煮えて如何にか為ればいい







13巻プロフィール欄の好きなものネタ






今日こそは、毎日それを考える。
ふたつの箱とひとつの袋を持った私は足取り軽やかに影浦隊作戦室までの道のりを間違えずに歩く。
何度歩いても考えることは同じで、自分自身の気持ちの踏み込みがつかない。
光ちゃんの元気な笑顔に頼って、もうどれくらい経ったか。
元気な笑顔を見れば、荒波のような恋心が落ち着く。
何だかんだタイミングを逃しては悔しくなっての繰り返し。
寝て起きて、それから同じように今日こそはと考える。
袋に入った漫画の感想を言うついでに、今日こそはと考えていることが実現できるようにと祈る。
ありがとな!と元気に笑う光ちゃんを見たら、今日こそは。
どきどきしながら、影浦隊作戦室を訪れる。
入り口のパネルを操作し、扉が開いた。
作戦室に入ってすぐの横の広いスペースに、光ちゃんがいる。
「光ちゃー」
いつもの調子で踏み込んで、覗いた先には、誰もいない散らかった部屋。
「ん」
無人のこたつと、散らばる漫画に飲みかけのジュース。
いつもならこたつからひょっこりと顔を出すはずの光ちゃんの気配はない。
「あれ」
呆然としてこたつ周辺を覗いても、光ちゃんがいない。
読みかけの漫画が生活感を出す部屋を覗き、やはりいないことを確認した。
驚かすために暖かいこたつに潜り込んでいるのか、とこたつの中を覗いても、いない。
まだ生暖かいこたつを感じて、目で光ちゃんを探す。
トイレに行っているのかもしれないと思い携帯を見ても、光ちゃんからの連絡はない。
これから行くというメールをして、その返事があったのに、いないとは何事か。
飲みかけのジュースを日を跨いで放置するほど雑ではないことを知っているから、今日来ているのは間違いない。
もしかして、着る毛布を着込んだまま出歩いているのかも。
不思議に思って光ちゃんのスペースから出てきて、一度去ろうかと思っていると作戦室の奥の長椅子から黒いボサボサ頭の持ち主が顔を出した。
鋭い目を向けたまま、私に声をかける。
「ヒカリならいねーぞ。」
乱暴な口調が飛んできて、影浦くんに挨拶しながら歩み寄る。
「お久しぶりです」
長椅子には、だらけた体勢の影浦くんと、それとは対照的な北添くんがいた。
頭の中で何度も見ている、優しそうな顔。
人当たりの良さそうな笑顔を見せてくれて、私の中の私が揺れる。
二人で映画を見ていたようで、テーブルの上には飲みかけのお茶のペットボトルがあった。
大きな画面にはスパイが敵のアジトに向かうべく戦車を破壊し、自前の車で走り去る映像が流れている。
瞬時に高鳴る心臓を落ち着かせるべく、猫を被るどころか縫い付けたような態度で微笑む。
「どうも」
伸ばした足が落ちそうなくらい伸びている影浦くんの横で座る北添くんにも挨拶すると、影浦くんが私を見て、不満そうに溜息をつく。
「おととい来やがれ。」
なんとも影浦くんらしい反応をしたのを見た北添くんが遮った。
優しい顔、それはだめだよと子供に諭すような口ぶり。
「カゲ、女の子にそれはないよ。」
申し訳なさそうにする北添くんにときめいていると、光ちゃんの行方を教えてくれた。
「なまえちゃんごめん、オペレーターの緊急会議で30分くらい前からヒカリちゃんいないんだよね。」
「ああ、そうなんですか」
突然消えるわけがない光ちゃんの行方を知り安堵してから、袋を手に持ったまま、箱を影浦くんと北添くんに差し出す。
「よかったら、マフィン食べません?皆でと思って多めに作ったんです」
いきなりキリッとした北添くんが、私に近寄り長椅子の空いている場所にエスコートする。
「こちらへどうぞ。」
食欲以外の気持ちが詰まった食べ物であることを察知したのか、胡散臭そうな顔をした影浦くんが伸ばしていた足を長椅子の上で組む。
映画を見ているのだから、何かあるのは調度いいかもしれない。
だらしない腰つきの影浦くんがテーブルの上を見守る中、箱のひとつを開けた。

箱を開けると、嗅ぎ慣れた匂いがした。
作って焼く時に何度も嗅いだ甘い匂いは、ようやく私以外の人に嗅がれる。
ずらりと箱の中で並ぶマフィンを見た北添くんが、嬉しそうに笑う。
「わー!いっぱいあるね!」
「沢山あるので、どうぞ」
「いただきまーす。」
丁寧に食べる前に手を合わせた北添くんの大きな手がマフィンをひとつ取って、一口食べたと思えば一気に半分なくなった。
大きな口にマフィンが消えるのを見て、性懲りもなくときめく。
「美味しい!」
「よかった」
「甘さと柔らかさが良い感じ。」
北添くんの満足そうな顔を見て、自分が食べることが一気にどうでもよくなる。
映画を見ていた影浦くんも気にはなるのか、少しだけ起き上がって箱を見た。
寝起きの犬のような体勢の影浦くんが箱と北添くんを交互に見て、映画を見ては再度箱を見る。
影浦くんの視線に気づいたのか、北添くんがマフィンをひとつ取って影浦くんに渡す。
気を利かせてくれたことに叫ぶつもりはないようで、影浦くんが渋々手を伸ばした。
「ケッ。」
呆れたような態度で、差し出されたマフィンを北添くんの手から奪う。
マフィンを受け取った影浦くんが、バリバリと食べてくれた。
態度そのものは不真面目でも、断ることはないようだ。
ギザギザの歯の中にマフィンが消えていく光景を微笑んで見ていると、睨まれてから目を伏せられた。
「んなもんばっか食ってるから太るんだろーが。」
スパイが銃を撃ちまくるシーンを見ながらマフィンを食べる影浦くんが言い捨てる。
壁と人に穴が風穴が空いてはアクションが繰り広げられる画面とマフィンは、正直なところ不釣合いだ。
コーラとポップコーンが似合いそうな映画を見ながら、伸びる影浦くん。
まずいと言われ投げられそうな雰囲気にならないか心配していると、北添くんがまたひとつ食べる。
「ゾエさんのお肉は使えるお肉だよ。」
「肉は肉だろ。」
「美味しいものを目の前にして食べないほうが健康に悪いって。」
「ばーか!肥えてろ!」
悪態をついた影浦くんの横で美味しいと言ってくれる北添くんが、とても好き。
私と影浦くんがひとつずつしか食べられないのでは、と察するものの、注意する気には到底ならない。
美味しそうに食べてくれる北添くんを見つめていると、またひとつマフィンが消える。
食べ物を美味しそうに食べてくれる北添くんに和むと、マフィンをバリバリと食べる影浦くんがテーブル横に置いていた袋に目をつけた。
「それ、なんだ。」
「光ちゃんに借りてた漫画です」
「へえ。」
それだけの反応で終えるかと思えば、影浦くんが招くように指をくいくいと動かした。
二度見して、マフィンに手を伸ばす。
頭をぶんぶんと振った影浦くんを見て、漫画が入っている袋に手を伸ばすと、頷かれた。
不真面目そうな見た目の影浦くんが、珍しく真剣な顔をしている。
光ちゃんのものなのにいいのか、と止まっていると、影浦くんが更に指をくいくいと動かし、ついには手をバタバタさせた。
恐る恐る袋を渡すと、不健康そうな手が袋の中から漫画を吟味し始めた。
借りたものは青年漫画と少女漫画。
確実に少女漫画には手を出すまいと観察していると、袋から表紙をいくつか見た影浦くんが青年漫画を袋から出した。
生身での撃ちあいや切りあいが描かれた少々バイオレンスな漫画を開いて、読み始める。
マフィンを食べながら漫画を読むという、ありきたりなだらしなさを披露する影浦くんを見る私に北添くんが話しかけてくれた。
「カゲ、漫画好きなんだよね。」
相槌を打ってから箱を見ると、マフィンがだいぶ減っていた。
大きな体には一個一個が小さすぎたと反省していると、北添くんが相変わらず美味しそうに食べてくれる。
「美味しいなー、なまえちゃんは作るの好きなの?」
柔らかい笑顔が私に向けられる。
漫画を読みマフィンを食べる感情受信体質持ちの影浦くんに、いつ気づかれることやらと冷える反面、恋心で煮えた頭は上手く回らない。
「はい、よく作ります」
「料理が好きなの?」
「元々は得意じゃないので、色々作ろうと思って」
漫画を読んだまま動かない影浦くんが、声だけで会話に参加する。
「寿司作って来いよ。」
突然の難易度高めな注文を受けて迷っていると、北添くんがフォローしてくれた。
「ゾエさん春巻きで!という冗談は置いておいて、美味しいねーこれ、もうひとついいかな?」
どんどんなくなっていくマフィンを見て、もうひとつの箱を見た。
これをひとつまるごと光ちゃんにあげてもいい。
でも、目の前には北添くん。
マフィンを作ったときの意図を思い出して、息が苦しくなる。
一体これは、何度目だ。
光ちゃんの元気な笑顔に頼って北添くんを見つめるだけの日々は、もうやめたい。
友情と恋愛感情くらい両立させないと、光ちゃんにも失礼だ。
いつまでも愛想笑いをして北添くんを眺めていて、いいわけがない。
恋心で沸き立つ頭から腐臭がして気持ちにヒビが入る前に、どうにかしなくては。
もうひとつの箱を、握り締める。
隣には北添くん、側には感情受信体質の影浦くん。
羞恥が襲うと同時に影浦くんにこちらを見られ、もうどうにでもなれと言葉を飲み込むのをやめた。

「それとそれと、光ちゃんから聞いたんですけど」
もうひとつの箱を、北添くんに渡す。
珍しそうに受け取ってくれた北添くんが、甘い匂いを嗅ぎ取る。
押し付けられた箱が一体なんなのか、もう分かってくれたようだ。
輝き始めた目を向けられて、私の胸が燃え上がる。
口から火でも吐いて消え去りたくなりながら、北添くんに微笑んだ。
「北添くんが苺が好きって聞いたので、こういうの別口に」
苺と聞いた途端に北添くんが箱を開けて、六つ並んだ苺マフィンを見つめた。
「いいの?」
キラキラした目で見られて、胸が高鳴る。
優しそうな顔、丸い目、つんと尖った上唇、まんまるな頬。
好きな食べ物には目がなさそうなところと、大きな体格と暖かい雰囲気。
とにかく、全部好き。
「はい、どうぞ」
私の声を待ってから幸せそうに開けられた大きな口が、マフィンひとつをまるごと食べる。
苺の甘い味が気に入ったのか、食べた途端に丸い頬が余計に丸くなった。
マフィンを噛むたびに目元が下がり、満足そうにしたあと、もうひとつマフィンを手に取る。
「ゾエさん至福だよ。」
そう言って、またひとつ食べてくれた。
大きな手が苺マフィンを取り、食べ、微笑んでいる。
「苺、好きなんですね、また作ります」
「ほんと!?ゾエさん苺大好きだから嬉しい!」
「作ったらまた食べてください」
「いつでもOK。」
大柄な北添くんがお菓子を片手に微笑む、見ているだけで癒される光景。
このために、私はこれを作った。
作るのが困難でも、北添くんが好きというのなら、何でも作れる。
北添くんを見るたびに燃え上がる恋心を、どうにかしたい。
そんな思いがふつふつと湧き、幸せそうに食べてくれる北添くんの口元を見た。
「美味しそうに食べますね」
「苺は美味しいものだよ、うん。」
「わかります、苺の匂いって好きです」
「だよねー、果物の甘い匂いって惹かれるよねー。」
触るともちもちしていそうな頬と柔らかそうな唇が食べるために動く。
この顔に触れて、手で揉んだ感触を想像する。
柔らかくてハリがあって、絶対に手触りが良い。
美味しそうに食べる北添くんをうっとりと見ていると、ふと、影浦くんの視線に気づいた。
見るか見ないか決める前に視線を僅かにずらすと、信じられないものでも見るかのような顔をした影浦くんが私を見つめていた。
これ以上ない真顔の影浦くんに、事態を把握する。
食べる北添くんを熱っぽく見つめる女が目の前にいること自体が、影浦くんにとって事件。
もうどうにでもなれ、そう思ったのは私だ。
完璧に気づかれたものの影浦くんが余計なことを言うこともなく、北添くんが美味しそうに苺マフィンを頬張る。
食べてくれるたびに照れる私を見た影浦くんが、か細く呟いた。
「オメー変な趣味してんな。」
なんのことか分からない北添くんが振り向いて、真顔の影浦くんを見つめる。
「苺、美味しいよ?」
「いやゾエじゃねえけど、あー、もういいや。」
放棄した影浦くんが、引き続き漫画を読み始める。
もはや誰も見ていない映画が佳境を迎え、スパイが血まみれになりながら戦う。
撃ちあいの音も聞きなれてしまい、ただの物音にしか聞こえない。
大画面で流れる映画の横で影浦くんが漫画を読み、マフィンを食べ、頭の中が挙動不審な女が北添くんを見つめる。
恋心が煮えて腐る前に、私は一人でどうにかなりそうだ。







2015.12.08








[ 178/351 ]

[*prev] [next#]



×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -