風物詩への追撃






便利なものじゃない発言から考察
こういうこともあるんじゃないかなあと予想、夏の風物詩注意





ちらちら見えるあの頭は、間違いなく村上君だ。
村上君がいるということは、探している人物も近くにいるはず。
足音を出来るだけ立てないようにして、抹茶味の生菓子の入った袋を片手に村上君にそっと挨拶する。
目の前のソファには、ぼさぼさの黒髪の男の子がだるそうに座っていた。
「あの、結花ちゃんは」
村上君にそう聞くと、ああ、と言ってから答える。
「今はいない、これから個人戦で、たぶんそっちにうちのメンバーが全員来る、一緒に行かないか。」
機転のきく一言に、笑顔で一礼する。
村上君がじゃあ行こうか、と黒髪の男の子に声をかけると、特に面倒くさそうにするわけでもなく立ち上がった。
肢体が音もなく動くところが、なんだか不気味に見える。
「初めまして」
そう声をかけると、一瞬だけ目を合わされて逸らされた。
ぼさぼさの黒髪にギザギザの歯。
目つきが鋭く、マスクから見える口元は乱暴な印象を受けた。
「おう。」
声は普通の男の子だ。
一体誰なのか見当もつかないと思っていると、村上君の一声により誰なのかすぐに判明した。
「カゲ、個人戦やるんだろ?」
「やる。」
カゲ、という名前から連想されるのは一人。
影浦隊。
たぶんこの人が影浦隊の隊長、影浦さん。
感情受信体質というサイドエフェクトを持った人で、じろじろ見てやるのを避けたほうがいいと言われたことがあって、覚えていた。
話を聞いたとき、とても珍しいサイドエフェクトだと思ったことも、覚えている。
どんな人か、今の今まで知らずにいた。
だけど、見るからに悪そうな人だとは。
何度も見るのは失礼だと思い視線を村上君の頭にやった。
村上君も勢いのある髪型だけど、影浦さんよりは大人しい。
どういう人かは分からない、でも、村上君が近くにいるということは、悪い人ではなさそう。
もっとも、見た目からして怖い。
村上君がいないのなら、避けるような人物としか印象を抱けなかった。
だからこそ、視線を向けない。
あと数歩で扉だというところで、影浦さんが額を押さえた。
「頭いてえ。」
歩みを止めないのを察するに、耳鳴りのような突発性の痛みだろう。
偏頭痛かと思ったけれど、本気で痛がっている様子はない。
隣に歩みを止め、顔色を伺った。
「大丈夫ですか?」
貧血の様子もなく、倒れる予感はない。
それでも頭は痛いようで、眉間に皺を寄せている。
「なんとかなる。」
歩みがのろのろとした影浦さんに合わせて歩いた。
大丈夫そうといえば大丈夫そうだけど、なんだか心配。
その心配を掻き消すように、聞き覚えのある楽しそうな声がテンションに任せてめちゃくちゃに会話している。
近づくたびにはっきり聞こえるそれを見て、笑顔になった。
太一くんが椅子を叩きながら、ブルーハワイジュースを飲む来馬先輩に力説している。

「それでもう壁からがばーって!めっちゃ怖いんですよ!」
「作り物だとしても、怖いものは怖いよ。」
「いーや!あれは本物ですよ、まじびびりましたから!」
「怖いなって思うこと、日常でもあるし否定は出来ないかもね。」
「え、先輩も遭遇するんすか!」
「そういうのはないな、でも、アクアリウムの手入れを夜にすると嫌な感じがすることはある。」
「ありますよねー!」
太一くんの止まらない会話のおかげで、ブルーハワイジュースの器が汗をかいている。
そうすると、相当長い時間ここにいるのだろう。
こちらに気づいた太一くんが手を振ってくれた。
旗のように分かりやすい彼に笑いかけているのは村上君も同じで、自然と癒される。
「あ、鋼さん!カゲさんに、なまえさん、珍しい組み合わせですね!」
「私は結花ちゃん待ち」
生菓子の袋を提げて軽く礼をすると、太一くんが兵隊のような敬礼の真似っこをしてくれた。
「おれらも今先輩待ちっす!」
村上くんが、元気に話す太一くんに話しかける。
「なんの話してたんだ?」
太一くんが両手を体の前に持ってきて手首の力を抜き、わざと怖い顔をする。
「怖い話です!テレビでやってた心霊スペシャルやばすぎて一昨日風呂逃しました!」
どろどろと雰囲気を出す太一くんが、昨日はちゃんと入りましたよと要らない情報まで付け加えてくれた。
「夏だし、ちょうどいいかと。」
無謀な話に付き合ってくれる来馬先輩は、優しい。
でも、今は夏。
たまにはそういう話も、新鮮でいいかもしれない。
「あんまり怖い話聞かないから、つい聞いちゃうんだよね。」
顎に手を当てた村上君が、怖い話か、と一瞬の間を置く。
「夏に相応しい身の毛もよだつ怖い話か、初めて行った飯屋で蕎麦を頼んだら餃子定食が出てきた話とか。」
村上君が特大の恐怖体験を話すと、太一くんが気の毒そうな顔をした。
「それはそれで怖いっすね。」
さっぱりしたものを求めているのに、がっつりくるものが出てきた絶望感。
食欲をくすぐられる怖い話のあと、冷や水のように来馬先輩が付け加える。
「家の鍵を閉めて一人でアクアリウムの手入れをしていたら、水の向こうに人影が見えたとか。」
「怖いです!怖いです!」
わざとらしく怯える太一くんが、椅子を叩く。
ドラムのつもりなのか、怖さを誤魔化しているのか、わからない。
いつかあの椅子が抜けて転げ落ちるような気がして目が離せなかった。
「カゲは怖い話とかある?」
村上君が、影浦さんを会話に参加させようと声をかける。
影浦くんは、なんでもないことを言うように呟いた。

「俺しかいない部屋で視線が刺さるから夏は嫌い。」

全員が口を噤む。
しんとした合間に太一くんが青ざめた。
「ほ、本格的だね・・・。」
来馬先輩まで青ざめて、ブルーハワイジュースを飲む。
全員、影浦くんのサイドエフェクトのことを知っているのだろう、元気に喋っていた太一くんが無言になっている。
頭を押さえる影浦くんが、何事もなかったかのように突っ込み始めた。
「余計なこと言うけどよお、延々そういう話してると寄ってくるからやめたほうがいいぜ。」
意味深な発言をした影浦さんに、太一くんが焦り始める。
「寄る?寄るってなにがですか。」
影浦さんが、来馬先輩と太一くんを交互に指してマスクを片手であげる。
隠れた口元から声がはっきり聞こえた。
「ここ来る直前から頭いてえんだけど、どっちか二人ここに来る前に東隊の前を通っただろ。」
共通点の見えない指摘にぽかんとしたあと、放心していた太一くんがはっとして反応する。
「おれです、東さんと話してきました。」
太一くんを見て、影浦さんが盛大な溜め息をして、呆れ顔を見せた。
「おめーかよ、ひっぱってきたの。」
「引っ張・・・る・・・?」
太一くんの声が震えた。
来馬先輩の飲んでるブルーハワイジュースと良い勝負をしそうなくらい、さっと青ざめる。
たまに頭を押さえる動作をしながら、影浦さんが続けた。
「あそこやべーもん、通り道かなんかになってて、近く行った奴がいるだけで頭痛くなる。」
感情受信体質、それが今火を噴いている。
青ざめた太一くんの肩を叩きたいが、今それをやったら気絶されそうだ。
「東隊ってなんかあったっけ。」
村上君が暫し考えたあとの結論のように、そう呟く。
影浦さんが答えを言う前に、どうにかして当てようと模索した。
東隊、怖いもの。
あそこの隊は東さんとコアラくん、奥寺くん、それに。
「あ、摩子ちゃん、あの子ホラーもの好きだよ」
ほら見ろと言わんばかりの顔をして、影浦さんが頭を押さえた。
時々バリバリと頭を掻いて、やりすごすような動作をする。
「そういう話ばっかしてると、寄ってくるぞ、つーか話してる時点で構ってくれるだろって寄ってきてるんだけどな。」
じわりとする発言に、血の気を取られた。
夏だ、それは間違いない。
怖い話もただの風物詩であって、何が起きても暑さでやられたから、で済まされるから話すだけ。
そうじゃないなら、実は本当なら、怖いだけだ。
どんどん身から熱が引き、足の感覚がなくなる。
もしこれが狙った怖い話なら、影浦さんは相当出来る人間だ。
「なあカゲ、引っ張るって、見えてるのか、お前。」
村上君が青ざめる。
なんてことないような影浦さんが、なんでもないように言った。
「だから俺のサイドエフェクトはそんな便利じゃねえって言ってるだろ。」
全員が静まった。
来馬先輩の動きが止まり、太一くんが死にそうな顔をして、村上くんの目に涙が浮かぶ。
私も動けず、影浦さんは変わりなく頭を押さえる。
状況を打破する人物は、現れそうにない。
感情受信体質、そのサイドエフェクトの恐ろしさを何故か実感した。
まだ頭を押さえる動作をする影浦さんから視線を逸らす。
なんとかして今のことを忘れないと今日は風呂に入れないし、鏡も見れなくなる。
夏だなあ、と言いたい。
来馬先輩の手にあるブルーハワイジュースを横取りして一気飲みすれば、状況は変わる。
でも、それをしたところで、全員放心したままだ。
怖いものは怖い。
誰か早く何か言え、すっごい面白いことを言え、なんでもいいから言え、でも煽ることは言うな。
全員がそう思念を飛ばすと、太一くんが叫んだ。
「よし!最近食べて美味しかったラーメンの話しましょうよ!おれナポリタンタン麺!!!」
太一くん、村上くん、来馬先輩と続いた。
「ざるチャーハン。」
「マカロニうどん。」
わけのわからないメニューを呟く三人に、影浦さんからの有難いお言葉が降り注ぐ。
「パニクってんじゃねーよボケ。」
太一くんが呻いて、来馬先輩に抱きついてすみませんでしたと連呼した。
ブルーハワイよりも青く、肌は空よりも透明感を持った血の気のない来馬先輩の近くに村上君がしゃがみこんでいる。
「まあまあ、見えてるわけじゃないんだから、ね?」
すっかり怖がっている三人を落ち着かせようと左腕を伸ばしたら、影浦さんにぽんぽんと叩かれた。
ゴミを叩き落すにしては、強めの力。
何かと思い影浦さんを見ると、またしてもなんてこともない顔をして言った。
「はらっといた。」
影浦さんの言葉の意味を理解しようとせず、来馬先輩の前に座り生菓子を置く。
机に突っ伏し、結花ちゃんを待った。






2015.08.09






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