蕩け始める愛





ユズルくんが難解な組み立て方をして、どれくらい経っただろう。
説明書もなく組み立てていく立体パズルは、見かけたときよりも完成してきている。
北添さんが食べていた期間限定の壷プリンキャラメルクリーム味とメープル味の入れ物は空になって、暫しの静寂だった。
プリントークも途切れて、満腹とともに小休止。
ゆったりしていると、影浦くんの気だるい低い声が、待ち人を遠まわしに呼ぶ。
「遅え。」
待ち人の名を呼ばす、ソファにどっかりと座り、待つ。
その様子をいつものことと片付けて、北添さんは優しく話しかける。
「授業長引いてるんじゃないかな?」
「この時間には終わってるだろーが。」
時計を見ると、四時。
五限までの日なら、もう着いていてもいいはずだ。
買い食い、寄り道、一度帰宅して着替える、女の子が遅れる理由は色々ある。
女の私は、なんで遅れるのかくらいすぐわかる。
わからなさそうな影浦くんは、不服そうな顔をしながら何故遅れるのか考えたようだ。
「納得がいかねえ。」
何を想像したのか、何を考えたのか。
不平不満を押し込んだような顔をした影浦くんを眺めて、真実を知る自分の優越感を飲み込む。
不満そうに呟いた影浦くんを、すかさず北添さんが励ます。
「カゲが焼きもち?珍しい!」
「んなわけあるか!」
振り向いて叫ぶ影浦くんも、見慣れた。
特に、光ちゃんに恋人が出来てからというもの、友達を取られて怒る子供のような顔をしている。
影浦くんがどれだけ騒ごうとも、北添さんが笑って落ち着かせてくれた。
信頼しあえるチームの一報に、影浦くんがぶすくれる。
「あいつが!俺に怒鳴るのに!どっかで猫被ってんのがムカつくんだよ!」
「それはやきもちだよ。」
すかさず指摘した北添さんの優しい笑顔に安堵していると、影浦くんが吼えた。
「うるせーんだよ!」
恋愛感情を抜きにしても、影浦くんは光ちゃんが好きなのだろう。
影浦隊の隊長は感情受信体質持ちで感情に敏感な人、その隊のオペレーター。
誰がなんといおうと、最高のオペレーターだ。
からくり箱のような立体パズルを組み立てるユズルくんが、思ったとおりのことを言う。
「いいじゃん、思うことくらい好きにさせれば。」
どうでもいいから好きにさせる、の、好きにさせればじゃない。
否定しない、お前は間違ってない、だから好きにしろ、そういう気持ちでいつもいる子。
ユズルくんの立体パズルは完成されてきて、蛙のような形になってきた。
かわいい蛙が、ちょこんとユズルくんの近くに座っている。
「俺がアイツにイラつくわけねえだろ!たまーに部屋の隅っこから柔らかい気分が漂ってくんのが我慢なんねえだけだボケ!」
堂々と叫ぶ影浦さんを、咎めたりしない。
心配しなくても、オペレーターやめるなんて言い出さないと思うけれど、不安は人並みにあるのだろう。
ソファで寝転がり足を放り投げる影浦くんを、慰める。
「カゲくん、光ちゃんのこと好きなんだね」
「ヒカリちゃんはいい子だもんね。」
私と北添くんが安心の言葉を投げかけると、影浦くんはまた吼えた。
「んなわけねえ!なまえもゾエも分かってねえな!」
ソファから起き上がり、私と北添さんに向かって怪獣の真似のようなポーズをする。
手をトラのように構えて、歯を見せて、がおーと唸らんばかりの影浦くんが詮索した。
「あんな怪獣みてーにうるせえ女と付き合う奴、どんな奴だよ、ゴリラ野郎に違えねえ。光が怒ったときなんかやべーんだぜ、ぎゃーぎゃーとよお、あんなのメスじゃねえし。」
でも、と北添くんが付け加える。
「カゲが前にヒカリちゃんに凄く怒られた理由って、ヒカリちゃんのおやつ食べたからじゃなかった?」
「うるせえ!!!」
がおーと襲い掛かる影浦くんを楽しそうに受け止める北添さんを見て、笑った。
北添くんに引きずられソファに戻される影浦くんに、自分の分のお菓子を差し出した。
「カゲくん、私のおやつ食べる?」
「蹴り飛ばすぞ!」
断固として認めない影浦くんを微笑ましく見つめると、悪態をつかれた。
いつものことなので、誰も止めない。
彼らしい一面を曝け出す中、パズルをするユズルくんが影浦くんに相槌を放り投げた。
「影浦さんもなまえさんもちょっと黙って。」
この作戦室の中では平和なユズルくんの一声に、北添さんの上着のポケットにお菓子を仕舞う。
ポケットに入れたお菓子と代わりを申し込むように自分の携帯が鳴り、手に取る。
メールの差出人の名前を見ただけで、内容も予想せずに開く。
「はいはい、っと」
今来た、と書かれたメールを見て素早く立ち上がり、出入り口を目指す。
私がポケットに押し込んだお菓子を幸せそうに食べる北添くんを置いて、好きな人への返信をする。
一言だけ書いて、送信。
なんの変哲もない光景を、影浦くんは見抜く。
「どこ行くんだよ。」
私の感情を見抜いたかもしれないカゲくんが、呼び止める。
何事もなかったかのように笑い去る私を、異様なものを見る目で見るカゲくんに手を振った。
「お呼ばれ」
立ち去る私に快く手を振る北添さんと、私から漂い刺さるであろう甘ったるい感情に顔を顰め、呆れる影浦くん。
なにも気にせずパズルを組み立てるユズルくんが、横目で私を見て会釈してくれた。
「ケッ、どいつもこいつも。」
安心して聞ける悪態を吐く影浦くんほど、見ていて落ち着くものはない。
気づいているであろう影浦くんは指摘することはなく、どういう形であれ、行く末は気になるのだろう。
ユズルくんが組み立てるパズルのように、破片を繋げて形にしていく。
最初から完成している恋心なんて、あり得ない。
作戦会議室を立ち去る直前「カゲ、ゾエさんの胸に飛び込んでおいで〜。」という間延びした声が聞こえた。
振り向く気はせず、好きな人に向かって歩き出す。
パズルが嵌め込まれる僅かな音も聞こえなくなる距離に遠のいても、私の心は寂しくない。
後ろのほうで、誰かが追いかけっこを開始した音がする。
間延びした声に対する「やめろー!」という叫びは篭っていて、何が起こったかは想像に難くなかった。

廊下を何度も曲がり階段を降りると、入り口付近に光ちゃんがいた。
今来たばかりのようで、上着を羽織ったままこちらに来て手を振る。
「おー、なまえなまえ、きたきた。」
光ちゃんから漂う外の匂いが、天気を知らせる。
きっと寒い。
マフラーを持ってくればよかったと思いながらも、光ちゃんの熱っぽい頬に目をやった。
「いま来てさー、もうカゲたち来てた?」
そう言う間に進む場所は、女子トイレ。
小奇麗なトイレに入るとトイレの扉は全て開いていて、私たちしかいないことを確認させられる。
「うん」
「まじかよーゾエに時間ネタでまた弄られるのないわー!」
外で風に吹かれてきたのか、女子トイレの休憩スペースに鞄を置いた光ちゃんが髪型を気にした。
休憩スペース独特の簡易な椅子を引き、また何度か髪を確認する。
光ちゃんにとって気に入らないところがあったのか、常に綺麗なトイレの椅子に座り、髪を解いた。
さらさらした髪が、トイレの照明で光る。
隣に座り、鞄についたマスコットを見た。
汚れていないマスコットと定期入れが下がる中に、お揃いのものがある。
行き着けの雑貨屋で買ったものは、こうして身につけられていく。
「明日さー、クレープ屋割引だって!行きだろ!」
「ゲーセン近くのとこ?」
「いやいや、めっちゃお洒落なカフェあるじゃん、あの横の!」
「ほんと!?行きたいなあ」
付き合いはじめてから時間は経過しても、会話は友達だった頃と変わらない。
恋人らしいことも、特にしていなくても問題ない。
一緒に遊んだり、喋ったり、帰路に着いたり、僅かなことが心を満たしていった。
光ちゃんが私の近くにいるだけで、安心して、それから身体が温かくなる。
結びなおす手を見つめながら、元気そうな声で喋る光ちゃんの横顔を見た。
「昼から映画行ってよ、セールの店巡って、それからクレープ行かね?」
「セールどこ」
「前になまえとお揃いのワンピ買ったじゃん、あそこと、上の階のギャル系の店ぜんぶ。」
「ほんと、光ちゃんギャル服のほう行ったら」
「まじ?アタシもいっちょアゲる感じにいきますかー!」
サイドテールが出来上がっていく工程を見ながら、明日の予定を考える。
映画を見て、セールの店だけと言いつつ、古着屋もアクセサリーも靴も化粧も巡るのだろう。
遊ぶことには惜しまない光ちゃんが、髪を結び終わり私に背を向けた。
「ねえーなまえ、これ変じゃなくね、大丈夫?」
「いい感じ」
結びなおされた髪と光ちゃんのつむじを見つめながら、両腕で光ちゃんを優しく抱きしめた。

柔らかい髪の主は、私の大好きな女の子。
椅子に座った光ちゃんは逃げ場もなく、黙って抱きしめられてくれた。
「さっきまでカゲくんたちと話してた」
女子トイレ、休憩スペースの椅子と鏡。
誰が入ってきてもおかしくない状況で、私は光ちゃんを包む。
払いのける手がないことを待って確認してから、つむじにキスをする。
「光ちゃん、誰と付き合ってるかってのは言ってなかったんだ」
髪の具合を確認してから、鏡越しに目を合わせる。
可愛い顔をした光ちゃんが、何の間違いもないように振舞った。
「聞かれたら答えるけど、そこらへんは聞かれてねーし。」
なんでも素直にあっさりと言う光ちゃんのことだ、聞かれたら答えるのだろう。
なまえと付き合ってるぜー!と軽く言って、影浦くんが固まり北添くんが驚き、ユズルくんが二度見をする。
それでも、互いのことを理解しあっている人たちだから、気持ちを隔て始めたりはしない。
裏表のない影浦くんの側にいるのは、同じような人ばかり。
だからといって私が安心していいわけではない。
「カゲくんがね、光ちゃんがどんな男の人と付き合ってるか気になるって」
好意は気持ちいい、悪意は気持ち悪い、正の感情に撫でられ、負の感情は刺さる。
内なるものへの影浦くんの感覚は、一般的なのだ。
だから、女は男へ、男は女へ、正の気持ちを向ける。
人間が誰しも本能的に正しいと思うことを、能力のおかげで寸分の狂いもなく受け取ってきた影浦くんは、私のことをどう思うのか。
それこそ、想像に難くない。
男の人と聞いて、一瞬だけ光ちゃんの表情が曇ったのを見て付け加える。
「あと光ちゃんのこと怪獣だって」
面白く思うしかないことを伝え、笑いを含んだ口元を光ちゃんの後頭部に近づけた。
光ちゃんの匂いがして、気分がいい。
片側だけ見えた耳の後ろには傷跡のひとつもなく、清潔感だけがあった。
そのうち片方の耳にピアスが空く。
そのときは、私も一緒だ。
うなじは髪の毛で隠され、キスはできない。
今にも卑猥なことをしそうな私を予感したのか、光ちゃんが振り向いてから両頬に手をあてて、犬の手のように指を曲げた。
「がおー!」
可愛らしく吼えた可愛すぎる怪獣に抱きつくと、楽しそうな笑い声がした。
じゃれつくように私を撫でてから笑う光ちゃんの頬にキスをする。
ちゅ、と音がして、目を覗きこむ。
潤みかけた目と緩んだ口元に歳相応の照れ方をした可愛い顔は、鏡にも映っていない。
正真正銘、私だけに向けられた顔だ。
唇にキスをすると、すぐに粘膜に触れた。
来る前に何か齧ったのか、ミントの味がする。
軽くキスをしただけなのに唇同士で糸を引いたのを感じて、唇から頬、首筋へと唇を移動させると、くすぐったそうに悶えられた。
笑いながら身を捩る光ちゃんを逃がさずにいると、トイレに響かない程度の声で喋り始める。
「カゲのが怪獣みたいじゃん、ほんっとあいつ盗み食いの件懲りてねーだろ。」
「お菓子の袋にマジックペンで番号振っておけば」
「それいいな、今度やっとく。」
「ぜーんぶ北添くんが食べてたらどうする?」
「一回それマジであったから、オペレーター権限で影浦隊おやつ番号制度導入する。」
キスをしながら、喋る。
会話の合間に、ちゅっちゅっと聞こえる音がいやらしくて、腹の底が燃え上がった。
空いた両手で服の上から光ちゃんの胸を揉むと、照れながら声を荒げられる。
「揉むなっ!」
嫌ではなさそうな光ちゃんにキスをすると、荒ぐ声は聞こえなくなって、静かな呼吸だけが耳に届いた。
光ちゃんの匂いが、いっぱいする。
首筋と耳の裏にキスをして、空いた手で太ももから膝の裏を触る。
びくんと肩を震わせたのを見て、指が動く。
「かわいい」
膝の裏を指で撫でて、腰骨を撫でた。
触るたびに肩と腰が跳ね、衣擦れの音が増える。
吐息が乱れかけているのを必死で抑える光ちゃんが可愛くて、愛撫のように指先で膝と腰を撫でた。
「光ちゃん」
私が求めると、潤んだ目の光ちゃんが私を見た。
私にしか見せない、可愛い顔。
赤い頬も蕩けた目も、八重歯の隙間から見える舌も、全て私だけが見れる。
「ん。」
可愛い声が漏れたのをいいことに服の下に手を入れようとしたとき、手を引っぱたかれた。
トイレに誰かが来たのかと思えば、誰もいない。
赤い頬と、口元から見える八重歯と、その間から見える舌。
単に恥ずかしさに焦っただけのようで、愛しさが爆発する。
懲りずにキスをすると、嬉しそうに呻かれた。
「なまえまじ積極的すぎ。」
光ちゃんの髪を触って、綺麗に結べている部分を見た。
シュシュだったり、ぽんぽんのついたヘアゴムだったり、リボンだったりするこれを光ちゃんは器用に使う。
サイドテールの髪に触れて、またキスをした。
「いい匂いする」
そう言うと、光ちゃんは自らキスをしてきた。
私の首に手を回され、ぐっと引き寄せられる。
漂ってくるのはシャンプーの匂いでも服の匂いでもなく、光ちゃんの匂いを混ぜた女の匂い。
女同士が、一番敏感なその匂いを感じて、私の下着が湿る。
「グロスの匂いじゃね。」
蕩けそうな目の光ちゃんが、なんとか正気を保っていた一言。
本当にグロスの匂いなら、キスをしすぎてどっちの匂いなのか、もうわからない。
柔らかくて、安心する匂い。
長い髪の飾りの側にある、大好きな女の子の顔。
一緒に歩けば見える、足も手も。
今漂っている、女同士の女の匂いも。
「光ちゃんの匂い」
なにもかもが大好き。
「な、ここトイレじゃん、ここはやめねえ?」
「そうだね」
冷静になった光ちゃんが、ここではやめようと提案した。
誰もいないとはいえ、ここはトイレ。
熱すぎるスキンシップを他の女の子に目撃され、何事かと叫ばれかねない。
照れおわった光ちゃんの顔を見て、漏らした可愛い声を思い出す。
この表情は、渡したくない。
「明日の映画のあと、買物でしょ、セールだし沢山買うんだよね」
「そのつもり。」
明日のことを私なりに考える。
お洒落をした光ちゃんと私は、映画を見て、買物をして、荷物を持って、映画面白かったねと言い合いながらクレープを食べて。
「荷物持ったままじゃ疲れるから、どっかで休憩しない?」
抱きしめた手で、腰を抱いた。
服の下から伝わる光ちゃんの体温を、手の平でしっかりと受け止める。
私は光ちゃんの熱は、逃がさない。
愛が行き着く先がないのなら、延々とやってやる。
自分の手をふと見て、爪が短いことを確認してから、また光ちゃんの腰を抱いた。
醜い肉欲の下心を抱いた私に、照れた光ちゃんがまっすぐな目を向け頬を赤くし、渋々口を開く。
「・・・なまえとなら、いいよ。」
可愛すぎる反応に、トイレだということも忘れて光ちゃんを抱きしめた。







2015.09.18







[ 165/351 ]

[*prev] [next#]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -