頭の良い彼の全ての中の一つは何であるかを知る。






運ばれてきたストロベリークリームパンケーキを見て、幸せいっぱいになった。
ここのフルーツ系パンケーキは、とても美味しい。
目の前にいる哲次くんに、嬉しさを伝える。
「ここのパンケーキ美味しいんだよね」
ナイフとフォークを手にした私に、哲次くんが目を向ける。
帽子を取った哲次くんの髪は乱れておらず、整えていることが伺えた。
「来たことがあるのか。」
「うん、今ちゃんと国近ちゃんと買物帰りに寄ったの」
「休みの日?」
「うん、私の期末は単位の試験教科が少なくて、今回暇だったの、哲次くんは?」
「昨日全教科終わった。」
「そっか、お疲れ様」
学校もボーダーも休みの日には、暇の合った子達で遊ぶ。
いつものメンバーでもあれば、珍しいメンバーで遊ぶこともある。
カラオケだったり買物だったり食べ歩きだったり、遊ぶ内容は様々。
文房具屋巡りだったり、カフェ巡りだったり、友達との時間の楽しみ方は様々。
ふざけた格好でプリクラを撮ることもあれば真剣に服を買うこともある。
遊ぶのは楽しい、大人になってもそう思える人でありたい。
哲次くんは、どうなんだろう。
派手に遊ぶ人には見えないけれど、休みの日を見つけて私を誘いに連れ出してくれる。
「その日プリ撮ったんだよ、これ」
撮った写真をざっと見てからプリクラを見つけ、画面いっぱいに表示する。
私が携帯の画面を見せると、哲次くんが軽く身を乗り出す。
首から下げたドックタグが光っている哲次くんがプリクラを見て、へえ、と声を漏らした。
「こういうスタンプを自動で作ってくれるのか。」
「うん、日付とか名前とか、基本は名前スタンプと日付だけど、日付は入れちゃうなあ」
「目が大きくなっている。」
「足が長くなる機能もあってね、しゃがんで撮ると顎が伸びるよ」
「今度俺も撮りたい。」
「いいね、撮ろう」
きらきらした今ちゃんと国近ちゃんと私のプリクラが表示された携帯を引っ込め、鞄に仕舞う。
鞄についた鍵のアクセサリーは、国近ちゃんとお揃いで買ったものだ。
着けてしまうと、意外と長い時間つけていることがある。
物というものは大体そういうものだ。
気づけばある物は、いつの間にか愛着が沸く。
例えば、メイクをする時に使うミラー。
古いものでも、長く使っているうちに手に取りやすければ使ってしまう。
出先で使うものは買い換えたりしていても、愛着があるものだけは手放さない。
物ってそんなものだと思いながら、話題を適当なものに変える。
「キメ顔苦手なんだけど、出かけるときは気合入るよね」
と言っても、今ちゃんも国近ちゃんも私もバッチリメイクはしないタイプだけど。
その言葉をパンケーキの甘さで飲み込み、幸せに包まれる。
ふわふわの生地を包み、流れるような舌触りの甘いクリームとストロベリーソース。
追いかけるように口に入れた苺の酸っぱさと甘さを適度に混ぜた味が味覚を蕩けさせていると、哲次くんがぼそりと呟いた。
「日付。」
大好きな哲次くんの声は、聞き逃さない。
「日付?」
「気づいていたか。」
哲次くんが真剣な眼差しを向けるものだから、焦る。
「ん?」
わからない私を見て、哲次くんが信じられないものでも見るような目をした。
こんな目をする哲次くんは、映画館で見た映画がクソだった時だけだ。
私が何か致命的なミスをしたに違いない。
「鈍感すぎる、今日は何日だ。」
哲次くんがあまりに真剣な顔して言うものだから、携帯を手に取り電源を入れ、時間と日付と曜日を確認する。
17時49分、12月25日。
「あ」
私が漏らした声で事を把握した哲次くんが真顔で私を見つめた。
哲次くんと真顔で見つめあい、事態を把握する。
店内に流れるバラードが痛々しく刺さった。
他の客が遠くでコーヒーを頼み、店員が去る。
紅茶とパンケーキが暴れだしてもおかしくない程度のミスに、青ざめてから赤面した。
12月25日。
クリスマス。
私と哲次くんは健全なお付き合いをしている。
今日はクリスマス。
誘ったのは哲次くん。
ここまで来ることになった経緯を静かに思い出した。
デートのお誘いのメールが来て、喜んで返事をして、出かける前にお洒落をして、哲次くんに会う。
今日の哲次くんは帽子にジャケットにドックタグにパンツに黒い靴、言われて見ればお洒落だ。
これ以上ない真顔の視線を受けて、思わず謝る。
「え、でも、ごめん、哲次くんと遊びたくて、私、哲次くんからの誘いは断る選択肢ないから」
ごめんなさい、と言うと、溜息と笑いを混ぜ込んだような声がした。
哲次くんが紅茶を飲み、静かに口元を歪める。
「どのタイミングで言おうか本当に迷ったぞ。」
「期末だったし」
「俺も同じだ、期末試験で大変だった。」
「だよねえ」
「そうだ、俺も同じだ。」
恋人達が愛を確かめ合う日、クリスマス。
実際はキリストの誕生日なだけで、恋人のための日ではない。
何故かこの国ではクリスマスには恋人と各種業界が商戦に向けて張り切る。
頭の良い哲次くんなら、クリスマスに騒がれることは金儲けのためのステルマーケティングだと一蹴するだろう。
この日にわざわざデートをしてくれた哲次くんの思いやりに、嬉しくなった。
「ありがと、哲次くん」
照れつつ謝りつつ、パンケーキをまた一口食べる。
甘くて幸せな味で羞恥を掻き消してほしい。
そう思っていると、哲次くんが私に箱を差し出した。
「プレゼント。」
リボンで包装された小さな赤い箱が、目の前に置かれた。
パンケーキよりも魅力的なものが現れ、動揺を隠すために笑う。
手に取ると、小さな箱だった。
中身は小さめのアクセサリーか小物だろう。
ピアスだったらどうしようと思いつつ、哲次くんを見る。
赤い頬をした哲次くんが誤魔化すように微笑んでいて、とても嬉しくなった。
「開けてもいい?」
「ああ。」
哲次くんの目の前で、包装を解いて箱を開ける。
シルバーアクセサリーによくあるシンプルなデザインのリングにネックレスが通されたものだった。
リングにはブランドのマークがあって、そこそこ値段の張るものだと分かる。
控えめなワンピースを着たときに、このネックレスを着ければバランスよく飾れるだろう。
「ありがとう、大切にするね」
「そうしてくれ。」
そう言った哲次くんが、目を伏せ、指で自分のドックタグを弄る。
箱からネックレスを出して首につける間、哲次くんの指を見た。
首の後ろでネックレスを留める間も、哲次くんはドックタグを弄る。
よくあるデザインと思ったリングと同じブランドのマークが、哲次くんの首から下がるドックタグと、お揃いのものだ。
ああ、これは、お揃いなのか。
気づいた頃にはネックレスを着け終わってて、今度は私の頬が赤くなった。
「お揃いだ」
「そうだ。」
「嬉しい、哲次くんとお揃いなんだね、これ」
「気に入ってもらえると嬉しい。」
「大事にするね」
お揃いのアクセサリーをつけて、カフェにいる。
誰がどう見てもクリスマスを過ごす恋人の姿になり、恥ずかしくなった。
「今日おしゃれだなって思ってた」
ドックタグのある位置を指でとんとんと叩くと、哲次くんが顔を伏せた。
抜けていてごめんなさい。
日付といい、プレゼントといい、気づくのがワンテンポ遅れた私のせいで哲次くんが頭を抱える。
額を手で覆ったまま、呻いてしまった。
「顔が熱い。」
「お水頼む?」
「いや、いい。」
真面目で勤勉な哲次くんが、私とのクリスマスを気にかけてくれた。
とても嬉しくて、良い気にならずにはいられない。
落ち着いた雰囲気で熱い顔を温かい紅茶で温める哲次くん。
「どう?」
ネックレスを強調するポーズをしてみると、哲次くんが笑った。
「似合う。」
「嬉しい」
プレゼント、大事にしよう。
何度でも嬉しいと言い哲次くんに抱きついてみたいけど、ここはカフェ。
目の前にあるパンケーキを置いてけぼりにすることはできない。
まだ学生で、好き同士で付き合っているけど、先には進めないし進まなくても好きであることが確認できるから、これでいい。
クリスマスにプレゼントを渡されたら、嬉しい。
それだけでいいのだ。
大人ぶることはない、素直にしていればいい。
口紅を塗って誘ってもいいけど、そんな気にはならなかった。
大好きな哲次くんが側にいるだけで、幸せ。
哲次くんとの幸せは、パンケーキのように切って食べるたびに減るようなものではない。
甘いクリームとソースが滲み、食べ始めても美味しそうなパンケーキをナイフとフォークで切ると、哲次くんが紅茶を飲みながら呟いた。
「理論ばかり考えていると、どうも自分の感情に対して何故こうなるのかと考える。」
頭のいい人の言葉。
聞くだけで胸が高鳴るのは、哲次くんのことが大好きだから。
紅茶を見つめる伏目がちな哲次くんが真剣な面持ちをする。
「なまえに対して思うことも本当は理由がいる。なまえがそうやって嬉しそうに笑ったり、俺を呼んだりするたびに、俺にはなまえが必要だと思う。」
哲次くんが呟くひとつひとつの言葉で、パンケーキを食べる手が止まる。
クリームは飲み込んだはずなのに、甘いものを食べたときのような幸せが胸に詰まって、溶ける気配がない。
消化される気配がない気持ちを受け取る私の胸は、熱くなっていく。
「感情の理由が感情でも、俺は良いと思う。」
哲次くんの結論を聞いても、私の熱は収まらない。
「なまえは一人しかいないから、ずっと側にいてくれ。」
「わかった」
「好きだ。」
「私も」
「俺が一番なまえのことを好きでいる。」
「私も哲次くんが好き」
笑顔でそう言えば、哲次くんが照れ隠しのように紅茶を飲んだ。
哲次くんが好き、と言葉に出しても、胸は高鳴る。
どうすればこれが止まるのか分からない。
走って叫んでも、息が苦しくなるだけだ。
行き場の無い興奮と恥ずかしさと焦りが溶ければいいと思いつつ、パンケーキを食べる。
赤い苺は酸っぱくて、美味しくて、手が進む。
パンケーキを食べ終わったら、どこに行こう。
キスをするのも恥ずかしい私達は、いつか大人の付き合いをするかもしれない。
今日がどんなクリスマスになるのかは、私達が決めること。
街を歩いて、気になったお店に入って、時間になったらお別れして、家に帰って、お揃いのアクセサリーを撫でるような気がしていた。






2015.11.13







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