眼差しは向けられた




眼差しの感覚の続き





期間限定のお菓子を抱きしめてユズルくんの元に行けば、笑顔で迎えてくれた。
幼馴染のユズルくんには、珍しい食べ物を手に入れたときに真っ先に見せに行く。
お菓子を広げて、わいわい話しながら二人で食べる。
それがいつものことで、幼馴染だから付き合い方も昔のままで、変わらないはずだった。
影浦隊作戦室の前に到着した時、ユズルくんの携帯が鳴る。
聞き覚えのある音がして自分のかと思う前にユズルくんがポケットから携帯を出す。
画面を見て、そのまま廊下へと身体を向ける。
「ごめん、当真さんがオレの忘れ物見つけたって。」
「そっか、いってらっしゃい」
「先にソファに座ってていいよ。」
一瞥して、ユズルくんは走り去った。
忘れ物をするなんて、珍しい。
当真さんがわざわざ連絡までくれるなんて、相当珍しい。
忘れちゃいけないものでも忘れたのだろうか。
ユズルくんらしくないと思い扉を開けて、ソファを狙う。
見渡す前に、ソファ越しに私を見る影浦さんと目が合った。
なんでなまえがここにいるんだ、という顔をした影浦さんはギザギザの歯が見える口を半開きにして、眉を潜めている。
驚いてこちらを見たまま固まっているせいで、首筋が見えた。
鋭い目つきに抱きつかんばかりの勢いで、影浦さんに近寄る。
「影浦さん!」
途端に影浦さんが跳ねて遠のき、もうひとつある椅子の上に後ろ足をかけて飛び乗った。
動きが攻撃手のそれで、つい目を引かれる。
トリオン体じゃないのに素早い拳法みたいでかっこよかった、と思っていると影浦さんが唸った。
「今度は誰の差し金だ、ユズルが下剋上狙いでなまえを仕掛けたのか。」
相変わらず、私の大好き視線を警戒している。
ユズルくんが下克上なんて、あるわけない。
年上を慕って、友達を選ぶのが上手くて、仲良しになるのも上手なユズルくんがそんなことをするわけがない。
「そんなことありません!」
躍起になって言うと、影浦さんは私を指差した、と思わせておいて私の手にあるお菓子の箱を指差した。
「大体オメーなんでここ来た!影浦隊員以外基本出入り禁止だ!」
「ユズルくんとお菓子を食べようと思って」
「なまえ見るたびお菓子持ってるような気してきたぜ!なまえの本体が甘いものなのか!?」
吼える影浦さんを、どうにかして落ち着けたい。
いつ殴りかかるか分からないこの人を、座らせることはできないか。
手にある箱を抱きしめ、影浦さんに告げた。
「影浦さんも食べましょう!!!」
「おう。」
相槌のような即答に安心して、机の上にお菓子を広げた。

箱の文字を見る影浦さんが、どれを食べようかと迷っている。
メイプル、抹茶、チョコレート、シナモン、バニラ、ラブポーション、クッキークリーム。
甘くて美味しい味のケーキが限定販売と売られていたら、買うしかない。
その中に影浦さんの好みがあることを祈りつつお菓子の袋を開けようとしたところで、携帯が鳴る。
千佳ちゃんからのメールには業務連絡以下の、明日の授業の自習内容が書かれていた。
有難いメールに感謝して返信を打とうとすると、影浦さんが携帯を手に取る。
細くて大きな手に収まる携帯を見つめてしまう気がして、メールを打つ。
千佳ちゃんへのお礼を打っていると、携帯を持った影浦さんが時間でも確認するのかと思えば、私にとってのとんでもない言葉が影浦さんの口から飛び出した。
「なまえも連絡先教えろ。」
手にあるお菓子が、ダンベルのように重く感じた。
そうしてから、顔が熱くなって、頬が笑う方向に引きつる。
なんとかして平静を保とうとお菓子の袋を開けていると、影浦さんが手をおいでの構えにして私を呼んだ。
「荒船と鋼は基本メールだからよ、ホラ、オイ、なまえ、教えろ。」
開けっ放しのお菓子を机に置いて、携帯を片手にそろりそろりと影浦さんに近寄り、隣に座る。
大好きな人が、今隣に。
頭が噴火しそうな状態のまま、携帯を開く。
影浦さんがこちらに見せてきた携帯の画面には、メールアドレスが書かれていた。
携帯ケースは汚れていなかったか、それに画面も拭いてきたか。
余計な心配まで押し寄せ、どうにかなりそうだ。
即座に打ち込み、送信する。
ピロン、と影浦さんの携帯が鳴って、私のメールが影浦さんに届いた。
お互いに登録しあって、完了。
どういうことだ、私と影浦さんは繋がってしまった。
電話帳に増える、大好きな人の名前。
登録名、影浦雅人。
振り仮名に、かげうらまさと、と打つ。
字だけなら普通の男の子の名前なのに、本人はどうしてこんなにかっこいいのだろう。
「登録しました」
「おう。」
私の報告にも、相槌だけで答える。
「携帯のほうが、話しやすいんですか?」
「まあな、視線が飛んでこねえし。」
そう、だから村上先輩はペンとノートでの会話を最初に勧めた。
携帯での連絡が繋がるのなら、飛び跳ねられることも唸られることもなく、もうすこし上手く話せるかもしれない。
「なまえのなまえってこれでいいよな。」
影浦さんが、携帯の画面を見せてきた。
電話帳画面にはなまえと書かれていて、胸が高鳴る。
頷くと、影浦さんは携帯の電源を切って暗い画面に戻した。
影浦さんが、お菓子のひとつに手を伸ばす。
メイプルケーキが入った袋を開けようと引っ張り、爪を立て、引っ張る。
ギザギザの歯で噛んでも開かない袋を見つめ、呟く。
「開かねえ。」
影浦さんの手にあるお菓子を手に取り、横にあった切り口を切ってジップロックを露にする。
ぱこ、と開けると甘い香りがした。
影浦さんの手が汚れてはいけないと思いそのまま持っていくと、受け取られる前に食べられた。
ギザギザの歯が、メイプルケーキを食べる。
見た目だけなら、私が影浦さんにお菓子をあーんさせてあげているみたいだ。
咀嚼して飲み込んだあと、私の手にあるお菓子を攫っていった。
「ありがと。」
ギザギザの歯がメイプルケーキを噛んでいく。
甘い匂いは影浦さんの身体の中に取り込まれていって、舌の上で美味しさを広げて、また噛んで食べる。
かっこいい顔が、甘いものに興じている。
大好きな人の可愛らしさがあるところを、見逃すわけにはいかない。
じっと見ていると、影浦さんがお菓子を持ちながら逃げた。
「ああああ!!!!もう!!!!その視線はやめろって言っただろうが!今食ってるから撫でてやれねえし!」
「美味しいので食べてください!」
「うるせー!わかってんだよボケ!」
高速で咀嚼し、飲み込む。
美味しかったのか、食べている間は動かなかった。
飲み込んだ音がして、甘そうな口をした影浦さんが私に詰め寄ったかと思うと、思い切り撫でてくれた。
毛先が暴れて、ぼさぼさになって、めちゃめちゃになるのが嬉しくて笑う。
笑えば笑うほど撫でられて、髪の毛が爆発していく。
このまま毎日影浦さんに撫でられてたら、影浦さんみたいなぼさぼさの髪の毛になってしまうんじゃないか。
そうしたら、私と影浦さんはお揃いの髪型。
それはそれで嬉しい。
撫でられ終わって髪を軽く整えては無謀な状態を触っていると、携帯が目に入った。
メール画面を開き、影浦さんに「お菓子は美味しいですか」と書いて、送る。
影浦さんの携帯が鳴り、開いて、何か打ち込みはじめた。
どきどきする私をよそに、影浦さんの指は動く。
握り締めていた携帯が鳴り、画面を見る。
影浦さんのメールに「甘すぎるけど、美味しい」と書かれていた。
落ち着いて会話できるツールを入手できて嬉しくなっていると、影浦さんが私に話しかけた。
「なあ、なまえ。」
耳の奥から聞こえるような、小さな声。
髪を弄りながら見ると、影浦さんが疑問が混ざった視線で私を見ていた。
「なまえの視線がちげえんだよ、色々思い出して照らし合わせたんだけどよお、刺さり方が他と違うんだ。」
影浦さんの一言一言を、自分の気持ちと照らし合わせる。
大好き、好き、影浦さん、好き。
そんな気持ちを大前提にして接しているから、とうにばれている。
けれど、それが分からない、そう言っているように聞こえた。
私のように、好意を抱く人間は今までいなかったのだろうか。
友情的な好意はあっても、恋愛感情を向ける女はいなかったのかもしれない。
言葉を伏せているだけで実は過去に彼女がいて、よくないことがあって、それで恋愛感情の視線を嫌っているのかもしれない。
予想はいくらでも出てくる。
頭の中だけなら、いくらでも。
私が初めてだというのなら、それはそれで嬉しい。
影浦さんが警戒するような目つきをしたのを見て、心が止まる。
「俺の事どう思ってんだ?なあ、都合のいい話し相手だと思ってんのか、オイ、なんなんだ。」
お菓子を片手に座る私に、影浦さんが迫る。
止まった思考を掬うように考えた。
今まで好意を寄せたとしても伝えきることがなく去って行く人がいて、好意を伝えようとしても視線で怒られ、去っていく。
まず、粘る私がおかしくてしつこいのだ。
影浦さんの抱く疑念は正常で、私は黙るしかない。
ただ一言好きですと言えない私は、何に怯えているんだろう。
「なまえ、俺の事どう思ってるんだ。」
沢山撫でてもらって、話せて、感情受信体質なんて大変なものを抱えていても話してくれる、私の大好きな人。
貴方のことを、もっと知りたい。
それなら、私は影浦さんに言わないといけない。
影浦さんにこんなことを言わせてしまった今、甘いお菓子たちが見守る今、ここで、言ってしまってもいい。
鋭い目つきから逃げられず、覚悟を決める私の背中を叩くように扉が開いた。
「あれ、影浦さんいたの?」
姿を確認する前に声がして、ユズルくんが来たのが分かった。
「影浦隊作戦会議室なんだから隊長がいるに決まってんだろボケ!」
いつもの調子に戻った影浦さんを見て、安心してしまう。
私はまだまだ、子供だし、伝えられない。
でも、いつか今の会話の続きがやってくる。
その時がくる、その前に言ってしまいたい。
ソファに来たユズルくんは何故か両手にバナナを抱えていた。
バナナの甘い匂いと期間限定の美味しい匂いが机の上から部屋に充満していく。
「ユズルくん、なにそれ」
「当真さんがバナナくれた。」
「忘れ物は?」
「バナナくれるための口実だった。」
当真さんらしい行動を聞いて笑ったあと、ユズルくんと影浦さんがバナナをひとつ手にとった。
少なくとも、今は私の持ってきたお菓子と当真さんのバナナを食べることにしよう。







2015.09.11







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