好みを知る






13巻カバー裏ネタ





遠くでユズルくんが当真さんに引きずられている。
頭を腕で掴まれ、ずるずると物のように連れられる先は特定の訓練場所。
さっきまで当真さんが練習していたところで撃つのだろう。
無駄な抵抗もしないユズルくんを心配する気も起きず、笑う当真さんを見る。
既にアイビスが置かれているのを見る限り、当真さんの気分で練習が開始されたのだろう。
腕が確かなユズルくんは、どこにいても一目置かれる。
その近くにいる当真さんは私から見ると胡散臭い見た目の年上のお兄さんとしか思えず、なんとなく近寄れなかった。
ユズルくんは何か物申しているようで、それを気さくに無視する当真さんの笑顔が眩しい。
こういうことはよくあるから、そういう時はそっと離れる。
見覚えのある顔を捜しても、見当たらない。
あそこで撃つのなら、二人に飲み物でも差し入れようか。
そう思って引きずられるユズルくんから目を離し、ラウンジを目指す。
お昼前でも何かしら売っているから、ここはいいところだ。
適当に歩いて、自動販売機を探す。
長く広い廊下で誰かにすれ違っても、皆他の事を考えていそうな顔をしている。
ランク戦のこと、個人戦のこと、練習のこと。
誰もいない自動販売機の前に立ち、飲み物を眺めた。
甘いものよりも喉越しのいい清涼飲料がいいだろうと、透明なものに目をつける。
どうせ誰かが飲むのなら、すっきりしたものにしよう。
お金を突っ込んで、自動販売機の一番上にあるスポーツドリンクのボタンを押そうとして、背伸びをした。
思い切り背伸びをしないと一番上には届かないから面倒だと思い、溜息をつきかけた。
それを分かっていたかのように誰かの腕がひょいと伸びてきて、スポーツドリンクのボタンを代わりに押してくれた。
自動販売機からスポーツドリンクがゴトンと落ちる音がしてから、振り向く。
見覚えのある帽子を被った荒船さんが、私の後ろにいた。
私より背が高い人が偶然居合わせたことに感謝しつつ荒船さんに挨拶すると、一人であることを察される。
「絵馬は一緒じゃないのか。」
「いまは当真さんと」
そこまで言うと納得したようで、荒船さんが自動販売機にお金を入れた。
もしかすると先ほどのユズルくんが引きずられる光景を見ていたのか、それ以上は詮索してこない。
「絵馬と一緒にいるところしか見たことがなかったから、何事かと思った。」
「いえいえ、なんでもないです」
「今は訓練中か?」
「暇してます、これから何かしようかと」
いつもユズルくんと一緒にいるところだけは、覚えられていたようだ。
荒船さんが自動販売機でお茶を買い、一緒にどうだと合図する。
頷くと、ラウンジ近くのベンチに座った。
長い足が曲げられたあと、お茶を開けてぐいっと飲む。
帽子を外さない荒船さんの隣に座って、スポーツドリンクを開けた。
冷たいものに触れた指が冷えたあと、ユズルくんのことを思い出す。
なんでも上手くやってしまうユズルくんは、当真さんにとても気に入られている。
幼馴染だからユズルくんにくっついているけど、自然と話す機会は減っていった。
でも、寂しいとは思わない。
だって、だって、今は影浦さんが好きだから。
ユズルくんに差し入れるはずだった飲み物は、私の喉を通り過ぎる。
もし当真さんにあげるのなら、何がよかったのだろう。
当真さんが何が好きなのか、知らない。
コーラが似合いそうな風貌の当真さんにもユズルくんと同じものをあげたほうがよかった、そう思いながら冷たいスポーツドリンクを飲んで、喉を潤した。
今こうして荒船さんに会っているものの、今日は影浦さんを見ていない。
見かけたら駆け寄って、また怒鳴られよう。
そうだ、そうしよう。
荒船さんと話し終わったら、二人分のスポーツドリンクを買って影浦さんを探そう、そう思った時。
「おチビ、腹減ってないか。」
お茶を片手に、荒船さんが私に向かって言う。
「なまえです」
そこだけ訂正して、荒船さんを伺った。
「お腹空いてるんですか?」
「来る前に思い切り走って村上と穂刈を撒いて来たから、すこし減っている。」
何故撒いたのか、わからない。
駆ける荒船さんを追いかける村上さんと穂刈さんを想像して、面白くなった。
体格のいい穂刈さんが思い切り走って追いかけてくるのを想像すると少し怖いけど、なんとなくわかる。
ふざけているところは見たことがないけれど、同い年が集まれば雰囲気も緩くなってしまうのかも。
おチビと呼ばれ、やはり名前までは覚えられていなかったことを確認して、もう一口スポーツドリンクを飲んだ。
これだけで空腹を満たすことはできない。
荒船さんの誘いは受け取ることにして、ラウンジに踏み込むか。
じゃあなにか食べましょうか、と言う前に荒船さんがにやりと笑う。
「なまえ、お好み焼きは好きか。」
荒船さんの口元が動いて、何が考えている笑顔のまま崩さない。
悪い気はせず、頷く。
「はい、美味しいですよね」
美味しそうなソースの匂いと、焼ける音。
あつあつのまま食べてもいいけど、青海苔をかけて冷めかけたころに頬張るのも美味しい。
肉入りも美味しいけど、海鮮も美味しい。
紅しょうがを乗せて、と美味しい食べ方を摸索するのをやめて、会話に戻る。
「たこ焼きも好きです」
「俺は冷奴とお好み焼きを合わせる派だな、あれは美味い。」
渋い食べ方だ、と思い、あつあつのお好み焼きと冷奴を想像する。
食欲を抑えきれない匂いと、焼ける音。
熱いものを食べてから冷たいものを食べ、ついでに何か飲み、また食べる。
この話題でわざわざお好み焼きと言うことは、荒船さんはお好み焼きが好きなのだろうか。
当真さんが好きな飲み物も知らないのに、何故か荒船さんの好きな食べ物を知ることになってしまった。
お茶を飲む荒船さんが、お好み焼きを食べるところを想像する。
さすがに店内では帽子を外すだろうと思い、聞いてみた。
「荒船先輩は、お好み焼きが好きなんですか?」
「ああ、好きだ。」
「私も粉物好きです、美味しいしあったかいし」
特別お腹が空いているわけではないけれど、美味しいものは美味しい。
美味しいものをお腹一杯食べたときの、満足感。
あれに勝るものはないと分かっているかのような荒船さんが、にやりとした。
「暇なら、行きつけの美味い店に行かないか。」


テーブルを触っても、べたべたしていない。
清潔な店内を見渡してから、窓の外を見る。
昼時前で人はちらほらといった具合でも、足早な人はいない。
椅子に座り、荒船さんがようやく帽子を外す。
上着を脱いでも、店内は寒くなかった。
テーブルの上にあるセルフサービスの水を二人分用意して、ひとつを荒船さんに渡す。
コップの横には各種調味料が用意されている。
時間は昼前、お好み焼き屋は満員ではなく人がちらほらと見える程度だ。
夜になれば満員になるのは、なんとなく伺えた。
店内の音楽は、一昔前のもの。
ドラマの中で見る居酒屋で流れていそうな音楽の中、カウンターの奥のほうから「雅人!」という声がした。
大好きな人と同じ名前を聞いて、どきっとする。
同じ名前を聞いただけで、反応してしまう自分に驚きつつ、メニューに目を通した。
焼ける音の合間に人の声がして、水の音、皿の音、油の音、野菜を切る音がする。
人の大きな声はせず、匂いの印象が強い。
メニューの文字を追えば、いか玉、えび玉、豚玉、いかぶた野菜、きのこ、ピザ、色々ある。
「荒船さんのおすすめは」
「ここの店に関して言えば、全部だな。」
「えびが美味しそうです」
「俺はピザにトッピング入れる。」
荒船さんがカウンターに向かってすみませんと言い、店員を呼ぶ。
店内の音楽がラジオに変わり、人の声が頻繁に入れ替わった。
次のリクエストは、なんて聞こえているうちに次の曲が流れるのだろう。
えび玉にしようと思っていると、注文を聞きに来たであろう店員がテーブルの前で足を止めるのが横目に見えた。
テーブルを拭いたり水を注ぐわけでもなく、ただ立っている。
そうして「あ?」という怖い声が聞こえた。
顔をあげて、何かと思い店員を見る。
飲食店に似合わないぼさぼさの髪を三角巾に押し込んで、エプロンをつけた影浦さんが立っていた。
手には客用の皿を持っている。
いや、もしかしたら、ただの荒船さんの友達で、突然来店した荒船さんを見て驚いているのかもしれない。
ギザギザの歯に鋭い目、正直見間違えるわけがない。
「あれ」
私の反応を見て、にやりとした荒船さんが振り向き、影浦さんに挨拶する。
「よう、カゲ。」
ああ、間違いなくそうだ。
顔をこちらに向けて、またにやりとする。
一体どういうことだろう。
それは影浦さんも同じ思いのようで、荒船さんだけがにんまりとしていた。
私と荒船さんを呆然と眺める影浦さんが、私を見て、もう一度荒船さんを見て、私を見る。
「おい…なんでなまえが・・・。」
か細く震える声の影浦さんが、何度も私と荒船さんを見る。
もう何度目かという反応をした影浦さんを見た荒船さんを見て、影浦さんが荒船さんの策略に気づく。
エプロンをした影浦さんが、注文を受けるための紙をポケットに突っ込んだ。
客用の皿がテーブルに置かれ、細くて骨っぽい腕が瞬時に動いてマスクを動かし、口元を隠す。
珍しい格好をした影浦さんに、どきどきする。
それからようやく見間違いでないことを確認して、影浦さんが吼えた。
「荒船!テメエ頭沸いてんのか!!?」
「お好み焼きが好きな人間がお好み焼き屋に来て何が悪い。」
「いや、オメー、なんでなまえ連れてきてんだ!」
勢いも言葉遣いも、影浦さんそのものだ。
いつもと違う格好を見てどきどきしていると、影浦さんが頭をばりばりと掻いたあと腕を掻いた。
刺さっている、すみません。
策略の荒船さんは相変わらず人当たりの良さそうな態度をしている。
「俺の腹が減って、なまえもお腹空いてるっていうから。」
「コンビ二で適当なモン齧ってろボケ!」
骨っぽい腕が荒船さんの肩を狙って、荒船さんが笑いながらガードした。
ぼさぼさの髪を押し込んだ三角巾とエプロンを見て、ひとつの疑問が浮かぶ。
「ここでバイトしてるんですか?」
影浦さんに聞いたのに、荒船さんが待ってましたとばかりに答える。
「バイトじゃない、ここはカゲの家でもあるんだ。」
「えっ」
思わず言葉を失う。
怖くて、口が悪くて、凶暴な影浦さんがプライベートで一体なにをしているのか知らなかった。
夜な夜な出歩いては悪い仲間と悪い事をしていそうな影浦さんが、エプロンをつけている。
三角巾よりはニット帽を被っているほうが似合うはず。
反射的に荒船さんに威嚇する影浦さんが叫ぶ。
「延々もんじゃ食ってろ!!クソ船!」
奥のほうから「雅人!うるさい!」という声が聞こえた。
影浦さんのことを名前で呼ぶということは、たぶん、影浦さんの親か何かだろう。
うるさいと言われても怒鳴り返さない影浦さんを見て、きゅんとする。
それが伝わったようで、吼えられた。
「やめろ!!やめろなまえ!見るな!!何も言うな!」
「すみません」
顔を伏せてメニューを見てから、またどきどきした。
もし私が私じゃなかったら、影浦さんの普段の接客が見れたのだろうか。
家なのだから、人手が足りない時は手伝うのだろう。
怖い顔をした影浦さんがポケットに突っ込んだ紙を取り出して、ペンを持つ。
「・・・注文。」
不満そうな影浦さんに、荒船さんが注文をつける。
「ピザきのこ。」
「ゾエみてーになりやがれクソ船。」
吐き捨てながらもペンを走らせる影浦さんが、私をちらりと見る。
鋭い目に、美味しいものを頼んだ。
「えび玉」
「・・・畏まりました。」
ギリギリと歯軋りが聞こえそうな顔つきをした影浦さんが荒船さんに問いかける。
「カウンターで焼きます。」
「お願いします。」
メニューの紙を握り締めた影浦さんが、テーブルの鉄板の温度を弄るスイッチを押したあと、何事もなかったかのように去った。
紙をカウンターに置いて、足早に奥に引っ込んだ影浦さんが壁か何かを叩いたようで、ガゴンと派手な音がする。
それからまた「うるせーぞ!雅人!」という声がした。
すこし野太かったので、お父さんかお兄さんの声かもしれない。
荒船さんを見ると、やっぱりにやにやしていた。
「意外と真面目なんだよ、カゲ。」
「そうですね」
カウンターから焼ける音が聞こえて、作り始められた匂いがする。
美味しそうな匂いがしてから、影浦さんを思い出す。
「たまにいない日とかは、影浦さんは家の手伝いしてるんですか」
「そうだな、そういう日を狙って皆で行ったりとかしてる。」
荒船さん率いる村上さんと穂刈さんと当真さんが、お好み焼き屋を訪れ影浦さんが吼える光景が浮かんだ。
どうして荒船さんは、今日このタイミングで私を誘ったのだろう。
暇そうにしていたから、なんだろうけれど、ふと思い出す。
影浦さんのことが大好きだということは、村上さんに僅かにバレていた気がした。
村上さんが「カゲのあんな反応は初めて見る」と珍しそうに言った、あの時。
もしかして、あの時のことが荒船さんにも伝えられているのではないか。
鉄板が暖まり、顔がほんのり温かくなる。
あまり考えないようにしよう、ここはお好み焼き屋。
お好み焼き以外のことを考えるのは失礼だ。
「けっこう前から知ってたんですか?」
「まあな、俺自身お好み焼きが好きだから。」
納得のいく理由を述べる荒船さんを見て、水を飲む。
冷たい水のおかげで、顔が冷めそうだ。
焼ける音の先にあるものが待ち遠しくて、何度もカウンターを見る。
ひょこっと顔を出した影浦さんが中指を立ててくれないかと思ったけど、今のところ姿は見えない。
「なまえ、何か追加するのか?」
カウンターばかり見る私に気を効かせた荒船さんに、いいえと言う。
「ここが影浦さんの家って、面白いなって」
「通の間では、ここの店は評判良いし、カゲ抜きにしても良い店だ。」
清潔な店内と美味しそうな匂いから、荒船さんの知るお好み焼き事情通の情報は正しいと信じたい。
焼いているのは影浦さんより年上の男の人で、どうにも影浦さんの姿は見えない。
時期を見れば、焼きに徹する影浦さんが見れるのだろうか。
もし見れるのなら、荒船さんに聞いてみよう。
やがて、美味しい匂いが近づく。
歯を食いしばったような顔をした影浦さんが、いつか殺すと叫びださないか不安だ。
そんなことはなく、丁寧にお好み焼きをふたつテーブル上に差し出す。
「お待たせ致しました、ピザきのことえび玉です。」
軋んで爆発しそうな声の影浦さんが、カウンターからお好み焼きをふたつ持ってきた。
額に青筋が浮かんでいてもおかしくないような顔と、真面目な手つき。
それにまたどきどきして、ほんのりする気持ちを向ける。
三角巾の端からぼさぼさの髪の毛先が見えて、影浦さんだ、と思う。
鉄板を小さくしたような、ヘラにしては大きなものでテーブルの鉄板に乗せて焼く。
ふたつを置いた影浦さんは引っ込んでしまい、背中を見つめた。
じゅう、と焼ける音がして、食欲が沸く。
焼ける音と匂いに消されて気づかないうちに、店内の音楽が酔ったような女性の声で柔らかく歌う歌になっている。
細い体に巻きついたエプロン姿の影浦さんが頭から離れず、必死にえび玉を見つめる。
ソースの上に均等にかかったマヨネーズと、端から見える美味しそうな黄色い生地。
客用のヘラを持った荒船さんが、私を伺う。
「切るぞ。」
「ありがとうございます」
荒船さんが慣れた手つきで、自分と私の分も切り分けた。
ふたつのお好み焼きは、数十秒のうちにそれぞれ四等分され、ソースが鉄板に一滴だけ落ちる。
「慣れてますね」
「それなりに食べているからな。」
一切れだけ皿に取って、荒船さんが切り分けてくれたえび玉を、一口食べる。
ソースとマヨネーズの味のあと、えびと柔らかい生地の味が口いっぱいに広がった。
えびの味とソースの味が、噛むたびに交じり合う。
とても美味しい、と思うと影浦さんがまたこちらに来た。
骨っぽい手が、小さい皿をふたつ持っている。
「こちらサービスになります。」
叫び続けたような声の影浦さんが、ピザ玉を食べる荒船さんと私に冷奴を出した。
にやりとする荒船さんを見て、どういう事情なのか察する。
マスクで口元を隠した影浦さんがこちらを見たので、嬉しくなった。
「美味しいです、影浦さん」
素直にそう言うと、こくんと頷いた影浦さんが伝票を置いた。
「なまえ、残したら投げ飛ばすからな。」
私と荒船さんに言い残し、何事もなかったかのように去る。
奥に引っ込んだ影浦さんの背中を見ながら、えび玉を食べた。
今度は一人で、ここに来よう。









2015.12.06










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