甘みと温かみ







溶けそうな味なのか、ころっとした食感なのか。
あまったるいのかもしれないし、ふかふかしてるのかも。
でもそんなの、食べてみないとわかんない。
一応の自信作であるスイートポテトが詰まった箱を持ち歩きながら、あげる人の顔を思い浮かべた。
お世話になってる村上先輩、幼馴染のユズルくんと、そして影浦隊の皆。
影浦さんの顔を思い浮かべて、頬が熱くなる。
携帯を手に取り「スイートポテトを作りました、食べてもらいたいです。」とメールした。
連絡先を交換したのは、つい最近のこと。
大好きな人と、メールでやりとりできる。
影浦さんは視線のないやりとりが一番安定しているから、これでもっと話せるといいな。
返信が来る前に影浦隊の前に到着して、入れてもらうためにノックする。
出てきたのは、ユズルくん。
「あ、なまえ、それ。」
匂いで気づいたのだろう、ユズルくんが箱を嗅ぎ当てたので、差し出す。
その匂いに気づいた人が部屋から飛び出てきた。
「なんだこれー!うまそうな匂いすんじゃねーの!」
何故かジャージ姿でいる、オペレーターの仁礼さん。
髪の毛が所々はねているから、さっきまで寝ていたのかもしれない。
いい匂いに引き付けられたのか、ユズルくんの分の箱に熱い視線を送っている。
「あの、影浦隊の皆さんの分もあります」
熱い視線は私に向けられ、箱ごと抱きしめられた私は作戦会議室に迎え入れられた。
こたつの周りに漫画やみかんが散乱していて、リラックスしていたことが伺える。
スイートポテトの箱を差し出すと、キラキラした目をしてくれた。
受け取った仁礼さんはくるくると回り、こたつに素早く入ったあと箱を開ける。
「おー!うまそうじゃん!食っていい?」
「どうぞ」
「おいユズル!ゾエが戻るまでに食うぞ!」
みかんとお菓子の匂いがするこたつに陣取った仁礼さんは、箱に敷き詰められたスイートポテトを見て、ひとつを手に取り食べる。
満足そうな顔で食べてくれて笑顔になると、仁礼さんはまたひとつまたひとつと食べ始めた。
ゾエが戻るまでに、ということは全部一人で食べる気なのだろうか。
「うめえ〜みかんも美味いけど甘いもんは美味いな!」
「ゆっくり食べてくださいね」
そう言ってもゆっくり食べる気配はなく、仁礼さんの口にどんどん放りこまれていく。
箱を受け取ったユズルくんは、机の上で大きな紙をいくつか広げていた。
紙の上に描かれているのは細かい図面と文字。
設計図か、なにかだろう。
「つかなまえって、ユズルの幼馴染なんだよな。」
口の端に欠片をつけた仁礼さんに聞かれ頷くと、飲み物を一口飲んだ仁礼さんが爆弾を放つ。
「なまえってさー、カゲのこと好きなのか?」
「えっ」
思わず、固まる。
首をいやいやと振ってもよかったけど、それじゃ嘘になる。
黙り込む私とユズルくんを交互に見て、にやっとした仁礼さんが続けた。
「いやー珍しいと思ってさ、カゲと仲良くしたいなんていう女子がいるって訊いたらユズルの幼馴染の子とか言われんだもん。」
「誰にですか」
「ユズル。」
幼馴染を見ると、こちらの話に興味もないようで設計図と睨めっこしていた。
聞いているのかいないのか、わからない。
出来ればばれたくないことを、スイートポテトで満足そうな顔をした仁礼さんがつっこむ。
「まあ好きとか言っても色々あるぜ!な!?」
「はい」
「カゲと話したい女子とか基本いねえし。」
「です、よね」
「わかんなくもないぜ?キレたらうっさいし口は悪いし不真面目だし。だけど裏表ねーし、分かり合えたらイイ奴だよ、な?ユズル。」
話を聞いているかそうじゃないのか分からないユズルくんに話を振る仁礼さんが、またひとつ食べた。
どんどん減っていく箱の中身とは対照的に、私の心拍数は増えていく。
「うん。」
相槌を返すユズルくん。
設計図に構って、こちらの話は耳に触れる程度の時はああいう返事をする。
ここの隊にいるということは、仁礼さんもユズルくんが選んだ人。
幼馴染だから、と思うことを喋る。
「それはきっと、ユズルくんも仁礼さんも優しい人だからですよ」
上がる心拍数を下げるために、まともなことを言う。
「ユズルくんは、友達を選ぶのが上手なんです、私はそれにくっついてばかりですけど」
そう、くっついてばかり。
ボーダーに入ってもユズルくんの後ろにいて、ユズルくんの選んだ知り合いとだけ話していた。
影浦さんに惹かれて、なんとかして影浦さんと話したくて。
「仁礼さんも同じなんですよ、影浦さんも」
そうして接しているとわかる。
怖くても、凶暴でも、人間性に詰まっているのはそれだけじゃない。
「態度とか関係ないの、わかります」
あれだけ怖い影浦さんも、何度か話せば意思疎通は最初から出来ていたことに気づく。
「仁礼さんは明るいし」
仁礼さんもきっと、分け隔てのない人。
食べる仁礼さんにそう言うと、得意そうに笑われた。
「そうだろ?」
「優しいし面白いし」
「そうだろ??」
「打ち解けやすいし」
「そうだろー!?」
強調するようなポーズを取って得意そうに笑う仁礼さんに、ユズルくんが独り言を投げる。
「単なる礼儀知らずじゃないの。」
「ユズルてめーぶっ飛ばすぞ!」
仁礼さんが勢いよく投げたみかんの皮をユズルくんがキャッチし、ゴミ箱に捨てた。

相変わらずユズルくんは大きな紙を見ては何か書き込んだりしている。
口の端のスイートポテトに気づいて、ティッシュで口を拭いた仁礼さんがこたつに歓迎してくれた。
「ま、ゆっくりしてけよ、アイツいま必死だから。」
ユズルくんを見て企むように笑った仁礼さんを見て、もう一度設計図を横目に見る。
紙には狙撃手用の武器の図面が見えた。
あれを弄るということは、何かを計画しているのだろう。
「別に。」
わざわざ仁礼さんの一言に反応したユズルくんを気にかけながら、仁礼さんの横にお邪魔する。
こたつの中は温かくて、座布団の上に転がると足が暖まった。
手の届くところに漫画やみかんがあって、動きたくなくなる。
寒い日にこたつがあったら、もう何もしたくない。
あったかいおかげで、眠くなってきた。
目を閉じて、こたつに少し潜ってみる。
頭まで心地よい温度に包まれ、こたつ特有の毛布を温めた匂いがした。
顔だけ出して、身体全体を温める。
特に寒くは無かったものの、こたつの魔力に引き寄せられた。
温かいこたつに、眠気を誘われる。
うとうと、うとうと。
目の前にある漫画に手を伸ばしてもいいけど、動きたくない。
このままだと、寝てしまう。
寝ても、ユズルくんが起こしてくれるはず。
でも、どうだろう。
真剣に設計図を見ているから、夕方に起こされるかもしれない。
その前に、村上先輩に渡さないと。
腐りにくいものでも、早めに渡さないといけない。
周りの音が遠くなる頃に、隣にいる仁礼さんが漫画を読み始めた。
紙を捲る音が、たまに聞こえる。
みかんの香りと、漫画のインクの香りと、こたつの温度。
目を閉じると、心地よかった。

漫画が捲られる音しかしないと思って、どれくらい経っただろうか。
たぶん10分か、それくらい。
ドカ、と腰を蹴られた。
「きゃっ」
思わず声を出し、状況を理解する。
ここはこたつの中。
寝ている間に誰かが来て、こたつに入ったのだろう。
そうだ、いつの間にか寝ていた。
その人の足が長いのなら私に気づかず蹴飛ばす。
気づかなかったことに申し訳なく思い、謝ろうとした時。
「ああ?」
聞き覚えのある、怠そうな声。
誰なのか、すぐわかった。
こたつをめくって中を覗く、かっこいいけど怖い顔。
ギザギザの歯と鋭い目が、こたつで丸まっている私を見ていた。
ここに来る真の目的、私の大好きな人。
誰なのか認識したあとに、物凄く嬉しくなった。
「影浦さん!」
まずはこたつの中から出て挨拶しよう、と思えば影浦さんが駿足でこたつを飛び出した。
うまいこと散らばる漫画を避けて、思い切り逃げられる。
「ああああああ!!!なんでだああああああ!!!!」
吼える影浦さんに対してうるさいとしか言わない仁礼さんとユズルくん。
壁際に逃げて私を見据える影浦さんと、目が合った。
「ヒカリ!てめーまで俺に恨みがあんのか!なんでなまえがヒカリの隣にいるんだ!」
「恨み?恨みかー、そーだな、この前アタシがいない時に食った餅ケーキとザラメープルジュース返せよ。」
「置いておくオメーが悪いんだろうが!」
叫ぶ影浦さんを宥めるような顔で、仁礼さんが言い返す。
やり取りに身体的なアクションが見えないということは、いつものことなのだろう。
「食った分を買い足しておくくらいしろよ!」
「早いもの勝ちって知らねえのかアホ!」
「同じことゾエに言えたらアタシの非を認めてやるよ!」
こたつに入ったまま返答する仁礼さんの緩さに感動していると、影浦さんが携帯の画面と私を交互に見る。
「お前、なまえ、こたつの中に隠れてますって先に言えよ。」
「あっ」
「あ、じゃねえよ!刺さったろうがボケ!!」
影浦さんが近くにあった誰のものか分からない猫のぬいぐるみを投げると、仁礼さんがキャッチした。
「なんだよカゲ!シューターになりてーのか!」
猫のぬいぐるみを抱きしめた仁礼さんがこたつに戻り、ぬいぐるみと共にぬくぬくする。
メールには、作ったから食べてくださいとしか書いていなかった。
すみませんと言う前に、仁礼さんが僅かに残ったスイートポテトの箱を軽く叩いて存在を教える。
「なまえがお菓子作って持ってきたからさ、食べようぜ。」
こたつに巣食う魔力と、みかんと、お菓子。
それには影浦さんも抗えないようで、渋々こちらに来た。
「作ってたのは知ってた。」
「おーそうか、ゾエの目に留まる前に食うぞー。」
「おう。」
「どうぞ」
「おう。」
こたつの影から影浦さんを見ていると、唸られそうな顔をされた。
刺さらないように気持ちを動かさず伺っていると、仁礼さんに注意される。
「うちのこたつ共有財産だから、足は気をつけて。」
蹴られたのは仕方ないと納得していると、影浦さんの細い手がスイートポテトをひとつ取って、食べた。
ギザギザの歯で噛み砕かれていくスイートポテトを見届けるわけもなく、こたつに隠れる。
見てはいけないと思い、こたつの中の足を見た。
仁礼さんの足と、影浦さんの長い足。
抱きしめられる猫のぬいぐるみも、暖かそうだ。
同じこたつの中で温まる三人分の足を見つめていると、こたつの上から影浦さんの声が聞こえた。
「うまい。」
「ほんとですか!?」
思わずこたつから飛び出し、食べる影浦さんを見る。
もう一口食べたのを見て、満たされていく。
大好きな人に、作ったお菓子を食べてもらえた。
天にも昇る気持ちになって、スイートポテトを作る過程の苦労なんか忘れていく。
「うれしい」
「普通にうまい。」
「ありがとうございます」
大好きな影浦さんが、美味しいって食べてくれる。
とっても嬉しくてスイートポテトを食べる影浦さんを見つめていると、口を動かしながら性急に頼み始めた。
「ヒカリ、なまえの目を塞いだら餅ケーキとザラメープルジュース買ってやる。」
「なまえ、すまん。」
仁礼さんのおかげで私の目はあっさりと塞がってしまい、仕方なく寝転がった。
親指で頬をつつく仁礼さんの頬を勘でつつくと、より頬をつつかれた。
楽しくなって、笑う。
仁礼さんとじゃれあってると、影浦さんが小さな声を出した。
「なまえ、ありがと。」
その声を聞き逃すわけもなく嬉しくて飛び起きたいけど、影浦さんが逃げるから我慢。
こたつの中で足をちょっとだけ伸ばして、爪先を影浦さんの靴下に包まれた冷たい足先に触れる。
蹴られなかったから、これならいいんだと学んだ。







2015.10.19






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