大人になったとしても勝てそうにない、年上の貴方。







髭面で半袖のおじさんが、パソコンを弄りながら書類の山と機械の部品と格闘している。
もしかしたら当真くんか鬼怒田さんがいるかもしれないけど、そういう時は大人しく待とう。
大好きなおじさんが一人で居たら、からかいつつ甘えるんだ。
想像していた光景が現実になっていますようにと願いながら、冬島隊作戦会議室の扉を開けた。
「冬島さーん、おでかけしよー!!」
私の声に反応した冬島さんはこちらを見ずに、返事をする。
「いいよ〜。」
仕事に熱中している冬島さんの近くに行き、当真くんが散らかしたであろうゴミを跨ぐ。
オペレーターがいればこうも汚くならない部屋のはずなのに、散らかってるということは今日は隊長だけがここにいる。
男くさそうな部屋に踏み込んで、ゴミ箱を探したけど、無い。
たぶんだけど冬島さんの机の近くの影にあって、後でまとめて掃除される気がした。
綺麗じゃない部屋に隊長だけがいるということは、隊員は各自クリスマスに興じている。
クリスマスも仕事をしているはずだと思った冬島さんが本当に仕事をしていて、虚しくなった。
冬島さんもどこかで仕事への逃げ道を探していたのか、私の誘いを断る気配はない。
「二つ返事じゃん、やったあ!」
冬島さんに抱きつき、手元を見る。
難しそうな書類と機械とパソコンの細かい図面。
作業環境だけ見れば、仕事に追われるエリートの机だと思うのだろう。
目が回りそうな図面を片付ける冬島さんは、たしかにエリートではある。
おじさんだけど、エリート。
抱きついた手を動かして、冬島さんの視界を邪魔する。
「クリスマスも仕事なんだあ」
「そりゃそうだ。」
パソコンの中の図面に保存をかけてから、私を見た。
にやついた目元に疲れは見えないところを見るに、午後から机に向かっていたのだろう。
慣れ親しんだ冬島さんの二の腕を揺すり、わがままを言った。
「ね、クリスマスだよ、クリスマス!イルミネーション見に行こう!」
「えー、寒いじゃん、やだ。」
思ったとおりの答えが降り注いでから、冬島さんがもう一度机に向かう。
保存をかけた図面をいくつか弄ってから書類に手を伸ばしているのを見て、後ろのソファに飛び込んで伸びる。
「やだあああつまんないいいい」
「静かにしなさい。」
「出かけようよおおおお冬島さーん!」
「うっさい。」
わがままを言えばいいという物でもない。
頑張るおじさんの背中を見て、甘える優越感に浸りたいだけ。
それは冬島さんも分かっているからと思えば、振り向いた冬島さんが、可愛く包装された小さな箱を差し出す。
「はい。」
ソファで伸びる私に対して渡したいもののようで、冬島さんの腕がこちらに向けられている。
筋肉質な腕が、部屋の光で浮かび上がるようだった。
ゆっくり起き上がって、おそるおそる受け取る。
受け取ったそれは大きさのわりに重く、何か大事なものが入っていそうな雰囲気だった。
箱を裏返すと、メリークリスマスと英語で書かれたシールが貼ってある。
「え」
これは、まさか。
冬島さんを見ると、いつものにやけた顔で私を見ていた。
「鬼怒田さんの頼みで買出し行って寒い中のっそり歩いてきたから、ついでになまえのプレゼントも買ってきた。」
中身を今ここで開けてもいい。
こうして私にプレゼントをくれたということは、今日という日の私を気に掛けてくれたのだ。
大好きなおじさんが、私にプレゼントをくれた。
これほどまでに恵まれたことがあるだろうか。
とても嬉しくて、箱をソファの上に留守番させてから冬島さんに飛びつく。
「冬島さん大好きー!!!」
がっしりした体に纏わりついて頬ずりすると、髭が刺さって痛かった。
頬ずりするのはやめて、キスをすることにした。
「ちゅーしよ、ちゅー」
唇を尖らせて冬島さんに迫ると、手の平で顔を遮られた。
大きな手の平に唇が当たって、期待はずれ。
冬島さんは私を落ち着かせてから、鼻をつついた。
「おっさんを煽るんじゃありません。」
硬い毛が生えた男らしい首を触って、猫のようにじゃれて冬島さんの頭の上に顎を乗せた。
整えられた髪を崩していく快感を察され、冬島さんが頭を動かす。
それでも顎を動かさずに抱きついた。
「構ってくれたっていいじゃん」
「はいはい、なまえは可愛いよ。」
顎の下から聞こえる冬島さんの返答が不満で、ぶーたれてみた。
「子供扱いしてる」
「不満なのか?」
冬島さんから見れば、私はずっと子供のままだ。
大人になっても、何かとからかわれる。
それでも、いつか胡散臭い笑顔をする髭面の機械オタクのおじさんを見返して、いい女だと言わせてやりたい。
じゃあ具体的に何をするか、それは分からない。
私は自分が気づく以上に、子供だ。
「だってー大人まで秒読みなのにー」
冬島さんから離れてソファに飛び込み、また伸びる。
背中の凝りを解放するように腰を中心に体を思い切り伸ばすと、気持ちよかった。
伸びる私を見た冬島さんが、にやにや笑う。
「俺の前では、そうやってごろごろ言ってろ。」
「ごろごろ」
「そのまんまの意味じゃない。」
「冬島さーん大好きー」
プレゼントの箱に何度もキスをする私を見て、冬島さんが溜息をつく。
「はいはい、おっさんもなまえが大好きです。」
冬島さんに抱きついてエンジン音のような声を出してみると、振り向かれて脇腹をくすぐられた。
笑いながら逃げようとすると、捕まえられて何度もくすぐられる。
面白くて何度も逃げてから、冬島さんの腕を押さえた。
「ねえ冬島さん、大人になって変わったことってある?」
私に腕を押さえられた冬島さんが、うーんと考えてから何を言うか迷ったような素振りを見せた後、答える。
「色々ある。」
「教えてよ」
「えー。」
「教えて」
そう言っても、返事は無い。
こうすれば諦めると、話題が変わると思っているのだろう。
私、そんな簡単な女じゃないの。
いつも冬島さんにそう言いたくて、でも振り向いてほしくて、大好きだよと言って大人扱いしてほしくて。
冬島さんから離れて、ソファにまた飛び込む。
どこか男くさいソファに顔を埋めるのをやめて、うつぶせのまま顔を上げる。
綺麗に包装された箱を見つめて、開けようかどうか悩んだ。
家に帰ってから開けても、問題ないだろう。
ソファと冬島さんの行き来よりも、やることがあるはずだ。
機械弄りばかりする冬島さんは、相槌を打って私が違う話題を始めるのを待っている。
子供に大人であることを望むほど、冬島さんは変な人ではない。
ソファから立ち上がり、冬島さんに手を伸ばす。
男の人らしいがっしりとした骨組みが分かるような肉付きをした肩から胸にかけて、腕を伸ばす。
冬島さんの鳩尾あたりで手を組んで、おじさん臭そうな髪に顔を近づける。
加齢臭はせず、男性用シャンプーの匂いであろう爽やかな匂いがした。
腕を解いて、体を冬島さんに寄せる。
足で足を割り、冬島さんの膝の上に跨って顔を覗き込むと、冬島さんの目が据わった。
甘えた声で強請ってしまえるほど、女を売れない。
「煽るな。」
「ね、冬島さん」
「なんだ。」
「好きだよ」
「俺も好きだけど、煽るのはやめろ。」
「冬島さんのことゴミクズだと思ってないよ、ほんとにそういう人なら私もう襲われてるだろうし」
囁くと、冬島さんの大きな手が腰を抱きしめる。
「よく分かってんじゃねえか。」
「でしょ」
「物分りの良い女は好かれるぞ。」
「冬島さん、そういう人好き?」
「好き。」
冬島さんの額に自分の額をくっつけて、もうすぐキスが出来るという距離にまで近づく。
目の色が分かるくらい、近い。
「ねえ、大人になるってどういうことが分かるの?」
「聞きたいのか。」
人を見透かしたように動く口元が、大好き。
下心しかない目つきで私を見てから、腰を抱きしめている腕に力を入れる。
やろうと思えば押し倒して、懐いてくる私を好きにできるのに。
髭の生えた顔は、無駄に生きているわけじゃない。
肉付きのある私の腰を抱えながら、冬島さんが静かに喋る。
「生きてる人間が若さに執着する姿は、すげえ醜い。老けてくのが当たり前なのに、それに抗おうとする馬鹿もいる。
不安定な世界を生きていく為に知恵をつけた奴らが築いた世界が素晴らしくても、何も知らずに生まれてくる奴らが期待を背負って世界を支え、老いた奴らは消えていく、そうしてまた同じことの繰り返しだ。
ヘマもする、馬鹿もやる、火遊びして大怪我する、立ち直れないんじゃないかってくらい辛い思いもする。
若いってのは恐ろしいことなんだ、それがなまえも大人になれば分かる。」
静かに、淡々と、物を言う。
父親と話しているような気分になってから、抱きしめられる腰が温まっていくことに気づく。
抱きしめられながら真面目な話をされて、私と冬島さんの呼吸が混ざる。
若いことが恐ろしいことなら、私が冬島さんに甘えることも何かの間違いなんだろうか。
そういうことを言っているわけじゃない、と冬島さんの目が訴える。
今の私が恐ろしいことだと分かるまでに時間を要する気がしていた。
誰も見たがらない恐ろしい事実の裏側には、なんだって隠せる。
「冬島さんが真面目なこと言ってる」
率直な感想を言うと、冬島さんの手が腰から動いて首から下がっているドックタグを触った。
それから、この人は年上の大人なんだと分かる。
「びっくりしたか?」
「超びっくり」
中途半端に笑う冬島さんの顔を伺っても、ただのおじさんとしか思えない。
私より年上で、今でもA級にいて、当真くんなんていう猫好きで昼寝ばかりしているバラつきのある能力を持った優秀な狙撃手を仲間にしている。
死ぬまでエンジニアで、部屋で腐ってても機械を弄っていればいい、そんな人。
それでも前線で戦っているから、私が思うよりも冬島さんは出来る人だ。
「辛い思いした?」
うん、と頷く冬島さんは、しっかりと私を見ている。
「そりゃあな。」
「どんなこと?」
「ノーコメントで。」
にんまりと笑う冬島さんの裏に、なにがあるのか。
おじさんの心なんて、私が分かるわけがない。
空いた腕を冬島さんの肩に寄せて、また寄り掛かる。
「その時、どうした?」
甘える私を懐けるように背中を撫でてくれて、安心した。
「色々あったけど、へこたれても死にたくなっても、立ち上がれるし、周りが立ち上がらせてくれる。俺は迅じゃねーから未来は見えないけど、なまえにもそういう時が来る。」
何があったのか、東さんや忍田さんに聞けば分かるかもしれない。
秘密にしていることは、本人の口から明かされて初めて秘密である意味を持つ。
私に説教するための口実のようなもので、いま喋った内容は全て一から十まで嘘の可能性もある。
分かった口を利く冬島さんを、なにもかも信じるようにはなりたくない。
そう思うのは、私が若いから。
この考えも恐ろしかったと言える日が来るのだろう。
大人の女性になって、自分の考えを持って、自立して、誰にも頼らなくていいようになって。
その時にはもう、冬島さんのことなんか。
「なまえが悩んで辛くて苦しくて死にそうな時、俺はなまえの隣に居る大人の男でありたい。」
何があっても、冬島さんのことを忘れているわけがない。
子供の本気の初恋を奪った冬島さんを、逃がすものか。
「かっこいいこと言ったつもり?」
「おう。」
「いつもの冬島さんがいい」
「なんだよ。」
不味いものでも食べたような顔をされて、背中を撫でられてから頭をぽんぽんと撫でられる。
子供扱いされて頬を膨らませると、両手でぐっと押され顔の形を崩された。
もにゅんと動く頬の肉を摘まれても、私は動かない。
「ほらほら、子供はもう帰った。」
「やだ」
「親御さんに電話しますよー。」
「やだー」
「親御さんとの初めての会話が帰宅させるための電話とか嫌だー。」
「私もやだー」
「条例発動する前に帰れー。」
「わかったー」
気の抜けた会話を何度もしてから、跨っていた足の力を緩めて冬島さんの膝の上に座り、向き合った。
「私、苦しい思いなんかしないから」
「おー、そうかそうか。」
足をばたばたさせて肩に寄りかかると、後ろ頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。
あとで鞄に入ってるメイクポーチの中にあるブラシで髪を整えよう。
「もうすこし居る」
わがままを言っても、冬島さんは怒らない。
「送ってやるから、ここに居ろ。」
ソファで留守番するプレゼントの中身は、もうなんでもいい。
大人になってしまう、その日まで。
いつかは分からない運命の日も、そのあとも、ずっと、私は冬島さんのことが大好き。








2015.11.13








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