裏表のない太陽





ゾエさんの一人称がゾエさんの他に
俺、なら萌えるなって思った
ボクとかでもいい 要するにゾエさん可愛い







スイカを切りながら、日にちは数えられない。
包丁を握れば冷たくなると思った手は冷えずに、手と包丁の間にだけ僅かに冷えが籠もっては溶ける。
夏だ、どう考えても夏。
外よりは涼しい家の中でも、暑いものは暑い。
汚れていない白い皿に四つに切り分けたスイカを乗せると、ひんやりした。
こういう時だけ都合よくイルカか鯨になりたい。
切り終わってから、カレンダーを見る。
七月なんか、とっくに終わっていた。
切ったスイカを持って、部屋で誰から貰ったか分からないレゴを弄る尋くんに声をかける。
「尋くん、スイカ」
机に置くと、レゴをそっとそのままにしてやってきた。
冷たくて美味しそうなスイカを見て、にこにこしている。
「食べるー!」
積み上げてあるレゴは、端のほうで色々作られていた。
兵士の姿、犬のような形、城とビルが同じ位置にずらっと並んでいる。
いつの間にかあったそれらは、どんどん形になっていった。
「暑いねー」
スイカを抱きしめんばかりの勢いで食べると、冷たさが体を潤した。
かき氷とは違う、ゆっくりと体を冷やしていく味。
「暑いよー。」
私の倍の早さで、尋くんのスイカはなくなっていく。
付き合いはじめて、どれくらいだろう。
尋くんの家でスイカを切るのは初めてだから、一年は経ってない。
横でスイカを食べる尋くんとは、まだキスもしてない。
していいかと言われたら、いいよと言う。
してって言ったら、たぶんしてくれる。
そんな大胆になれるほど、私は大人じゃないのだ。
一緒にいたら、楽しくていちゃいちゃするどころじゃない。
スイカを食べながら窓を見ていると、部屋にあるテレビをつけた。
いくつか番組を変えて、通り過ぎる音が賑やかなのが伺える。
「今日降水確率10%なかったような。」
探しているのは、天気予報のようだ。
お昼か夕方にならないと、それらは放送されないような気がする。
「だって晴れてるもん」
手っ取り早くラジオをつけようかと思ったけれど、スイカが美味しいので動きたくない。
冷たいスイカで喉が冷えていくのを感じた。
「今日行かないの?」
どことは言わずに聞いてみる。
いつもなら、光ちゃんから作戦会議だ早く来い!と言われて足早に駆けつけるはず。
「カゲが久しぶりに引きこもってるみたいだから。」
とても残念なことを聞いて、そっかと呟く。
「光ちゃんとユズルくんは?」
「ヒカリちゃんは補講、ユズルは旅行だって。」
光ちゃんの年齢から察すると、補講ではなく補修か追試ではないだろうか。
夏休みの補講ほど、面倒くさいものはない。
今頃机の上の勉強道具を、面倒くさそうに見つめているだろう。
旅行をしているユズルくんをよそに、引きこもっているというカゲくんを憂う。
「カゲくん、また喧嘩したの」
過去に一度盛大にやらかしたことを、それとなく伝える。
まさかとは思うが、何かあったのか。
カゲくんがどういうサイドエフェクトを持っているかは聞いているし、聞くだけで相当大変そうな思いをしていることは感じ取れた。
刺さり疲れて外出を極力避けすぎて、夏の暑さにもやられて、ついに倒れたのかもしれない。
「何かあったんじゃないかなあ。」
スイカを食べる尋くんがそう言ったので、大事に至ってはいなさそうだ。
何かのきっかけで嫌な視線が刺さりに刺さって、嫌な気持ちになって、寝込んでいるカゲくんを想像した。
クソだのボケだの悪態をつきながら、サイドエフェクトに疲れ、世間を呪って寝るカゲくん。
起きたらきっといつもどおりに戻っているだろうけれど、あんまりにも寂しすぎではないだろうか。
「カゲくんのところに尋くんが行ったら、喜ぶかなあ」
きっと、うるせーぼけーかえりやがれーって言うけど、本気で怒ったりしない。
少しでも元気になれる方法はないかと、考える。
「あれかな、適当に何か買ってカゲくんの家で何か食べるとか」
「美味しいもので元気になるといいけど。」
そう言った尋くんのスイカは皮だけになって、種はどこだと探したけど、なかった。
もう一つのスイカが、尋くんの手に渡る。
どんどん食べられていくスイカを見て、試しに種ごと齧ってみたけど、スイカの種は噛んでも噛んでも硬い。
一度食べたものを出すのは、気が引ける。
「じゃあ、私が何か作る」
あとに引けなさそうなことを言って、種を飲み込んだ。

私の袋には、野菜とペットボトルばかり。
暑い道を歩いているうちに、首の後ろを汗が伝い落ちた。
ブラジャーの中で汗が滲んで、肌心地が悪い。
カゲくんの家に行けば涼しくなれることを期待して、袋を持ち歩く。
帽子を被ればよかったと後悔しても遅い。
汗は確かに肌を滴っていった。
肉とか米は尋くんの袋に詰まっている。
具体的に何を話していたかは聞けてないけど、尋くんがなまえとオムライスを作りに行くと言ったら、カゲくんは了承したそうだ。
大体想像できる。
視線がないぶん電話では簡単に会話できるカゲくん。
それでも、うるせーてめー電話かけてくんな俺は寝てるんだ馬鹿やろー、と怒鳴るか呻くカゲくん。
それに対し何事もないように、自分のペースで接する尋くん。
冷やかしの電話じゃないと分かれば、普通に話せるカゲくん。
怒る姿は怖いけど、接する分には意外と普通の人なのだ。
暑いのに何故か汗ひとつかかない尋くんが、袋を手に歩く私に話しかける。
「オムライスって、どうやって作る?」
「玉ねぎとバターとグリンピースとハムと、ハムがないならウインナーは必ず入れる派だよ」
「うんうん、なまえはよく分かってる子だよね。」
出来てもいないオムライスに満悦して、にっこりする。
お菓子を作ればつまみ食いされ、肉を焼けば匂いで気づかれ、それなりに洋食を作れば笑顔でやってくる。
何を出されても完食する尋くんのおかげで、料理の腕は少しずつ上がっていった。
「ケチャップでカゲくんって書いてあげよっかな」
オムライスの上に、カゲくんとケチャップで書いて渡す。
なんだこれてめーふざけてんのか、と言いながらも食べ物を粗末にはせず食べるカゲくん。
これから会う友人を労う気で言うと、簡単に想像できたのか尋くんは笑った。
「それいいねー、カゲは喜ぶよ。」
暑い中に袋を持って中距離を歩き、そろそろ疲れてきた私に対して、余裕で話す尋くんを見る。
明らかに重い荷物を持っているのに、疲れている様子はない。
「ほんと、力持ちだよね」
疲労を隠してそう言って、太陽を避ける。
出来れば日陰だけ歩いていきたいけど、そうもいかない。
「多少は鍛えてるし、なまえなら抱っこできるよ。」
私を抱えてくれる尋くんを想像して、面白くなる。
できればそういうことは毎日してほしいと言いそうになったら、尋くんが苦笑いする。
「まあ、ジャイアントスイングはきついかもしれない!」
投げ飛ばすつもりだったのか。
たぶんそれは、ふざけてユズルくんあたりにやっていることだろう。
物の例えだと分かっていても、むくれてみた。
「ふーんだ、今年もダイエット失敗ですよーだ」
半袖から見える自分の二の腕を見る。
丸々としているわけではなくても、なんだか柔らかい。
「あと5キロ痩せたい」
どこもかしこも柔らかくて丸い体にうんざりしながら、野菜とペットボトル三本が詰まった袋を振り回した。
今だって、そんなに見栄えが悪いほど太っているわけではない。
でも、半袖から出るむちっとする腕を見たら、そんなことを言っていいのかどうか分からなくなる。
これから食べるオムライスを食べたら、明日の朝まで何も食べない。
尋くんが、もうすこし細くなりたい私を見る。
「なまえのほっぺ、丸くて大好きなんだけどな。」
そういうことを、平気で言う。
大好きという言葉が、変に聞こえて私だけが恥ずかしくなる。
当然、尋くんはそんなこと気にしていない。
なんでも素直に言う人だ。
丸くて大好きだというほっぺを膨らませて、適当に迫る。
「どこもかしこも丸いよ!」
怒るふりをしたら、笑いながら逃げられた。
肉と米、その他もろもろが詰まった袋を持ったまま、さっさと走る。
一体どこにそんな体力があるのだろう。
この暑さで簡単に走れるのを見て驚きながら追いかける。
袋を持って軽く走るだけで、太陽の熱が頭や腕に突き刺さってきた。
疲れて暑くて、仕方がない。
視線が突き刺さるというカゲくんも、こんな気分なのだろうか。
アスファルトの地面の熱から逃げようとしても、逃げられない。
尋くんを追いかけて、疲れて立ち止まる。
暑さが常に追い討ちをかけるこの時期、外で遊ぶのは体力が必要だ。
座り込みたいのを我慢していると、目の前に大きな手が差し出される。
優しそうな顔をした尋くんが、にっこりと笑った。
手に袋をかけたまま、手を取る。
ほぼ引きずられる形で歩くのも申し訳ないので、大きな胴体に抱きついた。
暑いけど、寄りかかっているだけ疲労はマシになる。
それでもずるずると引きずられて歩く私を見た通行人の女性二人が、あのカップル可愛い、と言った。
他愛のない話の続きをしながら、女性二人は通り過ぎる。
可愛い。
どっちがだろう、尋くんのほうかもしれない。
甘える私が可愛いわけない。
私と、尋くんはカップルに見えるらしい。
見えるもなにも、その通りだ。
知らない人から指摘されると、急に恥ずかしくなる。
尋くんが照れる私を、にこにこしながら見ていた。
「きっとなまえを見て言ったんだよ。」
にこにこした顔が、照れくさくて見れない。
大きな胴体に抱きついたまま、地面を見る。
裏表のない性格で、いつもにこにこしていて、思ったことをそのまんま言うけど人を不快にさせないところが好き。
私も、カゲくんも、ユズルくんも、光ちゃんも、尋くんのこういうところが好きなのだ。
少なくとも、私は大好き。
赤面してから、食材を持ったまま尋くんに頭をぐりぐりと擦りつけた。
「疲れたー!おーんーぶーしーてー!」
ありがとう、大好きよ、抱きしめてと言って抱きつけない私は、まだ子供だ。
じゃれつく子供のように絡むと、笑いながらしゃがんでくれた。
「わかった、わかったよ!」
しゃがんでくれた大きな背中に乗って、暑いけど体をくっつけた。
尋くんの体が影になって、すこしだけ涼しい。
じりじり照らしてくる太陽は、カゲくんの家に着けばどうにかなる。
ペットボトルが汗をかき、野菜が温まって伸びないうちに、涼しいところには行けるだろう。
この暑い中に無茶を言っても、すんなり聞いてくれる。
もしかしたら、無茶の基準が人より広いのかもしれない。
「ねー尋くん!ひーろーくん!ひいいいろおおおくん」
おんぶされたまま、呼ぶ。
「聞こえてる。」
顔は見えないから、恥ずかしくない。
暑さで頭がどうにかなったのかもしれないし、甘えさせてくれたのをいいことに付け上っているのかも。
大人じゃない自分を情けなく思いながら、ぽつりと呟く。
「好き」
相手も自分も、分かりきったことを伝える。
暑さで頭がやられそうな私に、返事をくれた。
「俺も。」
おんぶされたまま、路地の角を曲がる。
カゲくんの家はもうすぐだ。
商店街の入り口を通り越してマンションの立ち並みが見えたら、この背中を降りよう。
そこから歩いて三分もしないうちに、カゲくんに会える。
暑いせいか、人気のない商店街を横目に見る。
私をおぶって、両手に3人分の食材を持った尋くんがたこやき屋を見た途端呟いた。
「あ、たこやき食べたい。」
これからオムライスを食べるのに、いいと思っているのだろうか。
おんぶされたまま肩を叩いて、早くカゲくんの家に行けと促した。







2015.08.04





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