視線に敏感な彼は、きっと感情にも敏感なのだろう。







映画を観終わった人が次々と出てくる出入り口の横にあるコンセッションでしか売ってないキャラメルメープルクレープを頬張る。
クリスマス限定販売のバニラクリームクレープと、キャラメルメープルクレープ。
アクション映画を見たついでに、キャラメルメープルクレープを食べると決めてから雅人くんとここへ来た。
人だかりはクリスマスのイルミネーションに流れたのか、声もあまりしない。
口いっぱいに広がるキャラメルクリームとメープルソースの味に幸せになっていると、同じものを買った雅人くんがこちらに来た。
会話するのを忘れて頬張っていると、雅人くんが「女子って甘いもの好きだよな。」と呟いた。
見ると、雅人くんのクレープは半分くらい無くなっていて、美味しく食べているようだ。
「嫌いな子もいるだろうけど、私は見たことない」
甘いキャラメルクリームとメープルソースで幸せになっている私の横で、同じものを食べる雅人くん。
映画を見たせいで目が疲れたのか、伏目がちになっている。
「雅人くんは甘いもの好き?嫌い?」
私は甘いものが大好きですと顔に書いた状態で聞く。
一口齧ったあと、雅人くんがクレープを見つめる。
「嫌いじゃない。」
雅人くんが好きなものを好きと言うときは、必ずこう言う。
また一口齧る雅人くんを見て良い気になった私は、コンセッションを指差した。
「ね、じゃあ、あれ食べようよ」
「どれ。」
「あれ」
タンドリーチキンの看板を指差すと、あーあーと唸った雅人くんがクレープをまた一口齧る。
「ゾエが食べてるもんみてーな匂いがする。」
骨付き肉を美味しそうに食べる北添くんを想像して、納得した。
なんでも美味しそうに食べる姿は、実に食欲を刺激される。
ユズルくんを交えて遊んだ時には食べ放題で四人分の元を取ったことを思い出して、胸焼けもせずにクレープを食べる。
美味しく食べるのは良いことだ。
「この前キャラメルポップコーンとオムライスとブロッコリーとプリンを同時に食べてたよね、美味しそうだった」
食堂で見た光景を思い浮かべていると、雅人くんからの素早い突っ込みが入る。
「あいつみてーな腹になりてえのか?」
「それは遠慮するかな、でも、美味しいものは沢山食べたいかも」
好きなものなら、いくらでも食べられる。
私と同じようなことを言っていた光ちゃんも、みかんには目がない。
「光ちゃんも、よく甘いもの食べてるよね」
「そうだっけ。」
「隊長さん、知ってていいことだよ」
雅人くんを背後に、タンドリーチキンを注文する。
三分ほどお時間頂きますと言われ了承すると、店員が裏に引っ込んだ。
待つ事にして、雅人くんの元に戻る。
あと一口あれば食べれそうな量が残ったクレープを握り締めた雅人くんが「俺はなまえしか興味ない。」と小さく言ったあと、映画を観る前に貰ったクリアファイルを見た。
表にはスポーツカーを囲む主役キャスト、裏には映画のロゴと主役を務めた俳優のアップ。
「これ、なんだろうな。」
雅人くんは貰ったのは、四種類のうちの一種類。
私が持っているのは女優がポーズを決めたクリアファイルなので、それを見せながら答える。
「クリアファイル」
「それは分かってんだよ、なんでこれを貰ったのかって意味だ。」
「先着特典じゃないかな」
「俺ら早く来たのか。」
クリスマスの時期に上映している映画だから、特典の数も多いのかもしれない。
どこからともなく良い匂いがし始めて、食欲が沸いた。
「クリアファイルなら、作戦会議室で使ったりしない?」
「使うかもしれねえな。」
映画のフライヤーが並ぶ棚近くで、映画館を眺める。
もっと人でごった返していて、感情受信体質の雅人くんが途中で叫び散らすかと思ったけど、そうならなくてよかった。
クリスマスだから、と無理なお願いに近いデートをしてくれた雅人くんを労う。
「クリスマスだから人が多いかと思ったけど、そうでもなくてよかった」
「映画じゃなかったら、来なかった。」
上映中は、スクリーンに意識が集中する。
見た映画が満員のパニックホラーなら発狂されていたけど、アクションの目立つ映画。
人の感情に揺さぶりかけるような映画じゃないなら見れると言われ、感情受信体質なのに映画館でのデートを了承してくれた。
有難いし、嬉しい。
目をしぱしぱさせながらクレープを食べる雅人くんに笑いかける。
「今度は雅人くんの好きなとこ行こうね」
「おう。」
タンドリーチキンが出来上がり、店員が呼びかける。
受け取りに行くと、食べ切れそうな大きさのタンドリーチキンが皿の上に乗って現れた。
帰り際の空腹は満たされそうな予感がして、トレーを手に雅人くんの側へ行く。
クレープを食べ終わった雅人くんが、マフラーを巻く。
口元がすっぽりと隠れ、特徴的な口元が見えない。
ほかほかのタンドリーチキンを一口頬張ると、辛さと肉の旨みが口を刺激した。
香辛料をブレンドしたような肉と、焼き加減に幸せになる。
食べながら喋り続けることは出来ない。
ここは喫茶店でもなく、コンセッションの前。
私が食べている間、雅人くんは映画館の広場にある大型スクリーンに映される予告編を観ていた。
スパイがマフィアを全滅する映画、ド派手なカーアクション映画。
恋愛が題材の邦画、海外のアニメ映画。
恐怖政治とスパイを題材にしたパニックアクション映画の女優は、先ほど雅人くんと見た映画にも出ていた。
次々と予告編だけが映し出されていく。
雅人くんがクレープの包み紙をゴミ箱に捨てるために、歩き出す。
それを見た私はタンドリーチキンのトレーをレジに返し、美味しかったですと店員にお礼を言った。
ウェットティッシュで手を拭き、汚れたティッシュをゴミ箱に捨てる。
ゴミ箱の底には見終わった映画のチケットがあり、もう帰る時間だと意識させられた。
暗がりの映画館で立ち尽くす雅人くんの元へ戻る。
戻ってきた私に言い放った言葉は、おかえり、ではなかった。
「温泉。」
「え?」
「温泉に行きたい。」
好きなところに行こうねと言ったから、それの続きだろう。
休みをざっと計算して、空いている日を思い出す。
「冬休みの講習がない日なら行けるよ」
頷いた雅人くんが歩き出し、映画館から出るぞと行動で示される。
細い足でひょいひょい歩く雅人くんの隣を歩いて、伺う。
マフラーで隠れた口元は見えないけど、たぶん唇を噛み締めている。
「温泉好きなの?」
「寒いから暖まりたいだけだ、ボケ。」
出口を目指すたびに、暗がりが遠のき外の光に当たる。
夜だというのに建物の中は昼間のように照らされていた。
「なんか意外だなあ、でも、雅人くん、こたつ好きだもんね」
作戦会議室に無断でこたつを置いた光ちゃんを怒ったところは、見たことがない。
体も心も休まる暖かい場所が好きなのを知って、嬉しくなる。
「嫌いじゃないだけだ、アホ。」
その答えに安心して微笑むと、雅人くんは私から視線を逸らした。
作戦会議室のこたつの上にみかんがあれば、いつの間にか光ちゃんと一緒に食べている。
気を良くしてくれる人の前では、とても素直な雅人くん。
「こたつでみかん食べるの美味しいよね」
「嫌いじゃないだけだ。」
またそう言う雅人くんに笑いかけて、安堵を促す。
感情受信体質は、今日も作動しているのだろう。
何度もそう言う雅人くんが心配ではないのかと言えば、嘘になる。
言葉を尖らせなくてもいいと思わせたくて、お節介なことを口にした。
「好きっていっても、誰も馬鹿にしないよ」
落ち着かせようと言えども、感情受信体質を生まれ持つ雅人くんが18年生きて得た処世術を簡単に否定することは心苦しい。
無意識に攻撃的になる理由を詳しく聞かなくても、大体想像できてしまう。
良い意味も悪い意味も薙ぎ倒してしまうくらい、雅人くんは平凡ではない。
第一に、私のお願いを聞いてくれた今の状況でも疲弊しているかもしれないというのに。
人に乱暴な思いを抱かせてしまう前に、自分が乱暴な物言いになればいいと学んだ雅人くんに、私はどう映るのか。
死ねボケと言われるのを覚悟していると、小さな声がした。
マフラーから見えるギザギザの歯が、唇に隠れる。
「・・・嫌だ。」
「なんでか聞いてもいい?」
「恥ずかしいから。」
赤い顔が、また赤くなる。
なんて男の子らしい答えだろう。
素直になることは恥ずかしいことでもなんでもないと言いたくて、また微笑む。
「今のは本音だよね、今のでいいのに」
強い男でいたいという気持ちが伝わってきて、暖かい気持ちになる。
映画館がある建物から抜けて、エスカレーターのある二階に到着した。
人がちらほら、という具合で騒がしいわけではないことに感謝しながら、エスカレーターを目指す。
ここを降りれば、駅への道だ。
「馬鹿、本音言える奴なんてなまえ以外に誰がいんだよ。」
エスカレーターを目指す私達を、外の風が撫でる。
冷たい風は赤い頬を気にせず冷やしていこうとしては、髪を靡かせた。
「俺の事解ってる奴なんて、ゾエとユズルと光となまえだけだろ。」
ぶっきらぼうに言う雅人くんの本音は、寝言に聞こえた。
口に出さないだけで、友達のことは信用している。
エスカレーターに乗り、私と雅人くんを乗せた道はゆっくりと降りていく。
「雅人くんは、温かいとこが好きなの?」
「おう。」
「次は温泉行こうね」
頷く雅人くんを見つめる間もなく、冷たい風が肌を撫でた。
ひやりとするくらい冷たい風を身に受けて、もう夜だと思う。
エスカレーターを降りて、広場に出る。
寒空の下、夜を照らす光に目が動く。
観覧車のように動く電光掲示板が光っては変化し、視界を刺激する。
雅人くんには、この光のように五月蝿く人の感情が感覚を伴い、身に刺さるのだろう。
離れた距離にある大型商業施設に併設されたスクリーンで、アーティストのミュージックビデオが流されている。
派手な音と映像は、海外のアーティストの新曲の宣伝だと分かった。
白人女性達がセクシーな服装で誘惑したと思えば、酒が映り、カジノの風景が映る。
カジノで響いた銃声をきっかけに重低音がリズムを奏で、セクシーな映像が流れた。
海外だから、と思っても、最近のミュージックビデオには金がかかっているものが多い。
これから夜の街で遊ぶ人たちには丁度いい映像を見ているうちに、雅人くんが私に手を差し出した。
「手。」
それだけ言って、私に手を差し出す。
「ん?」
雅人くんの手には、何もない。
「手、寒い。」
この寒空だ、寒くもなる。
「手袋、貸す?」
マフラーは持ってきたけど、手袋を忘れたのかもしれない。
細くて大きな手が私に向けられて、咄嗟にコートのポケットを漁ると赤い顔をした雅人くんが、私を睨んだ。
「わかんねえのか、クソ女。」
雅人くんが何もない手を差し出して、何度も揺さぶる。
両手で雅人くんの手を握ると、握り返された。
冷たい手同士で温めあううちに、どくどくと鼓動が伝わる。
マフラーで見えない口元がどうなっているのか分かるくらい、赤い顔をした雅人くんに謝った。
「ごめんね、分からなかった。」
「・・・次から、ちゃんと言う。」
右手と左手を繋いで、一緒に歩く。
通り過ぎる人は、仕事帰りか、これから長い夜を遊ぶカップルばかり。
私達と同じくらいの歳の人達は、時間も時間だから、駅に向かって歩く。
クリスマスを一緒に過ごしてくれてありがとうと言って別れて帰路に着く間、ほんの少しだけ手を繋いだ。
ミュージックビデオが映る大型スクリーンの中で腰を激しく振って踊る白人女性達のようにセクシーではなくても、映画の中のアクションのように激しい人生ではなくても、大好きな人が側にいる。
それだけで、気分は映画の中の登場人物。
何も言わず手を繋いで歩く。
それがどんな意味なのか、当事者である私と雅人くんがよく分かっている。
「自分の事どんな女だと思ってるか知らねえけど、俺が好きだからいいんだよ。」
突然自分の本音を曝け出すことは悪いことか、私には悪いことだと思えない。
一瞬で導かれる答えにも、雅人くんは反応する。
感情受信体質の前には、全てお見通しだから。
「嬉しい」
繋いだ手が暖かくて、嬉しい。
「調子乗んな、ブス。」
反射的に出てくる乱暴な言葉に、わざとらしく頬を膨らませてみた。
「それ本気で言ってる?」
私は冗談だって分かっているから、安心して。
そんな気持ちは、雅人くんにどう刺さるのか。
いつか聞けたらいいな。
「俺の前だけでなら、調子に乗れよ。」
赤い顔をした雅人くんが調子に乗ることを認めてくれたので、手を繋いだまま腕を組んでみる。
細い腕に、私の腕が絡みつく。
甘えてみたけど、歩きにくいだけだった。
いつものように同じこたつで雑談しながらみかんを食べているほうがいい。
「可愛い。」
ふと聞こえた言葉で、私の鼓動が爆発する。
マフラーの中まで見てしまいたいけど、我慢。
「俺の側から離れんな、他の男がなまえを見るのがムカつく。」
乱暴にそう言う理由を知っているから、優しくなれる。
今日もどこかで恋人達に試練を与え、幸福も与え、運命も与える冷たい夜空の下、駅までの道のりを手を繋いで歩いた。








2015.11.13





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