眼差しの無い会話

カゲさんがログ見てる間は大人しいってことは画面越しの視線はいける?
じゃあ視線のない筆談やパソコンやメールなど視線のない会話ならいける?と思いました

ユズルくんの幼馴染立場です






「はい、パインジュースどうぞ」
現れた村上先輩に、封を切っていないパインジュースを差し出す。
冷たいジュースを受け取って、中身を眺めた村上先輩が笑った。
「くれるの?」
「残ったらください」
「もしかしてなまえが飲むつもりで買ったやつ?」
うんうんと頷くと、村上先輩は一口飲んで返してくれた。
残ったパインジュースをストローで思い切り飲むと、村上先輩が目の前に座った。
「で、なまえ、相談って?」
人が良さそうで、強くて、隊員のことなら知ってそうなのは、知る限りでは村上先輩しかいなかった。
「実は」
村上先輩に、相談する。

一昨日、ユズルくんに借りてた本を返そうとした。
たしか吹きぬけの一階にいるはず。
ユズルくんを目指してうろうろしていると、ついに見つけた。
駆け寄って本を返して、帰りにジュースでも飲もうとわいわいしてると、黒髪でぼさぼさの頭を掻きむしるの人がユズルくんに話しかけた。
二人はたしか、普通に話してた。
ただ、私は、その人に視線が釘付けになってしまい、ずっと見てた。
挨拶もできず、じーっと。
失礼だったと思うし、ごめんなさいと言いたいと思ってる、その人は私に対して怒った。
「ああ?誰だてめえ、おい、じろじろ見るな。」
その人にしまいに言われた言葉は。
「あっちいけチビ。」

村上先輩はすぐ答えを出した。
「間違いなくカゲだな、でも、裏表のない奴だ、びっくりしちゃっただろうけど悪い奴ではないから気を悪くしないで。」
「影浦隊?」
「うん、そうだよ。」
村上先輩から軽々と事実を伝えられ、あの時の状況を把握する。
自分の隊員の隣に知らない人がいたら、ああ言うのもわかった。
「ユズルくんのとこの隊長、初めて見た」
強いとは聞いていたけど、まさかの、そのまんまのイメージの強さを持っていそう。
ユズルくんから隊長さんの特徴を詳しく聞いたことはなかったし、聞くこともなかった。
でも、私の気持ちは揺らがない。
「私、あの人と話してみたくて、でも、なんかすっごく怖くて、目を合わせたら怒られて」
そう言うと、村上先輩は驚いたようだった。
「もし話したいなら、直接はやめたほうがいい。」
「え?」
私は、村上先輩がこれから説明する案を、真剣に聞いた。

ユズルくんに先に言おうかと思ったけど、千佳ちゃんと話していたので、やめた。
私は、あることを村上先輩に話していない。
影浦さんを見たとき、胸がぎゅっと苦しくなって、どきどきして、顔が熱くなった。
怒られたけど、それでもどきどきが収まることなんてない。
昨日も今日もずっと、影浦さんのことを思い出している。
私は、あの人が好き。
そこだけは、伏せていた。
大人っぽくて、雰囲気が違って、ユズルくんと仲良くしている人。
悪い人じゃないことくらいは、わかる。
でも、どうやったら近づけるのか、さっぱりだった。
何せ一目惚れだし、ユズルくんにだって言えない。
村上先輩に教えてもらった方法を実行するべく、影浦さんがよくいるという人気のないラウンジへ向かうと、いた。
ぼざぼざの黒髪目掛けて歩くと、影浦さんが頭を掻いた。
回り込んで、挨拶する。
「こんにちは」
返事は、ない。
顔をあげて見えたのは、ものすごく機嫌が悪そうな、マスクをつけた怖い顔。
正直、逃げたい。
でも、この人と話したい。
影浦さんの隣に座って、村上先輩に教わったとおり、ノートに文字を書く。
その姿を影浦さんが怪訝な目で見ていることは、見なくてもわかる。
「文字でお話しませんか」と書き、ペンと共にノートを影浦さんに渡す。
ぶん取るように受け取った影浦さんがノートの文字を見て、ゆっくりとペンを取る。
書いて、渡してくれた。
「わかった。」と書かれている。
さっぱりした字で、もっと汚い雑な字を想像していたから、見入ってしまった。
ペンを取り、返事を書く。
「この前、なにか悪いことをしてしまいましたか。」と書き、渡した。
ざけんなてめーがわりいんだろうがボケ女どっかいけあっちいけ二度と現れるな、と叫ばれる覚悟も心のどこかに置いて、返事を待つ。
意外とさらさらと字を書いてくれる影浦さんに、ひやひやさせられっぱなしだ。
「視線が刺さる」と書かれた文字は、すこし汚い。
最初に書いてくれた返事と並ばせると走り書きに近い印象を受けた。
刺さる、とはなんのことだろう。
そのままの意味で、人からじろじろ見られるのが大嫌いな人なのかもしれないと思うと、合点がいった。
「痛いんですか?」と書く。
渡して、書いてくれて、返ってきたのは「不愉快になる、怖気に近い、キレる、嫌」と再び所々荒れた字で書かれていた。
やはり、じろじろと泳ぐ視線が嫌いなのだ。
「今の私の視線も嫌ですか」と書く。
渡して、そして、さらっと動いたペンで書かれた文字が返ってきた。
「嫌じゃない」と、今度は綺麗な字に戻っている。
それでも、なんか雑だ。
ペンを取り「お菓子を持ってきたので一緒に食べませんか」と書いて渡す。
受け取った影浦さんがこちらを見る前に、手元に袋を寄せる。
私とノートを何度か見た後、影浦さんはテーブルにペンとノートを置いて、私に手を差し出した。
「おう、三つくらい寄越せ。」
初めての会話だ!
嬉しくなった私は、にこにこしながらお菓子の封を開けて、影浦さんに渡す。
ついに、ついにちゃんと会話成立した!
ユズルくんに報告したい気持ちを押さえ、万遍の笑みでお菓子を食べる。
クッキーを一度に二枚食べる影浦さんを横目に、クッキーを齧った。
このクッキーはメープル味とバター味とチョコレート味とブルーベリー味が入っている。
私のは、ブルーベリー味だった。
二枚同時に食べている影浦さんのクッキーが同じ味同士なことを祈っていると、話しかけられた。
「おめー、あれだろ、この前ユズルにくっついてた奴、ユズルの何だ?」
一昨日のことを、覚えていてくれた。
チビと言い捨てられたけれど、記憶の片隅に私はちゃんといたのだ。
「幼馴染です」
嬉しくなって正直に言うと、影浦さんはまたクッキーを一度に二枚頬張った。
ばりばりと食べる味がなんなのか気になる。
ごくん、と飲み込んだあと、鋭い視線を私に向けた。
「へえ、俺はユズルが所属してる影浦隊の隊長、影浦だ。」
「なまえです、よろしくおねがいします」
自己紹介を終え、話せた実感が沸く。
アドバイスを貰って、勇気を出せば話せた。
とても嬉しい。
クッキーを齧りながら踊りたいくらい、嬉しかった。
「おいしいですか?」
影浦さんにそう聞くと、無愛想な返事が聞こえた。
「ああ。」
無愛想でも、クッキーには手を伸ばしてくれるので、美味しいのだろう。
次に食べたメープル味は甘くて、口の中で味を楽しんだ。
甘くて美味しいから、つい笑顔になってしまう。
そんな私を、チビと呼ばすなんと呼ぶといった顔をした影浦さんが私に話しかける。
「おチビさんよお。」
「なまえです」
訂正すると、影浦さんはすぐに名前で呼んでくれた。
けっこう、フレンドリーなのかもしれない。
「なまえ、お前なんでこんなもんくれんの、余り押し付けにきたとかなら、残りのこれブッ飛ばす。」
残ったクッキー、といっても、もう僅か。
それを手の平の上で跳ね飛ばしながら、そう言った。
「一緒に食べようかと思って、家から持ってきました」
素直にそう言うと、手の平の上で跳ね飛ばすのをやめて、封を開けてクッキーを食べた。
ばりばりと音がしてから、すぐに飲み込まれる。
「なんでだ、気味わりぃんだ、教えろ、なんで俺に構うんだ。」
年上の人みたく、年下の女の子には全員優しくするような、そんな雰囲気じゃない。
きっと、話さなきゃわからないことが沢山ある人だ。
鋭い視線、怖い。
よく見るとぎざぎざした歯、怖い。
でも、一瞬だけ緩んだ表情は、すごく好き。
その三つは伏せて、本音を言う。
「影浦さんはユズル君の友達ですもん、悪い人じゃありません」
ユズルくんは、昔から友達や先輩を選ぶのが上手だった。
小学校のときだって、そのおかげで楽しく遊べたことがある。
だから、ユズルくんの目は確かなのだ。
自分の自信が消えないうちに、いつか、影浦さんに。
感情を読み取られたかのように鼻で笑われたあと、袋を開けながら呟かれる。
「じゃあなんだよ、ユズルの幼馴染の自分は悪い奴じゃねえアピールか?」
「そんなんじゃないです」
「ユズルがいい人収集癖だと思ってんのか、随分信じてるじゃねえの。」
「だって、友達ですから」
だからあなたも、悪い人じゃない。
そう思ってどきどきしていると、目の前にクッキーを差し出されたと思ったら、影浦さんが限界まで近づいてきた。
目と鼻の先に、影浦さんの顔がある。
何が起こったか分からず、呆然としたあと状況を理解し、どきどきする。
今にも何かされそうな距離だ。
影浦さんの目と目の間に見えるクッキーを見てから、影浦さんの目を見た。
「・・・俺と話す時はなあ、こーやって、ほら、なまえの場合はお菓子を見る目だ、その目で俺を見るんだよ、それ以外の目では見るな。」
「え」
「わかったか、わかんねえなら話しかけるな。」
「わかりました」
「なまえは舐めた口きく心配はなさそうだけどよ、そこんとこ気にしてくれるとキレなくて済む。」
ちらつくクッキーと、影浦さんを交互に見る。
どうしてこんなことをするのか、わからない。
でも、お菓子は好きだし、影浦さんにお菓子を見るときの目を向けることも簡単だ。
視線の行き来を繰り返してると、目の前から消えたクッキーが影浦さんの口の中に放りこまれた。
ばりばりと食べられるクッキーを見て、私も食べる。
飲み込んだ影浦さんが、頭の後ろで腕を組んだあと、すこし表情を緩めた。
「そうしたら、いつでも話してやる。」
いつでも。
その言葉に、クッキーよりも美味しいものよりも幸せを感じて、緊張した。
「はい」
クッキーの残りを食べていると、人気のないラウンジで影浦さんが振り向く。
その先には、ユズルくんがいた。
「あ、ユズルくん!」
手を振っているうちに近づいてきたユズルくんは、広がったクッキーを見た。
「なにしてんの。」
「食べようよ、お菓子持ってきたの!」
ユズルくんが座って、チョコレートクッキーに手を出す。
相変わらずばりばりと二枚ずつ食べる影浦さんを、不思議そうな目で見ている。
「ふたり、知り合いだったんだ。」
「ユズルが気にすることじゃねーだろ。」
「この子、なまえ、幼馴染。」
「さっき聞いた。」
「へー、意外。」
「うるせーよ!今さっき話したんだよ!」
元気すぎる声に、耳がきーんとする。
でも、ユズルくんには、ぜったい内緒。
どきどきは、お菓子と一緒に飲み込んだ。






2015.07.28








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