デートは手を繋いで





お題 ゾエさんとデート




防衛任務が終わったらデートしよう、と言われたけどそれが終わるのは朝からだろうか、夜からだろうか。
それだけを気にして、携帯を横目に足をマッサージする。
細くなればいいと揉んで、足をあげれば、肉の消えない足がひとつ。
大好きな人の隣にいる自分を磨いても、磨かなくても、ただ一言可愛いとか大好きとか言ってもらえればあとはどうでもいい。
椅子にかけたニットのカーディガンを見つめて、ソファに横になる。
そうして何の音もせず目覚めて、朝八時。
朝の匂いと、静けさを気体にしたような陽射しの色と酸素の冷たさで、だるい頭が引きずられる。
尋くんはどこ。
機能してない頭でも、好きな人を探す。
ぼうっとして、それからまだ起きて数分だと自覚し、尋くんの防衛任務はどうなったのかと気づく。
声を出しても機械音のような掠れたものしか出ず、諦めて背伸びをした。
冷たい足同士が触れ合って爪先が床に届いても、朝日のおかげで空気は冷たい。
酸素を吸っていくたびに眠気が飛んでいく頭を掻いて、首の痛みを感じた。
鈍い痛みと感覚が、寝違えたわけではないと伝える。
首を押さえながら携帯を弄ると、光ちゃんから連絡が来ていた。
これから任務に取り掛かるから全体的に伸びる、と書かれたメールが届いたのは、寝る15分前。
ああ、この寝る15分前ってなにしてたっけ。
上半身をストレッチして、下半身を揉んで、曲げて、腰を鳴らして、背筋を伸ばして。
なるわけないことに備え身体を動かしていた私を見られたら、消えたくなる。
顔を洗って化粧水を塗り、軽く化粧をして着替えていると、ピンポーンと間延びしたチャイムの音がした。
誰が来たのかは、分かる。
適当なルームウェアを羽織り玄関を開けると、きらきらした目をして笑った尋くんが立っていた。
黒いダウンジャケット、ストライプのシャツに使い古したようなメンズパンツ。
寝起きの私とは正反対な尋くんが、笑いかける。
「なまえちゃん、映画行こう!」
半分寝ぼけている私に元気に言う尋くん、好き。
「映画?」
眠い声でそう言うと、今度は優しく言ってくれた。
「朝一だと今からでも席取れるし安く済むよ、早く行こう。」
わかったと言って尋くんを招きいれる前に靴を選んで、バッグを取りに走る。
部屋の隅にあったバッグを掴んで、応答するときにひっかけたルームウェアを脱ぎ、部屋の電気を消した。
白くて大きな猫がついたバッグには、尋くんとお揃いで買った財布が入っている。
「尋くん防衛任務は・・・」
「トリオン体は疲れないんだよねー!」
朝から元気に笑っている尋くんを見て、嬉しくなった。
外出準備を済ませ、出かけられるとなったとき、尋くんが大きな手を差し出した。
目の前に差し出された安心感まみれの大きな手を、朝の空気に触れたっきり冷たいままだった手で握り返す。
「なまえちゃん、行こう。」
優しそうな笑顔。
それだけでどきどきしてしまう。
付き合ってどれくらいだろう、二年か、三年か。
手を繋ぐだけでも、こんなにどきどきするのだから、尋くんは私の運命の人なのだと惚気てみたい。
惚気る勇気もない私を、連れ出しては遊んでくれる。
大きな背中に頼って歩いて、歩幅の違いに気づく。
大きな一歩の間に、私は二歩めを歩みだす。
抱っこしてと甘えられればいいけど、そんなことを外でするほど行儀は悪くない。
甘えるのにも行儀がいると思っているから、二年も三年も付き合ってキスもしてないんだよと誰かに言われたことがあった。
そうだ、光ちゃんだ。
つんと尖った上唇とキスをしたら、どんな感じなんだろう。
いつかしてみたい、みてみたい、やってみたい、尋くんが私だけに見せる恥ずかしい顔。
背中を頼りに歩いているうちに、尋くんに話しかけられた。
「なまえちゃんって何時くらいに寝るの?」
「早いと9時かな」
「健康的だねえ、昨日光ちゃんがなまえにメールしたのに返ってこねえっていじけてたけど、その時もう11時だったんだよ。」
「あー、あやまっとこう」
「いやいや、健康が最優先。」
にこやかに言う尋くんは駅に着いて、切符を買う。
私の分まで差し出してくれて、あとで奢ると言って受け取った。
改札を通り、また尋くんの側に立つ。
尋くんは、目立つ。
縦にも横にも大きいし、顔が優しいから高齢者によく構われている。
一緒に帰っている時、待ち場で荷物を持ったおばあちゃんに「付き合ってるの?仲がいいわねえ」と言われた日には頬の赤みが消えなかった。
私と尋くんは、カップルに見えるのだろうか。
きっと、見えているのだろう。
恥ずかしいけれど、嬉しい。
そう言ってしまったら、じゃあもうやめようか、とあっさり言いそうなところも、好き。
だから言わないで、このまま後ろにつく。
電車から降りる大量の人を見つめたあと、電車に乗る。
携帯で映画の公開時間をチェックし、人のいない朝日で照らされる電車内で足を休める。
私の携帯の画面を見た、と思った尋くんが耳元で囁く。
「そんなに足ひらいたらパンツ見えるよ。」
急いで足を閉じて、尋くんを見る。
「はずかしい、やば」
「眠そうだったから、つい、足大丈夫?寒くない?」
「気温は平気」
「そっか、寒くなったらゾエさんのコートの中にダイブしてきて。」
「うん」
注意した尋くんが照れくさそうな顔をしているのに気づいて、申し訳なさと恥ずかしさでぐわっと熱くなった。
膝を押さえて呻く私に、ごめんごめんと謝る尋くん。
ふと尋くんのポケットを見ると、お揃いの財布にチェーンをつけたものが見えた。
まだどこか男の子らしい部分が抜けていないところ、好き。
電車内に人が少なくてよかったと神に礼を言っていると、メールが届いた。
光ちゃんからだった。
「夜にメールしちまってわりー、もうデートしてんのか」と光ちゃんらしい文面。
あの可愛い子がこんなメールをくれるなんて、と嬉しくなり「今映画館行きの電車だよ」と返信する。
携帯を閉じて、ポケットに仕舞う。
「映画、チケット平気かな」
「うん、朝一だし。」
世間話の起も終わらないうちに目的地に停まり、降りる。
雑踏ともいかない静けさを人の足音で混ぜていくような朝の空気を突っ切って、映画館を目指す。
頼りがいがある背中は、なんだか嬉しそうだ。
私も、二人でお出かけできて嬉しい。
眠いとかそんな言い訳はしてはいけない、あとでちゃんと言わないと。
自分から尋くんの手を握ると、握り返してくれた。
温かい手に包まれて、心地いい。
うれしい、と尋くんを見れば何故か尋くんも私を見ていた。
頬が赤いまま映画館に到着して、チケットを取って、時間が時間なのですぐにシートに座る。
見た映画は、最近話題のアクション映画。
スポーツカーがレトロな家を破壊し、領事館が爆破されたあとは主人公率いる正義のスパイがテロリストを薙ぎ倒す。
テロリストの血肉が飛び散るうち、試合中のラグビースタジアムが占拠され、人質の交渉が始まる。
主人公がマシンガンをテロリストに向かって撃ち、ラグビースタジアムに向かうスパイ。
ワインと毒を手にホテルに向かい、テロリストを仕留める。
スーツを着たままパートナーでもある仲間とベッドで、そんなシーンが流れて、私もいつか尋くんと、と思う。
まあ今のところない。
実は尋くんが肉食系なら、それはそれでどきどきするし、もっと言えば興奮する。
映画の中の俳優のような行為ではなくても、大好きな尋くんとなら、私は。
そう思っているうちにホテルを襲撃され、映画は最終局面に。
きっと、こんな撃ちあいは日常茶飯事なのだろう。
訓練とか、ランクとか個人とか、いつも戦うらしい。
話半分にしか聞いてないけれど死なないから思い切り相手を殺せるんだとか。
きっと、映画の役者も同じようなことを思いながら撮影したり、映画の監督も同じことを思いながら監督をしているに違いない。
死ななければいい。
人はそう出来ている。
死ななければ、なんだっていいのだ。
主人公がテロリストの研究施設を爆破し、物語は閉幕。
エンドロールを見ながら、英字を見つめた。
時たま発音が分からない名前があるのを見ると、多様なのだと知る。
三門市も、閉鎖的に多様化していくのだ。
ここはそういう街だから、きっとこれからも映画で見たような光景は目撃していくことになるだろう。
それでもいいと思えるのは、隣にいる尋くんがいるから。
エンドロールが終わって明るくなってから、尋くんが話しかけてきた。
「あー面白かったあー。」
「どかんどかん撃ちあうとテンションあがるよね」
「うんうん、あのへん全部焼いちゃおうよ〜とか思うよね〜。」
「尋くんらしいね」
「そうかなあ、あ、ゾエさんお腹すいた。」
お決まりの台詞も、大好き。
お腹がすいたという尋くんの手を握り、笑う。
「何が食べたい?」
「あまいもの」
「ゾエさんも甘いもの食べたいんだよね〜、なまえちゃんはよくわかってるよ。」
柔らかそうな上唇が美味しいものを求めるように、つんと尖る。
「甘いものが尋くんを待ってるよ」
そう言うと尋くんはにっこりと笑った。
幸せそうな笑顔が、好き。
映画館がある建物の中にある、ケーキ食べ放題の店を目指した。


美味しいケーキが安めの値段で食べられるここは行き着けだった。
おしゃれで可愛い飾りつけが、ハロウィンが近いことを知らせている。
時期やイベントによって並ぶケーキに僅かな変化があるのが、また嬉しい。
甘いものが好きな者にとって、これ以上の幸せがあるだろうかと涎を拭いている間に尋くんが受付の紙に名前を書く。
他にも何人か待っていて、既に入店した人の名前には斜線が入っている。
セキグチ、オオタ、クロエ、カコ、セガワ、エマ、アマトリ、今待っているのはクニタさんとエノシマさんだろうか。
近くの椅子に二人組みの女の子がいる。
学校のことを話しているようで、ひそひそ話してはきゃあきゃあ笑っていた。
椅子に腰をかけて待つと、店員さんが出てきてクニタさんの名前を呼んだあとに受付の紙を確認する。
奥に行くクニタさんを見て、尋くんが店内を見た。
「ね、なにがあるかな、ゾエさんここのグレープフルーツタルトが好き。」
「私はパインクリームケーキが好き」
「美味しいよねえ、あとブルーベリーチーズワッフルケーキとシナモンクランチクッキーケーキも好き。」
「食べ放題だし、切らさないところがいいんだよね」
「だよね〜。」
店員さんがもう一度受付の紙を見て、こちらを見る。
それからまた紙、尋くん、紙、尋くんと視線を行き来した店員さんが、神妙な声で北添様と呼ぶ。
尋くんだけが何かの説明を受けに行っている間、別のフロアを遠目で見た。
カップルだろうか、男女が何か話しながらカフェでシェイクを飲んでいる。
甘そうなシェイクと、紅茶と、ケーキ。
大人になれば、甘いものや子供っぽいものからは遠ざかるのだろうか。
そうなったとき、私と尋くんは隣同士にいるのだろうか。
ああ、もうそんな余計なことは甘いものを食べて忘れよう、そう思ったときだった。
「なまえちゃ〜ん・・・。」
悲しそうな尋くんの声が聞こえて、急いで振り返る。
しょんぼりして涙が出そうな顔をした尋くんが、私の目の前で立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
優しそうな顔が青ざめ、眉が泣いている。
ぽってりとした上唇を尖らせ、現状を嘆くように俯いた。
「ゾエさん、ここ出入り禁止だって〜・・・。」
そう呟いて呆然とした尋くんを見て、何も言えずにいた。
出入り禁止という単語を理解し、なにをしたと問い詰めるなんて可哀想なこともできず、驚くしかなかった。
「え!?」
「ゾエさんやらかした・・・。」
「え、え、なんで?」
「ゾエさんもうだめ・・・。」
「なにしたの?」
「カゲ達と来た時にケーキ食べ過ぎちゃったあ〜!」
尋くんは、今にもうわあんと泣き出しそうな雰囲気を醸し出しながら椅子に座り頭を抱えた。
食べすぎて出入り禁止、なんて普通はあり得ない。
でも、尋くんなら。
尋くんなら正直有り得るので何も言えずにいると、謝られた。
「ううう、なまえちゃんごめんね、ゾエさんと一緒じゃもうここ来れないや。」
ケーキ食べ放題にもう来るなと言われてショックだろうに、私のことを気にしてくれた。
嬉しいし有難いけど、面白い。
ここのケーキ食べ放題は安さと種類と美味しさを揃えたケーキを沢山食べられることを売りにしたケーキ屋。
可愛い外観に、店内はお菓子のような色をした壁紙、硝子ケースにはケーキが沢山。
夢の国のようなお店だから、あんまりにも食べる人はお断りなのだろう。
尋くんがどれだけ食べたのか、あとでカゲくんに聞いてみなければ。
そう考えれば考えるほど、面白くなってきた。
落ち込んでるのに、笑ってしまう。
「いいの、別のお店にいこう、ね?」
「うん・・・ごめんねなまえちゃん・・・。」
おなかいっぱい食べて、お店の人に怒られる尋くん、でもいっぱい食べてお店の在庫をすっからかんにしていく尋くん。
簡単に想像できて、我慢できない。
「尋くんがいっぱい食べるところ、大好きなの、だから落ち込まないで」
「うん、ありがとう。」
「美味しいもの食べて元気だそう、ね?」
「ありがとう、なまえちゃん、でもゾエさん今すごくブロークンハートだから・・・。」
涙目で頭を抱える尋くんの背中を撫でるたびに呻かれ、心配になる。
よっぽどここのケーキも価格も味も量も気に入っていたのだろう。
それに、カゲくん達と皆で楽しく食べた場所。
そこから拒否されたのだから、ショックは尋常ではないことは分かる。
ケーキへの未練を捨てられない尋くんも、可愛い。
でもこのままではいけないので、提案をする。
尋くんの肩を握って、耳元で悪魔のように囁く。
「ね、尋くん、大盛りもんじゃのお店に行こうよ」
「もんじゃ?」
美味しいものの名前を聞いた途端に落ち込むのをやめた尋くんが可愛くて、どきどきする。
きらきらした目の尋くんに、説明する。
「ここから歩いて三分くらいのとこに、大盛りもんじゃの店があるの、時間制限メニューもあるよ」
「なまえちゃん、行こうか。」
大盛りが俺を待っていると言わんばかりにすっと立ち上がり、キリッとした目をする尋くんは、憎めない。
美味しいものに正直なところも大好きだから、とても嬉しくなって軽く抱きつく。
大きな身体がいつまでも元気なら、なんでもいい。
「なまえちゃん、かわいい。」
軽く抱きついただけなのに、頭を撫でられた。
大盛りもんじゃを求めて歩き出した尋くんの背中を見るのをやめて、横を歩く。
大きな手を繋いで歩くと、不思議と歩幅が同じくらいになった。






2015.10.09







[ 169/351 ]

[*prev] [next#]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -