精巧の技



学習能力が凄いなら細かい技術を極めたら
精巧であればあるほど出来はとんでもないよなと思ったネタ






その日に限ってピンヒールが折れて、コンビ二まで歩いて接着剤を買うにしては暗すぎる道を振り向き、肩を落としていた。
肌寒くなってきた夕方の空気に素足を投げ出し、靴を睨めっこする。
応急処置をした靴で、どこまで歩けるだろうか。
帰っているうちにガタが来て、裸足で帰ることになるのは目に見えていた。
かといって、生憎新しく靴を買うお金を持って出てきたわけではない。
使うものを買って帰るだけ、予想外の出来事に対処できない駄目な大人である事実に目を背けても、折れた部分は戻らない。
素直に裸足で帰るか、百円ショップにあるサンダルを履き恥を掻きながら帰るか。
現実的な選択肢はそれくらいだった。
素足で歩いて百円ショップにある粗末なサンダルを手に入れようと、重い腰をあげたときだった。
「靴、どうかしたんですか。」
若い男の子の声。
まるで神のように見えたその男の子を見上げ、靴を指差す。
折れた物騒なピンヒールを見て、失敗した料理を見たような顔をした。
その顔がなんだか面白くて、失態を説明しつつ笑ってしまった私に、素直な男の子は手を差し伸べる。
それが出会い。
気遣いのできる男の子のことを詳しく知ったのは、それから暫くしてからだった。


無機質な人形の身体を取り巻く麻縄は、寸分の狂いもなく巻きついていた。
何も知らない人が見たら、監禁誘拐拷問現場だと思われるその部屋を覗く。
緊縛師の家ですと言えば警察は帰ってくれるだろうけど、世間体としては相応しくないインテリア。
練習用から展示用までの人形は、縛り飾られていた。
シリコンで出来た両足を跨いで鋼くんの元に寄ると、何体かの人形が縄で飾りついている。
赤い縄は鉄砲縛りを飾り、地味な麻縄は菱縄縛りを飾った。
人形の身体には最初からそうであったように縄が巻かれ、拘束されている。
「完璧ね」
鋼くんの肩を叩き、にんまりと笑う。
焦りひとつない目で縄を弄くっていた鋼くんが、ようやく照れた。
机に積んでおいた縄は全て巻かれ、無機質な人形達は芸術品へと変貌する。
麻縄とは違う、普通のロープは高手小手縛りの形から吊るしを選んでいた。
背面観音縛りをされた人形は倒れることもなく、座り込んでいる。
「丁寧に優しく、厳しくしてからまた優しくすると麻縄は言うことを聞くの」
「コツを掴めば柔らかく動きますね、これは。」
「そう、心を込めて虐めるの」
人形の頭を撫でて、感心する。
一体の人形に目をやると、腕に足がつき、足には腕がつき、また別のシリコンの腕を縛って飾り、人形でマークを描いている。
ある一体は吊るされた先に足が巻かれ、彫刻のようになっていた。
インテリアが全てまとめられ、作品になっている。
端にある人形は、千手観音のようになるほどシリコンの腕を何本も巻かれていたのを見て笑うと、鋼くんが嬉しそうにした。
鋼くんは、縛りを一日かけて一つ教えれば、習得した。
そのあとは応用して、縛りを試す。
手順や力も縄の食い込みも手首の動きも、何もかも覚える。
知らないうちに縛り方を録画されていて自宅で練習しているのかと思えば、そうではないらしい。
サイドエフェクトというものを脳に持ち、そのおかげで学習が異様なまでに早いとのことだ。
巷で聞く不思議な力。
それを持つ男の子であると聞いたとき、納得がいった。
同時に防衛機関なんて畏まったものも市内にあったと気づいて、自分の手にある麻縄を見つめる。
拘束、緊縛、拷問、余興に遊びにファッション。
ボーダーと無縁の上品とは言えない縄遊び。
色々と幅はあるけれど、一般的ではないこの技術を鋼くんに教えた。
「女の子の扱いと一緒よ」
縛らせてくれる淫猥な女に鋼くんが出会わないことを祈りつつ、照れくさそうに私を見る鋼くんに笑いかけた。
隣の部屋にあるキッチンで作った蕎麦の匂いに気づいた鋼くんが目を輝かせ、人形に背を向ける。
縛られた人形が散らばる部屋で静かな声を出していれば、嫌でも変な気分になってしまう。
鋼くんを連れ出し、めんつゆの蓋を開けた。
「サイドなんちゃらは詳しく知らないけど、貴方は素晴らしい」
椅子に腰掛ける鋼くんに蕎麦を出すと、箸を弄る音がした。
指が疲れている様子はなく、本当に学習していると知る。
「ま、あれよ、運送屋バイトしたら抜群のスキルにはなるから」
あけすけにそう言うと、蕎麦を二口食べた鋼くんが私を見た。
「なまえさんは、なんで緊縛師に?」
「私にとって必要な技術の中に縄があっただけ」
女性を縄で飾ることや、縛り上げた男性を殴るのが好きとか、本当のことは言わない。
だって、鋼くんは、男の子。
そういうのはいけないだろうと思いつつも、技術を真面目に教える自分がいた。
「戦うのもそうでしょう、必要な技術を取り込んで自分のものにする」
蕎麦を食べる鋼くんの口は、下品さとは無縁。
罵倒も飛ばさなさそうな口元で、蕎麦を食べつつ私と話す。
「なまえさんは緊縛師になるまで、何年かかったんですか。」
「縛るのは昔からやってたけど、職にしようと学んでから二年だね」
「それは、学生時代からやっていたってことですか。」
「そうだよ」
「ずっと緊縛師になろうと思っていたんですか。」
「うーん、そうだね、その存在を知ってからはなろうと思った」
職にしようと思う前も含めれば、十年くらいだろう。
それくらい、わけのわかってない頃からやるものだ。
「鋼くんも分かるはずよ、楽しいことは昔からするもんでしょう」
真面目な大人になっていなくても、子供時代は等しく何かを見つける。
それが幸せに繋がることもある。
「すぐ覚えられるのなら挑戦が楽しくなる、それってすごく幸せで特別なことよ」
蕎麦を食べ終わった鋼くんが箸を置いたのを見て、蕎麦茶を淹れるべくキッチンに歩む。
お茶に手をかけると、待って欲しそうな声が聞こえた。
「オレは。」
振り向いて、鋼くんを見る。
蕎麦があった場所を見つめた鋼くんが、目を暗くさせていた。
「サイドエフェクトで皆の努力を盗んでいるだけです。」
妙な言葉を聞き、手を止める。
蕎麦茶は話が終わってから淹れることにして、キッチンから出て鋼くんの顔が見える位置に立つ。
聞いたときの名前は、強化睡眠記憶だった気がする。
眠ることで覚えてしまうだけで、盗むなんて一言も言っていなかった。
「盗むの?」
思い違いかと聞くと、鋼くんは静かに喋り始める。
ぽつりぽつりと落ちる言葉は、寂しそうだった。
「オレが一日で得られたものは、皆が何年も努力して得たもの。それをオレは普通じゃない力で奪うんです。
サッカーもバスケも、オレが楽しいと思う頃に場が壊れて皆去っていく。
なまえさんから教えてもらう縛り方は珍しいから沢山覚えたけれど、なまえさんはこれを何年もかけて得たんでしょう。
オレはそれを、奪っているんじゃないですか、そう思いませんか。
努力なんて、したことがない、全部覚えてしまうから。」
寂しそうに言い終わったあとは、部屋の中の静けさが身に刺さった。
鋼くんの心は、痛んでいるのだろう。
とてもじゃないが理解のできない気持ちを呟かれて、気の利いた鋼くんの気持ちが楽になることは言えそうにない。
こんな普通の男の子が悩むことにしては、重いものだとは思った。
暗い目をした鋼くんに、話しかける。
「普通じゃないって最高よ、意外とマイナスなのね」
壁に寄りかかり、鋼くんを見る。
目を合わせようとしない鋼くんは、相変わらず静かな顔をしていた。
「得た力はコピーではないでしょう、まるまる相手のことを写すの?違うでしょ、自分で得て物にしてから取り込んで刃になる、侍だって最初は素振りからよ」
鋼くんが何も言わず、私を見た。
コピーではないし、まるまる写すわけではないし、自分で得て物にしているようだ。
暗い目に宿る光は只の太陽光で、鋼くんが笑い出す気配はない。
「いい、緊縛なんて馬鹿みたいでしょ、汚い縄でも綺麗な紐でも出来るものは同じ肉体の飾り、だけどこの技術を完璧に習得する人は珍しい」
歴史ある繊細の技。
機械でもないのに指先と感覚と勘を持ち正確を体現し飾る緊縛は、確かな技術の塊である。
「鋼くん、貴方は本物よ、自信持って」
そう言うと、鋼くんの口元がようやく緩んだ。
肩の力が抜けたような微笑を見て、私が安心する。
「ボーダー楽しい?」
歯を見せて笑いそう聞くと、お決まりの答えが返ってきた。
「はい、楽しいです。」
「そりゃよかった」
キッチンに戻り、蕎麦茶を淹れる。
後ろで音がしてからそれが近寄り、空になったざる蕎麦を持った鋼くんが後ろに立った。
横に避けると、キッチンにお盆を置いてから私に向き合う。
蕎麦茶を淹れ終わってから、鋼くんを見る。
「オレ、上手くなっているんですよね。」
「とっても」
「なまえさんの手伝いとか、できますか。」
「いやいや、自分のために使いなよ」
「そうしたら、なまえさんを縛っていいですか。」
まっすぐな目をした鋼くんが、蕎麦茶を淹れる私を追い詰めた。
手も握らない、誘う言葉も囁かない、普通の男の子が私を組み敷こうとする。
「自信あるんだ」
頷いた鋼くんの頭を撫でて、微笑む。
私から目を逸らさない鋼くんの手を握り、頭を撫でてから、この様子じゃ蕎麦茶は冷えた頃に飲める気がした。

真っ赤な絨毯の上で、服を脱ぐ。
脱衣所を間違えたのかという脱ぎ方を鋼くんが見つめていたので、麻縄を投げた。
受け取った鋼くんが、縄の感覚を確認している間に下着とシャツだけになって、鋼くんを見る。
凍りついた顔のまま動く素振りを見せないところから察するに、裸一歩手前の女を見るのは初めてなのかもしれない。
鋼くんの個人的なことは聞いていないけれど、それでいい。
身を委ね、縛られ物になるためには個人という概念は縛る側で離散させなければいけない。
鋼くんが私の首に縄をかけて、それから肩と背中を撫でる。
肉体の下にある骨と筋肉の動きは個々で僅かに違うから、それを確認しろと言ったことも覚えているようだ。
鋼くんが麻縄を手にして、私を伺う。
耳が赤くなった鋼くんに手を差し出し、身を委ねる。
息を殺した鋼くんの手が素早く動いて手首を縛られ、後ろに向けられた。
胸が解放され、シャツと下着の中で肉が渦巻くように熱を持ち、血がざわめく。
手首から伸びた麻縄は胴体に巻きつき、肉体を彩っていく。
「痛くないですか?」
私を気遣う鋼くんの声の低さに、縛られた部分から痺れが伝う。
「気持ちいい」
そう言うと胸の谷間を縄が這い、首と肩が固定されるように縛りつく。
背中にリボンでもつけられるように縄が縛られ、背中が締まる。
「こうすると、どうですか。」
縛られた上半身を鋼くんが触る。
女よりは乾いた指が肌を這い、頭の裏側が痺れた。
「首と肩の下が気持ちいいよ」
圧縮されたような身体の代わりに、興奮が膨張していく。
鋼くんが私を抱きしめ、ゆっくりと寝かした。
辛うじて感じた鋼くんの胸板はかなりがっしりしていて、脱いだら筋肉が目立つのではないかと思う。
手が床の上に敷いた真っ赤な絨毯に触れ、足をあげられる。
足首を組まされ、胡坐をかいたまま寝た体勢の私の足元に鋼くんがしゃがんで縄を掴む。
「縛ります。」
「うん」
短い爪をした指が、シャツの上から胸を触る。
胸を触る動きが緩やかに動いたあと、首のあたりに吐息がかかった。
「腰の力を抜いてください。」
足首を掴む手が随分と大きなことに気づいて、やはり男性だったと思わされる。
机の上にあった別の縄を取り、すこしだけ私を見たあと鋼くんが私の股を縛り始めた。
簡単な股縄をして臍下で縛るだけのつもりの手つきをしてから、鋼くんが顔を真っ赤にする。
「なまえさん、あの、縄が濡れました。」
自分のそこが今どうなっているのか、予想はつく。
茹で上がったような顔をした鋼くんを急かして、股に食い込んだ縄で感じた。
「いいのよそんなの、覚えたこと全部やってみて」
終わったら縄を乾かすか捨てなければいけないくらい、濡れているような気がする。
素晴らしい手つきと順番で足首から伸びた縄は太ももに伸び、肉に食い込む。
血管が締まり過ぎない程度に縛られた足首の先が冷える。
両側の太ももを縛られたとき、内臓が熱く締められた。
「あっ」
ただ漏れただけの声で、鋼くんの手の動きが緩やかになる。
赤面して縄を弄る鋼くんが、熱っぽい吐息を私の足に吐きかけた。
「本当にどこも痛くないですか、なまえさん。」
「うん」
不安と疑いと、興奮が微弱に宿った目。
鋼くんに、安心を持たせたい。
「気持ちよくて出た声だから」
緩やかな手を震わせたあと、強めの力で次の縄を通す。
真面目にやっているのに興奮と知りえぬ感情が沸きあがり、どうすればいいかわからないといった顔をしている。
緊縛師の私を、あっという間に超えた鋼くん。
言っていたことを思い出す。
楽しくなる頃には場が壊れてしまう、普通じゃない力で皆から奪う。
それなら普通じゃない場所にいたほうがいいのではないか。
本人もそれを分かっているから、防衛機関に所属しているのだ。
そう思ってしまう私なんか、鋼くんにこのまま縛りあげられて締められてしまえばいい。
鋼くんの気持ちが麻縄に込められていることを祈って、縛られる。
緊縛をする職に就いた私の身体が、鋼くんに支配されていった。
「なまえさん、オレ、下手じゃないですか?」
「上手だよ」
結ばれた足首から伸びる縄が私の顎に向かってきたと思えば、首に巻きついていた縄と結ばれた。
首と足首が一体化する様と私の目が欲望に淀んでいくのを見た鋼くんは、耳まで真っ赤だ。
呼吸音や顔色からして、勃起しているけど触れなくて辛いのだろう。
きっと鋼くんは、この出来事も覚える。
そうしたら、どうなるのだろう。
見届けるまでは、この男の子から目が離せない。
もう一度縄が戻り、足首と結ばれる。
複雑に絡んだ縄が絡み合って、触れ合って、締め上げられ、縛られ、穴に通り、また新しく絡み合う。
鋼くんの記憶力と学習力の前には、ただの順番でしかない。
両足の結び目の穴に縄が二度通され、足が持ち上がった。
床から離れたお尻が冷たい空気に晒されたように皮膚を湿らせ、熱が消えていく。
縄が食い込んで、みっともなく胸が出る。
強調されていく胸を見た鋼くんの目が、驚きと興奮で歪んだ。
「なまえさん、胸が。」
乳首が立っていると言いたいのは、わかる。
全裸ではないのだから、安心してほしい。
薄ら笑いを浮かべてから続けるように身体を捻る。
自分の縛りで人がこうなっている現状を、鋼くんは受け入れていた。
硬くなる乳房の先と、濡れる股も作品の一部。
だから、基本的に喘いだり腰を振ったり強請ったりはしない。
気持ちよくて声を出すなんて、あってはならないこと。
ただの麻縄に興奮していく自分の浅ましさまで縛り上げてほしい。
完成されていく自分の身体が、心地いい悲鳴をあげそうだった。
鋼くんが私が痛がっていないか確認するように見つめる。
心臓の上で硬く結ばれた縄の束が、高鳴る胸を拘束した。
胸の上にきつく張り付いた結び目が呼吸を圧迫してから最後に足の裏側で縄は結び終わり、腕上げ縛りと胡坐縛りが完成した。
縛り上げられた私、鋼くんの初めての生身の作品。
身を離し立ち上がってから、胡坐縛りの私を見下ろす。
軽く結ばれた股縄は、愛液で湿って濡れて色が変わっているだろう。
興奮した目をした鋼くんが息を荒くして、目で味わい始める。
耳まで赤い顔と、ズボンの上からでもはっきりと勃起していることと、まだ指が動いていることが伺えた。
緊縛の内は、性行為が無い。
性行為をするとなると別の分野になるので、緊縛は肉体の飾り映えだけを考えたもの。
それも鋼くんに教えていたので、私を襲う真似はしなかった。
股縄をずらして、このまま及んでもおかしくない。
本当に、何もかも覚えているのだ。
「鋼くん、普通じゃないって最高でしょ?」
私は壊れない、普通じゃない、鋼くんが不安に思うものを持ち合わせない。
縛られた作品のまま笑ってそう言うと、鋼くんが私にゆっくりと覆いかぶさった。
「いま初めて、そう思えました。」
私の目を見てそう言った鋼くんの目は、もう暗くなかった。






2015.08.24





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