膝の上で迫れ






一人称が俺だったら説はまだ推してる





突然の出来事は、記憶に残る。
今の状況も記憶に残ることを覚悟しつつ、影浦くんから逃げない選択をした。
「なまえ、バレてんだよクソったれ、うじうじしやがって、煮詰まった気持ちのまま出歩くな。」
思い人の隊長は、私に向かってそう言い放った。
いつものように作ったお菓子を持ち、訪れる。
それを狙った影浦くんの犯行まがいの行動は、彼にとって正しいものだった。
冷たい箱が温かくならないうちに、この人から逃げないと。
作戦室の扉の横の冷たい壁に寄りかかり、自ら逃げ場を失くす。
なんのことですかと言って跳ね除ける勇気はどこにもなくて、ただ言葉を受け入れて呆然とした。
せり上がる熱と恥ずかしさに、立っているのすら嫌になってくる。
影浦くんは面倒くさそうに口元を歪ませて、私の手元にある白い袋を見た。
「ゾエは気づいてねえよ。」
口元から見えるギザギザの歯は怖くて、威圧感があって、近寄れない。
この人のサイドエフェクトは、感情受信体質。
きっと、ばれた。
言いふらすような人ではないことは知っている。
思い人は、ここにいる。
ここは影浦さんの隊の作戦室。
毎回会うから、ついにばれたかと思うしかない。
そこだけは信じて影浦くんを伺うと、言いたいこともなさそうに喋った。
「あー、あとよぉ、そういうの嫌な気持ちになる奴いねーから、いい加減にしてくれ。」
それだけ言った影浦くんは、廊下を歩いていった。
個人戦でもしにいくのだろうか、携帯をいじりながら歩くという危険行為を犯している。
影浦くんは、思い人の隊長。
同級生の光ちゃんの隊長でもある。
髪型も行動もロックな影浦くんの背中を見送ったあと、そっと影浦隊作戦室の扉を叩く。
中から北添くんの伸びた声が聞こえて、開けた。
後ろから見るとまんまるで、がっしりしてて、ただの頼りがいのある背中とは違う安心感が、北添くんの背中にはある。
気配を消す真似はせず、素直に近寄って大好きな人の苗字を呼ぶ。
「北添くん」
可愛い顔をした大好きな人が振り向いた。
私を見て、目をまんまるにしてにっこりと笑う。
「お?」
優しい笑顔と、柔らかそうなほっぺと優しい目。
いいものを食べて肥えた舌と唇にキスをしてみたいし、大きなお腹で昼寝もしてみたい。
いきなりそんなことをするほど、理性は途切れていない私は鞄の横にある白い袋を差し出して、北添くんの隣に座った。
隣に座っただけで、どきどきする。
優しい彼は、なにかなと疑いの無い視線で私を見ていた。
「ミルクチーズケーキとヨーグルトパンプキンパイ作ったの、どっちか食べない?」
白い袋の中にある箱を出すと、北添くんの目が輝いた。
箱を開けて、ミルクチーズケーキとヨーグルトパンプキンパイをお目見えさせる。
三個ずつ作ったケーキが入った小さな箱が、幸せの箱に変わっていく。
きらきらした目の北添くんが、どれにしようかと一瞬迷うその顔も、しっかりと見た。
丸い目と丸い鼻、優しそうな目元、大好きな人が今、喜んでくれる。
北添さんの大きな手がミルクチーズケーキに忍び寄り、同梱していたプラスチックの小さいフォークで丁寧に切り刺した。
「先にミルクチーズケーキ食べていい?」
頷くと、北添くんの口にミルクチーズケーキが一切れ消えた。
咀嚼して間もなく、北添くんが幸せそうな顔をする。
「ん、美味しい!」
嬉しそうな口元と丸い頬が、嬉しそうに動く。
見ているだけで私までお腹いっぱいになりそうな笑顔を見せてくれたあと、満足そうに食べてから、また一切れを食べた。
味を堪能して、飲み込んでからミルクチーズケーキと私を交互に見る。
「こういうのミルクチーズっていうの?」
「うん、珍しいの見かけたから買っちゃって」
「珍しいチーズがある店があるんだ?」
「輸入もののココナッツミルクチーズと、フルーツチーズは美味しかったな」
全部、美味しいものを作るために買った。
北添くんはどんなケーキが好きだろうと四苦八苦悶絶して考え、買い、作った。
家族や恋人でもないのに手作りのケーキなんて食べられないと言われたらとか、断られたらとか、余計な不安ばかりが押しつぶしそうだった。
でも、実際はどうだ。
美味しそうなものとあれば美味しそうに食べる北添くんを見ているだけで、そんな不安は跡形もなくなっていった。
「なまえちゃん、作るの上手だね!すっごく美味しい!」
お褒めの言葉を頂き、ケーキを作っていたときの自分がどこかの時空で卒倒する。
素直に屈託のない笑顔が、大好き。
内心は恋心で燃え尽きてしまいそうだけど、平静を装うと、北添くんはまだ褒めてくれた。
「みんなにもあげようよ、喜ぶよ。」
まだケーキが残った箱を見て言った北添くんに、箱を手元に引き寄せた。
冷たい箱に詰まっているケーキは、温かい気持ちでいっぱい。
それなら、全部北添くんにあげたいのだ。
嫌ではないことを目で伝え、実はと切り出す。
「あの、実はこれ北添くんにあげるために」
「ゾエさんに?」
どんな反応をされるかと一瞬身構えようとしたとき、不安なんて吹き飛ばすような笑顔が見れた。
「嬉しいなあ、ありがとう!また作ってよ。」
優しさと安心感の塊のような彼の笑顔が、大好き。
私まで幸せな気分になり、自然と笑顔で返事をする。
「うん、毎日練習するね」
早くもミルクチーズケーキをひとつ食べ終わり、ヨーグルトパンプキンパイに手を付け始めた。
「毎日作ったら食べるから、いっぱい作って!」
そういった北添くんは、ヨーグルトパンプキンパイも美味しそうに食べてくれた。
毎日食べてくれる、食べてもらえる。
ませた頭じゃ俺のために毎日味噌汁をなんとやら、というのを思い出し、赤面したくなった。
北添くんの笑顔が好き、優しいとこも、扱いにくい隊長と仲良くしてるところも好き。
ケーキを美味しそうに食べる北添くんを見つめながら、嬉しさだけが私の心に広がっていった。
思いを伝えられなくても、側にいられればいい。
そう思っていた時期が、あった。



結果報告を片手に作戦室に駆け込むと、机の上にいくつかお菓子の空箱があった。
廊下を小走りで走りぬけて上がった息のままでも、作戦室の光景はしっかりと分かる。
私を見た途端、手元にある紙束をまとめる光ちゃんとお菓子を空にした北添くんが、私を見てお疲れ様と声をかけた。
適当に相槌を打ち、光ちゃんに駆け寄る。
ここのところ忙しくて、ケーキを作れていない。
小腹が空いた北添くんにあげたいのに、最近はそれができていない悔しさが沸いてくる。
「光ちゃん、これ結果報告!」
「それを待ってた、よこせ!」
結果報告を差し出すと、真剣な顔をした光ちゃんに先日の会議のまとめと思わしき紙束を差し出された。
「なまえ!これ書類とか!」
光ちゃんが差し出した紙束を受け取り、光ちゃんに結果報告を渡す。
バトンタッチのし合いをしたあと、光ちゃんは私が来た道を行くように走り出した。
「んじゃアタシは会議ー!すまんゾエ、任せた!」
走り去る光ちゃんに手を振り見送る。
暫しの休みに手渡された書類と見ながら足を休めれば、作戦室には私と北添くんしかいないことに気づく。
なんてことはない、よくある状況。
影浦くんは個人戦、ユズルくんは当真くんに構われながら練習、光ちゃんは会議。
つまり、そこそこの時間私と北添くんは二人きりなのだ。
走りつかれて、お腹も空いている。
隣には、大好きな北添くん。
ふと見ると、打ち合わせでもしたかのように目が合った。
それだけでも胸がときめく私のことなんか知らずに、北添くんは微笑む。
「お疲れ様」
「いやいや、なまえちゃんのほうがお疲れでしょ。」
「そうでもない、でも、おなかすいたな」
空になったお菓子の箱だけでは、胃は満たされない。
何か食べないといけない、そう思い目の前の北添くんを誘う。
「北添くん、ポッキー食べない?」
「食べる!」
軽い誘いを笑顔で受けてくれるところも、大好き。
休めた足を伸ばし、冷蔵庫まで歩く。
投げたものや散らばったもので汚れていない床を見るに、今日は影浦くんの機嫌が良さそうだ。
冷蔵庫から冷えたポッキーを一箱出して北添くんに手渡す。
他になにかないかと冷蔵庫を見ると、ペットボトルが二本に冷えた携帯軽食が三つ。
疲れた光ちゃんが携帯軽食を齧りつつ書類を向き合う姿が浮かび、納得した。
昨日見たときよりも減っている理由は、北添くんに聞けば分かる。
近くにあるエネルギーは吸収していくスタイルの彼は、悪意もなく食料を減らしていく。
あとで買い足しに行かなければと思いつつ冷蔵庫を閉め、元の位置に戻り北添くんとポッキーを見る。
きっと、振り向いた先には大好きな人とお菓子が待っている。
手渡したポッキーの箱は北添くんの手の中にあり、箱には一袋しか入っていなかった。
「あれ、もう一袋」
北添くんの手には、空のもう一袋と一本のポッキー。
「ん?」
まんまる顔の食いしん坊が、食べようとしていた。
状況を理解したあと、わざとらしく机に突っ伏す。
一袋をこの早さで全部食べようとしていたということは、私が少しでも遅れていたら。
そう考えると、頭痛がしそうだった。
食いしん坊なところも大好きだけれど、面白くて突っ伏したまま動きたくない。
「ごめんごめん、なまえちゃん、全部食べたかったの?」
隠した顔は、笑っている。
落ち込んでいるふりをしているけれど、北添くんが面白いし可愛くて仕方がない。
「当たり前です」
「ごめんってばー。」
「何も言わずに食べちゃうことないでしょ!?」
北添くんの前に食べ物を出して、こうならないことを予想しないわけがない。
あとで買い足しに行くときは、ポッキーも多めに仕入れてこよう。
日持ちするグミも飴も置いて切らさないようにしておけば、突っ伏すことにはならない。
「なまえちゃん、許して。」
「駄目って言ったらどうするの」
「なんでもするよー!ね?はい、これ食べよう。」
反省しているのかもしれないと思わせる悲しそうな声でそう言われ、横目で北添くんを見た。
しょんぼりとしているけど、目はまんまるのまま。
なんでもする、と言った彼を見て、ふざけてもいいと確信する。
可愛い北添さんを見て、疲れと一袋しかない現実におかしくなってしまったようだ。
「もー!じゃあ言うこときいて」
「うんうん、なにするの?」
私は怒ったふりをして立ち上がり、北添くんの上で大股を開き、スカートの中身が見えないうちに大きな膝の上に座った。
柔らかくはない太ももに座り、改めて体のがっしり具合を感じる。
なにをされるのかと身構えている北添くんですら、可愛らしく見えた。
お尻で座りのバランスを取り、足先を床につける。
「なまえちゃん、どうしたの?」
失礼なことをしても、突き飛ばされない。
これはいけると私の中の悪魔が囁き、向き合ったまま冗談まみれでお腹をつまむと、可愛らしく嫌がってくれた。
「そんなんだから太るんでしょ!?このお腹は何!」
「うわあん、やめて!」
お腹をむにむにとつまんでは揉みつまんでは揉みをしても、笑うばかりで突き飛ばされない。
楽しそうに笑い、嫌がっている素振りを見せない北添くんを見ていると自制心はどこかに行く。
お腹をつまむたびに笑い声が聞こえ、もっとからかってもいいと思い始める。
まんまるなほっぺが歪むまで弄り倒したい。
思ってしまったことを行動に移すのに、数秒もかからなかった。
「北添くん、ポッキーゲームって知ってる?」
膝の上に座り主導権を得たような私は、偉そうにそう言ってみた。
お菓子の名前を聞いた北添くんが、期待したような顔をする。
「お?どんなの?」
袋をひとつ手に取り開けると、チョコレートの匂いが鼻をかすめた。
握り締めたら溶けていく中身の袋を手に、甘い匂いのするポッキーを咥えて、差し出す。
「ん」
私の唇からポッキーを取り、何もなかったかのように食べ始めた北添くんの膝を叩く。
「違うよー!」
「違うの?」
袋から一本だけ出し、見せる。
ポッキーを煙草のように指で挟んで、もう片方の指でチョコレート部分の先を指す。
「こーやって端っこから食べっこしてくの」
指がつつつ、と動いて指と指が触れ合うのを見た北添くんが驚いた顔をして、それからすこしだけ顔を赤くする。
「え、いや、なまえちゃん、それってさあ。」
ポッキーを咥え、再び差し出す。
「しよ」
ポッキーを咥えた私が目を合わせた途端に笑って、冗談だよと言い出す雰囲気がないとわかると、北添くんは顔を赤くした。
固い太ももの上に座って目で逃がさない私から、目を逸らす。
それでもポッキーを咥えたままゲームスタートを待ち望む私に、疑惑を向ける。
空いた手を北添くんの肩に当てると、肘のあたりを押さえられた。
「なまえちゃん、ゾエさんこういうのは、ね、なまえちゃん…からかってる?」
ポッキーを咥えたまま「からかってない」と言うと、涎が下の裏側に落ちた。
緊張で乾きそうな唇は、まだ甘い匂いに触れている。
行動内容自体はふざけていても、私が本気でやっているとわかると、北添くんは何も言わずに私を見た。
口の中が、乾きと甘い匂いに満たされかける。
ぬるりとした舌と、甘い匂いがするお菓子。
目の前には大好きな人の、可愛い反応。
怒って突き飛ばすか、怒鳴るか、私を放り投げるか、無難に膝の上から降ろすのか、どれだと待ち構えていると予想は外された。
「ゾエさん、ちゅーさせちゃうほどガード緩くないよ。」
「私も」
「だよねえ?ゾエさんもだよ。」
「どっちかというとガード固いもん」
「うん、なまえちゃんは誰でもカモンじゃないよね。」
「そうだよ」
至って真面目な空気が流れ、甘い匂いだけが漂う。
私の中の悪魔は、まだこのままでいろと囁く。
ふざけたままじゃ、いけない。
そんな言葉が頭を過ぎってから、甘い匂いで掻き消された。
「既にゾエさんの中で意外なんだよね。」
「なにが」
「なまえちゃんっていうか、なんかもう状況が珍しいというか。」
いつもなら食べてしまう匂いが私と北添くんの間を仕切っているようでいない、そんな二人だけの空間が出来始めた。
私はふざけているものの、本気。
その気持ちを察したか、影浦くんのように感じ取ったかは、わからない。
もし、私が跨っている相手が影浦くんなら私はとっくに突き飛ばされているはず。
可愛い顔が赤面して、すこしだけ真面目な顔つきをする。
「いつからそんな目で見てたの?」
「最初から」
「えええ、そうなんだ。」
ポッキーを咥えていた口の力が抜けてきて、舌の裏側の涎は滲んできて、私の太ももの間に寂しい音を立ててポッキーが落ちた。
沈みそうなポッキーを見つめた後、大好きな人を見る。
指の間にポッキーを挟んで口から離し、答えるために繕う。
「ケーキをくれたときは、どんな気持ちだったの?」
「北添くんにあげたくて」
「あー、うーん、ゾエさんはカゲみたく気持ちがわかんないなあ、でも、ほんとのこと言ってよ。」
甘いケーキも、パイも、タルトもクッキーも。
「北添くんに美味しいものを食べて欲しくて作った」
あなたの優しい笑顔が好き。
その一言が素直にいえなくて、全部美味しいお菓子にぶつけていた。
砂糖の量だけ私の思いが詰まると思えば、甘いものは簡単に作れる。
「ゾエさんのためなら、あんな美味しいものも作るの?」
「作る」
「なんで?」
こんな話をしているのに、優しそうな顔のまま、まっすぐ私を見て、赤面したまま困っていた。
北添くんは私が何も言えずにいると愛想笑いに優しさを詰め込んだような笑顔をする。
今この状況でも、それは同じだった。
私に笑いかけて言葉を待つ、こういうところが大好きなんだ。
「北添くんの笑った顔が大好き」
自分の感情が追いつく前に、そう言った。
花火のような火が、私の感情の導火線の近くをうろつく。
必死に火を消すために北添くんの顔を見つめていると、北添くんは困ったような顔をするのをやめた。
今日の晩御飯なんだっけと言いそうな顔をして、私に告げる。
「じゃあもうゾエさん笑わない。」
あっさりと、そう言った。
凍りつくか溶けるか迷うより先に、頭が止まる。
言葉だけ受け取り、そんなの嫌と言うには相手の膝の上にいることは不相応だ。
笑わないと言った北添くんは確かに何事もないような顔をしていて、心が痛み始める。
痛んだ胃と、焦る鼓動。
唖然とする私の頭を、北添くんがぽんぽんと撫でる。
それから困ったように微笑んで、目で冗談だと伝えてきた。
引き戻された私に、北添くんが真面目な口ぶりで問いかける。
「俺で、いいの?」
頷いてから、這ってきそうな恥ずかしさを叩いては落とす。
感情の導火線に火がつく前に、どうにかしなければ。
太ももの上で悶絶したくはない私は、ただ黙って聞いた。
優しい目は、私を見ている。
「意外だなあ、うん、すごく意外。」
「なんで」
「俺は、なまえちゃんがケーキ持ってきたときの笑顔とか、俺が食べてるところを見てる優しい雰囲気が好き。」
すき、という言葉に目をぱちくりさせると、北添くんがにっこりと笑った。
止まっていた頭が急に動き始め、眩暈がする。
甘い匂いも、熱も、恥ずかしさも、暫しどこかへ消えた。
無反応の私に向けられる、柔らかい表情。
大好きな笑顔に反応しないくらいには、心が驚き、停止している。
そうして、熱は溢れる。
「それから、なまえちゃんが俺を見つけると走ってくるところも、光ちゃんと遊んでるときの元気なところも、北添くんって呼び方するところも好き」
目の前にいる彼の姿を捉える目が、機能停止したように動かない。
耳と思考だけは確かに動いているので、まだ生きている。
「嬉しいな、なまえちゃんに好きって言われちゃった。」
いつもの柔らかい笑顔のまま、照れている。
こうなる状況下で、膝の上にいるのは如何なものか。
気づいたときには遅くて、北添くんが私の導火線に爆弾を投げた。
「尋、って呼んでもらうんのはダメかな?」
大好きな、優しい、北添くん。
そんな彼のお願いは、聞くしかないだろう。
「尋くん」
憧れていたその発音をしただけで、涙が零れた。
緊張と恥ずかしさと達成感と恋心を涙で溶かし出すような目をした私の頭を、大きな手が撫でる。
「あーあー、泣かない、泣かないよ、緊張しちゃったね、よしよし。」
大きな手が私の頭を優しく撫でたあと、軽く抱きしめ背中をゆっくりと撫でてくれた。
柔らかくて大きな身体に抱き寄せられ、がっしりした腕と大きな手が撫でる。
この状況は、なんだ。
涙が溢れる私を見て、尋くんはポッキーをひとつ差し出した。
「なまえちゃん、ポッキーゲームだけど・・・。」
その続きを言わずに、一本咥えた。
まんまるな顔から出るポッキーを見つめていると、普通に食べ始めた。
咥えたままじわじわと減っていくポッキーを見ているうちにも、涙が溢れる。
それから顔を赤くして、首を振られた。
食べ終わった頃に、笑いながら
「いやいやいや無理、やっぱ恥ずかしいよ、これ。」
赤くなる尋くんが可愛い。
涙で歪む視界で必死に見ていると、尋くんがそっと身を寄せ、額に何か触れた。
情けない私を、尋くんの大きな手が包み込む。
ちゅ、と耳に触れる音がして、つむじから後ろ頭までそっと撫でられる。
「普通にしたほうがいいよ。」
突然の出来事は記憶に残ることを覚悟して、膝の上からお尻を離して尋くんに抱きつく。
涙で自分の足と尋くんの太ももを濡らしながら頷くと、いつもの笑顔をした尋くんに慰められた。






2015.09.25






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