皆の頼れるお兄さんである彼の手を、繋いだまま離さない。







扉が開いて、閉まる音がする。
誰が帰ってきたか、もう分かっていた。
「おかえりなさい」
春秋を出迎えると、酒のせいで手元がふらついていた。
雑な手つきで上着を玄関の棚の上に置いて、手提げの真新しい袋を手にしたまま靴を脱ぐ。
「ただいま。」
そう言う声も、なんだか掠れている。
きっと酒を飲みつつ談笑して時には爆笑していたのだろう。
皆のお兄さんである春秋も、クリスマス会に呼ばれたら酔うし笑うし陽気になる。
「どうだった?」
春秋が手提げの袋を私に見せて、にんまりと笑う。
「クリスマスプレゼント貰った。」
「お、なんだろうね」
足取りだけはしっかりした春秋がリビングに赴き、袋を開ける。
時間は11時。
そろそろ帰ると言って、飲んで伸びきっている仲間を置いて帰ってきたのだろう。
今日はクリスマスだから日付が変わる前に帰るよ、と言えば冬島さんが弄って笑う光景が目に浮かぶ。
袋から出した箱を丁寧に開け、蓋をテーブルに置く。
大きくて骨の目立つ男の人らしい手指が箱を持つためにぱっくりと開いて、つい見てしまう。
「日本酒。」
箱に入った日本酒を抱きしめ目を輝かせた春秋を見て、笑顔になる。
「よかったね」
春秋のポイントを押さえたクリスマスプレゼントは、心を掴んだようだ。
気の利いたクリスマスプレゼントは、誰からのものか。
日本酒をくれるあたり、レイジさんではないかと思うものの、美味しいならそれでいいと自己解決し考えるのをやめる。
どの程度飲んだのか察せ無いけれど、馬鹿みたいに飲んだわけではなさそうだ。
千鳥足のままソファに激突する気配はなく、至って普通。
リビングの下で見ても、頬が少し赤い程度で心配は必要なさそう。
携帯と鍵をテーブルに置いた春秋の手の動きは、正気のそれだ。
もともとアルコールに強いほうなので心配はしてないけれど、時間も時間。
今日は風呂に入って、もしかしたら寝る前にベッドで致すかもしれない。
そう思ってケアはしておいたおかげで、肌が随分とさらさらしている。
やるなら徹底して、家中の電気を消してリビングのテーブルにアロマキャンドルを並べたあと黒のガウンを羽織り待つこともできたけど、そんなことしたら春秋が驚いて逃げかねない。
幸せなクリスマスのほうが、ずっといい。
楽しんできた春秋に、空腹具合を伺った。
「食べてきたなら、ケーキは明日にする?」
「そうする。」
日本酒を箱に戻し、大事なプレゼントを食器棚の一番下に仕舞う。
春秋のために出しておいたナイフとフォークを仕舞い、グラスを冷やしていることを確認した。
クリスマスが明けた朝に、ケーキを食べてもいい。
グラスを冷やしておけば夜中に起きた場合、これで冷たい酒が飲める。
下準備をして冷蔵庫を閉めてから皿を棚に戻していると、春秋が私のいるキッチンにまで歩いてきた。
家事をする私を見て、腕を広げる。
「なまえ、おいで。」
抱きついたら、酒と煙草の匂いがしそうだ。
でも、愛しい人の誘いは断れない。
春秋に抱きつくと、頭をそっと撫でられてから頬にキスをされた。
案の定、酒臭いし煙草臭い。
煙草の匂いがするということは、諏訪さん、咥え煙草が特徴の彼が近くにいたのだろう。
「なまえは可愛いなあ。」
春秋の首元に顔を埋めてキスをすると、お酒の匂いが鼻を刺激した。
「酔ってる」
クリスマス会だもの、仕方ない。
春秋を抱きしめ、愛を確かめ合うように数秒抱き合った後、顔を上げる。
優しく笑う春秋を見て、安心した。
「冬島さん達いたの?」
「未成年が帰ったあとは少し飲んでた。」
赤い頬をして嬉しそうにする春秋が面白い。
予想では、クリスマス会といいつつ広げるのは交換するプレゼントではなく麻雀卓。
各自持ち寄ったもので闇鍋をしながら麻雀をして、負けた人が鍋をつつく。
酒で酔った誰かが脱いで、酔いが冷めた頃に冷たくなっているのを見た冬島さんが爆笑してるのが、目に浮かぶようだ。
大人の行動は、大人になれば読める。
「麻雀しながらわいわいするの楽しかったでしょ」
「うん。」
予想は大方当たりのようだ。
抱きしめてもらいながら、クリスマス会での皆の様子を黙って聞く。
「太刀川が風間に単位のことで説教されてるのを見た冬島が笑い転げてさ、そこから大学の話になった。
教授に借りた本と好きなエロ小説を間違えて返したとかで、太刀川が暗い顔してたけど、笑い話にしかなってない。
なんだっけ、冬島が学生時代に間違えて消火器のボタンを改造してスプリンクラー作動させて罪を校長に擦り付けたとか言い出して、意味が分からなくて麻雀しながら笑ってた。
野郎で集まるから鍋でもしようって太刀川が言い出してたんだけどな、結局出来た鍋は闇鍋みたいな出来で、なまえが作る鍋の美味さを思い出しながら食べていたら何故か堤が泣いてたな。
鍋で腹を脹らませようにも無理強いだから加古が飯作ってくれたんだけど、加古はチャーハン以外なら美味く作るんだ、助かったよ。
冬島がチョコレートタワー作ってたらレイジがクリーム用意し始めて、野郎だけの簡易クリスマスケーキみたいな悲惨なものを食べたけど、まあ美味かったよ。
太刀川が食いすぎて動けなくなってたけど、風間が蹴り飛ばしてるのを見る傍ら諏訪が読んでる小説いくつか勧めてもらって、今度借りる約束してきた。」
夜中に一人で読めと書かれて送りつけられたものを読む話が収録された文庫、諏訪が持ってるんだ。
あと、半陰陽の大学教授が出てくる小説、あれも諏訪。」
春秋が楽しそうに説明する中で出来た本を思い出し、納得する。
誰から借りてきた本という前提で読んだら、とても面白かった本の持ち主を知り、すこしだけ驚く。
諏訪さんといえば、不真面目そうな見た目に咥え煙草という、好きにはなれない見た目の人。
あの人が、と驚いていると、春秋が続ける。
「なまえも読んでくれたレストランが発狂の渦に落ちるシェフの翻訳書も、もとは二宮が貸したらしいけど諏訪が原書を持ってる。」
「色々読むんだね、あの人」
「見た目のわりに博識なんだよな。」
悪そうな髪形に咥え煙草に関しては春秋も思っていることなのか。
酔いのおかげで聞ける本音は、掘り出し物にでも遭遇した気分だ。
「太刀川が風間に土下座したあたりで皆が笑って、そのあとは雑談してたけど、堤と二宮が寝た。
悩み暴露みたいな流れになって、まあ、誰かは伏せるけど隊内恋愛が繰り広げられてるらしくて隊長が頭抱えてたよ。
その間に加古がチャーハン作ってくれてるのが見えたから、こっそり帰ってきた。」
「噂のチャーハン」
酷いと噂のチャーハンに笑うと、春秋が腕の力を緩めた。
愛しい人の体から抜け出して、風呂場の電気をつける。
オレンジ色の光が清潔感を照らし、シャンプーの匂いが酒と煙草の臭いに疲れた鼻腔を癒す。
バスタオルを準備する傍ら、春秋に声をかけた。
「楽しくてよかったね」
キッチンに戻ると、春秋がコップに注いだ水を飲んでいた。
赤い顔をどうにかしようと思うまでにはなったらしく、水を何度も飲む。
私と目が合い、にっと笑う。
骨っぽい手首がキッチンの棚に置かれ、影を作る。
「あいつらも楽しい、ずっと騒いでいたいと思うけど、なまえの顔を見ると安心する。」
嬉しいことを言うのも、酔いのせい。
普段から好きだの愛してるだの言ってくれるから、特別嬉しいとは思えない。
当たり前になった言葉は、私に染みこんでいく。
「論文休憩の度に首と目の凝りを解してくれるからかな。」
「そうかもね」
院生も佳境、論文や課題に追われつつ皆のお兄さんをして、年下の隊員に教える。
本当なら、響子ちゃんと同じように本部上司として活躍してていいはず。
大変でも成し遂げることが多くても、頑張りたいのだ。
水を飲む春秋の側で肩を揉んでから頬を両手で挟んで、春秋の唇にキスをする。
口から酒の臭いがしないことを幸運に思いながら、水に濡れた唇の冷たさにキスの意味を見出す。
外から帰ってきて冷えた肌に触れるのが、なんだか気持ちいい。
ぷちゅぷちゅと水に濡れた唇にキスをしていると、額を押さえられた。
なあに?と笑うと、春秋が水の入ったコップをキッチンに置く。
「結婚しようか。」
聞き捨てなら無いことを言われ、まず反応に困った。
好きも、愛してるも、聞き飽きてしまい身に染みたらすぐ溶ける。
今の言葉は、私の心の手前で溶けるのを止めた。
今日はクリスマス、しかし春秋はクリスマス会に行って酒を飲み早めに帰宅した。
そう、酒だ。
酒のせいだと思いたいけれど、同棲生活で既に知っているように春秋はアルコールに強い。
酔いに任せて喋るような人ではないのだ。
私が何も言えずにいると、春秋が私を伺う。
「もう少し刺激のある日々を送ってから結婚したい?」
それは、どんな日々だろうか。
沢山遊んだり、馬鹿やったり、思い切り笑ったり泣いたり。
「そういうのはいいや、今とっても幸せだもの」
ふいに出てきた言葉が私の答え。
何気ない日々が私の幸せだと言ったことが不満なのか、と思う早さで春秋が玄関に向かう。
がさがさと音がして、何かと思いリビングから盗み見た。
上着のポケットを漁り、小さな箱を見つけ唸ってから、こちらに戻る。
「こっちに入ってたの忘れてた・・・。」
どうやら、見てはならないミスをしていたようだ。
小さな箱を手渡され、受け取る。
包装はしておらず、しっかりと作られた小さな箱のわりには、中身があるのかないのか分からないくらい軽い。
春秋が屈んで床に膝をつき、箱を持った私の手を握る。
「格好つかなくてごめん、なまえ、愛してる。」
私を見る春秋は、いつもと変わらない。
酒は入っているだろうけど十分格好いいですと思いながら、箱を開けた。
きらりと光る、婚約指輪。
銀の雪があるのなら、こんな光り方をするだろう、と思った。
「どう考えても、俺の隣にはなまえしかいない。」
春秋の細くて長い骨っぽい指が伸びてきて、指輪を手に取り、私の左手をエスコートする。
私を見て微笑んでから、春秋は私の左手の薬指に嵌めた。
いつもと変わらないはずの左手に、雪のように輝く婚約指輪。
「これからよろしく。」
屈んでいた春秋が立ち上がり、私の左手を軽く持ち上げキスしてから、私の唇にキスをする。
愛を誓っても、いつもと変わらない日々があるのだろう。
それでいいと思えるくらいには、私も春秋も愛を見出していた。






2015.11.13








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