獣の耳







光ちゃんが戻るまで、あと一時間ある。
オペレーター会議と言っていたけれど、たぶん誰かの呼び出しだ。
次のマップを選ぶために、情報を得ようと走っているのだろう。
作戦会議室で本を読む私と、大人しくだらける影浦くん。
いつもはここに北添さんと絵馬くんがいる。
今日に限っていないのは珍しいと思い、影浦くんと二人きりだから何かあるというわけでもない。
お菓子と軽食は北添さんと光ちゃんに食べられた。
この部屋の中で今わざわざすることはない。
話したい気持ちは山々とあるけれど、私の一方的な思いだ。
会話は特になく、お腹すいたとか言われない限りは何も言わないつもりでいた。
ソファに斜めになったまま耳かきを手に取ろうとする影浦くんを見て、思わず止める。
読んでいた本に素早くしおりを挟み、声をかけた。
「耳かき、寝転がったまましちゃ駄目だよ」
やめろ、と視線で伝わったのだろう。
影浦くんは頭を掻きながら振り返って面倒くさそうに私を見た。
「ああ?」
止めた理由を説明するべく、本を置き、影浦くんに近寄る。
服で上手いこと誤魔化されているけれど、影浦くんは細い。
痩せていて、耳かきに伸ばした手の甲には骨が浮かんでいる。
「影浦くん、猫耳?」
そう言ってソファの隣に座ると、真顔のまま否定された。
「普通の耳だ。」
わかっている、そんなこと、わかっている。
実はボサボサの髪の中に獣の耳が隠れていないかと思いつつ、会話を続けた。
「うーんと、耳垢がべたべたしてるかって意味」
耳垢がべたべたしている耳は、猫耳だと聞いたことがある。
今の反応を見る限り、この言い方は方言的な部分があるのだろう。
「してない。」
首を僅かに振る影浦くんが、なんで猫耳かどうかなんて聞かれたのが意味不明だ、というような顔をしている。
猫の可愛い耳をつけた自分を想像したのか、一段と強く首を振る影浦くん。
耳にはまだ耳かきが入っている。
危ない光景を見せられて、言い出したこちらが冷や冷やした。
「なまえ、なんでそれを猫耳って言うんだよ。」
「方言かも、あめみみとも言うみたい」
「そんな耳になったら当真に構われそうで嫌だ。」
青ざめそうな影浦くんを落ち着けるために、ティッシュを渡す。
骨っぽい手がティッシュを一枚取って、耳かきの先端を拭いた。
「言い方は様々だから安心して」
猫の耳が生えた影浦くんを撫でまくる当真くん。
撫でられるたびにうぎゃーと叫んで逃げては、猫好きの手が届かない落ち着くところで丸まる影浦くん。
コメディ映画のような光景は、もしかしたら面白くて可愛いかもしれない。
何故猫耳がどうのと言い出したのか理由を告げた。
「乾燥耳なら、寝転がって耳かきすると鼓膜のほうに耳垢が落ちて病院じゃないと取れなくなっちゃうよ」
病院、と聞いた影浦くんが動きを止める。
丸めたティッシュをゴミ箱に上手いこと投げ入れ、寝たまま耳かきをしようとした事の重大さに気づく。
「クソやべえな。」
「膝枕したまま耳かきとかしたらもうアウト」
掃除を終えた耳かきを元に戻し、影浦くんは病院という単語に怯えた。
マスクをした顔、痩せた身体、健康そうとは言えない見た目。
病院に行けば看護婦達の餌食になるだろう。
眉間に皺を寄せる影浦くんを見て、ふと思い立つ。
「ね、影浦くん」
「あ?」
「ねえねえ影浦くん」
「うるせえ、なんだよ。」
吼えかけの影浦くんを見て、にんまり笑いながら膝を差す。
「こっちこっち」
膝をぽんぽんと叩いて、おいでの手の形をすると、影浦くんがまた真顔になった。
ギザギザの歯を見せ、唸る。
「なまえは俺の耳を病院に行かせたいのか?」
「そうじゃなくて」
しつこく自分の膝を叩くと、渋々近寄ってくれた。
なにもしないか確認するように見ては、近寄り、見ては近寄る。
警戒心の強い動物のような動きをされても、膝を空けて急かした。
やはり、猫の耳でも生やしたほうが似合うのではないか。
そんな動きをする影浦くんを急かして、膝の上に頭を乗せるよう誘導した。
何をされるのか分からず、ゆっくりと膝の上に頭を落とす。
いつでも逃げれるように身体の真横で腕を曲げているのは、警戒している証拠。
ボサボサの髪の質は最悪というわけではなく、影浦くんの頭がある膝がくすぐったくなる。
後頭部しか見えないから、どんな顔をしているかわからない。
膝の上の影浦くんの横顔を見て、鼻が高いなと思いながら髪のすぐ横にある耳を指で揉んで、付け根を揉む。
案の定凝っていて、耳たぶの真下が硬い。
大事なものでも触るかのように揉んで、空いた指で上の付け根から耳のカーブを丁寧に揉んだ。
耳自体はそこまで凝っていない、でも顎に向かう筋肉は、相当疲れているようだった。
「いつも眉間に皺寄せてるでしょ、疲れてるのかなって」
「おう。」
「マスクをずっとつけていると、耳が疲れるはず」
「そうだな。」
「あと、目と顎と口に力入れてると疲れる」
「ああ。」
「耳の下から顎の筋肉にかけて揉むと、肩の疲れも取れるよ」
「おう。」
相槌しか飛ばさない影浦くんの耳を、これでもかと揉む。
乾いた耳の至る所を支配するように指で揉んで、付け根と凝っている部分を押し揉んだ。
ボサボサ頭が揺れて、悪態をつくと思った。
そんなことはなく、影浦くんは大人しく揉まれている。
余程耳が凝っていたのか、揉まれている間は喋りもしない。
やめろと言って逃げないのをいいことに、耳を揉み始めた。
付け根のしこりに触れ、その周辺の血流がよくなるように指の腹で押すように撫でては揉む。
影浦くんの、いつでも怒鳴れるようにスタンバイしたような顔と姿勢。
それらを思い出し、疲労回復のツボを次々と押した。
「あんまり目に力入れると、聞こえも悪くなるよ」
「うん。」
影浦くんは、痛いとも気持ちいいとも言わず、声をかければ相槌だけ返した。
揉んでいるうちに耳が温かくなってきたのを指で感じて、ツボを押す。
耳の血流が良くなれば、眉間の皺も和らぐ。
マスクの片方を外し、顎を揉む。
顎から輪郭をなぞるように揉んでも、まったく抵抗しない。
マスクを外されたというのに怒りもしないところを見るに、それほど大事なものではないのかも。
輪郭から口元の筋肉を揉み、凝っている部分を見つけ揉むと、影浦くんが目を閉じた。
横顔から伺える長い睫毛とボサボザの髪。
連想されたものは、生憎ひとつだけだった。
「影浦くんの髪、動物みたい」
髪の毛に触れると、影浦くんが飛び跳ねるように膝から逃げた。
片方の耳にだけかかったマスクが顔から下がっていて、見た目は非常に面白い。
「触んじゃねーアホ!なまえは当真か!」
吼えた影浦くんが私から遠ざかり、ソファから跳ねて逃げる。
髪の毛を触られるのは、嫌なようだ。
知らぬところで怒られた当真くんは、同じように髪に触れようとしたのだろうか。
影浦くんの髪を見て、ネコ助みてえだと言って笑ってる当真くんは、想像に難くない。
当真くんと言われた私はここでおしまいかと思って手をどけて、すこしでも楽になったといいと思いソファから離れようとした時だ。
逃げたはずの影浦くんが戻り、私を見下ろした。
調子に乗りやがって、と今にも怒りそうな気配を感じて気が引ける。
影浦くんはソファに座ったかと思うとそのまま体勢を傾け、私の膝に頭を乗せた。
外れていたほうのマスクの紐を耳にかけ、かかっていたほうの紐を外す。
今度はもう片方の耳もやれ、ということなのだろう。
「ほら、なまえ、やれよ。」
影浦くんの顔は、私の方向を向いていた。
誘ったのは私だから、この状況が悪いわけではない。
膝の上で顔を見せて寝転がる影浦くん。
なんだ、この状況は。
手を動かさないでいると、睨まれた。
指を耳に添え、そっと揉む。
途端に目が眠そうになったのを見て、つい聞いてしまった。
「気持ちいい?」
「んなわけねえ。」
「じゃあもうやめる」
「ああ?続けろ、なまえがやりだしたんだろうが!」
悪態をつきながらも、私の膝の上から動かない。
耳を揉んで、疲労回復のツボを押すたびに目が眠そうになっていく。
この顔は、見たことがある。
飼い猫がこの顔をして、飼い主に甘えるところだ。
耳の付け根を何度も揉むと、鋭いはずの目が眠そうに動いて私を見てから閉じられた。







2015.09.01







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