プラトニックチャンス







いつもは頭に猫を乗せているから、後姿だけ見て何故出穂ちゃんだとすぐにわかったのか、自分でもわからない。
背格好と髪型をしっかり覚えていて、よく彼女を見ていたから、わかったのだろう。
猫柄のバッグに、白とクリーム色のカットソーとスニキーパンツ。
いつも見ている制服でもないのに、何故かわかった。
近くでも遠くでも出穂ちゃんがいれば必ず見るから、どんな体格かも覚えていた。
元気な出穂ちゃんが、物陰から何かをじっと見る。
買物袋を片手に、街中で出会えた出穂ちゃんにそっと話しかける。
「出穂ちゃん?」
一瞬驚いたあと、振り向いて私を確認する。
驚かさないでと顔に書いてから人差し指を唇に当て、また視線を元に戻す。
「スネってるからマジ静かにして。」
すねる、とはなんだろう。
物陰に隠れる出穂ちゃんの背後に回っても、肩に手を置いても、頭の上から覗いても、文句を言われない。
それならば、物陰に隠れて出穂ちゃんが何を見ているのか知ろうではないか。
出穂ちゃんが見る先は、映画館。
その入り口は混雑していて、常に人が行きかっている。
何人かは待ち合わせのように立ち尽くし、行きかう人を目で追っていた。
その中に、見覚えのある顔がいる。
黒髪で背の低い、可愛い女の子。
出穂ちゃんといつも一緒にいる千佳ちゃんが、誰かを待っていた。
すねるというと、スネークしているから、の略だろうか。
スネークってあれだ、柚宇ちゃんがやってたゲームのやつだ、と思いつつ千佳ちゃんを見る。
「千佳ちゃんがいる」
「そうそう、今あそこに立って三分。」
延々と覗く出穂ちゃんが行かないということは、千佳ちゃんの待ち合わせ相手は出穂ちゃんではない。
千佳ちゃんが誰かと映画館に来る約束をして、それをこっそり追ってきたのだろう。
狙撃手らしい行動といえば、そうかもしれないけれど、出穂ちゃんを駆り立てるものは何なのか気になった。
「誰と待ち合わせしてるのかな」
「ユズルだよ、ユズル!」
ユズルというと、絵馬くんのことだろうか。
絵馬くんは狙撃手だから、出穂ちゃんが知っていてもおかしくはない。
歳も、絵馬くんと出穂ちゃんは同じのはず。
同い年、狙撃手、絵馬くんと千佳ちゃん、ここは映画館の前、千佳ちゃんが待っているのはユズルくん。
そうなると、結びつきやすい事柄はひとつ。
「デートかな?」
「だよねー!なまえもそう思うよね!チカ子の可愛さに気づくとか、ユズルほんと狙撃の技術ありすぎでしょ。」
「狙撃関係ある?」
「ないんじゃね?」
「出穂ちゃん、わざわざ見に来たの?」
「アタシはショップの在庫セール目当てに来たついでに見に来ただけだよ!」
猫柄のバッグの横を見ると、ショップの袋が下がっていた。
安くなっていたものを買ったのだろう、数個のスカートが袋から見える。
そのあと、千佳ちゃんの様子を見に来た理由を告げた。
「チカ子は遊びに行くって言ってたけど、デートに誘われたって気づいてないんじゃないかと思ったわけ。」
見に来た理由が、保護者のそれだ。
出穂ちゃんが喋っているうちに、絵馬くんが現れた。
特別かっこつけた服装もしておらず、いつも通り。
ただ、遠目に見ても頬がほんのりと赤いように見える。
待ち人が現れ、千佳ちゃんの顔がぱっと綻ぶ。
「映画デートかな」
「友達と映画を見るだけと思ってるチカ子とデートのつもりのユズル。」
どこかよそよそしい絵馬くんと、楽しみに来ただけの千佳ちゃん。
千佳ちゃんなら、絵馬くんの気持ちに気づかないことも現段階ではあり得そうだ。
ついつい、二人を見る。
可愛らしい千佳ちゃんと、動きが硬い絵馬くんの口の動きが合う。
何かしら会話をしたあと、千佳ちゃんが入ろうよと言ったようだ。
映画館の入り口に向かって体が向き、看板を指差して確認してから踏み込む。
絵馬くんが僅かに近づき、映画館の中に入ろうとする千佳ちゃんの手を握った。
「おっ。」
握られた手を見た瞬間、出穂ちゃんが驚く。
手を握られた千佳ちゃんが振り向いて、首を傾げて絵馬くんに何か言った。
嫌がる様子もない千佳ちゃんから、友達と映画を見に来ただけの気分なのが伝わる。
一言二言の会話のあと、千佳ちゃんが笑う。
手を繋いだ二人が映画館に吸い込まれて、姿は見えなくなった。
絵馬くんがどんな顔をしているか分からないことと、内部通話のない生身であることを残念に思った後、察する。
「これは、あれだね」
「まじでチカ子が気づいてないだけだわ。」
頑張って誘った絵馬くんの気持ちなんか知らず、当たり前のように接する千佳ちゃん。
千佳ちゃんらしいし、このあとも楽しく映画を見て、解散するのだろう。
「チカ子かわいいんだけど。」
「ほんとねー」
「ユズルめ、チカ子泣かせたりしたら許さねえ。」
好戦的なことを言う出穂ちゃんの頬は、緩んでにやけていた。
可愛らしい恋を目撃して、甘い気持ちになる。
映画館に吸い込まれた二人が逃げ出してくるわけでもないので、出穂ちゃんを誘った。
「私達もどっか入る?」
反応した出穂ちゃんが、視線を映画館から私に向ける。
「なまえ、この辺にあるカフェ把握してる感じ?」
「うん」
私の横に来た出穂ちゃんが、背伸びしたあと一歩だけ踏み出した。
履き慣らしていそうな靴の踵で地面を鳴らし、足を曲げる。
「んじゃ世話になっちゃいますか。」
スキニーパンツに包まれた細めの足を、じっくりと見た。
ずっと立っていただろう、それなのに疲れた様子も見せない。
映画館は遠のき、出穂ちゃんが近づく。
覗きの後で疲れているというのに適当に話しかけられるのが嬉しくて、手も引けずに喫茶店に入った。

同じカフェラテを頼んで、熱さに飲むのを断念して話に華を咲かす。
湯気が消えるまで話せば舌を火傷せずに済む。
カフェラテから手を離して匂いから遠のいた出穂ちゃんが、椅子の上で悶える。
「あー、アタシも彼氏欲しい、てか恋したい!」
楽しいことしかないような雰囲気で大人しく笑う出穂ちゃんが、可愛らしい。
「フリーなんだ?」
私の胸が躍る事実を匂わされ、食いつく。
恋をしてみたいし、恋愛に関することが気になる年頃。
フリーかどうかと聞かれた出穂ちゃんが赤面して手を振って遮る。
「まじそれ秘密、むりむり。」
その反応に安心する自分がいて、自らに呆れ返った。
話を逸らすように、出穂ちゃんが私に話題を振る。
「なまえは?」
カフェラテの泡が、少しずつ消え始めた。
早く飲まないと味だけの飲み物になる。
そうなったら、また頼んで、飲み終わるまで出穂ちゃんとここにいればいい。
素直に答えることにして、出穂ちゃんの話題に乗りつつ目を逸らす。
「彼氏とかいないけど」
だって出穂ちゃんが好きだから、とは言えなかった。
カフェラテを飲む出穂ちゃんの顔と、手つき、肩の柔らかいラインと服の上から分かる鎖骨の辺りの窪みを見る。
健康的な思い人は、目の前にある美味しいものに夢中。
きっと、次に言う言葉で夢中になるものが変わる、そう確信して告げた。
「好きな子はいるんだよね」
その言葉に、出穂ちゃんが目を輝かせた。
恋の話をする時の女の子の可愛い顔が、私に向けられる。
「マジ?」
まじだよと返すと、出穂ちゃんが話題に乗っかった。
「誰?先輩とか?フリーなら告っちゃいなよ!てかどんなメンズよ。」
フリーではあるようだけれど、先輩ではないし、メンズでもない。
「かわいい、かな」
出穂ちゃんに対して思うことを、まずは口に出す。
気づかれるわけがなくても、なんとなく寒気がする。
寒いのに、温かい服をクローゼットに仕舞うように、気持ちに蓋をした。
そうすれば、出穂ちゃんの目をまた見れる。
ああ、でも、影浦さんのようなサイドエフェクトを出穂ちゃんが持っていれば、どんなクローゼットも無意味だ。
見ていれば、気づかれてしまう。
妄想は現実に引っかかりもせず、通り過ぎる。
「今好きでしょ、可愛い系なの?」
「うん」
「どんな奴よ。」
「可愛くて、明るくて元気で、すんごい優等生ではなさそうだけど不良でもない」
あと猫をいつも頭に乗せてる。
そこまでは言わずにいると、出穂ちゃんが答えを探った。
「なまえ年下ラブいわけ?」
首をぶんぶん振ると、出穂ちゃんが考え始める。
カフェラテが冷める頃に話題が変わりますようにと祈りつつ、出穂ちゃんの輝く目を見た。
元気で、明るい、友達思いな子。
年相応の普通の女の子。
「ううん、その子ほんとに可愛くてね、友達思いで明るくて、元気で一生懸命で優しい子なの。
場を明るくさせたり馴染ませたりするのが得意な子で、その子がいると初対面の子がいても場にすぐ引き込んでくれて、誰にも寂しい思いさせなかったり。
何度も有難いと思ったし、その子とは友達のままなんだけど、一緒にいるとね、すごくあったかい気持ちになるの」
喋りすぎても、心が後悔しない。
事実をかすりもしない人物像を想像して話を聞く出穂ちゃんを、ずっと見る。
出穂ちゃんに、思いを伝えようとする自分がどこかにいた。
クローゼットの内側から蹴り破ってこようとする何かは、間違いなく自分。
当たって砕ければいい、友情にもヒビが入ればいい。
でも、出穂ちゃんの心にまで砕けた欠片のせいで傷がついたら、洒落にならない。
カフェラテを飲んで言葉を流し込んでいると、出穂ちゃんは真面目に相談に乗ろうとしてくれた。
「なまえの気持ちには気づいてないんだ?」
「うん」
「まーじか、気づいてたらワンチャンあるんじゃないの?」
あるの?と聞きたい。
とてもじゃないが聞けなくて、気持ちが飛び出そうな度にカフェラテを飲む。
温かい飲み物が喉を潤していけば、いつでも喉だけが告白の臨戦態勢になる。
冷える胃と熱を持つ心と、渦巻く頭。
こんな元気な子にキスをしたら、どんな顔をするんだろう。
絵馬くんのように手を握っただけで照れそうな子が、私の目の前で無防備に笑う。
口元から見える白い歯と、手入れだけされた唇。
皮ひとつ剥けてない唇を汚す機会があるのなら、それに縋りたい。
実はお互い隠しあってて、出穂ちゃんは同性から好意を持たれていても平気な子で、私が好きと言ったら、いつも通り笑う。
ありがと、アタシもなまえが好きだよ、と笑ってくれるか。
歳のわりに受け答えられる幅が既に広そうな出穂ちゃんなら、私の告白もそれなりに受け入れるかもしれない。
拒絶はしなくても、笑い流してくれるのかもしれない僅かな可能性は、あるのか。
可能性が無いほうに目を逸らしながら思考を向けては、僅かな妄想に期待をかける。
「チャンスが無くてもいいの、好きなだけで十分だから」
「まじ?いいの?」
「いいの、好きって気持ちがあれば十分だと思うから」
嘘をついて残ったのは、叶いそうにない恋心。
虚しくもなければ、痛くもない。
出穂ちゃんは他人の恋愛事情を聞いて、満足そうにうっとりとしている。
「聞いてて照れんだけど、なまえのマジ恋やばすぎ。」
「まあ、私その子のこと好きだし」
「マジ恋じゃん、やばいわ。」
お腹を抱えて悶えるような動きをしてから、私に向き直った。
「それ告いこって!いかなきゃなまえが恋を引きずるやつ!」
元気そうに言う出穂ちゃんは、真剣そのもの。
カフェラテが生温くなるまで黙り込んでしまいたい気持ちを抑えて、聞き流す。
「まだいいかな」
「奥手ー!聞いてて激アツだわー!」
遠まわしに相談に乗らなくていいと言うと、出穂ちゃんは笑った。
私が恥ずかしがっていると思っているのだろう。
それでも明るく振舞うところが、本当に好き。
この底なしの元気さに触れられるのなら、今のままでいい。
「つか、ここまで言ったんなら、今好きに告るときはアタシに言えよ!」
「わかった」
「なまえのガチ恋はアタシ応援する姿勢でいくから。」
「ありがと」
出穂ちゃん、好きです。
そう言える時がくるのは、いつだろう。
手の中にあるカフェラテのカップよりも熱くなった心臓のあたりが、求めるように高鳴った。









2015.08.29






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