04







鱗が乾き、傷になると、レイジは黙って包帯を巻いてくれた。
乾くところは見ていなかったようで、不審な目はなく、痛みに頭が鈍る。
喋るたびに、けひゅうと喉を鳴らす私の口を覗き込んで、病気ではないことを確認したあと、前で留める長い白い筒のような服を着た。
レイジが持ってきた、ワンピースという服らしい。
包帯のある足が隠れたところで、レイジは綺麗なふわふわの椅子に運んでくれた。
座ると、足が休んだ。
痛みが遠のいて、じくじくと痺れが襲う。
血管が膨張したり、冷めたり、血が通うのがわかる。
不快な痺れの感覚に歯を食いしばっていると、レイジが黒い箱のようなものを耳に当て、話し出した。
あれは、連絡端末だろうか。
どこの時代も、便利になっていることだけは確かなようだ。
話しながら部屋を出て行ったレイジを見たあと、ワンピースを見つめる。
もし動いても、足を怪我していることは見てバレることはない。
安心していると、陽太郎が私に話しかける。
「おれは陽太郎、お姉ちゃんは?」
私はなまえ。
「なまえか、さっきのはレイジ、あとはこなみがきて、あとからみんなくる。」
一体誰だろう。
あとからということは、まだいるのだ。
「なまえ、足いたいのか?」
うん、痛いよ。
目で伝えるだけで、陽太郎は読み取ってくれる。
久しぶりの会話に心が温まった。
「歩くのがつらいなら、おれがおぶってやる。」
そんな小さいのに、ありがとう、優しいのね。
陽太郎は、へへへと笑った。
笑顔を見ていると、いきなり視線が後ろにずれる。
陽太郎の視線を追うと、髪の長い畏まった服を着た女の子が部屋を覗いてた。
私と似ているけど、明るい髪の色から覗く袖が隠れて、潜む。
振り向いて、部屋に入ろうとしていたレイジを止めてから、扉を閉める。
「・・・あれ、誰。」
疑い深い声が聞こえた。
レイジの声は低くて、私と陽太郎に聞かせまいとしていることが伺えた。
あの人は、この家の人だろうか。
たぶん、レイジは兄、陽太郎は弟、さっきの子は、妹。
そんな普通の、異世界の家庭が伺えた。
早く、ここを出て行かないと。
陽太郎が、まるいふたつの塊を持ってきた。
手に取ると、ふわふわで、甘い匂いがする。
「おねえちゃん、おれとこなみのぶんのどらやき、食べていいよ。」
本当?
そう目で伝えると、うんうんと頷かれた。
「元気になったら、いっぱい話せる?」
どうかなあ。
本当は水が無いと喋れもしないし、足は動かしても痛いまま。
どこにもいけない体たらくで、子供の前にいるのは辛いものがある。
受け取った塊、どらやきというらしいこれを、食べた。
口にほんのりと広がる甘いふわふわしたものと、溶けるような甘さの粒が広がる。
噛んでみると、甘さの粒まで美味しい。
一体これは、なんなのだろう。
ここの世界では、食い物が全て甘いのだろうか。
だとしたら、水は?
甘い水質なんて聞いたことがない。
もっと、もっと調査をするんだった。
どらやきを食べていると、陽太郎が不思議そうな顔をした。
「うーん、おねえちゃんは、どうしたんだ?どこからきたの?」
答えようか迷っていると、扉の向こうから女の子の声がした。
「陽太郎が!?」
本人は名前を呼ばれても、動じずにどらやきを食べている。
なんとなく、その声で察した。
この陽太郎という子供は、私と声なき会話ができる。
それは、青ざめるような察しをするには十分すぎたものだったのではないか。
足を手当てし、長い服を着せてくれたレイジ。
目つきを、思い出す。
あまり優しい目ではなかった。
怖いのではない、怒っているのではない、疑っている奇異の目だ。
予想していたことが、早くも起きそうになる。
しかし、この足だ。
運よく川にでも落ちない限り、私は狩られるだろう。
そのときは、このどらやきの味を思い出して、潔く死ぬ。
甘いどらやきを堪能していると、女の子の声がした。
「それ、本部に・・・」
本部、とは何の本部だろう。
大きな病院か、軍隊か、医療実験機関か。
どれにせよ、そうなるとは思っていた。
「何の話してるんだろうなー、なー、なまえ、なまえはどらやき好きか?」
うん、好きだよ。
「そっか、おれも大好き。」
美味しいね、私のために用意してくれて、ありがとう。
「お客さんのおもてなしくらいできるんだ。」
子供らしく、えっへんとしている陽太郎に微笑みを向けた。
きっと、サイドエフェクトだ。
異種と会話ができるか、意思が読み取れるのだろう。
珍しい子では、ありそうだ。
どらやきを食べ終わる頃、レイジが私を訪ねる。
その手には、椅子であって椅子ではないものがあった。
椅子に、大きな丸い糸車と機織を混ぜたようなものがくっついている。
これでは座ると転がるのではと思っていると、レイジが肩を貸してくれた。
立ち上がる際、伝えてくる。
「押していく、すこし連れて行きたいところがある。」
動きそうな椅子に座ると、レイジが押した。
説明するまでもないような動きをした椅子はするすると進み、来た扉を戻って出て行くことになった。
陽太郎に、会えるのだろうか。
どらやきの味は、まだ舌の記憶に残っていた。
扉をすこしいったところにある、黒い鉄の塊の蓋が開いて、そこに乗せられた。
強く閉めた音が中にびりびりと響き、耳が気持ち悪い。
鉄の塊にレイジも乗って、丸い糸車を回すと、勢いよく鉄の塊は動いた。
椅子のおかげで落ちないものの、速度はかなりある。
ぎゃあと叫びたくても、声が出ない。
ばくばくと鳴る心臓の音と、鉄の塊から鳴る不快な機械音が耳に響いた。

喋れない私とレイジの、無言の同行。
仕方ない、話せない奴に話しかけるほど暇ではないはずだ。
のんびりと進み、連れてこられたのは大きな建物。
こういう感じのところなら、私の国にもあった。
大体金持ちの魚人上がりが建てているシンボルと共にある議会所に似ている。
レイジは私を丁寧に下ろし、建物の中に入った。
天井に水槽でもあれば、リーベリーの建物に似ている気がした。
白と青で統一された空間に、所々黒や黄色、赤もある。
あれらもオブジェの類だろうか。
ここは、この世界と国の議会所か。
レイジが議会に向かって叫ぶ、この女は異世界から来た、どよめくものが、私をどこかに連れて行く。
一滴の水もないまま、私は無音の絶叫をあげる。
そんなところだろうか。
もし、水を浴びたのなら、目も合わせず水をつたって逃げないといけない。
元の姿では、地上で暮らせる生き物の体温だけで火傷をしてしまう。
こうして椅子を押すレイジの手に髪が触れても大丈夫だけれど、本当ならぞっとする事態。
息を殺すと、また大きな広間の前についた。
そこの扉が開いて、入ると、また閉る。
小さい部屋だと思わないうちに、それが動く。
この国は鉄が動くようだ。
耳も三半規管も、エラがあった場所も水かきだったところも、ぞわぞわする。
不愉快に耐えると、また一段と大きい空間についた。
端のほうに椅子を置かれ、レイジは私から身を離す。
「陽太郎から聞いた、なまえというらしいな。」
頷くと、レイジは背を向けた。
「なまえ、すこし待っていてくれ。」
そう言い残して、レイジは広間を進んだ。
壁にしか見えない場所が、かぱっと開く。
勝手に開く扉という、奇妙なものにレイジは吸いこまれていった。
あの向こうに、裁判官でもいるのだろうか。
それなら、もうすぐ、もうすぐだ。
逃げられるわけがない。
失敗した自分が憎い気持ちは押し殺しているだけだ。
情けなくて涙が出そうになっても、吐き気までこみあげるだけ。
つまらない存在の自分に呆れて、広間を見渡す。
追撃の裁判官だろうか、人が歩いてきた。
白いマント、いや、マントにしては短すぎるものをはためかせ、不躾なことに両手は見えない。
服の中に隠しているとしたら、見栄えの考えない人なのだろう。
彼もまた、レイジが報告しにきたものなのだ。
白い短いマントの人が、私を見る。
椅子に座って動けもしない私を、せめて哀れむような人でありますように。
動けない、逃げられない、喋れない状態で殴られるのは嫌だから、そう願った。
その人は近寄り、私を見る。
髪は、黒かった。
春秋と同じ黒い髪。
はっとして、痛む足に痺れが僅かに走る。
そうだ、春秋だ、彼はどうしているだろう。
私を助けてくれた、唯一の人。
なまえという名は、春秋が書いてくれたから、一時的に使用している。
それを言えば、いや、言えるわけがない、と喉を擦った。
春秋に会えれば、もしかして、もしかして、なんだと自らに言い聞かせ、余計な希望の詮索をやめる。
それでも、春秋に会いたかった。
強く思っているうちに、白い短いマントの人が側にくる。
春秋のような優しい目とは程遠い怖い目をした、白い布を首に巻いた男だ。
私を見下ろして、何も言わず凝視する。
怒鳴られるか、そう思えば、手がすっと伸びてきて私の手の水かきがあった場所に指を落とした。
熱い指が触れて、あっという間に手を握られる。
怖い顔は疑う光を目に宿し、私をまた凝視した。
額に汗が流れ、息を詰まらせている。
もしかして、この男はリーベリーの者なのか。
同じく失敗して擬態して私を迎えにきたのかもしれない。
沸き立つ思いを抑え、声が出せない今は、微笑む。
大丈夫、私は生きている。
途端に、男が私の手を握ったまましゃがみこんだ。
足元で頭を垂れる黒髪は、やはり春秋とはすこし違う。
男の力がどんどん強くなり、手が痛む。
離してくれそうにない男と、その力と、何も言わずしゃがみこむ姿に不安を覚える。
男は、私に向かって絶叫するような声色で言った。
「姉さん。」







2015.07.28





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