プラトニックプレイ




この騒がしい音を、柚宇ちゃんはなんとも思っていない。
色んなアーケードゲームの音が混ざって爆音と化し、耳が痛みそうだ。
ゲームが大好きな柚宇ちゃんは、全部聞き分けられるらしい。
シューティングの音、リズムゲームの音、レースゲームの音、メダルゲームの音。
その中から人の声まで聞けるのだから、ゲーセン通いの慣れというのは恐ろしい。
鋏で二人分に切り分けたプリクラの片方を柚宇ちゃんに渡す。
眠そうな目が、満足そうにきらきらと輝いた。
「おお〜、なまえ可愛くなってるね〜。」
「最新プリ盛れるよね」
「盛る?なにを?」
「雰囲気とか」
大きな目、さらさらの肌、小顔になったプリクラを見る。
別人とまではいかないけれど、プリクラらしい修正のおかげで可愛くなれる。
「プリの柚宇ちゃん可愛すぎなんだけど」
本音を言っても、友達同士であるうちは快く笑ってくれるだけ。
「プリクラってFF顔になるよね。」
えふえふというのは略称で、柚宇ちゃんが言うえふえふといえばゲームのこと。
ゲームのことをあまり知らない私が柚宇ちゃんと仲良くできるのは、運がよかったのと奇跡が重なったから。
プリクラコーナーから移動するべく、階段を上り一階へ戻る。
わざと後ろをついて階段を上ったけれど、柚宇ちゃんのパンツは見れなかった。
プリクラを財布に仕舞い、家に帰ってまた見ようと誓う。
邪な私を後ろに、ゲームセンターをうろうろする。
スタッフ管理室を通り、アーケードコーナーを見た柚宇ちゃんの横顔にゲームの光がかかった。
「あー、殆どやってる〜。」
お目当てだったゲームは、すぐにプレイできるわけではなさそうだ。
男の人が熱中してるのを見て、柚宇ちゃんはすぐに方向を変えた。
ゲームセンターは、どこもうるさい。
電光だって眩しい。
柚宇ちゃんは電光に照らされてて、髪の間には青と緑の深い影ができている。
そのまま柚宇ちゃんはダンスゲームに近寄り、スコアを見た。
柚宇ちゃんが制服の上に着ているカーディガンを脱いで、荷物籠に入れる。
「ダンレボやるの?」
「うん〜、スコア上塗りされてるみたいなの。」
準備体操のように背伸びすると、大きなおっぱいがはっきり見えた。
ゲームに挑戦し、曲を選んで、画面を見る。
あとはもう熱中するだけになった柚宇ちゃんが、真剣な顔をした。
制服のスカートを揺らしながら、踊る。
後ろの手すりを掴んで足を動かしても、太ももと胸にしか目がいかなかった。
大きなおっぱいが揺れに揺れても、柚宇ちゃんは踊るための音楽を聴いて、リズムゲームの画面しか見ていない。
きっと、終わる頃には疲れているだろう。
「シェイク買ってくるね」
「ありがと〜。」
踊りながら普通に喋るのを聞いて、ゲーマーは違うと感心した。
シューティングゲームコーナーとクレーンゲームコーナーを通り、外へ出る。
出る途中でクレーンゲームをしながら叫んでいる男の子とすれ違い、様子を見た。
顔は伺えないけれど、カチューシャで留めた髪を押さえ奇声を上げている。
あれくらいなら柚宇ちゃんにかかれば一回で取れるだろう。
お揃いのぬいぐるみを取ったり、可愛いマスコットを取ったり。
外の涼しい空気を感じながらカフェに向かう。
カフェの看板メニューに、キャラメルクリームシェイクとメープルクリームシェイクなんていう魅力的な飲み物がある。
これにしようと決め、入店した。
店員に頼んでからカフェの冷たいレジに肘をついて、客のちらばる店内を眺める。
友達同士でパンケーキを食べる人たち、本を読みながらコーヒーを飲む男性、学校帰りの女の子四人が大人しくカプチーノを飲んでいて、その後ろにはカップルがいた。
男の人と女の人が、小奇麗な身なりと仕草でカフェを楽しんでいる。
もしかしたら、同僚なのかもしれない。
男の人と女の人が二人だけでいる姿を見ると目が引かれて、それから柚宇ちゃんの顔が浮かぶ。
私と柚宇ちゃんがああして二人でカフェにいたとしても、誰も、誰も、誰もそう思わない。
全ては先入観で、擬態することなんて可能だ。
だから、いつまでも友達でいればいい。
柚宇ちゃんと同じアイスカフェオレを飲んで、柚宇ちゃんはガムシロップを入れて飲んでいたから、キスをしたら甘い味がする。
浮かんでくるのは、そればかり。
私の思いがばれたら、どうなるのだろう。
ゲームとは違うものに柚宇ちゃんは戸惑うか、余裕で受け取るか、そんな妄想よりも拒絶か対人距離があり得ないくらい遠くなるほうが現実的。
冷たいレジの奥から、シェイクふたつでお待ちのお客様、と呼ばれる。
振り向いて、浮かんだ顔を掻き消してシェイクを受け取った。

耳障りな爆音響くゲームセンターに戻ると、クレーンゲームの前で先ほどの男の子がまだ叫んでいた。
随分と苦戦している男の子の後ろを通り過ぎ、柚宇ちゃんを目指す。
メダルゲームの後ろを曲がって数歩。
シェイクふたつを両手に持ち戻ると、柚宇ちゃんと男の子が話していた。
見たことが無い男の子も柚宇ちゃんも笑顔で、ふざけあうように話している。
柔らかい、柚宇ちゃんの笑顔。
それが見知らぬ男の子に向けられているのを見て、私の血の気がさっと引いた。
シェイクがダンベルのように重く感じたまま、歩み寄る。
私に気づいた柚宇ちゃんが笑顔で駆け寄り何か言ってくれたけど、聞く気もしなかった。
シェイクがひとつ、柚宇ちゃんの手に渡る。
薄くて丸い輪郭の唇がストローを加えて、美味しそうに飲んだ。
前髪の長い男の子が、私と柚宇ちゃんを交互に見て口を手で押さえ、犯罪現場を見たかのような顔をする。
「え、柚宇さん友達いたの?」
その反応を見て、男の子は柚宇ちゃんの親しい友達か、それ以上の関係だと察した。
柚宇さんと呼ぶのなら、年下だろうか。
シェイクを片手に柚宇ちゃんが男の子に襲い掛かる。
「なにを言ってるのかね〜?この口は何を言うのかね〜?」
柚宇ちゃんが男の子の頬を掴んで、餅のように伸ばす。
もごもご呻いてもなお伸びる頬から逃げるように身を捩る男の子の笑顔が、胸に突き刺さる。
「すいませんすいません!」
頬を押さえて呻きながら、男の子が私に軽く挨拶した。
顔と身のこなしは悪くない、普通の男の子。
「出水っす、うちの柚宇さんがお世話になってます。」
出水と名乗った男の子は、あまり考えたくない単語を放った。
うちの柚宇さん。
それはどんな意味だろうか。
不快が爆発しても、それは理不尽。
頭がぐらぐらしてシェイクを投げて走り出したい気持ちを抑えて、笑顔で挨拶する。
「なまえです、初めまして」
「柚宇さんの同校?」
「そうです」
「まじかー、柚宇さんの高校レベルたけー女子ばっかじゃん。」
お世辞を言った出水君、たぶん、柚宇ちゃんの友達には大体会ったことがあるのだろう。
そんなことを言う理由はなんだ。
柚宇ちゃんのことを気にしていて、友達のことも気にしていて、仲がいいだけ、それだけのこと。
カフェで見たカップルのことを思い出す。
全ては先入観。
だから引いた血の気も、戻っていいはず。
どんな会話か聞いていないまま、出水君が柚宇ちゃんに申し出る。
「柚宇さん、クレーンゲーム出来る?」
「できるよ。」
「槍バカが槍フィギュア取れなくて泣いてるから、救世主お願いできない?」
出水君が、クレーンゲームコーナーのほうをちらりと見る。
視線をやっても泣き叫ぶ人の姿は見えないけれど、大体の予想はつく。
クレーンゲームの前で叫んでいたのは、出水君の友達。
きっと、柚宇ちゃんには横つながりで仲のいい男の子達が何人かいる。
これだけ可愛くて、優しそうで、おっとりした子なら男の子達は狙う。
出水君、お前もそうなのか。
到底作り笑いもできない私をよそに柚宇ちゃんは、にっこり笑った。
「やだやだやだやだ、やーだ。」
ふわふわの毛先が動くように頭を振って、出水君からステップを踏むように後ずさる。
「柚宇さん冷たいー、いつもゲームで救世主してるじゃんー、ゆーうーさーん。」
出水君が柚宇ちゃんを追いかけると、柚宇ちゃんは辺りを逃げ回ったあと、私の肩に抱きついた。
おっぱいが腕に当たり、私の横で柚宇ちゃんが笑う。
「やだやだ、ダンレボで疲れたもん。」
「そこをなんとか!」
「やあだ〜、なまえと遊ぶの〜。」
肩を落とす出水君、柚宇ちゃんに抱きつかれる私。
最高の優越感に包まれ、シェイクを飲んだ。
熱くて乾いた喉を潤すと、シェイクを見た出水君が私に近寄る。
「やば、シェイク美味そう。」
物欲しそうな出水君を、気にしてあげた。
「目の前のカフェの新作です」
にかっと笑った出水くんの目には、前髪がかかっている。
髪はだらしなさが見受けられるけど、顔は悪くない。
柚宇ちゃんの友達か、それ以上であるのなら、そういう人なんだろう。
「連れに教えるわ、ありがとなまえさん。」
お礼を言われ、出水君は去っていく。
先ほど見た叫ぶ男の子の安否はどうでもよくて、シェイクを飲む柚宇ちゃんを見る。
大きなおっぱいの谷間には、今頃汗が落ちているのだろう。
ダンスゲームの休憩ベンチに座って、糖分と水分を補給する。
「めっちゃ仲良いんだね」
シェイクを飲む柚宇ちゃんが、ストローを加えたまま答えた。
「うん。」
「あの人、彼氏なの?」
青ざめたい、叫びたい、できればあの男の子を吹き飛ばしたい。
帰ってから夜通し落ち込むことを覚悟で聞く。
ストローから口を離した柚宇ちゃんは、いつもの可愛い顔をしていた。
「違うよ〜、付き合い長めのチムメン。」
可愛い唇がにまっと上に上がって、前に聞いた防衛機関の話を思い出した。
柚宇ちゃんのいるチームは、一番になった。
そのことを嬉しそうに話す柚宇ちゃんも思い出し、そっかと言ってシェイクを飲んだ。
冷たい手と、血の気が戻る身体。
やっぱり私は、柚宇ちゃんのことが好き。
思いを伝えるのは、いつになるだろう。
きっと、困った顔をされる。
考えさせてと言われて距離を置かれる、先入観だけで先を妄想した。
そうならないようにならない保障なんてなくて、友達でいるうちは仲良くしたい。
ストローじゃなくて、私にキスして。
大きなおっぱいを揺らすなら、私が見ているところで揺らして。
口が裂ければいいようなことを考えてから、柚宇ちゃんの手を握る。
繋いだ手同士を見て、私を見て、柚宇ちゃんが首を傾げる。
「ん〜?」
なんて可愛い子なんだろう。
繋いだ手は柔らかくて、ゲームのコントローラーを握る手にしては繊細な指先が私の手の中にある。
優しく笑う顔と、安心する雰囲気。
「シェイク持ってたから手が冷えちゃった」
そう言うと、垂れ目をより垂らして可愛く微笑んでくれた。
「あったまるまで握ってていいよ〜、私も踊ってて体あっついんだよね、なまえの手きもちい〜。」
ようやく耳に爆音が響き戻りはじめたころ、手が温まってきた。
シェイクを飲む柚宇ちゃんを見て、心にも無い世間話をする。
そのたびに、柚宇ちゃんは私を見る。
優しい目が私だけに向けられては、笑ったり驚いたり緩やかに変わる表情を見た。
飲み終わるまで、この手を握っていよう。







2015.08.22







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