眼窩の希望

微妙に特殊設定注意






「稀なトリオン器官を持った隊員が存在していたが、数年前突如行方不明になった、その隊員が最近復帰した、俺はそう聞いた。」
私が何も答えないでいると、二宮さんが足を組んだ。
いくら目下の女とはいえ、足を組むとはなかなかいい度胸をしている。
真新しいカフスが光る服を着た二宮さんと、真新しいテーブル。
高そうな生地で出来たカーテンと、エンブレム横にある食べかけのお菓子を放置した犯人は犬飼くん、この部屋のデザインの大体に辻くんが関わっている。
全て憶測だけど、いつの間にか新調した部屋、そして憶測ではなく事実、そこに呼び出された私。
言いたいことはわかる。
それでも、すぐに言うとおりにはしたくなかった。
「あの、侵攻あったじゃないですか、あれでしばらく動けてなくて、最近動けるようになったので復帰しました」
いつの侵攻か、あえて言わなかった。
重たくて鋭い目つき。
きっと、普通の女の子なら惚れてしまうような顔をしている。
組まれた足と小奇麗な服が、人柄を物語っていた。
二宮さんが何故私を呼び出したのか、分かっている。
それに私の友達から、彼が一体どういう人なのかは嫌という程聞いていた。
「鳩原さんが、いないのは知ってます」
二宮さんが誰なのかは、知っている。
だからこの人が何故私を呼び出してまで何かを聞きだそうとするのか、わかっていた。
目の前にいる人よりも思い浮かぶ、友達の顔。
「率直に言おう、なまえ。」
友達の顔が邪魔して貴方の顔が見れないです、すみません。
そう言わずに、二宮さんの言葉だけを伺う。
「なまえ自身の骨がトリオン器官でありトリオン供給源である、というのは本当か。」
東さん以外の隊員に聞かれるのは、初めてだ。
誰が漏らしたか、脳内で当てっこゲーム。
残念なことにクリアできそうにない。
「そうですね、骨が人より頑丈なんです」
素直に答えると、次は骨のことではない話をされた。
「鳩原関係者のお前が、上層部に可愛がられている理由が知りたい。」
要するに、どうなっているんだと言いたいらしい。
私の骨も未来ちゃんとの仲も、何故行方不明になっていたのか、骨がトリオン器官とはどういうことだ、と。
その思いがたった一言にまとめることが出来てしまう二宮さんの頭が良いことは察せる。
言い訳も通用しないことが分かっていても、できる限り逸らす。
「友達だっただけですよ、それと私が復帰できたのは関係ありません」
動かない表情筋と重たい視線。
顔が張り付いている様子はなく、これが二宮さんなのだろう。
「作り笑いが顔に張り付いたあの女と友達?信じられないな。」
聞き捨てならない呼び方の女とは、未来ちゃんのことだ。
たしかに、育ちの良さそうな坊ちゃま容姿の二宮さんからすれば、女同士の友情はそう見えるのだろう。
だからこそ、すぐに分かった。
二宮さんがそんなことを軽くする人ではないことも、未来ちゃんから聞いている。
おそらく、疑ってかかられている。
元は自分の隊員だった女の子の友達に、なんという態度だろう。
心の内で喋る私も、態度のことを言われればきりがない。
整えた髪も服も、頭から水をかけてぐちゃぐちゃにしてやりたい。
沸き起こる感情を鎮めるためにやることは、いつも自分の体の整理だ。
そうしていると、何もかも落ち着いてくれるから。

溜息をついて、左目に指を埋め、眼窩の中に指先を沈める。
シリコンで固めた丸いものを指先の力だけを使って取り出した。
「これがトリガーです」
そう言って、二宮さんの目の前に義眼を置く。
足を組んで座る二宮さん、目の前のテーブルには汚れていない綺麗な目玉がひとつ。
怖いものが苦手な人が見たら、卒倒する。
「可動性か。」
二宮さんは、驚きもせず義眼の性能について指摘した。
動くものなんて昔からある。
虹彩も瞳孔も反応さえすれば動く高性能義眼は、日本の中でもボーダーのエンジニア関係じゃないと出来ない。
丸いものを握って、僅かな圧力認証と指紋認証で普通のトリガーへと変わる。
あとは他とそんなに変わらない。
小型中の小型だと理解した二宮さんは、触れずに義眼を見つめた。
「頭蓋骨が壊れてないおかげで、トリガーを抜いたあとは戦闘体の眼窩にトリオンで出来た小型爆弾を生成します」
上着を脱いで、左手のシャツの裾を抓んだ。
布だけ動かせば、シリコンと布が擦れる軽い感覚だけが通り過ぎる。
手袋を外して、笑ってしまいそうなくらい人の表面をしていない義手の左を二宮さんに見せて、手を軽く動かす。
「どちらも鬼怒田さんが開発したんです、すごいでしょう」
骨がトリオンだから私も周りも失くすのは惜しかったんですよ、とは言わなかった。
明らかに人のものではない腕。
手の甲は鋼とシリコン、チタン、あと名前が難しい物質がいくつか。
骨組みでもないのに、滑らかな動きをする左腕。
その動きを、二宮さんは確かに見ていた。
「トリガーを起動すれば、左腕は銃型に変形します」
目の色に僅かな驚きが浮かぶのを確認してから、軋みもしない左腕の説明をする。
「銃じゃ足りないならメテオラを出すランチャーくらいなら変形できます、アイビス変形は開発中だと言われました」
手から絶対に離れない銃。
持ちかえる必要もなければ弾が切れる心配もない。
移動も簡単、狙いを定めるのも簡単。
「戦闘体になればいくらでも生成可能です」
カフスが、また光った。
この部屋はそんなに明るくないし、あのカフスが上物なのだろう。
「その義眼は、明るいところで人にばれたことがあるか。」
「ないです」
義眼を見つめる二宮さんが、襟を弄った指で顎を押さえる。
何か言いたいけれど、抑えるときの人の動作。
ひとつしかない目でも、人の動きはいくらでも確認できる。
そう気づいたのは、運が悪いことに未来ちゃんがいなくなったあとだった。
「だろうな、ばれていたら真っ先に狙撃される。」
「その心配はありません、全身実践用ですから基本的に遠距離狙撃と破壊用に特化してると言われました、他にもあります」
そう言って、右足を指で軽く叩く。
ズボンを脱ぐのは嫌なので、見せることはしなかった。
右足は武器に変わるわけではないけれど、戦闘体になれば膝部分にも小型爆弾があるらしい。
太ももには試験中の小型武器と、武器への代用ができる小道具。
やろうと思えばスコーピオンに変形できる。
実践、トリガー、腕、足、目。
リハビリ施設で頭を抱えて絶叫していた頃を思い出して、眩暈がしそうになる。
二宮さんの重い視線が、それを加速させた。
なんとか止めるために思い出すのは、支えになった友達のこと。
「長いこと見た目が酷く不気味なことになってて、でも、その時でも、鳩原さんは友達でした」
侵攻時のいつに大怪我をしたのだか、記憶はない。
ふっ飛んだ腕と足と目と、その他もろもろ。
骨がトリオン器官でなければ、とっくに死んでいた。
どうにかして、また動きたい。
その期待は叶えられた。
出来るのなら、多くの人を守れることができるような体になりたい。
その期待も願いも、叶えることができる骨をしていた。
私の存在意義は、いまのところそれだけ。
「骨は変わらないんです、その上にある筋肉や皮膚はいくらでも作り変えられる」
テーブルの上の義眼を手に取り、左に戻す。
つるんと入る丸いシリコン部分の虹彩は、すぐに筋肉へと順応した。
「ころころ変わるものなんですよ、だから私、人の顔の動きには人一倍敏感で」
だから私は二宮さんが何を考えているか大体わかるんです。
そう言おうとして、当てつけがましい口だけ達者の嫌な女だと思い、心の中で口を噤む。
続きを言わない代わりに、懐かしい友達の顔を思い出した。
「未来ちゃんは、骨と筋肉と皮膚の動きは一致している子でした」
慣れ親しんだ懐かしい名前を、本人がいないのに呼んだ。
目頭が熱くなったのを隠すため、二宮さんの顔を伺うついでに眼球を動かす。
「作り笑いなんかじゃ、ないと思います」
瞬きして、義眼の具合を確かめた。
不具合はなく、右目が熱い。
悟りきったような顔をした二宮さんが、腕を組む。
「事情は把握した、つまり、なまえはS級に所属していると。」
二宮さんの言葉に、首をかしげた。
「いえいえ、そんなことはないです、しばらくは東さんと稽古つけます」
よくわからない二宮さんの言葉に、すっとんきょうな声で答える。
戦闘体はともかくとして、普通の訓練だってやりたい。
その願いも叶えてくれる方向に進んでいる私にとっては、耳まで重くなるような言葉だった。
「なまえ、うちに来い。」
二宮さんが、突然提案した。
「は?」
すっとんきょうに答える気もなく、二宮さんの目を伺う。
この人は、何を言っているのだろう。
「こちらは二つとないトリオン器官の持ち主の貴重な戦い方を学んでおきたい。
その左腕にも、目にも、足にも、二宮隊の戦力として興味がある。
入隊するのなら、他の隊員と連携することになるが狙撃でも攻撃でもオペレーターでもいい、好きな位置をやる、その体での不便を軽くするよう優先を尽くそう。
二宮隊に入れ。」
機関の中での合理を言い出す二宮さんを、怒鳴れなかった。
もし、この場に未来ちゃんがいたら喜んで入隊する。
未来ちゃんは、いない。
二宮さんからすれば、未来ちゃん関係者なんて全員殴り飛ばしたいに決まっている。
目の色を伺っても、考えていることまではわからない。
入れと言われて、はいと答える気にはならなかった。
だって、未来ちゃんはもういないから、自力で強くならないといけない。
骨があるから、私はこうなれただけ。
「もうすこし考えていいですか、扉の前で東さん待ってますし」
そう言うと、私の左目を暫く見つめた二宮さんが視線を落とし、目を閉じた。
目線が消えてから、二宮さんの顔を観察した。
ほんの数秒、顔色を見る。
整った顔をしていると思えば二宮さんの瞼が開いて、待っていると小さな声で呟いた。
ソファから立ち上がり、扉を目指す。
軋む音がしなくても、歩けても、不自由は軽減されても、私の足と腕と目ではない。
ドアノブに手をかけて、振り返る。
二宮さんと目が合った。
組んだ足は戻っていて、ソファから立ちかけている。
そういう気ならもっと早く立ってもいいものを、と思い、未来ちゃんが言っていたことを思い出す。
うちの隊長が、から始まる二宮さんの愚痴と世間話。
大体面白いものだったから、印象は悪くない。
「ねえ二宮さん、私、一人で歩くのもやっとなんですよ」
だから貴方も考えなおしてね。
扉の前に東さんがいるから、それは言わなかった。

「もういいのか。」
扉の前でよろけそうになる私の体に、手を差し伸べる。
左手を東さんの手に甘えさせ、足を踏み込んだ。
感覚がないだけで、あまり変わらない歩幅。
「はい、東さん」
東さんの手に頼ったあと、自力で歩いた。
どれだけ座っても、右足が痺れることはない。
生身の左足が座り疲れて痺れても、右足が引っ張ってくれる。
不便なことばかりじゃないのだ。
長い廊下を、何も言えずに歩く。
隣に付き添ってくれる東さんは、やっぱり優しくて、一緒にいると落ち着いてしまう。
二宮さんの鋭くて重い目つきから解放されたような気分を強くしたくて、掠れた声を絞り出す。
「東さん、私また上手くやっていけるんでしょうか」
重く鋭い二宮さんの目を思い出す。
きっとあれが、普通の反応。
東さんは、のそのそとした歩き方が上手く直らない私に対しても、いつも通り。
理解者のほうが少数であればあるほど、友達の有難みを感じる。
優しい口調の東さんに、安堵を覚えた。
「願わくば、なまえが辛くない方に行くといいね。」
「戻りたかったのは、私の願いですから、今こうしているだけでも良い方向に言ってるんです」
「なまえは前向きだな、いいことあるよ。」
見ただけじゃわからないほうを選んだのは、自分。
それでも、たまに辛い記憶が溢れることがある。
「なんにも変わってないんですよ、東さんは師匠だし、今でも未来ちゃんのこと友達だと思うし」
誰かが側で励ましてくれるたび、私は順応していく。
東さんが私の右側に移動して、右手を握ってくれた。
皮膚が触れ合って、熱越しに筋肉を感じる。
幾分歩きやすい上に、大きな手に支えられている実感を得られて、右手の体温が喜ぶ。
「こっちで繋いだほうがいいだろう。」
優しい言葉に、嬉しくなった。
「えへ、どうも」
「バランスが取れるほうで歩いたほうが、歩幅が崩れることもない。」
「ですね、今歩きやすいです」
手を繋いで歩こうとしてくれるのは、小荒井くんと奥寺くん、摩子ちゃん、日浦ちゃん、月見さん。
ぱっと浮かぶのは、その五人。
前に犬のような動物に乗った男の子にも手を引かれたことがあったけど、あれは誰だろう。
近くに米屋がいたから、親戚だろうか。
遠くから見れば、多少不自然な動きをする私。
思っている以上に目立つことは、承知だ。
のろのろ歩いていると、東さんが気にして聞いてきた。
「二宮、なんだって?」
「未来ちゃんのこと」
話題になった事柄のひとつを言っただけで分かってくれる東さんが、好き。
もちろん師匠として、目上として、という意味。
日常生活ですら苦労する私に気を使ってくれて、どんな隊員にも変わらない態度で接する東さんが、とても好き。
「未来ちゃんも、東さんも、私の友達です、あ、でも東さんは師匠です」
温かい右手が、私を包むようだった。
誰かが見たら体調が悪くて貧血気味で上手く歩けない子を、東さんが引っ張っているようにしか見えない。
それも普通で、なにもかも順応するしかない。
また稽古をつけてもらっているうちに、狙撃が上手くなるかもしれない、そう思った。
「ありがとう、無理はするなよ。」
東さんの笑顔を見ると、二宮さんに勧誘されましたとは言えなかった。
「はい」
肢体より達者な口を鬻げて生きれば、普通になれるか。
二宮さんの誘いを、断りきれなかった自分がいる。
未来ちゃんが知ったら、私と一緒に戦おうと歓迎してくれるような気がして、それからあり得ないことが頭を過ぎってしまううちは、まだ遠いような気がした。







2015.08.12






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