眼差しの感覚





眼差しの言うとおり の続き






ゴミ箱に、ゴミの分別は清掃側で行います、と書かれている。
捨てられたものを、どうやって分別するのだろう。
清掃員自らが手を突っ込むのか、それとも分別する機械にかけるのか。
細かいことはそのままにして、後ろで待っていてくれた村上さんに駆け寄る。
「あのあと、カゲと話せた?」
「はい、おかげさまで普通に話せました」
そっかと言った後、村上さんが続ける。
「ユズルから聞いたよ、最初に言えばよかったね、文字での会話のほうがカゲは落ち着いて出来るから勧めたけど。」
「いえいえ、今は大丈夫です」
たぶん、影浦さんに下心はバレてません。
付け加えない事実を胸に、また会えるかとドキドキする。
村上さんの携帯が鳴って、メールを確認した。
下に降りれば、ユズルくんがいる。
ユズルくんがいるところには、大体影浦さんがいるはず。
それ目当てと言ってしまえば不真面目な隊員だけど、やる気はある。
携帯を見た村上さんの顔が、ぱっと明るくなる。
メールの返事をしたあと、ついでに私にも教えてくれた。
「今ラウンジにいるって。」

階段を降りてすぐの大きなソファとテーブルがある場所が、いつもの場所。
ラウンジのいつものとこにいる、とメールがくれば、村上さんはそこにいく。
大体は個人戦か、飯に付き合うか、の二択らしい。
歩幅を合わせて村上さんを追いかけるように歩いていると、確認のように聞かれた。
「何度か話したんだよね。」
「はい」
「なまえはカゲのことが嫌い・・・じゃないんだよな。」
影浦さんが大好きですよ、と言いかけて、心の中で言い直す。
「はい」
ラウンジを探さなくても見える、黒いぼさぼさの頭。
見つけた途端、影浦さんが首と背中を押さえて立ち上がった。
感情受信体質を持っている限り、目で合図すればいくらでも気づいてくれる。
影浦さんに近づいていくと、額に青筋を立てた影浦さんがこちらを見た。
村上さんと私を確認して、眉間の皺を歪める。
「鋼、裏切ったな。」
はははと笑う村上さんが、どんな思いで視線を飛ばしているのか知らない。
ギザギザの歯を見せて村上さんに掴みかかろうとする影浦さんが、面白かった。
「二人分のこの視線はどうだ?」
掴みかかろうとした手を首の後ろに当てた影浦さんが呻く。
二人分、ということは、村上さんはどんな視線を向けたのか。
冷や汗を感じながら、苦し紛れに聞く。
「村上さん、どんな視線向けたんですか?」
手の指を遊ぶようにくっつけて、それから引っ張る動作をした。
村上さんの腕が軽く動いて、影浦さんを空中で掴む。
「猫を引っ張るみたく、首を掴むつもりで向けた視線。」
よかった、バレてない。
村上さんは何故そんな視線を向けたのか、さっぱり分からなかった。
猫のように掴まれる影浦さんを想像して、可愛さにときめく。
痛そうに背と顔を歪めた影浦さんが、壁があったら寄りかかりたいという体勢のまま首を休めた。
「鋼のは違う、背中が痛くなる。」
違う、というと村上さんに私の気持ちはバレていなさそうだ。
刺さって痛いほどの大好きな気持ちが、影浦さんには突き刺さっている。
一目惚れした、大好きな影浦さん。
村上さんと、私を交互に見る。
私を見るときには、何故か一段と険しい顔をした。
この前の約束、覚えてるかな。
吼えそうな顔をした影浦さんが警戒した。
「なんでおめーら一緒にいるんだ、グルか、グルなのか。」
「なんのことだ。」
とぼける村上さんのおかげで、落ち着いて影浦さんに挨拶した。
「影浦さん、こんにちは」
今日もかっこいいですね、こんにちは。
そんな思いを込めて見た。
思ったより早く怒鳴った影浦さんが私に踏み込む。
「いい加減にしろ!オイ!なまえ!」
約束は、覚えていてもらえた。
大きな手が頭の上にきて、わしゃわしゃと私を撫でる。
髪の毛がぼさぼさになって、耳の奥にまで髪の毛と皮膚と影浦さんの手が大暴れする音が聞こえた。
きゃーきゃー叫んで笑っていると、事情を知らない村上さんが静止にかかる。
「カゲ、女の子相手にそれはないだろう。」
ぼさぼさの前髪が口に入って、舌がくすぐったい。
手で髪を整えると、毛が絡まっていた。
「このチビがこうしろって言ったんだよ!」
ゆっくり髪を整えながら、反論する。
「チビじゃないですーなまえですー」
「うるせーチビ!突き飛ばすぞ!」
怒る影浦さんを見ても、そんなに怖くない。
村上さんが近くにいることも要因だけど、影浦さんが怖い人ではないと知っている。
突き飛ばすぞと怒鳴っても、本気で殴られたり蹴られたりしそうな予感はしない。
威圧感を全面に出した影浦さんが、私に迫る。
「なまえ、誕生日教えろ、俺じゃないと外せないゴツい鍵つきのアイマスク買ってやるよ。」
丁寧な誕生日プレゼントの申し出を、苦し紛れに断る。
「いりません」
髪をある程度整えると、影浦さんからなでなでの追撃を食らう。
「足りねーかオイ!」
足りません、もっと撫でてください。
撫でられながら見つめると、口元を歪めて今にも吼えそうな影浦さんが村上さんを悪事に誘う。
「鋼、なまえを縛ってロッカーに詰めるぞ。」
このままでは頭を掴まれたまま仕舞われてしまう。
それは避けようと逃げると、影浦さんが両手を爪を見せる獣のように構えて、がおーと言った。
なんとも面白い姿だ。
でも、仕舞われるのは嫌なので村上さんの後ろに隠れる。
がちがち動く歯を止めるように、村上さんが話しかけた。
「なまえに見られると、どんな感じがする?」
すこしだけ黙ってから影浦さんが考える。
影浦さんが感情受信体質による刺さり方の具現化と言語化に乗り出した。
「なんか・・・。」
言葉では伝えにくいらしく、影浦さんが手をそっと出す。
左手を緩く握るように動かし、右手を素早く引っかくように動かした。
例え様の難しいその動きが何に似ているか、考えた。
緩く動く手の動きを見つめる。
骨っぽい大きな手が動きまくるのを見て、なぜかどきどきした。
泡を揉みながら、雑巾で壁を拭いているような動きをする。
もさもさ、わさわさ、と違う動きをする手。
右手と左手を同時に違う動きをさせるなんて、器用だ。
「なんかこんなん。」
こんなんと言われても、と思ったことを言う前に村上さんが代弁してくれた。
「全然伝わらない。」
「じゃあ聞くんじゃねえアホ!」
いつものように怒鳴る影浦さん。
私に見られると、左手と右手が同時に違う動きをするような気持ちになるらしい。
もさもさ、わさわさ、素早く動く手。
あの大きな手で撫でられると、すごく気持ちいい。
出来ればまた撫でられたい。
その前に、いつか言葉で大好きと伝えたかった。
心に恋を詰め込んだまま見たら、影浦さんが叫んだ。
「ああああ!なまえ!お前なんなんだよ!!!」
右手で髪の毛を振り乱すように掻いて、怒る。
怒られても、恋心は改善したくない。
一体、どんな刺さり方をしているというのだろうか。
もうこの際だから、髪の毛が禿げる勢いで撫でてほしい。
影浦さん、大好きです。
大好きなんです。
あなたのことをもっと知りたい、そんな気持ちを抱いて見つめて歩み寄る。
三歩ほど近づいたところで、影浦さんが後ずさった。
思わず追いかける。
「近寄るな!俺に近寄るな!」
「いやです!」
「俺に何の恨みがあるんだ!ユズルか、ユズルを取られたことか!?」
「なにも恨んでません!」
「俺が何をしたってんだよ!チビ!」
関係ないユズルくんの名が出て、間接的に幼馴染が巻き込まれた。
出来れば私にも撫でさせてください。
怖い見た目、怖い顔、怖い口調。
本当だったら、ぶん殴られてもおかしくない。
村上さんの最初のアドバイスがなかったら、意思疎通もできなかった。
もしかしたら、そのうち流れで撫でられるかも。
村上さんじゃないけど、猫を掴むみたいに懐かせて撫でる。
そうできたら、どれだけいいだろう。
でも、視線を向けただけで叫ぶ人に、大好きですなんてちゃんと伝えたら、なんて言われるだろう。
刺さる真意が分かって、もう近寄るなと言われてしまったら。
それは嫌だから、ふざける。
でも視線だけは本気。
影浦さんにも伝わっているのかもしれない。
顔を伏せたまま逃げ回る影浦さんが頭を押さえた。
「嫌ですじゃねえだろ、やめろやめろ見るな!!!」
ソファを一周して村上さんの元に戻ると、珍しそうに呟く。
「カゲのあんな反応は初めて見る。」
「そうなんですか」
会った時からあんな感じでしたけど、とは言わずに、ソファの向こうで構える影浦さんをまた追いかける。
「鋼おめー助けろ!オイ!無視すんな!」
「助ける必要があるのか?」
「あるだろうが!そのチビを捕まえて縛り上げろ!」
「お断りする。」
影浦さんの悲鳴を無視した村上さんが、そっと私に声をかける。
毛先がぼさぼさで耳が隠れていても、しっかり聞こえた。
「なまえ、いける、頑張っていいよ。」
ああ、これは、たぶん気づかれた。
肝心の影浦さんは、私からじりじりと距離を取っては逃げ、取っては逃げ、微妙に近づいてくる高等テクニックを披露している。
あの構えた手で、約束どおり髪がぐしゃぐしゃになるまで撫でてくれるのだろう。
すこしだけ村上さんに気を取られていると、すぐに髪の毛で視界が揺れた。
頭に襲い掛かる、手の感覚。
乱暴だけど、撫でてもらえて嬉しい。
撫でられまくっているうちは目を閉じてしまうから、一時的に視線が途切れる。
そのあと、視線が増幅することに、影浦さんはそのうち気づいているはず。
好きですって、言えるといいな。
思い切り撫でてもらえて、ふざけあいの範囲のことが出来るうちは、このままでいたい。






2015.08.09






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