仮想体実験





お題 トリオン体の東さんに無茶なことをさせる実験 ギャグです





漫画の中の人物が「分かっていて理由を聞く男は早死にする」と言い放つ。
売春島に潜入した女性が、客の男性を相手にして放つ一言だ。
終盤に迫るにつれ人が死に脳漿をブチ撒ける漫画を手に、諏訪さん達の会話を聞き流していた。
先ほどまで笹森くんが読んでいた漫画に混ざる、この過激な漫画は誰のものか。
推理小説に混ざる漫画なんて光景は、この部屋で散々見た。
どちらかといえば爽やかな漫画を読む笹森くんが、この漫画を読むとは考えにくい。
この作戦室にいる諏訪さんか、打ち合わせに現れた東さんと荒船くん、どちらかのものか。
もしかしたら、堤さんのかもしれない。
優しくて気が利く堤さんが、えげつなく面白いアクション漫画を読んでいるとしたら、もう何も信じられない。
アウトローなものに興味を持ったおサノちゃんが持ち込んだのかも、と思い、漫画の中の人物を見る。
チョコレートケーキを目の前に目玉を抉られ、生クリームを潤滑油にして女性が犯されるシーンを見て、誰が読んでいるものか分からなくなる。
トリオン体でもない生身の女性が、銃と体術だけで一瞬で六人を殺す戦い方を見て、それから諏訪さん達を見る。
武器無しで戦うことが出来そうなのは、穂刈くんと何度か見たことがある木崎という人くらいだと思う。
記録端末と何かが細かく書かれた画用紙を広げ話す東さんと諏訪さんと、その横で報告書に目を通す荒船くんを見た。

「トリオン体で無茶なことしたら、どうなるの」
思わず、そう言った。
こちらに目を向けたのは東さんだけで、私の何気ない質問に答えてくれた。
「どうなるも何も、なまえの知っている通りだ。トリオンが流れ出して数値が減り、危険になったらベイルアウトする。」
「限界の基準は?」
「数値が決める。」
決まりごとを率直に伝える東さんを横目で見る荒船くんを見て、それは変わらない事実だと再び知る。
危なくなったら逃げられる、そういう仕組み。
「数値に関係ないなら限界がないわけね」
読んでいる漫画の人物が言いそうな危険なことを言うと、何も聞いていなかったふりをしていただけの荒船くんが遮った。
「諏訪さん、なまえが良くないことを考えています。」
「あー、ほっとけよ、よくあることだ。」
うさんくさそうに私を見る諏訪さんに、漫画の表紙をちらりと見せる。
顔色の変わらない諏訪さんを見る限りでは、この漫画の持ち主ではないようだ。
「新型のトリオン兵が、トリオン体をすり抜けて生身に攻撃してくるやつだったらどうするんですか」
「即効ベイルアウトだな。」
東さんの完璧な回答のおかげで、探究心に火がつく。
読んでいる漫画の中に、東、という名前の人が煙草を吸っているシーンがあったのを思い出した。
諏訪さんと遊んでいることがあるのだから、東さんは多分煙草が平気な人なんだろう。
仮想体とはいえ、どこかに限界があるはずだ。
戦闘をする上で作られたものには、戦闘以外での穴がある。
まるで現実と向き合っていないことを思いつき、東さんに詰め寄る。
東さんの手をしっかりと握り、目を輝かせた。
「東さん、やってみませんか」
よくないことをしようとする私を見て、東さんが苦笑いを見せる。
「何をする気だ。」
「実験ですよ、実験」
「そういうのは鬼怒田さんのところで熱いプレゼンを、だな。」
変わらずに目を輝かせる私を、東さんが諭す。
「経験上言えることだが、飛び降りても撃たれても死なないし後からどうにでもなる、怪我という怪我もない。」
経験談をぼかす東さんの横で、諏訪さんが腕を組む。
そのとおりだと態度で示しつつも、私の探究心を完璧に押さえ込む気はないようだ。
口さびしそうな諏訪さんが付け加える。
「まあ、無茶っていっても、無茶する用に作られてるからなあ。」
諏訪さんに追いつくように東さんが「戦闘以外での無茶って何があるんだ。」と小さな声で呟いたので、追い詰める。
「ガソリン一気飲みとか」
「なまえの思考が相当無茶だ。」
会話に参加していないはずの荒船くんが、話を聞いていたようだ。
振り向くと、報告書を片手に私と東さんを見つめている。
諏訪さんは自分に火の粉が降りかかるような無茶は好きじゃなさそうだ。
東さんも、このまま私の探究心を切り抜けるだろう。
そうなると、荒船くんが何か言ってくれれば、もうすこし会話が悲惨なことになる。
「いえいえ限界なんてありません、新たな脅威への対策です」
「なまえみてーな突拍子もないやつへの対策だろ。」
「諏訪さんは興味ないの?」
「ねーよ。」
釣れない諏訪さんを押しのけるような荒船くんが、上着のポケットを弄る。
なにかを取り出して、見つめた。
それから私を見て、私にだけ分かるように笑う。
「無茶ですか。」
そう言って私と東さんに近寄り、画用紙の上に小さな袋を置いた。
「これがあります。」
茶色の粉末が入った小さな袋を出され、諏訪さんがこちらに身を乗り出す。
「荒船がこういうのにノル気なのは珍しいな、おい、なんだそれ。」
「またたびです、猫に好かれてみろと、当真から貰いました。」
当真くんが何故渡すに至ったかのほうが気になるけれど、目の前のものを見る。
とっくに猫用に加工された粉を頭から振り掛け、野良猫の住処に行けば人気者になれるだろう。
この場でこれを出すということは、荒船くんは猫に好かれることよりも私の探究心に興味があるということだ。
無茶なことを、と言われても、という顔をした東さんを置いて、話は進む。
「これをどうすんだ、酒にでも混ぜるか?」
またたびの袋を掴んで、粉末を袋の中で躍らせる諏訪さんを見た。
食えないものは只のゴミとでも言いたそうに、手の上で跳ねさせる。
「またたびかあ」
粉を猫にあげれば、めろめろになってくれる。
人がめろめろになるのなら、またたびはとっくに高値がついて裏社会で取引されているはず。
だけど、実験をしてみない価値が無いわけではない。
粉を嗅ぐとめろめろになる東さんはあり得ないとしても、これを使うとどうなるか。

「思いついちゃった」
冷蔵庫に走り、開ける。
諏訪さんが飲むために買い置きしていたと思われるナタデココジュースを取り、机に置いた。
パッケージからストローを取ると、諏訪さんが呆れたように笑う。
「おいおいなまえ、女子が酒作るにしては時間がはえーんだけど?」
ストローを袋から出したところで、荒船くんが察してくれたようだ。
報告書を東さんの目の前に置き、またたびの袋を開けてくれた荒船くんが、報告書の上にまたたびの粉を広げる。
またたびの隙間にストローを突き刺し、それを堂々と東さんに差し出す。
「東さん、はい。」
紙の上に山盛りになったまたたびの上に刺さるストロー。
見た目だけで、相当危ない。
無言の東さんと、諏訪さん。
にこにこする私を見て、東さんが焦りだした。
「お、おい、なまえ・・・。」
「東さん、任せてください、こういうの先日見た映画で作り方やってました。」
「荒船、あとでお前の私物映画ディスク全部チェックな。」
これから起きる惨事は、大体の予想がつく。
それが私の思うとおりになるかならないか、気になる。
得意気な雰囲気を醸し出す荒船くんを横目に、止めない諏訪さんを確認した。
またたびをひっくり返すわけもなく見つめる諏訪さんは、ナタデココジュースを手に取り蓋を開けて飲み始めた。
暴力もないのに窮地に立たされた東さんの眉間に皺が寄る。
「トリオン体での無茶については俺も興味があります。」
優等生らしいことを言った荒船くんが、頼もしい。
ナタデココジュースを飲む諏訪さんがウヒョーと言い、動く気配もなくにやにやしていた。
「おいやべえぞ!荒船が悪事の片棒を担ぐなんてクソ珍しいじゃねーか!」
「諏訪さん、止めないんですか?」
「おう。」
諏訪さんがナタデココジュースを飲み終えるまでに決めなければ、と思っていると、東さんが溜息をついた。
またたびが山盛りの報告書を受け取り、目の前に置く。
「まあ、いいか。」
「いいのかよ、おい!」
「麻雀で負けた罰ゲームで諏訪が受けた屈辱に比べれば安いものだよ。」
何か負い目があるのか、東さんがストローを持つ。
麻雀と聞いた瞬間、諏訪さんが動きを止めた。
どうせよろしくないことを毎日しているのだろうを踏み、荒船くんと二人で東さんを見つめる。
子供のようにキラキラした目を向けられた東さんが、ストローに鼻を近づけた。
「よし。」
ストローの先が、東さんの鼻の中に入る。
固唾を飲んで見守る私と荒船くんの横にいる諏訪さんが、相変わらずジュースを飲んでいた。
覚悟を決めた東さんが、片手の人差し指で片方の鼻の穴を塞いだ。
数秒の沈黙のあと、スンッと吸い込む音がする。
間を開けず東さんが盛大に咳き込み、山盛りになっていたまたたびは散らばって舞い、私の顔にくっついた。
苦いような、子供の時に粉薬を飲んだ時のような感覚がして反射的に机から離れると、諏訪さんが爆笑する。
諏訪さんの爆笑と、東さんが聞いたこともないような声で咳き込み、椅子から落ちた音がした。
これを見逃すわけにはいかない、と前髪についたまたたびを手で払い、振り返る。
真っ赤な顔をして笑う諏訪さんと、床で蹲る東さんが呻いていた。
荒船くんは顔を逸らし、声を殺して笑っている。
机の上のあらゆる場所に飛んだまたたびのおかげで、大惨事にしか見えない。
顔を押さえる東さんを見て、私は理解した。
トリオン体は痛覚をある程度遮断できるといえど、視覚、嗅覚、聴覚、味覚の攻撃には耐えられない。
仮想といえど、限界があるのだ。
爆笑する諏訪さんがナタデココジュースを机の上に置き、ポケットから携帯を取り出し、蹲る東さんを撮影する。
カメラのシャッター音を聞いた東さんが諏訪さんに襲い掛かり、二人が倒れこんだ。
散らばったまたたびとストローだけ見れば、凶暴化した東さんが諏訪さんを餌食にしようとしているようにしか見えず、荒船くんが噴出す。
そう、これだ、私が求めていた惨事はこれだ。
携帯を抱えた諏訪さんが床を転がっているうちに、東さんが諏訪さんの携帯を投げた。
漫画の束に携帯が当たり、推理小説の上に漫画が落ちる。
相変わらず爆笑する諏訪さんを床に放置して、東さんがティッシュを取り、鼻をかんだ。
ぶしっと音を鳴らした赤い鼻のまま、東さんが掠れた声で呟く。
「サフラン。」
「なんですかそれ」
「昔そういう香辛料で咽たことがあった。」
涙目の東さんが、今にも鼻水を出しそうな顔をしている。
「またたびは香辛料に似ているということですか。」
「まあ、そうだな。なまえ、なんでこんな悪戯を思いついた?」
赤い鼻のまま私を問いただす東さんを見て、探究心が満たされる。
「分かっていて理由を聞く男は早死にするって言ってました」
「それ言いたかっただけだろう。」
咽る東さんが、先ほどまで諏訪さんがガブ飲みしていたナタデココジュースを飲む。
諏訪さんとの関節キスに気づく余裕もない東さんの目には涙が光っていた。






2015.10.31





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