せめて貴方の安らぎの最善でありたいと願う。





赤い顔した来馬さんが、私と迅さんに向かってへらへら笑いながらありがとうございましたと連呼する。
ここは来馬さんの大きな家の門の前に居るのだが、どうにも心配だ。
いつも爽やかな来馬さんが太一くんのドジを被り運悪く酔ってしまったせいで、立っているのに目の焦点が合っていないし、手もふらふらしている。
「来馬さん、本当に大丈夫?」
大丈夫ですと頷く来馬さんの目の前で手を振ってみるけど、焦点が合うことはない。
「ここ家なんで、はい。」
「門から建物まで50メートルくらいあるけど」
夜空の下に広がる大きな家のどこかが、来馬さんの部屋だ。
出来ればそこまで送り届けたいが、本人が大丈夫と言うのだから無理に世話を焼く必要もない。
それに、本当に危ない状況なら、横に居る迅さんが何か言うはず。
へらへらと笑い、赤い顔をした来馬さんが心配だ。
門の向こうには庭園があり、このまま歩かせたら朝には薔薇の花壇に半分埋まった来馬さんが見つかりかねない。
「平気です、大丈夫です。」
何度もそう言う来馬さんが、門の横にあるインターホンを弄って素早くコードを入力し、門を開ける。
自動で開く大きな門に目を奪われていると、来馬さんがふらふらとした足取りで歩み始めた。
「ほんとに?ねえ、顔赤いよ?」
心配のあまり引き止めると、焦点の合っていない目で精一杯お礼を言われた。
「いやいや、迅さん、なまえさん、ありがとうございます。」
立派な門を潜り、大きな家に向かって歩いていく。
10メートルほど歩いた頃に門が自動で閉じていき、別れを告げる。
倒れないか心配だけど、それだけないと信じたい。
来馬さんの姿が見えなくなったところで、迅さんに笑って食い下がる。
「太一くんがドジやって水とウォッカを間違えて持ってきた挙句、来馬さんが一気飲みする未来が見えてたんなら言ってよ!」
はははと笑い、なんでもない未来が見えているからこその余裕をかます。
暗がりで光が滲むサングラスを外してやると、淡い光を宿した目が私を見る。
「面白いから言ってなかった。」
「能天気すぎない?」
「太一に関して言えば、あいつは人を殺すヘマだけはしないよ。」
「そうだろうけどさ、見てるほうはヒヤッとする」
「俺はヒヤッとしない。」
「自分を基準にするのはやめて」
歩き出す迅さんのあとを歩けば、街頭に照らされる。
来馬さんの大きな家があるあたりは高級住宅街で、その中でも一番大きい家と庭を持つのが来馬さんの家だ。
気取らない来馬さんは、合同クリスマス会にも参加してくれる気さくな人。
本部も、鈴鳴も、玉狛も、偉い人も、クリスマスくらい大騒ぎしようと意見が合った人のみ参加してくれたから、楽しい時間ではあった。
「まあいいでしょ、もうすぐ二十歳なんだし。」
フットワークの軽い迅さんがそう言うのだから、そうなのだろう。
来たことがあるのか、迷いもせず来た道を歩く迅さんに聞いてみる。
「いやほんと、クリスマスの分岐どれくらいあった?」
面白半分、真剣半分、残りは野次馬気分。
うーんと考えたあと迅さんの指が折り数えられて、ぽそりと呟く。
「40通りくらい。」
「うわあ」
一体どれだけの最高のパーティーと最悪のパーティーが見えていたのか。
迅さんのみぞ知る今日という日は、期待と不安に満ちた面白い一日だっただろう。
「一番いいのは?」
最善を伺えば、にこにこ笑う。
「全員がそれぞれの用事を優先した未来、かな。」
各自家族と過ごし、クリスマス会なんてなかった、ということにすればいい。
そんな現実を受けて、興味本位で聞いてみる。
「一番最悪なのは?」
「うーん・・・個人的に一番キたのは秀次のせいで城戸さんがブチ切れて号泣して、レイジさんが川に落ちて、二宮隊と唐沢さんが同じトイレで嘔吐してる未来。」
聞いただけでも、ぞっとした。
三輪くんが踏み抜いた城戸さんの心の傷がクリスマスの夜風に冷やされ、城戸さんが涙を流し、三輪くんを語彙の限り罵倒する。
罵倒された三輪くんは、ショックで寝込むか、その場で泣くか怒るか。
まったく予想がつかないものの、筋肉ダルマのような肉体でも重力には抗えず真冬の川に落下するレイジさんは想像できた。
何の因果か、酒に飲まれスーツのまま同じトイレで嘔吐する二宮隊と唐沢さん。
同じトイレで、洗面とトイレを行き来するスーツの男達は想像しただけでキツい。
「あーあー、胸が痛むね・・・」
先ほどまでいたクリスマス会の一部始終を思い出し、面子を頭に浮かべる。
城戸さんは、確かいなかったはずだ。
何かが違えば、城戸さんもあの場にいたということを教えてもらい、感慨深くなった。
だからといって、号泣する城戸さんは見たくない。
嘔吐する男達も見たくないし、川に落ちる濡れレイジさんも知らなくていいものだ。
普段は仏頂面のまま椅子から動かない城戸さんは、とてもじゃないけど泣くところも笑うところも想像できない。
笑ったりしようものなら傷に皺が寄りそうな顔を思い出して、迅さんに尋ねる。
「城戸さんが笑ってるとこ見たことある?」
「爆笑してるところは見たことないけど、愛想笑いなら何度か見たよ。」
S級である以上、ボーダーの偉い人と関わる機会が多いのだから、珍しいものを見る機会も多いだろう。
城戸さんの愛想笑いなんて、想像できない。
歩道の向こうから、私と迅さんを照らすようなライトがふたつ見える。
高級住宅街にはある意味で相応しい黒塗りの車が、なかなかの速度違反をしていた。
警察に見つかれば怒られること間違いなしだが、どういうわけか赤いライトの点滅は見えない。
上手くやっている車の持ち主が泣きっ面にならないように祈りたいけれど、今日はクリスマス。
生憎関係のない他人に優しくしていては、楽しめない。
通り過ぎた黒塗りの車から、クラブでかかっているような重低音がする。
横を通り過ぎた瞬間に私の鼓膜に襲いかかり、眩暈がしそうだ。
「いくらなんでも阻止する、って未来は今日あった?」
眩暈を掻き消すために迅さんに話しかけると、耳を塞ぎながら歩く素直な迅さんが音程の取れてなさそうな声で答える。
「プライバシーのために誰かは伏せるけど、鼻からイケナイ白い粉を吸引して悪い方向に完全に傾く未来と、クラブで飛んでたら天井落ちてきて頭蓋骨にヒビが入る未来。」
「ひどい現実もあるもんだね」
「今んとこ現実にはなってないから、安心してよ。」
耐性の無い人が聞けば卒倒しそうな現実を述べる迅さんは、散歩でもするような足取りだ。
車から聞こえる重低音は遠ざかり、夜空に似合う静寂がまたやってくる。
息を吐いても白くならないから、きっと肺が冷たい。
クリスマスでも、世界は変わらず日が昇り暗くなり、また日が昇る。
冷たい肺を温めて、吐く息くらい白くしたくて喋り続けた。
「今は、どれくらい?」
「上から五番目の良い未来にいる。」
「いいかんじ?」
「まあまあってところだね、俺は嫌じゃない。」
「来馬さん大丈夫かな」
「平気でしょー、ウォッカじゃ死なないよ。」
「急性になったら死ぬよ」
「そういう未来はなかった。」
「さいですか・・・」
「楽しかったから、いーじゃんいーじゃん!な?クリスマスだし!」
「そうだ、私の席は緩く騒いでたんだけどね」
「うん。」
「他の席どんな感じだった?」
「ひたすら飲んで騒いでて、北添と穂刈が食べるものを殆ど食べてたなー、あ、俺なんも食ってないや。」
「クリスマスだし、美味しいものでも食べよっか」
私の提案に、迅さんが笑う。
「いいね。」
歩く音しか聞こえない、静かな住宅街。
ここを抜ければ、警戒区域の真横にある団地に差し掛かる。
団地の雰囲気が悪くて好きじゃないのを察してくれたのか、それとも何か見えたのか、迅さんが違う方向に向かって歩き出す。
道路を挟んで右へ歩き、別の歩道を歩く。
レンガのような色をした地面を歩いていく迅さんの横顔は、いつもと変わらない。
このまま歩いていけば、繁華街近くの住宅街へ出る。
危なくは無いけど、玉狛からも本部からも遠い。
「迅さんも面白いよね、未来が見えて」
地面に影を作り歩く、私と迅さん。
兼ねてより気になっていたことを聞こうとすると、迅さんは分かっていたような顔をしてこちらを見た。
「常に最善に進むことって出来る?」
予想通りの台詞を聞いたであろう迅さんが、張り付いた笑顔を無理矢理動かしたような口元で喋る。
「出来る、と言いたいところだけど無理。」
「やっぱ迅さんでも、人間が分からないことは見えないの?」
「だなー、人知を超えたものは見えたことない。」
レンガ色の地面が一層明るくなった街頭の下を通り過ぎて、またひとつ光の群れに近づく。
あの光は、繁華街。
そのうち街独特の埃の匂いがしてくるはずだ。
匂いがする道を通るのかどうか、迅さんが決める。
私が決めてもいいけど、夜に女が一人で道を決めていれば絶対に痛い目を見る、そんな気がしていた。
私の質問に歩きながら答える迅さんの顔が見たくて、真横を歩く。
「なまえが思うとおり、人間が一人だけで決められるものって少ないんだ。一人いたら、必ず誰かと関わるだろ、そうすると一瞬で蜘蛛の巣みたいに運命が繋がる。
蜘蛛の巣から運命が這っていくから、悪い運命が来たら切ればいいけど、ナイフを手に取って切ったとしてナイフにも蜘蛛の糸が繋がっているから切っている瞬間にまた運命は見えないところで繋がっていく、だから無理。」
じゃあ、一人で決められることって何。
聞こうとした子供のような質問をやめて、大人のふりをする。
「人間って環境だものね」
「自分だけでどうにかなること、って実際はないでしょ。」
昨日のバラエティが面白かったと言うように、そう言う迅さんの顔色に変化はない。
人知を超えたものは見えたことない、じゃあ、今の迅さんに何が見えているのか。
それがいつもと変わらない毎日なら何も言わない。
及ぶところに手を出しては、最善に導こうとする力を宿した体は、ひょいひょい歩く。
「どこに行っても周りが良い運命も自分だけが良い運命も、何もかも周りが悪い運命も、自分だけが悪い運命もあるよ。」
「そんなもんよね」
レンガ色は消えて、灰色が見えてきた。
古いビルを通り過ぎて、寂れたスナックとクリーニング屋が同居したビルを通り過ぎる。
足音が建物に反響して夜の中に響く。
「私のことも見える?」
「見えるよ。」
「どう?」
「特に言う事がないってわけじゃないけど、いいんじゃない?」
にんまりした顔で自信たっぷりに言う迅さんを見て、安心する。
掴めない雰囲気を、安心と安堵で覆ってしまおうとする迅さん自身の発言は虚偽に満ちているわけでもなく、力の為せる技。
これで「もうすぐなまえは死ぬ」「なまえの未来は最悪だ」なんて言われた日には飛び降りても仕方ない。
ビルの隙間から、光が見える。
あれは多分、猫の瞳だ。
足を止めても良かったけど、歩みを止めずに目をやると野良猫と思わしきものは何も取らずに去っていった。
「迅さんが止めに来ないように生きてやるから安心して」
逃げる野良猫に声をかけるような私を見た迅さんは、まだ顔色を変えてない。
「そりゃあ聞けないね、俺はけっこう前になまえを好きになる道を歩んだから、これからもなまえの近くに現れるよ。」
暗がりで浮かぶのは、迅さんか私か、夜の光か。
気にも留めないと思えるのは、これがまた運命だからだろう。
私を好きと言った迅さんが、ポケットに突っ込んでいた手を差し出す。
歩きながら、その手を握り返した。
「私情を爆発させる気は毛頭ないけど、俺はなまえが好きだな。」
ありがとう、迅さん、私も迅さんが好きよ、と言えるほど、素直になれなかった。
手を繋いだまま歩いて、ようやく肺が温まる。
息は白く、顔が熱い。
温まった体のおかげで寒さが遠のいた気がして、迅さんに微笑む。
私がドラマの主人公なら、ここで迅さんに抱きついて愛の告白を受け入れ、キスをする。
そうはしない。
目の前にいる彼は、常に最善を選ぶのだ。
逃げたって、追ったって、何をしたって、彼の前では無駄だ。
「ね、なんか食べて帰ったら寝静まる時間まで起きてさ、迅さんも一緒に陽太郎の枕元にサンタさんしない?おもちゃ買ってあるんだよね」
内緒話を、夜空の下でする。
暗がりに差す小さな光は、街道と歓楽街から飛んでくる光だけ。
朝にはサンタさんからのプレゼントを喜ぶ陽太郎が見れると思うと、心が躍る。
「なまえのそういうとこ、俺すっげえ好き。」
いつ迅さんが私情を爆発させるのか気にしながら、手が温まるのを感じた。
「私も、迅さんが好きだよ」







2015.11.13







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