が、チョコレートの箱が入った袋を目掛けて刺さる。
袋を渡し、影浦さんが私を見た。
「なまえ、何がどう面白えんだ、オイ。」
「開けてみてください」
真顔になってから、袋からゆっくりとチョコレートを取り出す。
爆裂ゴスペルオールナイトの包装紙を見た瞬間、影浦さんの手がぴたりと止まる。
表情に変化はない。
ただ、真顔。
私がこれを選ぶとは思っていなかったようで、まだ手が止まっている。
数秒の間見つめてからチョコレートの箱を裏返し、包装紙の裏にあるシールの特別限定版の文字を確認した。
途端に影浦さんの手つきが緩やかになり、眺めてから珍しそうにする。
「コラボ商品か、へー。」
「面白いですよね、こういうの」
「いい感じに笑えんじゃねえか。」
包装紙のシールのメーカーまで確認したようで、どういう品なのか分かったようだ。
細くて骨っぽい指が、丁寧に包装紙を剥がす。
指先で丁寧にテープを剥がし、ぺりぺりと鈍く剥がれていく包装紙が破れることはなく、それはそれは大切に剥がされた。
包装紙が取れて、箱が露になる。
バレンタイン限定商品ビターチョコレート爆裂ゴスペルオールナイト特別限定版、と書かれた箱を見て、影浦さんの手が素早く箱を裏返す。
特別限定版なのだ、チョコレートと同時に何かがついてくる。
チョコレートと同梱された爆裂ゴスペルオールナイトの外伝冊子に気づき、影浦さんがギザギザの歯が見えるくらいニヤッと笑った。
悪人面が満面の笑みを浮かべている。
安心した私の肩から力が抜けて、冷えるくらい緊張していた手足が緩んだ。
「オイ、特典に外伝なんて知らねえぞ、どこ情報だ。」
「雑誌の裏に書いてありました」
「マジかよ、全然知らなかった、おいおいマジかよ。」
「マジです」
「逃したら読めねえままってことだったのか?うっわー危ねえ、クソ商法しやがって。」
嬉しいのか予想外だったのか、マジかよしか言わない影浦さんがチョコレートの箱を薄く包むビニールを剥がし、外伝とチョコレートを分離させる。
外伝を抱えたまま、お腹の上にチョコレートを置きソファに寝転がった。
外伝をパラパラと開き、目次の次のページから読み始めた影浦さんは、笑っていた。
じゃあこれいらねえわとチョコレートを返す気配はなく、心臓が落ち着いてから全身が熱くなる。
笑顔の影浦さん。
チョコレートには手をつけてないけれど、喜んでもらえたようだ。
めろめろになりながら、ソファに陣取る影浦さんにそっと近づき間近で影浦さんの顔を見る。
包装されたチョコレートの袋を開ける私に目をやった影浦さんが、眉を上げて笑う。
「なまえ、ありがとよ。」
嬉しさと恥ずかしさと、その間にある恋心がぐらっと揺れる。
気づかれないようにチョコレートの包装を開けると、ハート型をしたいくつものチョコレートが箱に並んでいた。
まるで、私の気持ちみたい。
誌的なことを考えている暇はない、目の前には影浦さん。
外伝に釘付けになっている無邪気な目をした影浦さんを見れたことが嬉しくて、チョコレートをひとつ掴み影浦さんの口に近づけた。
ひょい、ぱく。
という具合に食べられ、私の指は僅かに影浦さんの唇に触れた。
漫画を読みながら、口に近づけられたチョコレートはしっかり食べる。
乾いてるけど荒れてない唇。
漫画に釘付けなものの、チョコレートは食べてもらえた。
嬉しそうに漫画を読む影浦さんの口元にチョコレートを持っていくと、どんどん食べてくれた。
なんとなく動物への餌やりを思い出して、心が詰まる。
それから、チョコレートを食べてくれる影浦さんに心が温まった。
ギザギザの歯にチョコレートが挟まるなんてこともなく、綺麗に食べてくれる。
「甘いな、これ」
「チョコレートですから」
「しばーらく甘いもん食えねえな。」
先ほどまでいらないと言っていた影浦さんはどこにいったのやら、チョコレートはあげるたびに減っていく。
私の気持ちがチョコレートみたく、全部食べてもらえるといいのに。
そんなのは、私のわがまま。
影浦さんが私を簡単に認めるわけがない。
感情受信体質から、私がどう思われているかなんて、到底わからない。
それは影浦隊の人でも、全部はわからないんだろう。
前は近づくと吼えられ逃げられ頭をわしゃわしゃにされ、刺さる感情に疑惑を持たれていた。
あげるチョコレートを全部食べてもらえるくらい、心理的に許されていることに気づいて、またどきどきする。
私の感情が高ぶっていることまで刺さったのか、外伝に釘付けだった影浦さんが私を見た。
ぐわっとした顔をしてから、箱のチョコレートを素早く机に置いて外伝を抱えたままソファを飛び越えて落ちる。
どしゃっと不穏な音がしてから、影浦さんの叫びが聞こえた。
「だからやめろ!!!!やめろ!!!!」
「やです、影浦さん!」
「わかった、わかったから!ありがとうっつってんだろ!チビ!」
やめない、絶対にやめない。
ソファの向こうにいる影浦さんを伺うために、影浦さんが寝転んでいた生暖かいソファに膝をついて床を覗く。
床に転がったまま外伝を読む影浦さんが、外伝をずらしてチラッと私を見た。
影浦さん、大好き。
そんな気持ちを込めて笑うと、相変わらず外伝は読み進める影浦さんが床を転がってまた遠ざかった。







2016.02.05








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